7 謎の女グレイローズ

牧場の大原地区、運河と倉の倉河地区、そして今日、ツクシは、三つ目、里山と農園村の朝市地区に来ていた。

「…そういうわけで、ケーキ箱の開発は成功のうちに終了として次の開発に移ってもらう」

「村長さん、一体、次は何を?」

すると村長は腕を組んでしばらく考えてからこう言った。

「あっちもこっちもやってほしいものはいろいろあるんだが…。そうだ、ツクシ君に最初に一通り見てもらおう。それから決めても遅くない…。大原や倉河はもちろん、四つの町全体の特産品が一堂にそろう、場所があるんだ。そこでまず全体を知ってもらおう」

「それはどこなんですか?」

「朝市地区にある道の駅だ。ちょうど今度の日曜日フリーマーケットも大規模にやるそうだからちょうどいいよ」

そしてツクシはここにやってきた。村を活性化した、いくつものヒット商品を見ることになるのである。

朝市地区…大原地区の隣にある平地と丘陵地の間にある地区。江戸時代から、木炭やまきをとったり、肥料をとったりする豊かな里山として利用されてきた。丘陵地の畑や平地部の水田でも豊富な作物が取れたので、農村地帯として一時はそれなりのにぎわいもあった。そして明治時代の終わりごろから、街道沿いに山菜や野菜などの朝市が開かれるようになり、それが地名になったのだ。だが、高度経済成長期のころから、減反政策や、安売りのスーパーに買いたたかれるなど儲けも減り、兼業農家や耕作放棄地が増えて、売り上げも落ち、徐々に里山も荒廃し、山から下りてきた猪や鹿等の害獣に悩まされていた。

しかしここ数年、希望の光も見えてきた。減反政策も終了し、新しい農業を理想に移住してきた若い農業従事者が増え、最近はスーパーに買いたたかれることのない、有機農法野菜や自然農法冶菜を作っていた。

「へえ、ここが朝市地区か、畑が多いけど、なんていうか活気があるわね」

なだらかな丘陵地がゆったりと連なり、奥には里山パークが広がり、大川の近くにはキャンプ場やグランピング場、低いほうには大規模な農園村がある。

そう、ここ数年は村長のアイデアで造った農園村や農家ペンションが大当たりしたのだ。耕作放棄地や古い農家を借り上げ改修し、農園や宿泊施設を整備した。都市部の住民や小学生などの日帰り農業体験、週末だけ泊りに来て農作業をする週末農業、短期や長期で農家を借りての時々農民などいくつものコースを用意したのだ。協力してくれた地主や農家の持ち主には、ちゃんと使用料も入るのだ。

どんな野菜をどのように作れば売れるかもAIが教えてくれて、やさしい指導員の人も手伝ってくれる。それを道の駅に売りに出したところ無農薬野菜などが大ヒット。OECも注目し、ネットでも値段が高いのに売れに売れ、注目されるようになった。安心・安全でおいしいものがたべたいと言う消費者のニーズと、スーパーに買いたたかれるようなことのない生産者の利益が一致したのだ。生産者はOECのネットシステムを使って、直接消費者や消費団体と取引きするようになり、搾取されることがなくなったのだ。そしてもちろんそれらを結びつけたのが、中村長だった。

現在高速道路のインターに近い街道沿いに道の駅「朝とれ市場」ができている。

大原牧場コーナー、倉河白壁コーナー、さらに朝市地区里山コーナー、泉台地区南国コーナーなどに分かれ、村人なら誰でも好きな値段で特産物を売ることのできるフリーマーケットも有名だ。今日は今までにない大きな規模で参加者が集まってくる。売れ筋は、ほかにはない自然農のコーナーだ。ここでは無農薬の有機野菜や新鮮な野菜を、地域住民が好きな値段で売るのである。また、生産者が自分で開発・生産した、ジュースや発酵食品などの新商品も人気で、生産者の決めた価格で売りだすのである。今日も、おいしい無農薬野菜などを求めて、たくさんの人が遠くの町から自動車で押し寄せるにぎわいを見せていた。

