第3話 ぬいぐるみが動いた!?

「あー、ようやく動けるようになった。ロッティ、ナイスだぜ!」


 白く輝くシロちゃんが、私の膝の上でググーッと伸びをする。その姿は、昔飼っていたハムスターにそっくりだ。


「わっ! シロちゃんが動いた!? それに、しゃべってる!?」


「おれっちはシロちゃんじゃなくて、『シロハムコウノモリ』だ。まあロッティには、シロちゃんって呼ばせてあげてもいいけどな。特別なんだぞ!」


 呆気に取られて固まっていたら、馬車がガタンッと大きく揺れて、みんなが一斉に悲鳴を上げた。

 私もビックリして、思わずシロちゃんを抱きしめる。

 

「あれ? シロちゃん、あったかいね」


 シロちゃんの体は、カイロみたいに温かかった。まるで毛並みの下に、本当に血が通っているみたい……。


「おうとも、何たって生きてるんだからな! ロッティの魔法で、ぬいぐるみから神獣になったんだ。おれっちは神の使いで……」


 シロちゃんは小さな胸を張り、何やら得意げに話している。何を言っているのかよく分からないけれど、喋って動くシロちゃんは、とにかくかわいい!


 私が抱きしめるのを我慢していると、ガタガタガタッとまた馬車が揺れた。転げ落ちそうになって私に抱き留められたシロちゃんは、険しい顔(この顔もかわいい!)で呟く。


「悠長にしゃべってもいられないみたいだな。とにかく、ここから脱出しよう」


「えっ! 助けてくれるの!?」


 大きな声を出した私に、シロちゃんがシーッとちっちゃな指を立てる。


「静かに! 助けるって言ったって、ロッティだけだぞ。おれっちがちょっと大きくなれば、掴んで飛べるかもしれない」


「シロちゃん飛べるの? すごい! ……でも、ここにいるみんなを、置いていくわけにはいかないよ」


「そんなこと言ってもな……」


 シロちゃんは困った顔で、クシクシと頭をかいた。馬車の中には、赤ちゃんみたいに小さい子や、抱き合って泣いてる兄妹もいる。親と離れて、心細いだろうな。

 しかもこのままじゃ魔獣に食べられるちゃうんだから、置いていく訳にはいかない。


「うーん、方法が無いってわけじゃないけどな……」


「なになに? 教えて!」


「上手くいくかどうか、わからないぞ。それに初めてなのにそんなに魔力を使ったら、ロッティの体に負担がかかるかも……」


「何でも大丈夫! 全員が助かる方法があるなら、私、頑張るよ!」


 ふんす! と言い切った私を見て、シロちゃんは観念したようだった。私、頑固さには定評があるんだ。


「どうなっても知らないぞ。それに全員助けられるって決まったわけじゃ……」


「うんうん、それは分かったよ。それで、どうしたら良いの?」


 シロちゃんは私の手のひらによじ登り、グイッとおでこを突き出した。


「おれっちのこの石に、魔力を込めるんだ。精いっぱい、力の限り!」


「ええと……申し訳ないけど、私、魔力っていうのないみたいだよ? 魔法防止リングっていうのもつけられていないし……」


 せっかく脱出できるチャンスなのに、役に立たないかもしれない。泣きそうになる私を、シロちゃんは不思議そうに見つめた。


「そんなことないぞ? ここにいるみんな、魔力が超スペシャルな子供ばかりだ。そういう子を狙ってさらってきたんだろうな。今は魔法が使えなくても、素質は十分あるってことだ」


「ほんと? 私、魔法が使えるの?」


「ああ、使えるとも! まあとにかく今は、おれっちに魔力を注ぐんだ。魔力って言っても分からないなら……うーん、『大きくなあれ』って、とにかく強く念じてくれ!」


 投げやりに言い放ったシロちゃんは、私のおでこに額の石をこっつんこする。


 よく分かんないけど、やるしかない。


 私はありったけの念を込めて祈った。


 大きくなあれ……大きくなあれ……。


 念じるうちに体の力がスーッと抜けて、私はフラフラと倒れ込んでしまった。何、この感覚……失敗しちゃったの?


 その思った瞬間、シロちゃんがまた真っ白な光を放って、ムクムクと膨れ上がった。あっという間に子犬くらいの大きさになり、止まることなく大きくなって……ついには馬車に収まらなくなって、メキメキメキッと壁を壊しちゃった!


