1 カルガモバス

やがて数分で駅前の桜の周りをぐるっとまわり、駅前ロータリーに不思議なバスが走りこんできた。みんなきちんと車間距離をとり、マイクロバスやトラックが、6台つながって電車のように走ってくる。どれも電気自動車とかで実に静かだ。よく見ると、運転手が先頭の1台にしか乗っていない。運転手1名で他の車を移送していく、自動運転の一つなのだと言う。先頭はワンマンバス、その後ろに宅配・郵便トラック、ごみ分別運搬車、コンビニ販売車、介護・ドクターカー、シェアバイク運搬車がつながっていた。コンビニの販売員やごみ収集作業員などは乗ってはいるものの運転はしない。時間帯や要望によって、つながる車の種類や台数はその都度違うらしい。

なるほど、運転手がいる親ガモの後ろに無人の子ガモがついていくわけだ、だからカルガモバスというのか。これだと人件費が大幅にカットできるという。

「これをかざすだけでバスの乗り降りも自由になるぞ」

はじめてバスに乗るツクシは、村長からゲスト用の村人カードをもらう。中村長と娘のナオリさん、そしてツクシの三人でそのまま先頭のワンマンバスに乗り込む。

「おや、村長さん、御苦労さまです」

バスの運転手が明るく声をかけてくれる。村長さんの評判はすこぶるいいようだ。

「ええっと、それで、最後はどこで降りるんですか?」

「プリン牧場の一つ手前のバス停、桜広場だ」

「ふふ、ツクシさん、そこには私のカフェがあるの。あとでおいしいものをごちそうするからね」

驚いたことに、ツクシとあまり年が違わないように見えるナオリはカフェのオーナーで、業界では有名な洋菓子の研究家なのだという。

さらにこの地域のタウン誌の編集長でもあり、週に一度ウェブやフリーペーパーで情報を発信しているのだそうだ。

「へえ、水もきれいなのね」

村の中を農業用の用水路が縦横に走り、この辺りは無農薬栽培なので自然も残り、今の季節、夜になるとホタルも飛ぶのだと言う。

「このカルガモバスは思いつきで、うちの運送会社で始めたんだけどね、評判が良くって、今は村のあちこちの路線を走っているんだ」

もともと、中村長は大学を出て外資系の企業に勤めていたのだが、家業の運送業を継がなければならず、30才で帰って来たと言う。地元で実績をあげていたところ、成り手のいない村長を引き受けるはめになり、村長選で見事当選、今年3期目で7年になると言う。

「村長になりたい人がいないってどういうことなんですか?」

実は当時、四つの町や村が合併して新しい村ができるということだったのだが、四つの村や町はすべて財政危機で赤字続き、人口もどんどん減って過疎化が進み、どうやって立て直したらいいのか見当もつかなかった。もちろん成り手など最初は一人もいなかった。この大原村と山側の泉台村と、里山の朝市村、そして運河と白壁の倉河の四つの町村が合併し新しく桜山村となったのだ。ここ大原地区出身の中村長は、このカルガモバスをはじめとしたさまざまな工夫で過疎化を押さえ実績を上げていった。中村長が誕生してから3年で財政は上向き、去年はついに黒字に転じたと言う。すごい、どんなマジックをつかったのだろう。

カルガモバスは、田園地帯の中を爽快に飛ばしながら走った。初夏の眩しい日差しの中、左手には青々とした水田、右にはトマトやキュウリなどの夏野菜の畑が広がっていた。しばらく行くと、廃校になった小学校の校舎と広場があり、近くの村人がぞろぞろと集まって来ていた。

「大原下平、大原下平です。お降りの方はボタンを押してください」

ワンマンバスのアナウンスが響く。窓から外を見ると住民達はみんな、スーパーで使うようなカートを引きながら集まってきている。カルガモバスはそこに入って行った。

「さあ、一つ目のバス停だ。何分間か停車するよ。とりあえず降りてみないかい」

「はい」

バスが止まる。ワンマンバスには何人か人が乗ってくる。これから牧場やカフェに行く関係者だという。後ろのコンビニ車はあっという間に店開き、たくさんの地元の人が買いに来る。お菓子や飲み物、日常用品はもちろんだが、肉や魚、野菜、御惣菜なども置いてあり、どんどん売れて行く。