「ええっと、田楽農園ってどこかな」

道の駅の駐車場に乗ってきた鹿デバを置いてツクシは歩きだした。一応ここでモノを売る体験をして、裏側からも道の駅を見たいと言ったら、ちょうど人手が足りなくて困っていた田楽農園を手伝ってくれと言うことになったのだ。

「伊藤津櫛と申します。よろしくお願いします」

「あら、あなたがツクシさん?こりゃ若くて元気のよさそうな人が来てくれたね。こちらこそよろしく。うちは、手作りこんにゃくと手作り味噌で、味噌田楽なんかを売っているのよ。生こんにゃくはほんとうにおいしいわよ!」

ツクシは身長も165ぐらい、やせ型だが体はしっかりしていて職人風、力もそこそこありそうに見える。田楽農園の金田さんのお父さん、お母さんが優しく迎えてくれる。

三日前からお父さんが腰を痛めて重いものが運べなくなり、お母さん一人でどうしようかと思っていたと言う。

「おかげさまで歩けるようにはなってきたけど、まだ重いものを運ぶのは無理ね。ツクシさんよろしくね」

金田のご夫妻はまだ50代、まだまだ普通に元気で、あの週末農業の制度を使い、大豆と郷里の味、こんにゃく芋を育ててきたのだと言う。週末に来るだけだから手間いらずの別荘感覚だ。分からないところは農業指導の人が教えてくれるし、どうしても行けない時は変わりに作業もやってくれるのだ。そして金田さん夫妻は収穫した大豆から、一年がかりで香ばしい自家製の味噌を作り、昨日からこんにゃく芋をすりおろして生こんにゃくを大量に作り、用意をしてきたのだと言う。

「この道の駅で手作りのこんにゃくを出すのは4年目なんだが、もう今年はダメかと思っていたよ」

お父さんには座ってもらって、ツクシとお母さん出テーブルやいすを運び、さらにカーゴを借りて駐車場の自動車から味噌やコンニャクの入ったアイスボックスをを運び出す。

「これ、全部お母さんが車に積み込んだんですか、大変でしたね」

「玄関に自動車つけてたから運べたのよ。こっちは誰かに手伝ってもらわないと、距離もあるしね…」

そして二人でテーブルに商品を並べて行く。商品は、甘味噌と生こんにゃくのセット、家庭用田楽セットが主だ。ほかには刺し身コンニャクや甘味噌に唐辛子を入れた南蛮味噌の瓶詰もある。これもあったかいご飯のおともに最高で、人気も高いと言う。

「あ、そうだ、ちょっと待っててください」

ツクシは並べ終わったと思ったら、急にどこかへ歩いていった。少しして使用済みのダンボールの空き箱を持って帰ってくると、突然カッターや太いマジック、蛍光ペンをを使ってささっと何かを作りだした。

「ええっとお母さん、これの商品紹介ですけど…」

「あ、それね、ええっと…」

数分後には、商品をきれいに並べるディスプレイ用のなだらかなひな壇と、商品の紹介プレートができ上がった。雑然としたテーブルは、打って変わったおしゃれな陳列コーナーになった。さらにレジコーナーとキャッシュレス決済のための顔認証カメラを用意して、これで一通り完了だ。

