第3話 ソーラン教

 やーれソーランソーラン。


「あの歌……」


 レイザードの頭からこびりついて離れない曲だ。


「来いよ」


 少年に手を引かれた。混乱しながらついていく。




 中庭で、大勢のエデンブリア人が変な踊りを踊っている。


「ふう。ふう」


 王が息をきらせていた。


「はあ。はあ。王様、しっかり。エデンブリアの平和のためにございます」

「ハハハ。王様が汗かいてらぁ」


 臣下も庶民もだ。

 真っ白な妖精が、大口を開け記録された音楽を流している。


「世界平和のためよぉ〜」


 小妖精たちにも記録させている。

 レイザードはあっけに取られた。


「これは……」

「きみも踊りなよ。ふりつけはこうだ」


 少年は身体からだを上下させ、漁師があみを引くようなしぐさをした。

 踊りのふりつけ。

 そう。これだ。レイザードが踊りたかったのは。

 おそるおそる動きをまねしてみた。

 少年がたずねる。


「俺テルシ。きみは?」

「レイ……、だ……」

「そっか。よろしく、レイ」


 にっと邪気のない笑顔を向けられる。

 音に合わせ、エデンブリア人全員と踊った。

 密偵がどうだとか、自分はヴァレアニア人だとか、そんなことは身体を動かす楽しさの前にふきとんだ。

 テルシに言われる。


「仲間と踊るって最高だな」

「あ、ああ」

 

 夜通しエデンブリアの国民は踊った。


 



 ヴァレアニアのハーヴェンスタイン家。

 ハーヴェンスタイン伯爵は、集まった兵隊に語る。


「密偵から情報があった。エデンブリアの奇襲きしゅう部隊が前々から国境を攻める計画をしていたらしい。そやつらを倒し、連中がヴァレアニアへの敵意と憎悪にまみれていることを世に示すぞ」

「はっ」

「また今後の攻撃にも注視せよ。奴らは悪魔だ。どんな手をしかけてくるかわからぬ」


 ハーヴェンスタイン伯爵は壁を見る。

 壁には、祖先の肖像画しょうぞうががかけられている。

 片手を挙げて敬意を示した。

 エデンブリアは凶悪な民族で、祖先は国民を救うために戦ってきた。無念な最期や、非業ひごうの死をとげた者もいる。

 鍛錬たんれんをおこたらず、見込みある孤児たちを養子にし、優秀な部下として育てた。

 祖先のため。ヴァレアニアのため。国民のため。息子のため。悪魔エデンブリアを殺し尽くすことを誓った。


「ところで伯爵、レイザードぼっちゃまがエデンブリアに密偵に行ったきり、帰ってこないのですが」

「何?」


 兵士が駆けこんでくる。


「伯爵、大変です! 国境でエデンブリアの連中が……」

「?」




 小隊を連れ、ハーヴェンスタイン伯爵はエデンブリアとの国境の田舎町まで馬を走らせた。

 ペンペンとげんの音。

 ドンドンと響く太鼓。

 ピロピロと流れる笛。

 小妖精たちが大口を開け、記録した世にも珍妙な音楽を流している。

 国境の見張りのヴァレアニア兵が、リズムに合わせ腰を上げ下げし、漁師があみを引くような動作で踊っていた。エデンブリアの町人と一緒に。


「くっそー。俺たちの負けだ」


 ヴァレアニア兵が、疲労に耐えられず尻もちをついた。

 町人たちは笑顔で腕をつきあわせる。


「あんたもよくがんばってたよ。初めてにしちゃ」

「あんたら、俺たちが憎くないのか?」

「ヴァレアニアは憎いよ。でもあんたらはもうソーラン仲間だからな」

「今度は勝負じゃなくて一緒に踊ろうぜ」


 ハーヴェンスタイン伯爵の胸は、みるみる怒りにむしばまれる。


「このふぬけが!」


 ヴァレアニア兵はふるえあがった。


「ハーヴェンスタイン伯爵……」


 エデンブリアの町人たちも、おそれをなして逃げだした。小妖精も飛んでいってしまう。


「今のはなんだ?」

「はあ。最近エデンブリアで流行っている宗教儀式だそうです。ソーランとかいう」

「貴様も乗せられたのか?」

「すみません。つい」

「……レイザードはどうした」

「ぼっちゃまはエデンブリアの都に行ったきり、その……」


 まさか。




 エデンブリアの街で、農村で、都会で、田舎で、妖精たちが大口を開け、記録されたうるさい音楽を流した。

 大妖精のエルダリンが、妖精たちに指導してまわる。


「各地は妖精不足よ。一回で覚えるのよ」


 そのリズムに合わせ、貴族も庶民も、大人も子どもも、男も女も、異界の使者から教わった踊りをワイワイ踊る。

 むずかしいふりつけでもない。高度な技術が要されるわけでもない。誰でも踊れた。


 


