第39話

 私が辿り着いたビルから2車線の道路を挟んで反対側、狙撃地点となるボウリング場を瞳に収めた。


時間も手伝ってか、周囲には人の往来はなくあとはあの屋上へと上がり、標的の頭を撃ち抜くだけだ。




「狙撃地点、確認。そしたら、一度降りて」


『……ダメです。建物の陰に黒いミニバンが停まっています』


『チッ……PMCの奴らだ。恐らくは内部にも数名配置して、警戒してるだろう。囮の扱いはおざなりだが、身内には優しいものだな』


「そういうこと、言ってる場合じゃなくない? ……あぁー……屋上にも、一人いるね」


『で、では……やはり……』


『いま弟子がいる地点からは……クソッ、角度が悪い。目標地点が橋の下というのが、いやらしい』




 師匠が苛立ったようにそう口にして、姫も悔やむように言葉を失った。


 狙撃地点には拠点防衛PMCの連中がいて、本来なら屋上へと至るには建物内部を通り接敵しなきゃいけない。相手の装備は不明だけど、少なくとも私の手元にあるフラッグ《拳銃》とレミゼラ《狙撃銃》では、本職の持つ小火器を単体で相手取るのは骨が折れる。


 でも、やる。

 



「師匠、タイミングを見てくれる?」


『……何をするつもりかだけ、聞かせてもらえるか』


「ここから跳んで、屋上の1人を排除。そのあと即座に狙撃姿勢に移って、目標を撃つ。シンプルでしょ?」


『……?!……流石にそれは、無理ですっ。弟子の現在地点からボウリング場の屋上までは、距離12m、高低差は6mにも及びます』


「心配してくれるの?」


『当たり前です……いくら、優れた身体能力を有していても、着地で怪我をするのは免れない上、その状態で障害の排除、狙撃なんて』


「でも、やるよ。私と師匠と……姫のこれからの為に、必要なことだから」




 姫が、ここまで力を振り絞って、私の為にと身を尽くしてくれたんだ。


 私がそれに応えないって選択肢はない。


 ケースを左手に抱え、右手にはフラッグを握りしめる。失敗は許されないから、いつも以上に充分な助走を取って、軽く足首を伸ばす。




「なるべく静かにやるけど、着地後はドローンで下層の警戒よろしく。……じゃ師匠」


『あぁ……姫、操作を頼む』


『本当に……本当にやるのですか?』


「やるよ。心配してくれるなら……終わった後に、私の言うことをひとつ聞いてもらおっかな」


『わかり、ました……』




 ふぅ、と一度だけ深呼吸して、手に握りしめたフラッグを見つめる。こんな曲芸じみたことはそうそうするつもりはないんだけど、今日ばかりは仕方ないか。




『……今だ』




 合図と共に走り出して、ビルの縁を全力で踏み抜く。コンクリートにヒビが走り、砕け、私の踏み込みの強さを示した。


 身体が風を切り裂く感触。


 浮遊感。


 そして重力による落下。


 まず身体を捻って、ギターケースを狙撃地点の屋上に放り投げた。


 そのまま、フラッグをひとりいる警邏兵へ狙いを定める。


 がらがらと耳障りな音を立ててケースが屋上へと滑っていき、兵士がその音に気づいてケースを視認した。


 私に気づいてれば、違ったかもね。


 フラッグから空気を割くような音がして、男は首から下を赤く染めた。


 ここからだ。


 屋上の面が迫る。ミスれば大怪我。依頼どころの話じゃなくなる。


 接地。


 足の裏、ふくらはぎ、太もも、お尻、背中、痛い、肩、二の腕。


手のひらをついたらそこでまた全力で弾くようにして、一度跳ねる。


 そしてもう一度転がるようにして、ようやく身体の勢いは止まり、屋上への着地を行うことができた。途中自分の膝が鼻に当たって、めっちゃ痛かったのは安い代償。

 



「着地成功……いてて……下の状況は?」


『そこそこの衝撃があったが……真下の階に警邏が居なかったのが幸いしたな』


『問題ありません。怪我は、大丈夫ですか?』


「鼻が痛いけど平気。狙撃に移る」

 



 鼻をちょっとだけさすっていると、姫からARグラスに環境情報が送られてくる。それを見ながらテキパキと愛銃の組み立てをして……さぁ、やたら手を焼かせてくれた今夜を終わらせる時が来た。

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