鹿に乗るサル

セイン葉山

プロローグ 駅

ここはローカル線の小さな駅「桜山」。休日の朝早い時間なので人影もない。そこにシルバーのセダンが走りこんできた。中からは怪しい三人組が降りてきた。

「えらい田舎だな。なんにもねえぞ。こんなところに鹿に乗るサルを描いたと言うドクターが本当にいるのか?」

背の高いサングラスの男がそうつぶやいた。

「でも、この周辺なのは間違いないわ。あとは時間の問題よ。どう?トモコ、何かわかりそう」

アイドルのようにかわいい女の子がそう言って車の中を見た。仲間がもう一人車の中にいるようだ。ちょっと太めの中年の男はその間、ずっと携帯で何かを話していた。

「うまくいった。新店長としてうまく潜り込めそうだ」

「じゃあ…」

「進路変更だ。すぐに例の店に直行だ。急げ」

三人が乗り込むと、シルバーのセダンはすぐに動きだした。

やがてローカル線が小さな駅に滑り込んでくる。何人か人が降りてくる。

そして物語も動きだすのだった。

電車から降りてきた一人の若い女性が駅からの風景を見てたたずんでいた。でもこの女性はさっきの集団と違い、その何もない田舎の風景にうっとりしていた。

「…いと…美しの風景ね…。へえ、こんなにのどかでいいところだったんだ…」

駅前にはシンボルの桜の大木がそびえ、その向こうにはのどかな田園風景、奥には牧場のある丘陵地帯がひろがっていた。

ドタドタと靴音が近づいてくる。

「おいしいプリンが名物って聞いてたけど、なんだ、何にもないド田舎だな、コンビニかなんかないの?」

「ほら、となりよ、となり」

二人連れの若者があとから出てきた。駅のすぐ隣にナンデモマートというコンビニらしき店があり、二人はそこにササッと入り、すぐ飛び出してくる。

「なんだよ、スナックやドリンクもあるにはあるけど、ビニールハウスフェアだとか、有機肥料セール中って?!」

二人はあわてて、どこかへ出かけていく。

一本早く来ちゃったから、まだ迎えは来ていない。のんびり屋のツクシは、駅の待合室の椅子にどっかりと腰をおろした。このローカル線は、意外と利用客が多く、隣の駅では週末農業に通うおじちゃんおばちゃん達や、カブトムシ採りに来た家族連れがごっそり降りて行った。この駅も丘陵地帯に桜の名所があり、季節には観光客でごった返すようだ。

「すいません、プリン牧場に行きたいんですけど、バス乗り場分かりますか?」

プリン牧場とは、丘陵地帯にある牧場で乳搾りの体験やキャンプ、ピクニックもできる観光スポットだ。小学生の女の子を連れた家族連れだった。

「じゃあ、バス停まで行ってみましょうか」

もちろんツクシは知らなかったが、さっきのナンデモマートの前にバス乗り場があったと思いだし一緒に歩きだした。

「あ、ありましたよ。プリン牧場行き。でもまだはやいからあと30分待ちね」

すると、バス停に歩いてきた若い女の人が。

「あと10分で出るカルガモバスでも牧場に行けますけど、お急ぎならほらコンビニの向こう側にシカサンがありますよ」

「え、駅からもシカサンで行けるんですか?本当だ。ちょっと行ってみます」

親子連れはその女の人とツクシにお礼を言って歩き出した。でもシカサンて一体なんだろう。ツクシは不思議に思いながら駅に戻っていき、元の椅子に座った。すると、さっきの若い女の人と親しそうに話をしていたやさしそうなおじさんが近づいてきた。

「あの…人違いならすみません。イト…ウツクシさんですか?」

男はスマホに映ったSNSのツクシのメガネ顔の写真を見ていた。

「はい、伊藤津櫛です」

女の人とおじさんは目を合わせて微笑んだ。男は名刺を差し出した。

「すいません、すぐに気づかないで。お待ちしておりました。村長の中(ナカ)と申します」

名刺には「中年男」と書いてあった。

「ナカトシオと読みます。あ、こっちは娘の菜織(ナオリ)です。では、参りましょうか」

「はい」

ツクシはさっと立ち上がると、歩きだした。もう、そろそろ夏休みだと言うこの季節に、リクルートスーツにメガネをバッチリ決めてこの駅に来た。美大を出たばかりのツクシは未だ就職活動中で、家で待機中だった。だがつい3日前、ツクシの美術作品をSNSで見たと言うこの桜山村の村長から連絡があり、ぜひ村で雇いたい、面接をしたいと申し出があったのだ。

「自然が多くていいところですね」

「そうだろう。人は過疎化とかいうけれど、人口がほどほどで環境も抜群、しかも掘り起こせばいくらでも宝が出てくるいいところだよ」

村長は本当に自信たっぷり、この土地に愛着をもっているようだった。

「どうかね、一体この村はどんな活動をしているのか知りたくないかね」

こんな何もない田舎だからこそ、美大を出たばかりの女子をなぜ呼ぶのか興味があった。

「ええ、とっても知りたいです」

すると中村長は笑って言った。

「じゃあ、カルガモバスで行くかな」

すると娘のナオリが平気なの?という顔をして村長を見た。

だが、カルガモバスとは、一体何?、ツクシは、とても気になりだした。正体を知りたい、できたら乗ってみたいという気持ちでいっぱいになっていた。

「ええ、じゃあ、さっそくカルガモバスに乗りましょ」

この何もない田舎の駅から、壮大な物語が始まろうとしていた。

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