加工機関

「んで、樹墨さん」


 この騒ぎの発端である樹墨と面向かった。

 樹墨は腕を組み、メイドに仲間の二人が連れてこられてくる前と同じ、落ち着いた様子で俺を見ている。


「何かしら三塚君。状況が変わった以上、私に抵抗することはできなくなったわ。あなた一人なら何とかなるけど人質も居るし。何より……」


 チラリ、と樹墨が視線を動かした。

 その視線につられて視線を家の中へ移すと、その先には腕を組んだアインが威嚇するように樹墨を睨みつけていた。


「あそこで、魔法使いが睨んでいるんだもの。抵抗できるはずが無いわ。煮るなり焼くなり好きにしなさい」

「樹墨さんが何を勘違いしているのかは後で確かめるけど、俺はそんな物騒なことはしたくない。それに、あんな怪我人を作っておいて見過ごすことなんて出来ない。俺は今から何が始まるのか聞きたいだけだ」


 昨日、訳が分からないままアインを連れて帰り、そして今は錬金術師とバトルが始まるかと思いきや、乱入したメイドに場を収められた。

 なにがなんだか、もう分からない。


「二人の治療を一時的とは言え行ってくれるのは感謝するわ。ところで、お話ってここでするの? それとも中へ入れてくれるのかしら?」

「とりあえず中に入ってくれ」

「お邪魔するわね」


 家へ上がる樹墨の一部始終を見ていたアインは、面白くなさそうに鼻を鳴らして二人の錬金術師が運ばれた客間へ入っていった。

 先ほどまで睨み合っていた樹墨は、アインの視線など全く気にせず、自分の脱いだ靴を綺麗に並べていた。



「それで、聞きたい事とは何かしら?」


 突然、家にやってきた癒されないメイドと美優が淹れた紅茶を、馴れた手つきで優雅に飲みながら樹墨が言った。


「そうだな、聞きたいことは色々とあるんだけど……」


 闖入者のメイドを見ると樹墨同様、慣れた手つきで紅茶を飲んでいる。

 違うところは、樹墨は悠然としているが、メイドはその職務を全うするように気配を絶っていた。


 その癒されないメイドにフルボッコにされた二人の錬金術師は武装解除され、治療を受けて今は同室の布団で寝かしている。


「その前に――」


 樹墨に事情を聞く前に調べなければいけない人物。

 うやむやになっていたが、この中で一番事情を知らなくてはいけない人物へ視線をあわせた。


「えっと、メイドさん? ちょっと遅れたけど、さっきは助けてもらって、ありがとうございます」

「ありがたき、お言葉です。しかし、私のような者へ、そのような丁寧なお言葉は身に余ります」


 どうやら、本当にメイドのようだ。喫茶店の偽者とは、格と言うかオーラが違う。


「えっと、あと、名前など伺えたら良いなと」

「申し訳ございません。私は傀儡のマリア。マリアとお呼びください」

「あーと、久々津野・・・・マリアさんだね。よろしく。俺は三塚亜樹。こっちが妹の美優。それで、できれば、ご主人様とか訳の分からない呼び方をせずに、名前で呼んでくれるとありがたい」


 美優とマリアが互いにお辞儀しあう。

 登場のインパクトが強すぎて恐怖が勝っていたが、今はいたって普通だ。


「ところで、マリアさんは――」

「マリア、とお呼びください」

「……マリアは俺のことを知っているようだけど、俺はマリアのことを知らないと思う。昔、どこかで会ったとか言う類ではないと思うんだ」

「はい。私は先代のご主人様であるエリィ・アルムクヴィスト様のそばでメイドをさせてもらっていました。エリィ様が自ら魔法になった際に眠りにつき、アイン様が目覚めた時に目覚めるよう、プログラムを施されました」

「アインはマリアのことを知ってるのか?」


 玄関で見た限りでは、知った仲と言う訳ではなさそうだったが、ソファの上で体育座りのような形でココアを飲んでいるアインに聞いた。


「傀儡なんて皆同じ顔だから見分けつかないし」


 錬金術師が同じ部屋に居るのが気に入らないのか、アインはツンとした態度しか取らなくなってしまった。

 クグツは皆同じ……?

 双子や三つ子だったのだろうか?