「あ〜どっこいしょ〜どっこいしょ」


 郊外。踊りの輪の中にいるテルシが、威勢いせいよくかけ声を叫ぶ。


「ソーランソーラン」


 みんなが返した。

 レイザードはともに踊りながら不思議に思う。

 こんなことは、ヴァレアニアではありえなかった。


「レイ、楽しい?」


 汗だくのテルシはいてくる。


「え? ああ」

「俺は楽しい! 友だちやこんなに大勢の人とソーラン節踊れるなんて夢みたいだ」

「友……だち……?」


 ヴァレアニア人の自分が、エデンブリアのテルシと?

 憎い憎い相手。なのに……。


「私も、楽しい」


 ボソリとつぶやく。

 楽しいなんて、そもそもこの世に存在しないと思っていた。

 テルシはニッと笑った。


「うれしいぜ」


 彼はいい奴だった。バカだが明るくて誰にでもわけへだてない。

 このままここで、彼とずっとソーランを踊れたら。

 不意にラッパの音が鳴り響いた。同時に矢が雨のように降ってくる。

 妖精の記録音楽が止まる。国民は悲鳴をあげて逃げまどった。

 ヴァレアニアの軍隊が、街に攻めこんできている。

 先頭にいるのはハーヴェンスタイン伯爵。

 レイザードの息が止まった。


「レイザード。このふぬけ」

「父上……」


 テルシは目を点にした。


「あれがレイの父さん? レイはヴァレアニア人だったの?」

「……」

「きさまはエデンブリア人になるのか? 我々から全てをうばいつくそうとする悪魔に」

「ちがいます。これは……」

「きさまはわが子ではない! この悪魔が!」


 血が凍る。もっとも嫌悪する者に、みずからなろうとしていた。


「レイ、話を……」


 言いかけたテルシに、ふところのナイフをつきつける。


「父上、偵察が終わりました」


 彼と深く関わってはならない。自分はヴァレアニア人なのだから。

 ハーヴェンスタイン伯爵は命じた。


「エデンブリアを滅ぼせ。今ならふぬけたこやつらを倒せる」


 


 ヴァレアニア兵がエデンブリア国中を蹂躙じゅうりんした。

 エデンブリア人は憎しみを思いだし、武器を手に戦う。

 殺し合いが始まった。


 


 エデンブリアの牢獄。吊し上げられた輝志てるしは、何人ものエデンブリアの兵から、何度も何度もむちうたれた。


「お前が魔術でエデンブリアをまどわしたせいで大勢が死んだ。お前のせいだ」

「せいぜい国王陛下からの正式な死刑判決を待つことだな」


 輝志はうめき、うなだれることしかできない。

 

 


 そのころ、妖精エルダリンは背中の羽をパタパタさせ、王の周りを飛びまわっていた。


「陛下、テルシを助けてあげて。あいつは魔術師なんかじゃないのよ」


 王はうんざりと、エルダリンを手ではらおうとする。


「では何なのだ?」

「ただのバカよ。ソーランバカ!」

「とにかく死刑にせねばのメンツが立たぬ。あんなやつを連れてきた、大妖精たるそなたのメンツもな」

「ぐっ」


 


 結局、王を説得することは叶わなかった。

 エルダリンはエデンブリアの城下町を力なく飛ぶ。

 民衆の顔は暗い。しくしくと泣いている者もいる。

 戦争のせいで、市場の食べ物も減った。

 テルシも捕まって拷問を受けている。どこの牢獄にいるか教えてもらえず、助けにいくこともできない。


「テルシ……」


 ひどい罪悪感にさいなまれる。

 見ていて思い知らされた。テルシはあのヘンテコな踊りと音楽が大好きなだけの、ただの変な少年だったのだ。

 魔術師だとはやとちりしていた。国の危機だからと、あのとき焦って連れてくるのではなかった。

 ポロポロ涙がこぼれる。

 建物の間から、ヌッと大きな手が現れた。

 エルダリンは捕まる。


「……!」


 ヴァレアニアのスパイ?

 暴れるが、むなしくものかげ引きずりこまれた。

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