6 弁天カフェ

発酵塾とは、伝統を守りながら、倉造りの新商品を次々開発し、いくつもヒット作を出しているこの倉河地区の団体だ。昔は良いものを作ってもなかなか知られることもなく、大量生産の大企業の製品に押されて売り上げも落ちていた。でも、今ではOECのホームページで大人気だ。国内産の材料を使って、伝統的な製法で安心安全に無添加で造られることが認められ、白壁大学の分析で品質の高さも保証されている。原材料や流通コストもすべてクリアに見える化されているので、少し高くてもネットでどんどん売れるようになったのだ。この街はよいものを作れば、きちんと生活できる基礎ができている。発酵塾の仲間はそれに任せきりにせず、さらなる品質向上やアイデア商品の研究に日夜努力している仲間なのだ。

日が落ちて、辺りが暗くなる。涼しい風が吹いてきた路地裏をぬけて大さんとツクシは、寺町通りへと抜けていく。こっちの方には古いお寺やお墓もあり、とても静かだ。

「え、こっち?」

なんと先頭を歩く大さんは、お寺の山門をくぐって行く。仁王像がツクシを迎える。この倉河の町も、一時は古い醤油や清酒などの産業が衰え、賑わっていた町全体も人通りが減った時期があった。だが村長たちを中心にした町おこし運動は、倉や寺、運河など、この古い町並みこそに価値がある。と街並み保存や修復を訴えたのだった。

街並み条例が整備され、なんと新しく造る建物も白壁の古い町並みに合うようにデザインを変更していった。そして古い町並みは守られ、甘酒横丁や古い商店街も充実し、観光コースも整備され、観光バスが何台も訪れる人気の観光地へと変貌していったのであった。そしてこのお寺、慶福寺も倉河七福神のコースに入れられ整備された。山門の内側の石畳を踏みしめて進めば、青い街灯が辺りを照らす。梅の林や桜の庭園を歩きながら本堂へと進むと、右側に蓮の花で有名な弁天池が静かなたたずまいを見せる。さらに池に沿って歩けば、回収されたばかりの小さいが見事な弁天堂が街灯の光に浮かび上がる。そしてその色鮮やかな弁天堂の奥に、グルメスポット弁天カフェがあるのだ。今日はカフェは7時で閉められ、発酵塾の仲間が集まりだしていた。陶製のあでやかな弁天のマスコット人形のある大きなテーブルにいつもの出席者がやってくる。豆腐屋の主人が、みんなの前でツクシを紹介した。ツクシは、今度は何を言われてもいいように、リュックサックにハサミやカッター、紙の動物などを用意してきていた。それをみんなに一通り説明して言った。

「…というわけで、美術大学をでても就職が決まらなくてぶらぶらしていたところを中年男村長に拾われまして…。今はプリン工房で脱プラスチックのケーキ箱等を作っています。村長の話しでは大原のプリン工房だけでなく、あちこちのデザインをしてほしいということなので、ここの方たちとも一緒に仕事をすることになるかもしれませんのでよろしくお願いします」

「へえー、器用だね」

「すぐ使えそうだね」

など、声が聞こえてくる。みんなが温かい拍手で迎えてくれる。

「なんかパソコンにも強いいんだってね。噂は聞いているよ」

まず、最初に挨拶してくれたのは発酵塾の塾頭、勉強家で気さくな酒屋の若旦那の津栗さん。清酒の蔵元で、最近はフルーツ清酒、発泡清酒、地ビールなどのヒット作を手がけた人だ。

そして次に優しそうな中年の女の人と娘さんが来た。

「ようこそ、倉河へ、そして発酵塾へ」

二人は仲良し親子で、この弁天カフェをやっているお寺の奥さん梅花さんと、娘の桜さんだ。梅花さんは発酵塾の会計で、みんなのまとめ役らしい。桜ちゃんは大学1年生で、七福神パレードには、弁天様に扮して出演するという美少女だ。