「わああ!?」


 シロちゃんの体に押し出されて、子供たちは馬車から投げ出された。ゆっくり馬車が壊れたおかげか、みんな怪我はないみたい。良かった!

 シロちゃんのフワフワの毛、気持ち良かったな……と思いながら、周囲を見渡す。ようやく外に出られたけど、どこか深い森の中みたいだ。


「なんだ、何が起きてんだ!?」


 御者台に乗っていた魔族(初めて見た!)が、慌てて私たちの方に駆け寄ってくる。真っ黒な髪に金色の目、頭には羊みたいな角があるけど……ほとんど私たちと同じに見える。


 あれ? 魔族って、思ったほど怖くないんだね。人間の子供をペロリと食べちゃうとか、ゲームでは言っていたけれど……。


「おい止まれトム! この白い化け物、シロハムコウノモリじゃないか!?」


「そんな訳あるか! あれは伝説の神獣だぞ。触れたら邪気が浄化されるって言う……こんな所にいる訳がないだろう」


「……子供たち。アイツらがごちゃごちゃ言い争っている間に、早くおれっちの背中に乗るんだ!」


 魔族の目を盗みながら、こっそりとシロちゃんの背中によじ登る。ほとんど全員が乗ったところで、魔族がハッとこちらの方を振り向いた。


「コイツら逃げるつもりだぞ! 逃したら、魔王様になんて言われるか……」


「魔獣ども、あの白い毛玉みたいなのをやっちまえ!」


 真っ黒でつるっとした馬みたいな生き物を、魔族が馬車から解き放とうとしている。

 ひゃあ、あれが魔獣!? 目が赤く光ってるし、すごい鼻息だよ〜! あんなのに襲われたら、子供なんてひとたまりもない。


「アリス、早く乗って!」


 何故か全然登ってこないアリスに向かって、私は腕を伸ばした。


「嫌よ! このまま魔王城へ行けば、勇者が助けに来てくれるはずなんだから。私はヒロインだし、ここで死ぬことは絶対ないの。逃げたいなら、アンタたちだけ逃げて!」


「アリス……?」


 ヒロインとか勇者とか……何でゲームの内容を知ってるの? アリスはゲームの登場人物なんじゃなかったの……?

 私が驚いている間に、アリスは森の奥へと走り去ってしまった。


「タイムアップだ、ロッティ! あの子のことは諦めろ!」


「でも……」


 そうこうしているうちに、魔獣がこちらに向かって突進してきた。


「ええい! こんなザコ魔獣、巨大化したおれっちの敵じゃないぜ!」


 シロちゃんが短い腕で薙ぎ払うと、魔獣はポンッ! と音を立てて消えてしまった。地面には素材だけが落ちていて……やっぱり、ゲームと同じだ!


「シロちゃんすごい! このまま魔獣をみんなやっつけちゃう?」


「いや、倒すのは簡単だけど……どんどん魔力が減って、小さくなっちゃうんだぜ」


 確かに、さっきよりもシロちゃんが一回り小さくなっているような……? これよりも小さくなったら、全員が乗れなくなっちゃよ!


 怯えて後退りする魔獣に向かって威嚇してから、シロちゃんはくるりと方向転換した。


「とにかく、今は逃げよう。みんな、しっかりおれっちにつかまるんだぞ!」


 グッと一瞬固まった後、シロちゃんはものすごいスピードで走り出した。


「わっ!! わあ!!」


 耳元でビュンビュンと音が鳴り、ほっぺたに風が当たって痛い。あまりの速さに振り落とされないよう、みんなシロちゃんの毛にしがみつくのに必死だ。


「シロちゃん! ちょっと速すぎるよ!」


「仕方ないんだ! こんなに体が大きいと、スピードをつけなきゃ飛び立てないから……お?」


 進んでる方向に目を向けると、なんと目の前に崖が迫っていた!

 

 なのにシロちゃんは止まらずに、どんどんスピードを上げていく。崖の向こうはすごく遠いし、とてもじゃないけど、ジャンプで飛び越えられないよ!?


「止まってシロちゃん! このままじゃ落ちちゃうよ!!」


「大丈夫、おれっちを信じるんだ! みんな、しっかりつかまってな……!」


 シロちゃんはそのままの勢いで崖から飛び出し、私はギュッと目をつぶった。

 

 落ちる!!!


 しばらくフワッと浮いたと思ったら、横でバサッ! と大きな音がした。いつまでも落ちていく感覚がなくて、恐る恐る目を開けると……なんと、空を飛んでいたの!

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