第2話 布教活動

 この世界は、二つの大国により支配されている。

 東のエデンブリア国と、西のヴァレアニア国。

 二国は領土をめぐり、長年あらそっていた。あらそいはうらみを生み、うらみはさらなるあらそいを生んでいた。



 

 エデンブリアの城は、ざわめき浮き足立っている。

 王座の間もそうだ。

 最奥の王座に座る王はソワソワし、赤のじゅうたんの両わきに並ぶ臣下たちはうわさする。


「大妖精が救世主を連れてくるのに成功したそうだ」

「あのエルダリンがつれてきたのなら本物であろう。ようやく戦争が終わる」

「しかしそんなに簡単にいくものだろうか」


 ギィっと、おごそかに扉が開かれた。

 王も臣下もいっせいに注目する。


「来たぞ。救世主だ」

「エデンブリアの星よ」


 王も臣下も目を輝かせた。


「ねじりはちまき歌声あげーて。やーれソーランソーラン」


 やかましく歌い踊りながら、少年が入った。ねじった細い布を頭に巻いている。

 王も臣下もあぜんとする。

 彼のうしろで、大妖精エルダリンが、頭を抱えてため息をついていた。


 


 エデンブリアの国民は、長引く戦争につかれきっていた。城下町も例外ではない。

 市場に店が並ぶが、置かれている物は少ない。

 子どもが声をあげて泣いている。


「ママ、おなかすいた」

「我慢して。戦争で畑が作れないんだから」


 やーれソーランソーランソーランソーラン……。


 聴いたことのない音楽が聴こえる。広場のほうからだ。


「あれなに?」


 子どもはトテトテと広場のほうへ走る。


「ちょっと。待ちなさい」


 母親が追いかけた。

 

 


「えーんやああああさーあのどっこいしょ!」


 子どもと母親が来ると、広場で妖精が口を開け、記録した音楽を流していた。

 変な曲だ。

 音楽に合わせて、少年が歌いながら踊りくるっている。国の兵士たちも一緒だ。


「もっと腕の動きをダイナミックに。迫力を出そう」


 少年は大の大人たちに指示していた。

 合間に妖精はぼやいている。


「もうやけくそよ。このトンチキの魔法を信じるしかないわ。連れてきたのはわらわの責任だし」


 子どもは興味津々だ。


「ママ、あれ何?」

「しっ。見るんじゃありません」

「でも楽しそうだよ」


 中心の少年がニコニコしながら手をふってきた。


「こっちに来て一緒に踊ろう。楽しいよ」


 子どもは目を輝かせた。本当に楽しそうだ。

 見よう見まねで少年のまねをした。一緒に踊る。

 町中のみんなもまねしだした。


「あ~どっこいしょ! どっこいしょ!」




 ヴァレアニア国の貴族、ハーヴェンスタイン伯爵の家。地下深くに拷問室がある。

 捕らえたエデンブリアの密偵をつるしあげ、レイザードはその足をナイフで切りきざんだ。


「うぐ……。ぐっ……。もう許してくれ」

「言え。戦場に来た密偵はなんだ?」

「大妖精が連れてきた異界の魔術師だよ。なあ、もうやめてくれ」


 レイザードはナイフを放り、出口に向かいながら冷たく部下に命じる。


「傷に塩でも塗りこんでおけ」


 密偵は歯ぎしりした。


「悪魔」




 地上の広い庭に出ると、太鼓がドンドンならされる。

 リズムに合わせ、ハーヴェンスタインの家来たちが、腰をかがめたり腰を低くしたりといった動きをくりかえしていた。

 地下からもどったレイザードは、腕を組み、じっとそれを観察する。


「違う! あのエデンブリアの密偵の動きはもっと、こう……」


 つかれきり、息をあらくした家来がたずねた。


「ぼっちゃん。この動作になんの意味が?」

「それは……、ま、魔王の舞の解析だ!」

「魔王の舞?」

「ああそうだ。ヴァレアニアの古文書に伝わる魔界王を召喚する舞。エデンブリアの大妖精がそれを習得した魔術師を異界から連れてきたのだ」


 とっさに大仰なうそをついてしまった。


「そりゃあ大変だ」


 家来たちは真剣に顔を見合わせている。

 引くに引けず、レイザードはたたみかけた。


「術はまだ完璧ではないようだが、だからこそヴァレアニアも習得せねばならぬ」

「魔王の舞を完成させよう。エデンブリアをやっつけろ」


 家来たちは一生懸命踊った。

 レイザードはうずうずしてくる。

 自分も踊ってみたい。

 そこへ、立派なひげをたくわえた男がやってくる。


「何を遊んでいる」


 レイザードはすぐに頭を下げた。


「父上。その、エデンブリアの魔術の秘密を……」


 ひげの男、ハーヴェンスタイン伯爵は、小ばかにしたように笑う。


「わしの指示がなければきさまはいつも的外れなことばかりする」


 はじいってうつむいた。


「もうしわけありません」

「忘れるな。エデンブリアの所業しょぎょうを。きさまの本当の父母のことを」


 レイザードはにぎったこぶしをふるわせた。

 許しがたい怒りに血が燃える。


『ハーヴェンスタイン伯爵。どうかこの子だけでも助けて』


 じつの両親は今の父に自分をたくし、焼かれゆく村ごとあぶり殺された。


「奴らは悪魔。生半可な覚悟では討伐できぬぞ」

「もちろんです。連中は草の根一本も残さぬほど叩きのめしてやる」




 

 数日後。エデンブリアの城内に、レイザードは入りこんだ。ものかげに隠れながら移動する。


「そのためには敵の情報を得る必要がある。あのあやしげな踊りも」


 うしろからトントンと肩をたたかれた。


「うわ!」


 おどろいてのけぞる。

 見覚えのある少年が立っていた。頭にねじった変な布を巻きつけている。


「わかってるよ。きみの目的」

「……!」


 レイザードはふところにそっと手をしのばせた。ナイフにふれる。

 正体を知られたのなら、これで。

 しかしその手は、目をキラキラさせた少年にガシッとにぎられた。


「ソーラン節だろ!」

「え?」

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