耳ヲ貸スベキ

「なーなー鏡花きょうか、楽しかったろ? もっとラップやろーぜ」


 放課後。目の前には金に染めた髪をオールバックにし、

 でかいピアスを耳に光らせ、人懐っこそうに笑う女。

 ちょい久しぶりに呼ばれてお隣の家に来てみれば、部屋に上がるなり熱烈な勧誘を食らった。


 坂井さかい心美ここみ——a.k.aまたの名を『ハーツ』。

 学園に君臨するMCバトル四天王の一人であり、

 このあたし、『女媧じょか』こと西城さいじょう鏡花きょうかをバトルに引き込んだ張本人だ。


「そりゃあ~~……楽しかったけど」

「何迷ってんの? せっかく詩和女子ウタジョにいるのにラップしないとか勿体ないじゃん。

 しかも素質あんだから尚更だよ」


 誉め言葉を恥ずかしげもなく言われる。けど、たぶん半分ぐらいはおべっかじゃないと思う。


 詩和うたわ女子学園——何も知らずに入学した当時は、ひどく驚かされた。

 ラップを嗜む女子ならばその名を知らないものはいないという、あたしたちの在学校。


 元々寛容で自由な校風で知られていたその学び舎に、

 生徒たち主導で広まり一部教員たちも後押ししたというラップ文化が根付き、

 いまや学内のそこかしこで制作やサイファー、野試合バトルや自主大会などが行われている。

 現代社会コンクリートジャングルのど真ん中に咲いた、乙女たちのHIPHOPのその


 なかでも、有名なバトルイベントが2つある。

 秋の文化祭で行われる校内チャンピオン決定戦——『詩和女子ウタジョシラッパー総選挙』。

 その総選挙で決まったチャンピオンが率いる四天王に、1人で挑戦して四連勝を目指す、

 半月に一度の腕試し儀式——『詩合うたあわせ』。


 外部からの観客も呼び入れて行われるその『詩合』の場で、

 心美に誘われて飛び込んだ初実戦のあたしはなんと、三人抜きを達成してしまった。

 4月にいまの『dossドス』『MCヨー』『ハーツ』『Jewelジュエル』の顔ぶれになってから、

 チャンピオンのJewel戦までたどり着いたのはあたしがはじめてらしい。


 心美の言うとおり、ラップを続けるべきだとは思う。

 自意識過剰かもしれないけど、多分あたしは結構すごい。

 それに観衆の前で1対1サシりあう高揚感は、結構クセになる。

 けれど同時に、どうにも煮え切らない自分もいた。


「あのさ、これ、すっごいダサいこと聞くかもしれないけど、笑わないでね」

「なんだよ?」

「あたしさ、Jewelに負けてた?」


 問いかけに心美は笑うでも怒るでもなく、呆れて口を半開きにした。


「お前……っ~~~、怖いな~~~、ほんっと怖い」

「いや、だって、ライムとか、歌い方フローとか、罵倒ディスもガンガンしたし。

 はっきり向こうが勝ちってほどの差、分かんなかった」


詩合うたあわせ』の勝敗は、試合後の観客による歓声投票か、

 それで勝負が付かなかった場合は3人の陪審員ばいしんいんが裁定する。


 観客の声は、Jewelの方がちょっと大きいぐらいだったと思う。

 審判がいちおう陪審員の判断を仰ぐと、3対0でJewelに軍配が上がった。


「つまり、たまたまとか、依怙贔屓えこひいきとかって言いたいわけか?

