第2話 私、もうすぐ死んじゃうの!?

 私、もうすぐ死んじゃうのかも……。


 そう思ったら血の気が引いて、急に寒くなってきちゃった。ガクガク震える腕を抱えながら俯くと、足元に鏡の破片のようなものが落ちているのが見えた。


 手を傷つけないようにそっと持ち上げて、自分の顔を映してみたら……そこにいたのは、ピンクの髪のかわいい女の子だった!


 ツインテールの髪の毛はキレイなパステルピンクで、綿菓子みたいにフワッフワ。目はブドウジュースみたいな紫色で、アニメの魔法少女みたいにかわいい。


 これが、私?

 憧れてた魔法少女みたいな見た目になって、ちょっとだけテンションが上がっちゃったのは内緒。

 

 でもだんだん実感が湧いてくると、嬉しい気持ちは吹き飛んで、ポロポロと涙がこぼれてきた。私、本当に別人になって、異世界に来ちゃったんだ……。


 それでも、いつまでも落ち込んでるわけにはいかないよね。早くこの場から脱出して、元の世界に戻る方法を考えないと。だってこの後、家族で遊園地に行く予定だったんだから!


 私は目をつぶって、うーんと頭を回転させる。だけどいくら頭をひねっても、このゲームのことは全然思い出せない。怖い場面が多くて、お姉ちゃんがプレイするのを横目で見ていただけだからなあ。こんなことになるなら、ちゃんと見ておけば良かった。

 

「あ、そうだ! 魔法、魔法が使えるはず……」


 名案だと思って、私はポンッと手を打った。この世界には確か魔法があって、主人公たちは炎とかバンバン出してたもんね! 私も魔法、使ってみたい!


 目を輝かせる私を見て、アリスが憐れむように言った。

 

「ロッティ、あなた魔法なんて使えたことがないじゃない。ほら見て、魔法が使える子供は、手首に魔法防止リングがつけられてるのよ。魔法を使って逃げられないようにね」


「そ、そんなあ……」


 見ると、ほとんどの子の手首にはリングがはめられているのに、私の腕は空っぽ。

 せっかく異世界に来たのに、魔法すら使えないなんて。私は心の底から落ち込んで、膝を抱えた。良いことが何もないよ〜。

 

 確かこの後、ヒロインのアリスと「アリスの幼馴染」は魔王の城に連れて行かれて、魔獣のエサにされそうになるんだったかな? その後同じく幼馴染の勇者が救いに来て、アリスだけが助かるんだった。

 

 勇者とアリスは、幼馴染が魔族に殺されたってことにショックを受けて、「絶対に魔王を倒す!」って決意するんだけど……。そんなことのために、私を殺さないでよ〜!

 よりによって、何でヒロインの幼馴染なんかに転生しちゃったんだろう。ゲームでは名前も出てこないキャラなんだよ? どうせなら、ヒロインか勇者が良かったな。


 嘆く私の頬に、何かが触れた。

 もしかして……と思って顔をあげると、ぬいぐるみの「シロちゃん」がこちらを見つめていた。


 このフワフワ感と荒い縫い目……間違いなく私の作った「シロちゃん」だ! 母親とも言える私が、見間違えるはずもない。

 

 私と一緒に、異世界に来てくれたのかな? この世界にたった一人だと思っていたから、何だかとっても嬉しい!

 でもよく見たら、シロちゃんはボロボロになっている。腕は取れかけているし、おでこの宝石(と言ってもオモチャなんだけどね)も、どこかにいっちゃったみたい。


 私が死んだら、シロちゃんを直す人もいなくなっちゃうな。それどころか、ポイッて捨てられちゃうかもしれない。でも、ずっと壊れたままなんてかわいそうだ。

 

 キレイに直してあげたら、誰かが代わりに大切にしてくれるかも。どこかに直せる道具はないかな? と、首からかけていたポシェットを探ったら、なんと私の愛用していた裁縫セットが出てきた。

 

 ママに買ってもらった、持ち運び用の小さな裁縫セット。物語に出てきそうな、古びた金属のケースが気に入っていたんだよね。何故ここにあるかは分からないけど、とにかくラッキー!


 私は揺れる馬車の中で目を凝らし、必死にシロちゃんを直し始めた。


「ロッティ……あなたこんな時にぬいぐるみを直すなんて、ずいぶんのんきね。これから死んじゃうっていうのに」


 アリスったら、すっごく皮肉な言い方。あとちょっとで死ぬかもしれないこと、忘れようとしてたのに。

 でも、それでもいいや。最後まで好きなことをやらせてよ。私、カワイイものとお裁縫が大好きなんだから!

