GID・マリコの美しい企み

しおとれもん

第1話マリコの癇癪


【あらすじ】

「サンキュージャパン!」ハワイノースショア、クリスマスイブの昼下がり。マリコは実弟をポリネシアの守護神ティキの力を借りて亡きものにしていた。そしてローザン夫妻も犠牲になった。

マリコはGIDの日系二世だが子宮を移植済み懐妊可能の元男性!日本の高校で英語教師に為り、結婚出産して母乳で育てるのが夢。教育実習の時照間孝雄と、草刈英雄と知り合い男女の関係が崩壊し、教師の夢を断念、アメリカへ帰国後殺人を犯した。孝雄はハワイで逮捕され20年の収監後マリコの身元引き受け人になりマリコの連れ子で義子のマイケルテルマとマリコと同居して関係修復の為ハワイノースショアに旅行しつつも真の親子関係に為るが、彼は米軍軍人で斬首作戦中に戦死。その後孝雄は同級生のキリコと結ばれる。

マイケル戦死を聞きマリコは日本へ帰国後、フィリピンの邦人学校で日本語を教えていた。ある日GIDの生徒が流産と知り出産と母乳で育てる夢が復活し英雄と孝雄に精子提供を懇願するが拒否され逆上して英雄をティキで撲殺、孝雄の家を訪れたら妻キリコが臨月の腹を抱え庭掃除の最中、メラメラと妬み心が出て腹を裂く!が、草刈り鎌を振り下ろした時!刑事岡林に現行犯逮捕された。

マリコ逮捕後の孝雄邸宅ではキリコと孝雄がリビングで会話中孝雄は脳出血を発症!キリコは陣痛を訴えるが、孝雄は缶ビールと同じく冷たくなっていた。(了)



「GⅠ?・マリコの美しい企み」


1章「サンキュージャパン!」


「サンキュージャパン!」

ガツッ!

 片膝を立て、日本の剣道の様に大上段から垂直に降り下ろした!

 風船の様に割れたカレンの頭蓋とノースショアの北側に有る波打ち際の間隙に緩衝していた。

 割れたスイカの赤い実は勢い良く飛び散り鮮血の中には、破壊された頭蓋に潜む脳までも夥しい深紅の放物線を描いていた。

「まるでスイカみたい。」よっこらしょと、カレンをひっくり返し胎児が息づくカレンの腹に懐を目掛けて忍ばせておいたサバイバルナイフを垂直に突き立て、ヘソの下あたりから割腹した!「生臭いわね、吐きそう…。」ヌルヌルと掌を滑らせ臓物を掻き分けていたマリコは子宮を探り当てた!「只今より閉塞された胎児の救出オペに入ります!」独り言を言い…無花果を切る様にザクザクと裂いた!

 5か月後・・・、

「あなたの子供が欲しいのよ?」

「さあ早く、サクッとやってちょうだい秀雄!?」

 六甲山頂から麓への裏六甲有料道路へアクセス出来車道は急勾配でたまに運転を休める為に駐車スペースが空いているサイトがあった。

そこは車2台を駐車出来るスペースが空いていた。

雲一つ無い快晴だった。

青いサイダーのアイスキャンディの様なブルースカイはマリコの故郷、室戸市やノースショア辺りに似ていると天を仰ぎ汗を拭き拭き何となくそれを思っていた。

 地面には英雄の身体が仰向けに転がっている。西側の山肌には竹林が在って六甲おろしが吹き降りるときにザワザワと騒ぎ出す。

「風が弱いわね。」・・・・・。

返事を期待して英雄を見下ろしたが相変わらず天を仰いで瞳孔が開いてマリコが覗き込むと秀雄と眼が合ったが、光がなかった。

 話し掛けても返事は無かったのは、死後硬直していたからだ。


 マリコの手紙はまだまだ続いていた。

所々涙でインクが滲んで読めなくなっている箇所もありそんな時は僕がマリコの気持ちを忖度して読んだ。

 日本では、忖度という言葉が流行っていて、小学生でも「忖度しますわ。」と言っていた。

 マリコ先生はもう来ないだろう。

解雇されたからだ。

菊水山学園に…。

理由は、教師と生徒が深い男女の付き合いをして、須磨の沿線2号線で大事故を誘発するバイクの暴走行為をしたから。

 僕にはそんな優等生の理由とは違い本編は別にあると思っていた。

菊水山学園の古株教師達とマリコとの軋轢の穴埋めをさせられたに違いない!

 

もうアタシは、女じゃないと生きられないと分かったの。

 だから・・・。

だからとにかく今日この日、マリコは絶対参加したかった。

 マリコ自身を確立するために! 

