12 光と闇
「おはようございまあす。あれ、おじさんはもう行っちゃったんですか?!」
ツクシが朝ごはんを食べ終わって、身支度をしているうちに、大さんの姿はすでになかった。
「ええ、今出たとこよ。夕べ発酵塾の店に出すうちの商品をツクシちゃんがまとめておいてくれたから、もうスーイスイって感じで、飛び出して行ったわ」
「でも荷物が重いから、やっぱり少しだけでも手伝いに行こうかしら…」
「平気平気、今日はうちの秘密兵器、中学生のカナがシカサン出して一緒に行ったから」
「え、そうか、祭りでバスケ部の練習無いって言ってたっけ。じゃあ、心配ないですね」
バスケ部のカナちゃんは、背の高さならツクシをすでに抜いている。体力も抜群だ。
「今日はツクシちゃん、ごみの分別の責任者とかで忙しいんでしょ、うちのことは気にしないで行っておいで」
「はあい!」
外に出ると空は低く雲が垂れこめていた。天気予報は曇り時々雨だった。
「暑くなりすぎなくてよさそうだけど、降らないといいわね…」
空を見上げて降らないように祈りながら、ツクシは工具一式を積んでシカサンで大会本部へと走り出した。祭りの朝はがらんとしてまだ静香だった。
「おはようございまあす」
「おはよう、今日も元気だねえ」
ポッチャリ村長とダンディー吉宗先生がもう来ていた。
大会本部はあの子どもたちに鎧兜を着せたSKDセンターに置かれていた。ここは御神体のある真加田宮神社のすぐ下にあり、昔からの山車の倉庫もあり、大通りにも面しているためパレードのスタート地点にもなっている場所だ。もともとは神社からの御神体の乗った山車が市内を練り回り、その前でオロチ神楽を舞うと言う行事だったのだが、最近はその前後にパレードや鐘楼流しなどが大々的に行われるようになった。
「じゃあ、紙容器作戦の最終確認だ」
今回、お祭りで飲食に使う容器はすべて決められた紙容器以外は使わない、脱プラスチック作戦の一環であった。さらに食べ残しや飲み残しがなくきれいに使った容器はリサイクルボックスに引き取り、ダンボールとして再生すると言う新しい方法を使う事になり、その総責任者がツクシというわけだった。紙トレイ、蓋つきの紙ボックス、紙コップの大小、キッチンペーパー、紙スプーン、タケ串、割り箸、これだけの容器で、たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、唐揚げやアメリカンドッグ、ポテト、かき氷、焼き鳥などをすべてまかなう。飲み物もドリンクバー方式で紙コップにその場で入れる方式で缶やペットボトルは一切つかわない、ストローも今回は無い。これを徹底させるために、各団体や露店を出す業者にも容器を配布したり使い方を徹底したり、ここ数週間は走り回っていた。そして教育委員会に協力を仰ぎ、小学校や中学校でもリサイクルごみの出し方の授業や講習会を持ってもらった。さらに老人会や各高齢者サークルなどにもごみの出し方を協力してもらう約束を取り付けた。ごみの分別を手伝ってくれた村人にはポイントの得点もあるのだ。そのポイントシステムの手配もあった。あとは大量に注文を受けた時の輸送用紙バッグをとりに来る団体がまだいるので、朝のうちに本部で引き渡しをしなければならなかった。
紙コップは市販のものを使ったが、紙トレイやボックス、紙袋は使いやすいようにツクシがデザインし、あちこちに置かれる大きなリサイクルボックスも、リサイクルごみの種類別にダンボールでツクシが作った。
「ごみ問題の核心は分別だ。入り口をしっかりやれば、出口もなんとかなる」
という村長の言葉に従ったのである。
「すいません、有料の専用紙袋を取りに来ました。これたくさん入れても大丈夫ですか?」
「はい専用紙ボックスに焼きそば大盛りでふたをして、6個詰め込んでもへっちゃらです。たためばペッタンコ、でも前開きですから出し入れも簡単です。実験済みです」
「本当だ、昔のラーメン屋の出前の入れ物みたいだね。こりゃ丈夫だ。じゃあ、50ほどもらって行くかな」
受け渡しが済めば、こんどはあちこちにリサイクルボックスの取り付けだ。今日は気の抜けない一日になりそうだった。
お祭りは、本部前の大通りで山車が練り歩き、パレードやオロチ神楽が行われ、そこがメイン会場となる。ここには広い駐車場を使った華やかなイベントステージもあり、毎年たくさんの業者の焼きそばやお好み焼きなどの店が立ち並ぶのだが、ここでも容器やリサイクルボックスは徹底して使われることになっている。
そして寺町の弁天池周辺に商店街の出店が出て賑わう。ここには発酵塾はもちろん、和菓子コーナー、雑貨やおもちゃの問屋街、アクセサリーや貴金属の一般客向け激安放出品なども並び、買い物客でにぎわう。そして奉納歌舞伎、御神楽などの神事が格調高く行われる新加宮神社の参道や境内も夕方頃に人でごった返す。そして暗くなれば大川につながる東と西の運河で静かに精霊流しが行われ花火大会となるのである。