 私は黙ったまま、アリスにニッコリと笑いかけた。何て言い返したらいいかも分からなかったしね。


「……それなあに?」


 アリスとは逆方向の隣から、小さな声が聞こえてきた。横を見てみると、同い年くらいの男の子が座っている。

 真っ黒でフワフワな癖っ毛で、前髪がすごく長い。目も隠れちゃっているけれど……前が見えづらくないのかな?


「これは私のぬいぐるみ。シロちゃんって言うの。このゲーム……ええと、私の大好きなキャラクターで」


 私の言葉に、男の子は首を傾げて「ふーん……?」と言った。

 あれ? シロちゃんってこのゲームに出てくる動物のはずなのに、この世界の住人も知らないのかな?


「体の部分はハムスターそっくりでしょ? でも、羽はコウモリみたい。フワフワで真っ白な毛並みと、つぶらな瞳がかわいくて……」


 私が熱弁していると、隣の男の子がフフッと笑った。

 

 あ、笑った顔、かわいい。

 目は前髪で見えないけれど、きっと素敵な三日月になっているんだろうな。


「ハムスターもコウモリもよくわかんないけど、その子のことが大好きなんだね。ぼくもかわいいと思うよ」


「わあ、ありがとう! この子を直すのが終わったら、あなたのぬいぐるみも直してあげるね」


 私の作ったシロちゃんのことをかわいいと言ってくれるなんて、いい人だな。それに私は人見知りだけど、この子は何だか話しやすい。いきなりグイグイ来ないし、雰囲気が優しいからかな?


 私はシロちゃんを直しながら、男の子の手の中の真っ黒な塊を見つめた。塊って表現したのは……その子が持っていたのが、ボロボロの布切れみたいなものだったから。


 言い方が悪くてごめんなさいだけど、使い古しの雑巾か、終わりかけの毛糸玉にしか見えない。それが何の動物をモチーフにしているか謎だけど……大事そうに持っているから、きっと大切なぬいぐるみなんだろうな。

 

 私が直してあげるって言ったら、男の子はパァッと明るい笑顔になった。


「ほんとに直してくれるの? 約束だよ?」


「うん、私で良ければ」


 私たちは小指を絡ませて、微笑みあった。いつ死ぬか分からない状況だけど、この子の喜ぶ顔を見たら、絶対に直してあげたいなって気持ちになった。


 男の子のぬいぐるみは何の動物なのかな? と考えているうちに、思い出したことがある。

 このゲームには、かわいい動物が全然出てこないってこと。犬も猫も、ウサギも鳥もいない。豚や牛とか、いわゆる家畜って言われる動物もいなくて、いるのは「魔獣」だけ。


 魔獣って、すっごく怖くて凶暴なんだ。かわいさなんて微塵もない。お姉ちゃん(が操るヒロインのアリス)も、何度もやられていたっけ。

 魔獣を倒すとポンッと体が消えて、肉や毛皮・角とかだけが、戦利品として残るんだ。この世界の人々は、それを食べているみたい。まずそうだから、出来るなら食べたくないな……。


 たしか馬もいなかったはずだけど、これは魔王軍の馬車だから、馬の代わりに魔獣に引かせているのかな? そう考えたら急にまた怖くなって、私は首をブンブンと振った。


 怖い気持ちを忘れるように、シロちゃんを直すのに集中する。はみ出ていた綿をぎゅっぎゅっと詰めて、丁寧にひと針ずつ縫って……。

 そうだ、おでこの宝石はどうしよう? これがなきゃ、シロちゃんって言えないよね。


 何か代わりになる物はないかな? と思って、体中をペタペタと触ったら、首にネックレスがかかっていることに気付いた。服の内側に入っていたから見えなかったけど、大きくてキレイな赤い宝石がついている。

 

 ちょうどいいじゃん! これを使っちゃおう。

 私はネックレスから宝石を外して、シロちゃんの額に縫い付けた。一針ずつ、丁寧に丁寧に……。


 縫い進めていくうちに、体の力がスーッと抜けて、怖い気持ちも消えていった。ここがどこなのかも忘れて、シロちゃんと私の、二人だけの世界になる。


 ああ……せめて最後に、シロちゃんの動く姿が見たかったな。ぬいぐるみでも良いから、この子が動き出してくれたら良いのに……。


 そう思いながら最後のひと針を縫い終えた瞬間、シロちゃんが真っ白く光り始めた。

 えっ、何が起こっているの!? あまりの眩しさに目が開けていられず、私はまぶたをギュッと閉じた。

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