もう卒業式は、始まっているだろう。

「有馬街道って山ばかりだと思っていました。」

 「マイケルに教えてあげなくちゃ・・・。」運転手に気軽に話し掛けるマリコはタクシードライバー岬巡(ミサキメグリ)と気易く成っていた。

有馬街道の左側に山肌、右側の谷底には民家が点在し、大きくもない川が流れる。

 心ここにあらず。

伊丹空港からタクシーを拾い伊丹から神戸まで長距離の乗車をしていた。


 マリコ先生、新しい自分に覚醒したんだね?

ノースショアの荒波にマリコは揉まれ、新しい生命体として覚醒した!


 僕は照間孝雄(テルマタカオ)。菊水山学園の3年生だ。

 商業科専攻の僕達のクラスは39名、男子は9名だった。

しかも一名が退学し、一名が両足首粉砕骨折で長期入院中だったから男子は一桁の数しか登校してこなかった。


「夏目マリコ(なつめまりこ)です。

みんなと一緒に成長して行きたいです。」

マリコとの出会いは停滞した新入学の4月から真新しさが暴かれ、うんざりとして来た菊水山学園1年生の一学期半ばの担任、大寧周子(オオヤスカネコ)が、産休で一年間勤務しない穴埋めとしてアメリカンハーフの教育実習生夏目マリコが都合のいい教師として、教壇に立った刹那だった。


「夏休みだからと家でゴロゴロしていては勿体無いわ若いのに、一層の事毎朝登山してみては? じゃあ明日の朝、菊水山のトップでねタカオ?」そうして今僕は、ここに居る。彼女の教科は英語だった。

 

 午前五時の烏原は、まだ薄暗く、幅員の狭い県道を歩いていると時折ガサゴソと左側の山肌から雑音がしているのが分かったが、多分野生の栗鼠だろうとその音のする細い山道に入って山頂へ登って行った。

 薄暗い山道はとても人が立って歩ける状態ではなく石ころと言えない岩石が上から転がって止まった様子で、腰を屈めて両手をその岩石に手を突きながら山頂まで登った。

 まだ日が射して無い菊水山の頂上は平坦な狭い赤土グランドの様で土が固まって所々雑草郡が際立ち、緑が映えていた。

「遅いねタカオ寝坊した?」腰に手を当てた黒い影がこちらを観て話しかけて居た。

「4時に起きたよマリコ?」慌てて反論したが朝の光に目覚めたクマゼミの合唱に掻き消されてしまい寝坊と思い込んだマリコが朝日に背を向けて立っていた。

 朝日に透けたマリコの若い肢体は腰が括れていて、健康な脊柱起立筋が立派に形成されている様子が垣間見えた。

 白いTシャツでは下着の色が透けて見えピンクのブラ紐が肩から胸までクッキリとマリコを主張していた。

 眼のやり場に困りマリコの背後の青い空を遠く見ていた僕に、「射精したのタカオ、アタシがセクシーだからなのね?」

時にアメリカのヤンキーレディーは自身のバディーに自信満々だ! 日の出の差し込みがデニムの股間をクローズアップさせていた。

 不意にそこがむず痒く股間を押さえていたから誤解を受けたと想い「違う!デニムの股間が擦れて痛いんだ!」


「実は・・・。」

 夏休みに入って、小遣い稼ぎに草刈英雄の紹介でアイスクリーム売りのアルバイトが決まり、夏の甲子園球場で売ることになり、僕は三塁側アルプススタンドの最前列から最後列の最上段まで上がったり下がったり所謂スタジアムののスタンドを一気にアイスクリーム五十個の入ったアルミのケースをたすき掛けにして登り降りしていたからデニムの摩擦で跨がやられたんだ!と、マリコに訴えたが、「インキンタムシねタカオ?股を見せなさい!」マリコにきつく言われたが、それは勘弁願った。

 アイスクリーム売りのアルバイト初日は、高鳴る胸と共に甲子園駅からダムが崩壊したように怒濤の如く真夏の野球観客群衆が一点に集中して、足早で内野三塁側、アルプスライト側、外野レフトセンター間に雪崩れ込んで行く人々に吊られて僕達は、せかせかと歩いた。

 やがて三塁とアルプス席の間にある入り口に差し掛かり草刈は手慣れた手付きでドアを開け入場した。

 アイスクリーム売り場のバックヤードには、人の良さそうなメガネの社長と大学生のアルバイトが二人居た。

 仕事内容は、なかなか頭に入らず、ドタバタだったが、歩合制で一個売れば一個につき十五円、百個売れば一個につき十五円が二十円に上がった。

 これだけは頭に入ったから、「アイスクリーム如何っすかあ!?アイスクリームどうでーす?」先輩の見よう見まねだったが、感動的だった。

 幼い頃頃に親父と来たナイターよりも今の方が甲子園球場に参加している! 最初は勝手が分からずドタバタだったが、売り歩き易い広い通路よりも狭くて入り来んだシートの方が、観客も中々辿り着けない。

