魔法使いエリィ・アルムクヴィスト

「う~ん、他の出入り口も見つからないしなぁ……っておぉ!?」


 辺りを見渡し他に入り口がないか調べていた美優が、いつの間にか開いていた扉を見て素っ頓狂な声を上げた。


「開いたんだけど」

「凄いよ、お兄ちゃんの不思議パワー!」

「いや、全然力入れなかったぞ?」


 触れただけで開いた。

 もちろん、美優のようにラグビーのような態勢すらとっていない。


「だから不思議パワーなんだよ」


 俺を押し出すような形で扉を開けて中に入っていく美優。

 そして、止まることなく奥へと進み始めた。


「あっ、おいっ、美優!」


 あるようで無かったような主導権を完全に失った俺は、美優の後を追うように奥へと進んでいった。

 扉の奥にあった部屋は、今まで歩いてきた暗い通路とは違い、青白い光が室内を照らしていた。

 そして、美優の肩越し、部屋の中央で長方形の棺を見つけた。


「これは……」

「人……だよね?」


 そこにあったのは、ガラスの様な透明な素材で作られた棺に眠るように入れられた少女。

 見た瞬間、死んでいるようにしか見えなかったが、よく見ると微かに生気のようなものを感じた。


 顔色が悪く年齢が掴みにくいが、美優と同じくらいの年齢だろう。


 ――俺はこの少女を知っている。


 白いローブを被り巨大な防御円陣を起動させ、そこに突撃する何千何万もの化け物を一瞬の内に吹き飛ばした少女。

 魔法使いのアインが眠っていた。


「――一本道のはずが、時間がかかると思ったらクシュカも一緒だったのか」


 頭痛を抑えるような口調の、聞き覚えのある声が聞こえた。


「……お望みどおり来てやったぞ。そろそろ姿を見せてもくれてもいいんじゃないか?」


 言われた通りに来たというのに、一向に姿を見せない声の主に軽く苛立ちを覚え、声を荒くした。


「すまないな。残りの魔力が少なく不安定になるかも知れないが、すぐに顕現しよう」


 言うやいなや、声の主はすぐさま亜樹達の目の前に姿を現した。


「うっそぉ……」


 初めに驚きの声を上げたのは美優だった。

俺に至っては驚きの余り声すら上がらなかった。


「おや、面白い物を見たな」

「お、お兄ちゃんが二人?!」


 俺は突然、目の前に人が現れたことに驚いたのだが、美優は目の前に現れた男と俺が似ていることに声を上げたようだ。


「……美優、どこを見て似てるって言っているんだ」


 毎日、鏡で見ている俺の顔は、目の前に居る男と似ても似つかない。


「多元世界という話を聞いたことがあるが、なるほど。別の世界になると見た目がこれほど変わるのだな」


 だが、男は俺側ではなく美優側だったようで、賛同を得たのは美優だった。

 男は何を満足したのか、楽しそうに笑った。


「あんた、誰だよ?」


 警戒を解くことなく、意味のないことを聞いた。

 目の前の棺に眠る女の子をみれば、目の前にいる男が誰なのかわかるのだから。


「私は君に見せていた夢……いや、正確には別次元の過去に起きた出来事だな。それを見ていた視線の主のエリィ・アルムクヴィストだ」

「何でお兄ちゃんそっくりなの?」


 美優がいつも通りの口調で無防備にエリィ・アルムクヴィストに問いかけた。


「多次元世界には、様々な可能性が潜んでいる。顔も能力も似ている人間から、顔は似ているが、能力が似ていないもの。顔は似ていないが能力は似ていない者のようにね」

「顔は似ていないし、俺は魔法は使えないが?」


 美憂はなぜかこの男と俺がそっくりと評すが、全く納得いかないので知らず知らず語気が荒くなってしまう。


「彼女は魔力単位で物事を捉えているからだ。顔や能力が似ていなくても、存在として似ているなら彼女はそっくりと評すだろう」


 意味が分からなかった。

 顔も似ていなければ強力な魔力も持っていない。

 それをどうすれば似ていると思うのだろうか?


「それで、なんで俺にあんな夢を見させた?」

「そこの棺で眠っている、魔法使いのアインを助けて欲しいからだ。先も言った通り、私にはもう魔力が少ない。予定では長くても数十年以内に、その娘にかけられた呪いを解く事ができる魔法使いが現れるはずだったが、魔法使いは現れなかった」


 俺たちが知る中でも、魔法使いはとうの昔に消えている。

 人間だけではなく学問としても。


「だから私は多次元世界に存在するかもしれない魔法使いにアインを託すため、存在を希薄にし次元移動を開始した。何年も何年も様々な次元に存在する世界をめぐり、そしてこの世界に漂着した」


