第13話

 通い慣れた下校路の街並みを、夕方のオレンジ色の日差しを受けながら歩く。


学校から歩けば数分とかからずたどり着くこの場所では、目をやれば狭い裏道で猫が喧嘩してたり、焼きたてのパンの香りがお店から漂ってきたりして、意識を向けるだけでも結構飽きない。


  既にAIが人間の3分の2程の量の仕事を行い、当たり前のように配達用のドローンが街の空を行く世界になっても、こういう空気感のようなものは、きっと今も昔もそんなに変わらないんじゃないか、なんて思ったりする。


 師匠には先んじて連絡してあって、今回の様な場合に連絡する時はスマホのアプリを普通に使う。


  私から、『何か買って帰るものある?』などと尋ねれば、『駅から3分のとこのスーパー流川桜木で豚ロースの特売があるから、買ってきて』、『あとベリーベリーベリーのショートケーキが食べたい』などのいくつかの返事が返ってきた。


これは当然、文字通りに受け取るものではなく、これらの返信を元にして、今師匠が滞在しているセーフハウスの場所を割り出す事になっている。


 今回については返信の終わりに、『また今度、あの子を遊びに連れてきていいよー』なんて付け加えてあるから、エリツィナの存在は師匠の知るところであり、師匠がエリツィナを送り込んできた事はほぼ確定だ。


  めんどくさい事してくれやがって、バカ師匠め。ともかく、今回向かうのは、多分エリツィナの事を慮ってか、いくつかある中で一番学校に近い、歩いても向かえる場所に存在していた。


 当のエリツィナは何も話さず、黙々と私の三歩後ろを付き従う様にして歩いている。傍目から見ると、同じ学校の制服を着ているとはいえ、一緒に帰っているとは思われない雰囲気だ。


話さなくていいのは正直に言うと気が楽。何を話せばいいかもわからないし、万が一、エリツィナが師匠の手のものでなかった時に、最小限すら情報を与えたくはない。とはいえ、とはいえだ。




「あのさ」


「はい」




 後ろを歩かれるのは、私にとっては拷問だ。




「隣においでよ。何でそんな、微妙に距離があんの?」


「隣。これから向かう場所をわたしは知らないので、後ろをついていく方が良策だと考えました」


「あー……いやでも、後ろ歩かれるとなんていうか、気分が悪いっていうか……」


「わたしが隣にいると、透は少し顔色が悪い様に見えます。顔色はよくあるべきだと学びました。その為にも、私は後をついていく方が理にかなっていると思います」




 顔色が悪い、私が? 


 言われてから手鏡を制服のポケットからとりだして、自分の顔を見てみる。変わりない、いつもの私、だと思う。


けど確かに、今日は想定外すぎる事があったから、いつも以上に表情が変化してしまっていたかもしれない。初対面のエリツィナに見抜かれるなんて、暗殺者として失格だ。




「良いから、こっちきて」




 自分の失態を誤魔化したくて、ぐい、とエリツィナの手を繋いで私の隣に据える。そうするだけで、私としては違和感なく歩くことができる。




「ここからすぐのところだけど、迷子にならないようにね」


「……はい」




 返事に少しの間があった事が気になって、少し強引だったかなと横目で彼女を見てみる。エリツィナは……やっぱり何も言う事なく、ただ繋がれた手を見つめながら歩いている。変化の乏しい表情にも、多分、不快そうなものは混じっていないように思えた。


 しかしまぁ、自分にメリットがあるかどうかもわからないと言うのに、誰かに気を遣ったりすることの、なんと面倒な事か。これはもう、徹底的に師匠をとっちめてやらなければ、気がおさまらなさそうだ。

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