「えっと、マリアこれからどうするの?」

「私はエリィ様の生まれ変わりであるご主人様と、そのご家族。そして、アイン様の世話をする為に、この家にお世話になるつもりです」


 どうやら、本当にこの家のメイドになるらしい。

 しかし、なんとも大仰な話になったものだ。


 大昔の人間だから身寄りはないと見ていいだろう。

 それに、アインと出身時代が同じなので一緒の方がアインも何かと都合が良いかもしれない。


「ああ、それと一点。おれはエリィ・アルムクヴィストとか言う男の生まれ変わりではないから、そこんところよろしく」

「そんなことはございません。ご主人様はエリィ様の生まれ変わりであり、アイン様と同様の魔法使いの象徴たる人物にございます」


 とんでもないな。

 昔の人ってのは本当に信じたら一直線みたいな人ばかりだ。


「おいおい、俺をそんなおかしなものに仕立て上げないでくれ。悪いけど、そんなおかしな事を言う人は怖くて部屋を貸すことはできない」

「……左様で。しかし、私はご主人様のお世話をさせていただく身。この様な、瑣末な問答で離れる訳にはいきません。その命令を、甘んじて受けましょう。ご主人様は、ご主人様であり、他の何者でも無い。これでよろしいでしょうか?」


 物凄く不服な顔だった。

 今まで涼しい顔をしていたのに、よほど俺の言ったことが不服だったらしい。


「ああ、ここに居ると言うなら、それで頼む。あと、ご主人様じゃなくて亜樹だ」

「それで、ご主人様。錬金術師の処分を如何いたしますか?」


 さりげなくこちらの要求をシカトしたマリアは、再び涼しい顔でカップを傾けた。

 生まれ変わりと言うのを否定した為か、こちらもこれ以上は話しませんと少々怒った様子だ。

 昔の人は何でこんなに怒りっぽいのだろうか。


「えっと、樹墨さんお待たせ」

「本当ね」

「すまん」


 現代人は現代人で、待たせたせいで怒っているし。

 これじゃあどちらが不利な立場か分からない。


「聞きたいことは今がどういう状態かってことなんだ。俺は昨日の夜に、マリアの先代のご主人様とやらに博物館に連れてこられてアインと出会った。その時、そこで寝ている二人と同じ格好をした奴にも襲われた。今は今で樹墨さんや気絶している錬金術師とアインやマリアがいがみあっているし、何がどうなっているのか説明してほしい」


 こちらの聞きたいことを伝えると、樹墨はこれ見よがしに呆れたため息を吐いてから俺をを見た。


「まず、初めにお礼を言うわ。そちらが負傷させたとは言え、介抱をしてくれたのはとてもありがたいわ。次に本題。あの子達と同じ格好をした人が貴方達を襲ったのは、昨夜、守護人形ガーディアンが何者かの手によって機能停止していたからよ。一般人が覚えた魔術や錬金術や魔工学では操れないし、傷つきもしない物が全機すべてね」


 守護人形ガーディアンとは、昨日、博物館で樹墨が言っていた警備ロボのことだ。

 もちろん、機械的なものだけではなく魔工学を使った自立型もあり、博物館で使われているのは後者のようだった。


「当時不在だった館長の代わりに、錬金術師が所属する加工機関の第三位が危険値をレッドまで引き上げたため、機関から実働部隊が派遣されたわ。でも、いくら探しても機能停止した守護人形ガーディアンを始め、機能停止させた犯人も犯人が侵入した場所も見つからなかった」


 樹墨はしっかりとした眼差しで俺を見つめた。

 そして、自嘲気味な小さな笑いを吐き、話を続ける。


「当たり前よね。だって実働部隊は博物館の敷地内に入った瞬間から魔法にかかって、全てが当たり前・・・・・・・と刷り込まされていたんだもの」

「全てが当たり前?」


 樹墨から放たれた耳慣れぬ状況にオウム返しのように聞き返した。


「誰かに侵入されていても、施設の何かが破壊されていても、それが当然であり当たり前・・・・・・・・・なんだと思い込ませることによって、事態の発覚を遅らせる魔法です」