「予約していた山口ですけど」

「はい、バーベキュー用の味付け肉とウインナーと野菜7人分ね」

「鈴木です。よろしく」

「はい、沼津の深海魚お刺身バラエティセット四人分、お買い上げ」

なんとネットで予約しておくと手に入りにくい品物や、人数や用途に合わせたお得なセットもちゃんと受け取れるのだ。そして驚いたのは醤油や味噌などの量り売りだ。家から持ってきたガラスの瓶やタッパーの中に欲しいだけ入れて重さを測ってカーゴに積んで行く。ごみが出なくてとってもエコだ。一日2回まわってくるから、買い物難民にはうれしいサービスだ。さらにコンビニ車の後ろの郵便・宅配車からは、その場で郵便物や宅配便も受け取れる。ここから発送もできるし、クリーニングの注文・受け取りもできる。しかも受け取った人全員が放送やダンボールをその場で開封して中身だけカートに積んで持ち帰るのだ。使わなくなった包装紙や段ボールはさらに後ろのごみ分別収集車にその場で渡し、家には持ち帰らない。収集車の係の人が完璧に分別してきれいにごみが別れて行く。

また古新聞も週に一度集めてくれるが、チラシやパンフレットもペーパーレス化が進み、ほとんどウェブで分かるようになっていて、余計な紙ごみは出ないという。

「ごみ問題の核心は分別だ。入り口をしっかりやれば、出口もなんとかなる」

村長が言った。この地域のごみの分別達成度は94%を越えていると言う。

「すいません、曜日間違えて生ごみを持ってきちゃったんですけど」

「あ、今日は余裕があるから受け取りますよ」

お母さんの一人が生ごみの入った黄色の紙袋を渡す。

生ごみを紙袋で平気なのだろうか?だが普通と違う。すっかり乾燥しててとても軽く、においもないのだ。村から支給された家庭用生ごみ乾燥機で処理してあり、プラスチックごみもゼロで、このまま肥料工場や家畜の飼料として加工されるのだと言う。

さらにここまで来られない病人や高齢者のために介護スタッフやドクターが出かけて行く。ついでに郵便物や宅配便も持って出かけて行く。

「どうかな、ツクシ君、一緒に我々も宅配便を持ってまわってみないかい?」

「はい、でも重い荷物をどうやって運ぶんですか?」

「ははは、シカサンだよ。安心して運べるよ」

みんなシカサンと呼んでいるのは、シ・カ・サン・バ。正式には、シェア・カーゴ・三輪の電動自転車、大きなカゴのついた三輪の電動自転車の名前を略したものだった。駅や村のバス停などの近くに自由に乗り降りできるシェア自転車置き場があり、村人カードやスマフォで簡単に借りることができる。三輪なので運転も楽だし、大きなカゴが付いているので宅配のダンボールも運べる。子どもを載せても安定しているし、介護やご近所の宅配便の運搬にも大活躍しているのだ。さらに機動力のある電動バイクタイプも半分ほどあり、遠くに買い物に行くときなどにおすすめだ。

「じゃあ、谷川さんのばあちゃんちに行くぞ」

ダンボールと郵便物を電動自転車の大きなカゴに乗せ、村長とツクシはシカサンで走り出す。

「あら、村長さんが来てくださって、光栄だわ」

一人暮らしの谷川のおばあちゃんは、目がすっかり悪くなり、最近は家の周りや隣の畑しか出歩かないのだと言う。村長とツクシは郵便物とダンボールを縁側に運び、梱包を解いて息子さんからの贈答品を取り出して谷川のおばあちゃんに手渡した。

「これ、持って行ってよ」

荷物の中から、おばあちゃんはせんべいを二人に手渡す。

「いえいえ、お気を使わないでください」

「いいから、いいから持ってお行き」

最後は根負けしてせんべいを受け取った。二人はせんべいと使い終わったダンボールを積んでバス停に帰ってきた。するとそこにいた村人全員が村長に挨拶する。村長は一人一人に声をかける。

「こんにちは、大塚さん、お世話になってます。こんにちは、高橋さん、お元気そうですね」

驚いたことに、この大原地区の住民の名前を村長はすべておぼえているようだ。

「カルガモバス出発します」

村長やツクシが乗り込むとワンマンバスはゆっくり動きだし、後ろの5台を引連れて進み出したのだった。

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