「村長さんには聞いていたけど、ツクシさん、あんた本当に手先が器用ね。早いし…」

金田のお母さんも大喜び、いよいよ売り出しの時間だ。

金田のお母さんは田楽ひとセットをさっと開けるとコンニャクをサイの目に切って甘味噌を振って、つまようじにドンドン刺して皿に入れた。

そして道行く人に勧め出した。

「おいしい田楽だよ。おいしいよ」

それを見たツクシは、あっという間につまようじごみ入れと書いた小箱を作りテーブルの隅に置いた。さらに。

「コンニャク芋の栽培から手掛けた、本当の手づくり!」

「今話題の美肌成分セラミドがたっぷり!」

「手作り甘味噌は香りが違う!」

などのミニのぼりをテーブルの上に立てた。

「うわあ、本当だ、生こんにゃくは食感がサクサクして全然違う!」

「お味噌がおいしーい!」

のぼりを見てドンドン人が集まり、お母さんの試食でおいしさを確認すると、すぐにお買い上げだ。

「すいません、ラビットのクーポン使えますか」

「はいはい、もちろん使えますよ」

ここでまたツクシの登場だ。例の地域通貨ラビットを使うと、道の駅のものはすべて割引になるのだ。先ほど用意しておいたレジの顔認証カメラをオンにして割引もスムーズキャッシュレスだ。やがて腰の痛いお父さんも出てきてレジの仕事を手伝ってくれる。

「あら、金田さんのお父さん、腰痛だって聞いてたけど、平気なの?」

近所のおばちゃん軍団が押し寄せる。

「いやあ、まだまだ痛いんだけど、この若いツクシちゃんがよくやってくれてさ。本当に、大助かりだよ」

「この机の上のひな壇も小さな昇りも、みんなぱぱっとこの場で造ってくれたのよ」

金田さんのおばさんも大喜びだ。

「うそでしょ、ここでつくったなんて?!」

おばちゃんリーダーのタミさんを先頭に、おばちゃん軍団が近寄ってテーブルの上をしげしげと見つめる。見れば見るほどよくできている。リーダーのタミさんがすっとんきょうな声を上げる。

「すっごーい、こりゃプロだわ。え、美術大を出てるの?やっぱりね、専門家はちがうわ」

なんのかんのでみんなたくさん買っていってくれた。

少しして金田のお母さんが話しかけてきた。

「ツクシちゃん、村長さんが言ってたんだけど、あんた本当はこの道の駅を見に来たんだろ?」

「え、まあ、そうなんですけど」

「こっちもひと段落したからさ、ちょっとお昼すぎまで見学してきたらどうだい?もうおなかもすいてきただろ、ここはいろいろおいしい店もあるし、なにか食べてくればいい」

「いえいえ、まだまだお手伝いしますよ」

ツクシがそういうと、金田のお父さんが優しく言ってくれた。

「重いもの運んでくれたばかりか、ひな壇やミニのぼりなんかもぱぱっと作るし、顔認証カメラもみんなやってもらったんだ。もう大丈夫、あとはこっちで全部できるよ。ありがとう、はやくあちこち見て来な」

そして二人でうなずきあった。

「有難うございます、なにかあったら、すぐに携帯で呼び出してください、馳せ参じます。では」

どこからまわろうか?そうだ、実はこの道の駅にはいくつかレストランもあるのだが、このフリーマーケットエリアの奥にも変わったレストランがあってさっきから気になっていたのだ。さっそく近づいてみる。

畑茶屋だ。覗いてみると中は大混雑。このフリーマーケットや近くの自然農園で収穫した野菜を持っていくと、素朴でおいしい郷土料理とお土産セットを安い手間賃で作ってくれるレストランだったのだ。

「もっとすいているときに来ようかしら…」

さらに歩き出すツクシ。だが少し歩いて立ち止った。目の前をいかにも地元の住民らしい若い女性が横切る。黒のズボンにありがちな紺色のカーディガンを着て、髪を無造作にポニーテールに束ね、ピンク枠のメガネとマスクをしている。どこにでもいるような姿だが、ツクシは驚きの顔でそれを見ていた。

「なんだろう、この違和感は…?!」

なにかとんでもないことを感じたが、しばらくの間はそれがわからなかった。

やがて、偶然そばを通りかかった時、はっと気が付いた。

「私はブランド品とかに詳しくないけど、たぶんあの腕時計はフランクミューラー、変わった文字盤だから…。小脇に抱えたバッグもエルメス?たぶんあのハイヒールも高級ブランド、パンツもかなりお高そうね…なんなのかしら、あの上着だけが安もののカーディガン…」