 悪いけどさすがにおごりすぎ。あの判定はまあ妥当だろ。

 元々の支持プロップスで差が付くことも確かにあるけどな」


「あ~……分かった。またこのパターンか」


 あたしがついこぼした愚痴を、


「あん? なんか文句あんなら言えよ?」


 心美は悪い意味ニュアンスに捉えたらしく、ちょっと顔をしかめて問い詰めてきた。


「いや、なんか、なんでもこうなんだよね。最初は人よりうまくできるんだけど、

 いつの間にかよくわかんない差が付いちゃう。絵とか、楽器とか、運動とか」

「飽きっぽいもんなお前。でもそれ自虐風自慢じゃねえか」


「いや違くて……もし判定が贔屓とかじゃなくてあたしに分からないものなら、

 それってもう多分、才能の差じゃん。

 目や耳では感じられないなんかを捉える感性センスとか、

 分かるまで続けられる気力とかが、あたしには欠けてる。だから負ける」


 我ながらちょっと、こらえ性がないなとは思う。

 どの分野ジャンルでも上達したやつはだいたい、才より続ける努力が大事だと語る。

 でもあたしに言わせれば、なんかうまくいかないなって時。

 腐らず愚直に続けられるのだって『そういう才能』だろって感じるし、

 がんばり不足だって言うのは『ちゃんと持ってるやつ』の傲慢だ。


「それは違う。始めたばかりにしちゃ、お前の技術スキルは確かにすごい。

 でも……いっぺん負けたあたしが言うのもなんだけど、まだ足りてないものがある」

「だからそれを分かろうと頑張れる、努力の才能でしょ」


 見かけに似合わず温厚な心美には珍しく、はっきりと否定してくる。

 こっちもついつい張り合ってしまう。


「違う。お前より格下のやつだって、ラップ始めて1日のやつだって、

 クソ不真面目なやつだって、持ってるやつは持ってるよ」

「じゃあ説明してよ、何が足りないか」

 

 ちょっとキレ気味に返してしまったあたしに、心美はどうどうとなだめるようにしてから、

 浅くため息をついた。


「お前さあ、楽曲聴かずにバトルの動画とかしか見てないだろ」

「は? なんで分かったし」

引用サンプリングとか、全然わかってなかったし」


 拍子抜けする。正直言って、そんなこと? って思う。


「そんな差で負けたっての? しょうもなくない?」

「違う。いや、サンプリングも超重要でしょうもなくないけど、そこじゃない。

 これが答えじゃなくて、ヒントっていうか……

 てかバトルの動画でも別にいいけど……せっかくだし音源も聴かせたいっつうか……」


「はよ教えろ」

「いや……よくあるじゃん。こういうのは他人に答えを教わるのではなく、

 自分自身で気づかなくちゃ意味がないのじゃよ、みたいな」

「漫画の師匠キャラだろそれ」

「人生で一回ぐらいは真似してみたいだろ」


 ぐだぐだにもつれてきたやり取りを打ち切るように、心美があたしのこめかみに指を立てる。


「いいから聴けよ。そしたら分かる……といいなぁ~」

「楽曲ねえ……バトルと関係ないじゃん」

「うひょひょひょひょ~~っ、あたしらこんなやつに3タテ食らったんか~~い」

「何ひとりで盛り上がってんだ」

「……いーから聴いて、それで分かんなかったらあたしに聞いて。

 それでもまだ納得いかなくて、もう興味持てないんだったら、無理強いしない」


 言い合っても仕方ないとばかりに、心美は棚をあさって音源を見繕みつくろい始めた。


「鏡花んちCDなら聴けるっけ? なんか聴きたいのとかある?」

「お姉ちゃんのノートPCノーパソ借りる。あの、あれがいいな。

 宇多丸、MACCHO、輪入道、般若だよね」

んなあ、お前……ほい。ちゃんと返せよ」


 手渡された4枚のCD。輪入道はバトルの動画で見たことがある。

 てかこの半人半馬ケンタウロスと化したおじさんたちが三人並んでる外装ジャケット、何?

 もししょうもなかったら、すぐに叩っ返してやる。


「……サブスクとかで聴かないんだ」

「万物がサブスクにあると思ってる現代っ子がよ。

 いやそのへんはたぶんあるけど。CDとかで持ってると、こうして貸せていいだろ」


 お前も現代っ子だろという言葉は胸にしまって、まあねと頷いた。

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