 少女アインを助けたという一心からなのだろうか、あまりにも気が長すぎる話でめまいがした。

 しかし、なんと悲しいことだろうか。


「ざも残念だったな。最後に漂着したところが、こんな似ても似つかない奴のところだったなんて」

「お兄ちゃん、そっくりだよ。でも、エリィさんの方がワイルドだね。ワイルドお兄ちゃん」

「ふっ。クシュカはどこへ行ってもクシュカだな」


 さっきからずっと納得できない評価だが、エリィ・アルムクヴィストの表情が少し緩んだ。

それと同時に姿が映りの悪いテレビのようにノイズが走った。


「おっと、あまりのんびりもしていられなさそうだ。亜樹くん――で良かったね?」


 時間が無いと言っている割には、随分と落ち着いた口調で話を始めた。

 名を呼ばれ、目の前に立つエリィ・アルムクヴィストに視線を合わす。


「一方的なお願いになってしまうが、この娘を助けてやってほしい」

「簡単に言うなよ。この娘は魔法使いだろ? 今の世に魔法使いは存在しない。俺も俺の知っている人も、魔法使いがかけた呪い何か解けないぞ」

「それは大丈夫だ。私が消滅して彼女が目覚めれば歯車は回り始める。すぐにでも君は今まで住んでいた世界とは別の世界を垣間見るだろう」

「どういう事だ?」

「時機に分かる。ただ今は彼女を連れて逃げ出すことだけを優先してくれ」


 再び、エリィ・アルムクヴィストの姿がノイズにより完全に消えた。

もうそれほど時間が無いのかもしれない。


「無責任だが私からは以上だ」


 自覚してるんだ、と鼻で笑ってしまった。

 しかし、夢で見る限り彼女がエリィ・アルムクヴィストのことをどう思っているか分かる。


 無理矢理、戦争に参加させたのであれば、目の前で眠るこのは、あんな笑顔を戦争に参加させた本人に見せるはずが無い。

 この娘を戦争に参加させたのは世が世ならと言う奴だろう。


 室内に静かな時間が流れる。

エリィ・アルムクヴィストは本当に言うことが無いのか、自分の体にノイズが走り消滅が近いというのに涼しい顔をしている。


 自分自身も突然のこと過ぎて、何を聞いたらよいのか分からないのも理由の一つとしてあった。


「あの、エリィさん……」


 この静寂を破ったのは相変わらずの美優だった。

 好奇心旺盛な美優なら、魔法使いと話せるこの状況を嬉しく思っているのかも知れない。


「歯車が回り始めるってどういうことですか? それに、魔法使いが居ないのに治すことができるんですか?」

「簡単な事だ。世界は常に回っている。歯車は、今は比喩のような物だと思ってもらって構わない。魔法使いに関しては、この世にもう魔法使いがほぼ・・居ない事を知っている」

「じゃあ、呪いを解くことが出来ないじゃないですか……」


 改めて突き付けられた事実に、美優の表情が曇った。


「確かに。だが、魔法使いわれわれの部下……我々に近づこうと努力するもの――魔術師は未だに健在だろう」

「魔術師……? 魔工学ってことか?」


 魔術は魔工学に吸収される形だが、未だ存在している。

 というか、錬金術を極めるためには魔術の知識も居るので、それに連なる魔工学もまた魔術に造詣が深くなくてはいけない。

 しかし、エリィ・アルムクヴィスト言って意味は違っていたようだった。


「違う。あのようなまがい物ではなく、純粋に力を追い求める本物の魔術師だ」

「おいっ、それってどういう事だよ!?」


 在りえない言葉を聞き、驚きつつもエリィ・アルムクヴィストに聞き返した。


「何が、『どういうこと』だ?」

「ふざけんな。純粋な魔術師は、もう絶滅したはずだぞ?」

「……そうか、すでに錬金術師が世界を支配していたか。いや――そうだな。しかし、確実に、この建物の近くにも一人は魔術師が居る」


 その言葉に亜樹の心臓が一瞬、早くなった。


『魔法使いが存在する? まさか……もし、それが本当だとしたらとんでもない事になるぞ』


 それに、この近くに居るということは、俺たちが博物館ここに入ったところも見られている。


「魔法使いは滅び、魔術師もつらい立場にあるようだな、亜樹くん」


 名前を呼ばれ、思考を一旦中止してエリィ・アルムクヴィストの方を見た。


「君にこれを渡しておこう」


 そう言って、エリィ・アルムクヴィストが渡したのは小さなペンダントだった。

白の土台に金の細工がなされた、それなりに価値のありそうな物だ。


「これは?」

「お守りのような物だ。私のお古だが、それなりに守ってくれるはずだ」

 突然、エリィ・アルムクヴィストの姿に大きくノイズが走った。

 今まで涼しい顔をしていた本人もコレには驚いたようで、少しだけ体に視線を配らせた。


「ふふ……もうダメだな。話をまとめれば、世界・・は危機を回避する為に何らかの手段を講じてくると言うわけさ」

「その世界とこの娘はどんな関係があるんだ? この娘が死ぬと世界はどうなるんだ?」

「そうだな……この娘が死ねば世界は――ッ!?」


 話が途中で途切れた。

 今度はノイズと同時に地震のような衝撃が俺たちの体を襲ってきたのだ。


「錬金術師に気づかれた。魔力が――」


 ロウソクの火が消えるように、一瞬、強い光を放ちエリィ・アルムクヴィストの魂はあっけなく消え去った。

 今までのように姿を隠しているだけと思ったが、すぐに「完全に消えたんだな」と思った。


 ――それより、外に誰か来たのはまずい。


「お兄ちゃん!」

「どうした!?」


 美優の叫びにも似た声に「もう、この部屋の入り口まで人が来たのか」と思ったが違った。

 指を指すほうを見ると棺のフタが、氷が溶けていくように消えていった。


「けほっ――」


 フタが完全に消えると寝ている少女――アインから小さな咳が聞こえた。

 保持の魔法をかけていたエリィ・アルムクヴィストが完全に消えたので、魔法がとけたのだった。



 そしてアインは何かを求めるように腕を挙げた。

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