謎の女だった。巧妙に変装しているようだったが、いと美しきものを好むツクシにはとんでもない違和感として映ったようだ。やがて謎の女は人ごみの中に消えて行った…。

その頃、近くの大型スーパーの倉庫の中で、たくさんの男女が忙しそうに動き回っていた。

「新店長、移動店舗の用意できました」

「人工知能が割り出した安売り商品、積み終わりました」

「では、連絡が来たら、すぐに追加品を運び入れてすぐに出発だ。スピードが勝負だ。やつらに立ち直る隙を与えてはいけない」

「はい」

「あと、価格比較サイトの用意はいいか?」

「担当の荒川によって、すべて画面はできています、あとは数字を書き込んでアップするだけです」

「さすがにあの子は仕事が早いね、期待してるぞ」

ツクシは、田楽農園の出店しているフリーマーケットエリアから見て回った。ここでは、この朝市地区で盛んな野菜などの農産物がたくさん売っている。家庭菜園で造っているようなトマトやナスから、金田さん血のような週末農園を借りて一般の人が無農薬野菜やその加工品を売っている場合も多い。苺やビワ、ブルーベリー、落花生などもめにつく。自家製のジャムやアイスクリームも大人気だ。今日も自家製の糯米の磯辺焼きや焼きトウモロコシの店も出ている。秋には甘栗や焼き芋も出ると言う。ツクシはさっそく焼きトウモロコシをかじりながらの視察だ。う、うまい。

すると一人のおばあさんが、まだのろのろと店の用意をしているところがあった。

「あら、おばあさん、手伝いましょうか?」

「わるいのう、朝の収穫に手間取っちまってな、ついさっき着いたばかりでな」

荷物を取り出すと、大きなシイタケがごろごろとでてきた。

「うわあ、みごとなシイタケですね」

なんでもこの吉井のおばあちゃんは、朝市地区の里山でシイタケの栽培をしていて、山からシイタケを背負って、バスで降りてきたのだと言う。

ここに降りてきてシイタケを並べると、好きな値段で売れて、現金収入になるので、孫へのおこづかいも稼げると、よく来るのだそうだ。

「時々、たくさん売れると、もううれしくて、うれしくて…」

この道の駅は、吉井さんの生きがいにもなっている。ツクシはこのおばあさんがタケという名前だと聞くと、さっとミニのぼりを作った。

「吉井タケさんのよいシイタケ」

そして今度はこの朝市地区の特産物コーナーへと見に行く。この地区にある里山パークは、荒廃していた里山を整備し直し、春には山菜ツァー、夏には林間学校やクワガタ・カブトムシなどの虫取り体験ツァー、秋にはキノコ狩りツァーも行われる場所で、最近はバーベキューができるキャンプ場やグランピング場も大人気だ。

今日も作務衣を着た坊主頭の青年が、今年生まれたばかりのカブトムシやクワガタを売っていた。

「安いよ、安いよ。しかも今年のカブトもクワガタも去年よりひと回りデカいよ、でも値段はそのままだ、これはお得だよ」

「あら、和尚さんがまた店出してるわよ」

「きゃあ、和尚様、孫にカブトムシ買うからオスを一匹くださいな」

「はいはい、並んで、並んで」

山にどっさり降り積もる落ち葉や、キノコ栽培で使った菌床の木屑を使って養殖した虫たちだ。ある意味、リサイクルであり、育て方がうまいのでみんな大きくてとても元気だ。

この若い修行僧は、美男子の上に背筋がすらっと伸びたスポーツマンだ。お説教もうまく、地元では大人気らしい。だが、例の謎の女が近くを通りかかると、やはり見逃さなかった。

「なんだ、あのマスクの女、身のこなしにまったく隙がない。一体何者…」

そのころお腹のすいてきたツクシは、ここの大人気レストランだという農家レストラン「ゆうき百倍」のメニューやお弁当コーナーを覗き込んでいた。

「国産大豆納豆と、放し飼い鶏の卵かけ納豆ごはんもいいなあ、5種類の根菜と4種類の青菜のイタリアンサラダ9も魅力的だし…」

もちろんここのとれたての無農薬野菜がたっぷり使われているやさしい味だ。

「へえ、ジビエ弁当って、野生動物の肉も売ってるんだ」

今は、わらび餅やヨモギ団子、山菜弁当に混じって、猪焼き肉弁当、鹿ランチ弁当などがよく売れているそうだ。害獣扱いされている鹿や猪だが、食べるとうまい。ちょっと試食してみると、まったくくせがなくおいしい。低脂肪でこれから人気が出そうだ。ツクシは焼肉味のいの丸、ポン酢味のしか丸というお結びセットを買って、またすたすたと歩きだした。

