第6話

 甘梨との連絡が途絶えて、気付いた時には一月。


 やっと届いたのは白い洋封筒。

 すぐに開けた中には……中、には、

「何これ」

 二枚の写真と一枚の紙。

 綺麗に重ねられていたそれらを、扇状に広げ、順に見ていった。

 上にあったのは、白い小鳥が水面から今にも羽ばたこうとしている写真だった。

 元々、鳥を撮るのも好きだった彼女。最近はこういう、羽ばたく寸前の写真を撮るべく、ベランダに来る鳩で練習しようとしていた。失敗していたようだけど。

『ちゃんと撮れたら、一番に見せますね!』

 その約束を、守ってくれたということか。

 次にあったのは、私の写真。

 恥ずかしいことに、口を大きく開けて笑っている私だった。甘梨にこんな顔を見せていたのかと思うと、壁に頭を打ち付けたくなるし、どうしてこの写真を送ってきたのかと彼女を責めたくなる。

 二分くらい静かに悶絶して、最後。

「……っ!」

 最後、には、


『佳乃子さんはこういう顔もできるんですよ』


 甘梨の字で、そう書いてあった。

「……ぁ」

 字を見て、最初の写真を見る。

 羽ばたく鳥は、ただの鳥?

 ──私との離別ではないわよね?

「ちが、ちが、う」

 違うの、か、違うと言って、か。

 どちらを自分は言いたかったのか。……どうして甘梨はこんなことをしたのか。

 どうして? どうして? どうして?

「──甘梨!」

 建物から飛び出して、駅に向かう。

 誰かにぶつかったり、車や自転車に引かれそうになったりしながら、甘梨に電話する。

 何度も。

 何度も何度も。

 何度も何度も何度も。

 何度も何度も何度も何度も。──何度も!


『は……え、佳乃子さん?』


 改札口に着く前に、彼女は電話に出てくれた。

「あまっ……りっ……」

『え、どうしたんですか! 誰かに追われて……ストーカーっ?』

「違うの!」

 恥も外聞もなく、叫ぶ。

「マッチングアプリはやめる! 黙っているのもやめる! 余裕ぶるのもやめる! やめるから、甘梨!」

 勢いのままに、言え!


「貴女といるからあんな顔をするのよ! 傍にいるのは貴女でないと嫌よ!」


『……』

 甘梨はしばらく黙っていた。

 沈黙は私を冷静にし、ひとまず、改札を抜ける。

 視線が痛い。

 階段を昇る間も続く沈黙が、怖い。

『……佳乃子さん』

 ホームに着いた頃、名前を呼ばれる。

『佳乃子さん、私、わた』

 タイミング悪く、電車が通る。

 回送列車は私を乗せず、手に持っていたスマホは汗で滑り落ちて、割れた。

 甘梨からの返事は、どうにか私の耳に届いていた。それがスマホの最後の役目だった。

「……甘梨」

 この場にはいない彼女の名を呼ぶ。返事は当然ないけれど、それでも呼ぶ。


 貴女のことが、好きよと続けて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花は愛でるもの、恋は秘するもの 黒本聖南 @black_book

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説