これだけ広範囲のごみを脱プラスチック化し、減量し、可能な限りリサイクルしていかなければならない。その総責任者となったツクシは、意外にも落ち着いていた。もともとのゆったりした性格がここで出たのかもしれない。
さて池のほとりの弁天カフェでも祭りの準備の真っ最中だった。お寺の山門のところには発酵塾、問屋街蔵出しセール、ワイン飲み比べなどの大きな看板が、そして参道のあちこちに昇りが立ち、池の周りに例年通り長机が整然と並べられている。
「おお、ツクシちゃん、昨夜荷物の整理ありがとね。今日はカナも来てくれてバリバリやってるよ」
下宿の豆腐店のお父さんは背の高いカナちゃんと並んで、手作りの豆腐や油揚げ、そして各種納豆を楽しそうに並べていた。
そしてその奥の弁天カフェが一段とにぎやかだ。
「受賞ワインと天然酵母パン、自家製チーズがすごい!」
「この地域で醸造しているワイン、製造の秘密発表会開催」
「国際コンクール優勝のワイン飲み比べコーナーあり」
「ワイン、チーズ、パン、生ハム、すべては健康にいい発酵食品」
さまざまなポップガ目を引く。カフェの中はけっこう大変。だが、吉永ワイナリーの百合子さんはその妥協のない性格でぴりぴりしていた。かわいそうなのは現場責任者の津栗酒屋の若旦那だった。百合子さんの考えとちょっとでも違うと全部チェックが入り、優しく細やかにやり直しが入るのだ。にこやかに、上品に、でも容赦なくやり直しを告げるのでかえって怖い。
「いいえ、そうではなくて、赤ワイン用と白ワイン用の試飲カップは少し違えてあるんです。ほら、赤ワイン用の葡萄と、白ワイン用の葡萄のシールが違うでしょ。ですからすべて設置のやり直しになります。よろしくお願いします」
「は、はい。まことに失礼いたしました」
若旦那の苦労は尽きない。
さらにカフェの中には試食コーナーもある。ワインと合わせるチーズや生ハム、天然酵母パンも、カフェで温め直され、とてもいい香りが広がる。
さらにあのアイデアマンでひょうきんな醤油屋の松風さんと寿司職人の資格を持つ酢の醸造元の細川さんがワインに合う和風のつまみを担当だ。目のくりくりっとした松風さんとニヒルでダンディーな細川さんはいいコンビだ。
「そうねえ、おすすめは手ほぐしコンビーフの醤油麹あえと青森産ニンニクのもろみ醤油漬けかな」
松風さんが言うと細川さんも。
「亀さんところの肉みそバターがパンに良く合うよ。松風さんの牡蠣醤油とうちの赤酢で造ったシメサバが絶品だよ。あとは牡蠣のアヒージョとかね」
と笑った。その傍らでは、カフェの梅花お母さんと漬物屋の弥生さんが、漬物セットの用意をしながら、外をちらちら見て話をしている。
「え、桜ちゃんはもう出かけたのかい?」
「ほら七福神はパレードの先頭でしょ、集合時間が早いのよ」
「そうだったわね、桜ちゃん、今年もミス弁天様だからね。ところで梅花さん、まだお店が始まってないのに、たくさんのおばちゃんたちがやって来て、この辺りをのぞいて行くのは何でなの?」
弥生さんの言葉に梅花さんはすぐに答えた。
「ほら、発酵塾の隣には、他の商店街の出店や問屋街のお店も出ているでしょ。問屋街の商品は、お祭りの時ぐらいしか一般の客には売らないし、毎年激安品があるじゃない。早い時間から偵察のおばちゃんたちがやってくるのよ。今年は、純金やプラチナのチェーンネックレスとか、すごいのが大特価で出そうよ。まだ噂だけどね」
「純金やプラチナ、資産価値もありそうね。そういうことか。じゃあ、暇を見て私も見に行こうかしら?!」
弁天池の周りには、まだ売り出しの時間の前なのに、おばちゃんたちがひっきりなしにやって来ては去って行く。そしてさりげなく商品を盗み見ては掘り出し物をチェックして、にやにやしながら帰って行くのである。
そのころ、街を見下ろす高台に建つ真加田宮神社では、朝の神事が行われていた。若い巫女さんの菱姿田千代(ぴすたちよ)を引連れて本殿に入って行くのは神職の真加田宮夏だった。清らかな鈴の音が鳴る。、特別な所作で朝の祈りをとり行う。神の気で満たされた静寂の中に祈願の声だけが響き渡る。その時だった。
巫女さんの菱姿田千代がふと気がついて顔を上げる。重くたちこめた雲の切れ間から一筋の光が差し込み、神社の本殿の前に敷き詰められた白い玉砂利が輝きだす。
「…あ、夏さま、光が…!」
すると真加田宮夏がほほ笑んだ。
「…うふふ…千代さん、今日は晴れますよ…しかもパレードには直射の日光は当たりません。暑いですからね」
「はい、良かったです」
光の筋は少しずつ広がり、神社の境内をしだいに照らして行った。しかし、お告げはそれだけではなかった。
「光とともに闇も来る。千代さん、墨と筆をお願い。大至急、二番の紙で密書を書きます」
「ははあ」
夏はその場ですらすらと和紙に何かをしたためた。そしてそれをスマホで撮影するとすぐに村長とシークレットファイブの仲間に送りつけたのだった。
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