「豆腐屋に下宿してるんだって?いいところを見つけたね」

小太りのおじさんがニコニコしてやってくる。

発酵塾の知恵袋、味噌屋の亀さん。発酵塾の最年長だが、まだまだ元気。いつも頼もしく、町のあちこちの団体にも出入りする世話役の一人だ。

「なんかすごく手先の器用な人がプリン工房に来たって聞いたよ。ツクシ君だったんだね」

アイデアマンでひょうきんな、醤油屋の松風さん。本醸造の醤油はもとより、鰯醤油やイカ醤油、牡蠣醤油など、いろいろな醤油を作ってヒットさせている。この弁天カフェでも鰯醤油とガーリックの海鮮パスタ、牡蠣醤油とタコを使ったハーブ風味のパスタが大人気だ。

「一度うちに遊びに来てよ。御馳走するよ」

そう言ってやってきたのは、いつも仲良し、甘酒屋の三瓶さん夫妻。江戸時代から続く麹蔵を持っている。

「うちのワインの瓶や箱のデザインも相談にのってもらおうかしら」

フランス帰りのワイン工房の吉永百合子さん。この桜山村の泉地区でとれた国産の葡萄を使って、傾いた清酒の倉でワインを作り、昨年フランスのワインコンクールで優勝したという。美人でおしとやかだが、仕事には一切妥協はしない。

「なんかおもしろそうな人だね。酢を作っている細川だ。よろしく」

お酢の醸造元の細川さん。若いころは放浪癖があったクールな男。自分も板前経験があり、その腕はプロ級。特に寿司のシャリにはこだわりを持ち、細川さんの寿司用の赤酢は引っ張りだこだ。

「食べるのが大好きだって聞いたよ。うちの漬物もおいしいよ」

漬物屋の弥生さん。あらゆる漬物を作る、大人気の漬物屋のおかみさん。日本のいろいろな漬物はもちろん、最近はザーサイやキムチなどが大ヒットとなる。そして、発酵食品の納豆も造っている、豆腐屋の富士見さん、これでいつもの顔がそろった。そして津栗酒屋の若旦那がみんなの前に立った。

「ええ、今日の議題は夏祭りのイベントです」

毎年、発酵塾は旧盆の夏祭りに向けてイベントを出しているのだと言う。この運河の町では盛大に精霊流しが行われ、オロチの大神楽や、神輿や七福神パレードなどもあり、この弁天池の辺りも海上になっていて、弁天カフェでイベントをうつのだ。

漬物の作り方や即売会の年もあったし、去年は富士見屋を中心に納豆で大々的にイベントを打ったそうだ。

「ええっと、では今年の担当のワイン工房の吉永さん、お願いします」

すると、黒のスーツで上品に決めたユリコさんが前に出た。かわいらしく咳をする。

「では、お手元のプリントをご覧ください。弁天池の周りのフリースペースには、例年通り店ごとに、発酵塾の開発商品の展示即売コーナーを儲けます。そしてメイン会場の弁天カフェでは今年は新顔の人も交え、三つの発表と展示即売を行おうと考えております」

えーっ、ワインだけじゃなかったの?新顔って一体誰?…。みんな心当たりがないようで顔を見合わせた。

「えーっと、うちの塾頭の造り酒屋の若旦那には了解は取ってございます。それはワインにとって、とても必要なものなのです」

するとその時、会場に、アースカラーのエプロン姿のお姉さんと白い制服姿のおじさんが入ってきたではないか。

「全粒粉や天然酵母のパンを作るパン工房ナチュラルミューズの森村さんと、大原のプリン牧場のチーズ職人の白石さんです。今年は、この三人で、ワインとチーズとパンの競演をやりたいと思います。いかがでしょうか」

去年、甘酒横丁に新しくできたばかりのおしゃれなパン屋のナチュラルミューズでは、数千もの酵母菌の入った天然酵母をヨーロッパから取り寄せ、20時間以上ゆっくり発酵させてパン生地を作ると言う。プリン牧場では今まで何種類かのモッツァレラチーズは造っていたが、数年前から種々のハードタイプのチーズも作り始め、その第一号がいよいよ売り出される。さらに去年から牧場で売り出している二年物の生ハムも出品すると言う。