 答えたのは樹墨ではなく、メイドのマリアだった。

 今まで静かに紅茶を飲んでいるだけだったのに、魔法を使ったのがエリィ・アルムクヴィストだからか。

 それとも、錬金術師が魔法使いの分野に土足で入ってくるな、とも言いたげな話し方だった。


「そうよ。地盤がガタガタな魔術協会が博物館を襲うメリットはないし、居るのか居ないのか分からない魔法協会が襲って来るなんて夢にも思っていなかった」


 「そもそも、滅んだ魔法使いの対策なんてどうとれってのよ……」と、樹墨は小さく悪態を吐いた。


「そういった思い込みで、対魔法使い用の武装を軽視していた我々にも非があるわね。そう言ったこともあって、今回あの二人には魔法使い用の装備を持たせておいたんだけど……。それでも歯が立たないなんてあなた何者?」


 チラリ、と視線だけを優雅に紅茶を飲むマリアに移した。


「私は、ご主人様に忠誠を誓い、身も心も捧げたただのメイドに過ぎません」


 無表情で樹墨の問いに答えた。

 そんな2人を「また何か問題が起こらないか」とハラハラしながら見るしかなかった。


 その視線に気づいたマリアは、にこりと微笑を浮かべると、空になったポットを持ち、キッチンへ行ってしまった。

 視線を再び俺へと向けた樹墨は話を続けた。


「だから、昨日、三塚君が襲われたって言うのは、侵入者を捕まえる為に見張らせていた実働部隊の人間だから当然、と言うことよ。被害者は、あなたではなくこちらと言うことね」

「そ、そうですか。加害者は俺たちですか……」


 そりゃそうだよな、と今更ながら感じてしまった。

 エリィ・アルムクヴィストに無理矢理博物館に連れてこられて、アインを助けて、錬金術師に襲われた。

 自分を巻き込まれてしまっただけの、ただの一般人と思っていたが博物館側からしてみれば普通に襲撃者だ。


「魔術協会の中でも高位の魔術師が、博物館が開いている間に仕掛けを施して、その後、中と外から同時に結界を指向性の魔術で破壊、後に侵入したと言う上の判断を聞いた私はすぐにあなたの顔が浮かんだの」

「どうして?」

「閉館前ギリギリに何食わぬ顔でやってきて調べ物をしたいって言うんですもの。それに、あなたは魔女裁判にご執心だったから。私も最終作業中に何度か監視カメラを見たんだけど、あなたってば普通に資料を調べているだけで、ただの一般人だって信じてしまったわ。でも、あなたが魔法考古学専攻の人間だって時点でもう少し疑うべきだった」


 今朝から疑われていた訳ではなく、昨日の時点で疑われていたのか。

 事態が事態だけに分かる気もしたが、魔法考古学専攻だからと言うだけで疑われたことに対して内心、少しだけムッとした。


「言っておくけど、俺は魔法使いでも魔術師でもないぞ。昨日の奴だって俺は連れてこられたようなもんだから」

「えぇ、それは今までの会話や、この家の魔力循環経路を調べた結果、何も知らないってことがよくわかったわ」

「魔力循環?」

「空気の滞留の様な物と考えてもらえれば良いわ。この家には、至る所に魔力溜があるの。魔法使い・・・・が好んで住む家ではないわね。こう言った話は、妹さんの方が詳しいんじゃないの?」


 詳しいと言われた美優は、只今、不機嫌になっているアインの相手で手一杯のようだった。

 この分じゃ、今まで樹墨が話したことのほとんどを聞いていないだろう。

 しかし、正直不利になっただけで、ここまで話してくれると思っていなかった。


「なあ、魔法使いって居ないのに、何で魔法協会なんて話が出て来るんだ? 魔法協会って奴は魔工学の集まりのことか?」

「話を聞いてた? 魔法は魔法よ。魔工学は錬金術と魔術を合わせた物よ」

「だとしたら何で今更、魔法なんて出て来るんだよ? 魔法使いはアイン以外居ないんじゃないのか?」

「だとしたらどれだけ楽なことか……。良い? 世間一般に言われている『魔法使いはもう存在しない』って言うのは我々、加工機関が広めた嘘にすぎないわ。もちろん、本物の魔法使いと呼ばれ生物は存在せず、魔法使いに限りなく近い魔術師というのが存在しているの」


 魔法使いという存在をこの世から消した加工機関という存在にも驚いたが、それより魔法使いに限りなく近い魔術師という存在が架空の生き物ではなく本当に存在しているというのに驚いた。