「あ、倉河地区白壁コーナーだわ、発酵塾の開発商品も並んでるわ」

発酵塾の味噌や醤油などの測り売りが、タッパーやペットボトルなどを持ってくると10%引きだそうで、沢山並んでいる。ツクシは、持ってこなかったのでちょっと悩む。

「そうか、この辺に脱プラスチックの工夫の余地がありそうね」

だが近付いて見て不思議なコーナーがあるのが目につき、さきにそこに入る。

健康になれる買い物コーナーだ。白壁大学の医学部健康センターがやっている。わずかな地域通貨ラビットを払えば、その中で、短時間で健康診断ができるのだ。まず、画像分析であっという間に現在の精神状態が分析され、センサーのついた椅子に座るだけで脈拍や心電図、血圧がわかり、その場でわずかな血液を採取するだけで、血糖値から中性脂肪など26の数値がわかり、骨粗鬆症から筋肉量、お肌の水分量、ガンの可能性まで診断が下るのだ。そして次の部屋に行くと、立体モニターにAIナースのゲンキさんとAIフードアドバイザーのデリスさんが登場、ゲンキさんが健康状態を分かりやすく説明し、デリスさんは、では何を食べるともって健康になれるのかを教えてくれるのだ。

まずAIナースのゲンキさんからはこんな分析が出た。

「伊藤津櫛さんは特に大きな問題はありませんが、慢性的な運動不足で、今のうちから生活の中に徐々に運動を取り入れるとよいでしょう…」

さらにAIフードアドバイザーのデリすさんからはこんな指導が入る。

「ここのところ、糖質のオい甘いものを取り過ぎですね。良質のたんぱく質やカルシウムを採るといいでしょう。お勧めの商品は…」

この道の駅「朝とれ市場」で売っているいくつもの商品がモニターに現れる。

「プリンの食べ過ぎがばれちゃったわ?!なるほどねえ、これじゃ買わないわけにはいかなくなるわね。でも、まあ、おいしそうだから買ってみるか…」

隣の発酵塾のコーナーでは、さっそくお勧めの玄米甘酒豆乳ココアを買ってみる。まさか自分の開発商品がお勧めになるとは…。

次の大原牧場コーナーでは、もう新発売のプリンやジャージー牛のミルクソフトクリームに行列ができている。ツクシはここでも低脂肪で高蛋白の生ハムがおすすめ商品で早速お買い上げだ。

そのころ謎の女もあちこちのコーナーを回っていた、そして気になる商品があるとマスクの中で分からない用に何かをささやいていた。例の大型スーパーの倉庫の中で、大勢の人間がまたすばやく動きだした。

「次の商品は○○…」

「商品名と値段だけじゃなくて、どんな製品かもう少し分からないと…」

すると謎の女の脇に抱えたハンドバッグに仕込んだ隠しカメラの映像がすぐに目の前の画面に出る。

「オーケー、わかった。在庫がある。すぐに積み込め、これもサイトに載せるぞ」

一体何が行われようとしているのか?!

謎の女は一通り各コーナーを回ると、また人ごみにまぎれてどこかへ消えて行った。ツクシは、次の泉台地区南国コーナーに行って驚いた。

「ええっ、何でこんなものが売ってるの?!」

泉台地区は南国どころか四つの地区で一番北にある山の中の地区だ。変岩、奇岩で有名な赤竜渓谷や雷神の滝など名所も多く、また以前は温泉も豊かに出たので温泉街もある静かな山間の地域だった。それが20年前の地震で温泉がほとんどでなくなり、寂れる一方だったところだ。だが売り場には意外な高級品が並んでいた。

「特産物にスモークサーモンってどういうこと?」

ある意味海から最も遠い場所なのにどういう事なのだろう。

「えっ?、キャビア?、これって外国の高級品だよね」

なんで山の中の特産品にこんなものが?