「そして吉永ワイナリーは、受賞記念ワインフェアとして、ワインの醸造法などの発表に加え、蔵出し飲み放題をやろうと企画しております」

「おう、そりゃすごい」

盛大な拍手が起こった。

それから天然の酵母で造ったパンや新製品のチーズの試食や説明で盛り上がり、最後は雑談コーナーで盛り上がった。

「すいません、富士見さん」

甘酒屋の三瓶ご夫妻がやってきた。二人とも小太りで、世話好きな感じの御夫婦だ。なんだろうとツクシも見てみると、3本の瓶を取り出した。

「きのう、いただいた例の豆乳で、いろいろブレンドしてみたんですけど、試飲してもらえますか?」

「はいはい、頼まれていたグラスですよ」

すると、さっと梅花桜親子が小さなグラスを持ってやってきた。

「では、いただきます…。ううむ、これは…」

三瓶夫妻の視線が富士見大さんに注がれる。

「ううむ、微妙なところだね。ツクシちゃんもちょっと試飲してみて」

「え、わたしもいいんですか?いただきます」

1番、2番、3番と書かれた瓶から注がれた液体を試飲する。

「あ、おいしい。でも、私は…3番が一番おいしいかな」

「お、同じだよ。おれも3番がいいかな」

「うむ、1番はうちの普通の甘酒、2番は玄米甘酒、3番は二つを合わせたものをそれぞれ豆乳とブレンドしているんです」

飲む点滴とも呼ばれている栄養豊富な甘酒に、たんぱく質やビタミン・ミネラルも豊富な豆乳を加えることにより、さらに栄養度の高い健康商品を作ろうという試みだ。

「2番の玄米甘酒は、通常の甘酒より濃度も2倍で栄養も満点だ。豆乳と合わせて飲みやすくなるかなと思ったんだが。やっぱり3番か」

栄養満点の健康飲料を作りたいと言うのもあったようだが、三瓶ご夫妻としては、少しくせのある玄米甘酒を生かした商品を作りたかったようだ。

「やっぱり3番だな、まあ、玄米甘酒も少し入っているしな。じゃあ…」

話が決まりかけた時、ツクシが口をはさんだ。

「ココア味はどうですか?味のくせも薄まるのでは?カカオポリフェノールも入っているし。そういえばチョコレートも発酵食品ではなかったでしたっけ」

それを聞いていた塾頭の津栗の若旦那が驚いた。

「ええ、ツクシ君、発酵食品にくわしいじゃないか」

「てへへ、今、ちょうど、桜プリン工房で、チョコプリンもやってるんで」

「そうか,濃い豆乳と玄米甘酒、そしてココアを合わせてみるか…それ、試してみていいかな、いけるかも」

すると、梅花さんが合図して桜さんがすぐにココアの粉末を持ってくる。

「さっそく、実験しましょう」

そして、実験といろいろな話し合いの後、3番のブレンドと、それとは別にココアブレンドをさらに進めることとなった。玄米甘酒豆乳もココアの混ぜ方で、けっこうおいしく飲めたのだった。

「うん、これならいける。ええっと、ネットに上げて反応をみるかな」

若旦那の言葉にさっそくツクシが動いた。

「ええっとコメントは皆さんの意見をまとめて書かせていただきます」

その場で造られた試作品をツクチがおしゃれなグラスに入れて写真を撮り、コメントをつけて新製品コーナーにアップする。また、田部泰三教授の食品工学室にもサンプルを送る手続きをする。

ここで届いた反響や栄養分析の結果などが評価され、今の時点での人気や需要がわかるのだ。このAIによる電子市場は、こちらの言い値で売りに出せるが、極端な安売りや高すぎる値段ではAIにはじかれてしまう。需要や供給のバランス、その商品の価値などを判断し、適正な価格で、特に手作り食品には正当な報酬が出るように工夫されている。

またすべての結果が出れば、コスト登録制度により、売り出した時の適正価格もAIによって決定される。成績が良ければすぐに製品化される可能性も出てくるのだ。その際、ここから直接クラウドファンディングもできる。

さらに最後にあの年長の味噌屋の亀さんがやってきた。

「実は夏祭りで、ツクシ君にぜひ頼みたいことがあるんじゃが…」

そう言ってある計画を説明しだした。

「おもしろそうな仕事ですね。でも、けっこう規模が大きくなるので、村長にも了解を得ないと…」

「おう、そうじゃったな。じゃあ、村長にも相談してみるかな」

そうして初めての発酵塾は終わった。和やかなうちに熱い魂を感じさせる会合だった。

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