 しかし、そもそもなぜ加工機関というか錬金術師が魔法使いを敵視しているのか分からなかった。


「何でそこまでして魔法使いの存在を隠そうとするんだ?」

「それは後々話すわ。本当、魔法使いに変なことを吹き込まれる前に会ってよかったわ」


 さっきから呆れ顔ばかり見せられていたので、これ以上無いだろうと思っていたが更に呆れた顔をされた。

 自分の家のはずなのに居心地が悪いことこの上ない。


「三塚君が魔法協会や魔術協会の人間では無いとして、初撃以外の第二、第三の襲撃は誰がやったのかって言う問題が出てくるわ」

「俺達の後に侵入した奴が二人も居るのか?」

「ええ、恥ずかしいことに三回とも全て阻止することが出来なかったわ。一回目はあなたたち。二回目はあなたたちが博物館から出て行ってすぐに虚サラマンダーを使用した目晦ましの後に、博物館へ単騎侵入。加工機関の先行――つまり三塚君が出会った実働部隊と援護に向かった実働部隊が全て倒されていた。三回目は今朝早く。私見だけど今朝の犯人はあなたの所のメイドさんね」


 今の話を聞いた俺は心の中で虚サラマンダーを使ったのは家の妹です、と樹墨さんに平謝りした。

 美優は平気な顔をしていたが、あれだけ大きな虚サラマンダーだったのだから第二の襲撃者が利用したのは頷ける。


「でも、どうしてマリアだと思うんだ?」

「加工機関から派遣された調査員と、それを護衛する実働部隊全てが素手で倒されたらしいわ。調査員は非戦闘員だからしかたないとして実働部隊は訓練を積み錬金術師としての知識も高い者が武装して護衛に当たっていたのよ。その全てを素手で倒すなんて人のなせる業じゃないわ」


 その言葉を聞いて、俺はすぐに納得がいった。

自分と同じくらいの背丈の男女を、片手で軽々持ち上げ膝蹴りを入れる。

男の自分だって頑張ってもできると思えない。

 マリアが加工機関の実働部隊を、鬼神の如くなぎ払っていく様子を想像し背筋に寒気を覚えた。


「二回目の襲撃した奴も同じ雰囲気が出てると思うんだけど」

「二回目の襲撃は、ちゃんと肉体強化系の魔術が使われていたわ。こちらが放った攻撃も魔術で防いでいるし」

「魔術って結構強いんだな」

「結構?」


 俺の反応が気に入らなかったのか樹墨は鼻で笑い睨んだ。

何が気に入らなかったのか分からなかったので、そのまま樹墨の視線に射抜かれ、更にソファの座り心地がわるくなった気がした。


「魔術は最も魔法に近い、これ以上、伸びようがないくらい突き詰められた完成されつつある体系よ。そうでなければ実働部隊が二度も、たった一人相手に潰される訳がないわ」


 倒された仲間たちを思ってか、樹墨は悔しそうな表情をにじませた。


「加工機関が魔法使いや魔術師相手に現代まで優勢を保ってこられていたのは、こちらの数だけではなく、技術の高さもあるのよ。相手が加工機関の支部のひとつを襲っている間に、こちらは四つを襲うことができるわ。だから、魔法使いも下手に手をだしてこなかったの」


 後半、熱の入りすぎた樹墨は顔を赤らめ俺から視線を逸らした。

 こいつはただ単に、自分の所属する機関の人間がやられたのが気に食わないだけではないのか……? 

 そんな考えが頭を高速で駆け抜けた。


「魔法は危険。だから我々、加工機関は昔から魔法使いや魔術師と争っているのよ。魔法使いが世界を崩壊させない為にね」


 そっぽを向きながら自嘲するように言った。

 そんな樹墨との会話の中に聞き捨てならない言葉も聞こえた。

 魔法が世界を崩壊させるとはどういう事だろうか。


 魔法使いと錬金術師が争う理由。

 それは魔法が強すぎるが故に世界を崩壊させる引き金となると云うことらしい。


 しかし、魔法使いだって馬鹿では無いのだから、世界を崩壊させるなんてことはしないだろうし、そんな机上の空論で殺されるのはたまったものではないはずだ。

 会話が終わり俺は今まで聞いた事を頭の中で整理し始めた。


 その刹那、窓から入る日光が遮られ部屋が暗くなった。

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運命の悪戯に最後の最強魔法使いとして目覚め俺は、滅びを始めた世界を護る神となる  いぬぶくろ @inubukuro

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