さらに隣を見てツクシは驚く。

「海老フライセットとフグのから揚げセットの冷凍食品が売っているわ。これが山の中の特産品?!!」

売り場のお姉さんに、これが山の中で採れたんですかと聞いてみる。するとお姉さんは、あのナオリさんが編集しているタウン誌の泉台地区特集号を一部渡してくれた。それによると在来種のマスとブラウンとらうと等をかけ合わせて品種改良し、泉サーモンを作り、それを生食できるようなきれいで安全な養殖場で育て、さらにそこから燻製にしてスモークサーモンを作ったのだという。また同じようにしてキャビアの採れるチョウザメの養殖にも成功し、数年前からキャビアも商品化できたのだという。さらにページをめくると、エビやフグのこともわかった。

「えー、これって小学校?」

なんとエビは廃校のプールに屋根をつけた施設で、フグは体育館に設置された大きなプールの中を泳いでいる。両方とも水温調節もされて、よく育つのだという。水の豊富なこの地域ならではの屋内養殖だ。最近の研究で、微量のミネラルを溶かすだけで海水魚が飼えるという結果が出て、可能になったという。

そして、あの燃えるごみの焼却場で出た二酸化炭素で養殖したミドリムシが、大きな意味を持ってくる。実はミドリムシを餌に大量に増やした動物性プランクトンやオキアミなどがよいエサとなり、エサ代がほとんどかからないらしい。しかもきれいな水で飼えるので病気も出ず、化学物質による汚染の心配もないのだ。泉サーモンもキャビアも高級品、エビやフグも高値で売れるので、早くから取り組みが始まったそうだ。

山奥の村でも色々できるんだなと売り場をさらに進むとさらにわけが分からなくなる。

「え、えええっ!」

バナナの大きな房がいくつも置いてある、隣にはパパイヤ、マンゴー、パイナップルやパッションフルーツなどもある。生のフルーツとドライフルーツの食べ比べを試すとこれがうまい。

またすぐ隣には「泉特製スパイス・ナッツコーナー」があり、ここで採れたと言うペッパーやクローブ、ナツメグなどのスパイス、マカダミアナッツなどのナッツ類も売っている。そう、これらは本当に南の国に行かなければ栽培できないものばかりだ。これが同じ山の中の特産品とは、どういうことなのか?

売り場のお姉さんに聞いてみた。するとお姉さんは例のタウン誌の別の号を渡してくれた「泉村温泉パーク特集号」だ。

「ええ、温泉って、もう枯れてしまったんじゃなかったの?」

なんといつの間にか泉台地区は、補助金をもらい、地熱発電モデル地域になっていたのだ。普通は温泉街が地熱発電に反対することが多いのだが、ここでは逆だった。あの村長が地熱発電をすれば、発電の時に発生する多量のお湯で温泉が復活すると説いて回ったと言うのだ。結果、それから3年後に地熱発電が開始され、山の中のこの地区は、安い電気と大量のお湯を利用できるようになったのだ。あのエビやフグの温度調節にも、豊富なお湯が使われていると言う。さらに大量のお湯でいろいろな温泉施設が作られ、その一つが熱帯農園だった。温泉を使った後のお湯を再循環させて建物自体を温めて、熱帯のフルーツやスパイス・ナッツを栽培、成功させてしまったのだそうだ。

「だからこの道の駅で、こんな珍しいものが売っているのね」

ツクシはお勧め食材のミツクスナッツを手に入れここで買い物終了だ。だがその時、携帯が鳴った。金田のお母さんからだ。

「どうしたの、お母さん」

「ちょっと、すぐ帰って来て、フリーマーケットエリアが大変なことになってるのよ!」

え、一体どういうこと?!ツクシは驚いて、リュックを背負い直して走り出した。

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