 という事は、球場の売り子達も辿り着けないから売りに行けて無い筈! 僕は率先してそこを狙った! 案の定そこへ行けば行くほどドンドンと売れた! コツを掴んだ僕は百個と言わず毎日百五十個近く売り上げた。

「兄ちゃん、鼻血出とうで?」と言われる始末だったが、真夏のスタンドの暑さに逆上せて鼻血が出るほどに集中していた。

「それはインキンにもなるわねタカオ、大丈夫だったか?」マリコに同情されたのは僕の股間に付いているペニスの事で、朝の甲子園球場行き急行は、高校野球観戦の家族連ればかりで鮨詰め状態だった。

 僕は開閉ドアの窓ガラスに前傾姿勢で顔からへばりつき尻を突き出すポーズを取っていた。

 車内の乗客は、甲子園口駅を過ぎた辺りから人が消え疎らに、快適な空間となっても僕はそのポーズのまま窓ガラスに顔を擡げありふれた電鉄の沿線の日常を眺めるままだった。

「オニーサン、どこ行きますか?ワタシは、甲子園ネ?」日焼けした外国人が肩に優しく手を掛け、これが外国のスキンシップかと、過ぎったのも束の間、日焼けした外国人が、「もっと空いてる場所行きましょう、アッチね?」電車の連結部分に乗客はなく、ガタン、ゴトン!ガタン、ゴトン!電車は、ローカルなノイズを発し、目的駅へ走っていた。

「このズボン良い生地だねえ。」と、言いながら日焼けした外人は、僕の膝辺りから段々と手が上がり、遂に股間まで到達した! エッ? 隔絶した空間に居るようだった! 周りを見てもそれぞれの空間で生活している赤の他人は隣人の所作を全く気にも留めていなかった。

 どうする俺?と思っていたら執拗に股間を触り始め次にペニスを揉み出した! オーマイゴッド!「トイレ行きましょう、気持ちいい事してあげるよ?」

僕の頭の中はその声が別々に反響して、魂が遠くに行ってしまった様な僕は、甲子園駅でフラフラと、電車を降りたがこの電車は、相変わらず牧歌的なノイズを残して伸展する機械だった。

 意識的に人ごみの中を縫うように小走りの僕に直ぐに追いついて「トイレ行きましょう?」と、背中越しに一つ覚えのオウムの様に言って来る外国人を振り払い「お腹痛くない!」と言ったら「オー! アイムソーリー。」と、遠ざかって行った。

 それでも気持ち悪い経験をした僕は、気が抜けず、甲子園球場のアイスクリーム売り場のバックヤードまでまっしぐらに走った!「オニーサントイレ行きましょー!」叫びながら日焼けした外国人が、追い駆けてくる気がしたからだ! 舐めるんじゃないぜッ! アルバイト中も観客席に日焼けした外人がまだ居る様な気がして、気分が悪かったのは、昨日の朝の六時の事で、マリコは、愛する生徒の一大事にまだ寝ていただろう…。


「今日のスタディはタカオ?」

「英語のプリントやります先生。」逆光の朝日が眩しく薄目を開けてマリコに答えた。

「オールライトタカオ、文法はもういいわ。」

「ラジオの英語講座を聴いてレッスンしなさい。」

「じゃあ帰りましょう。」

「エンジョイ、タカオ?」もう周りはクマゼミの独壇場になっていたが、軽く手を挙げて僕達は別れた。

 マリコの授業は英検2級を目指した教育方針だった。

日本の既存校の古い英語教師は、単語と連語や文法の組み合わせを重視した教育だったから、マリコと既存教師の古株達との間には、軋轢が作られていてマリコは疎ましい存在に仕立て上げられていた。

 今日、ここまでは何事も無かった。

この先も自動的に時間が過ぎ凪状態の夏休みが終わる。誰もがそう考えていた。

 それが夏の定義だったから・・・。

 

 ゴツゴツと縁の尖った人の頭大の噴石が転がる須磨浦公園のケーブル乗り場で山彦から降車し、塩屋沿岸を南に見下ろしながら須磨浦公園の青い木製のベンチに座りつつ、白地に赤いストライプ模様の紙袋を覗き込みガサガサと、音を立てて買ったばかりのフライドチキンとコーラを分け、大き目の骨付きチキンを一個とコーラを取って草刈英雄(くさかりひでお)に手渡してストローを英雄の口に差した。

 暫くはモゴモゴと口を動かしながらコーラを飲み、時折英雄の口許に着いたチキンの切れ端を摘み取り英雄の左肩に頭をもたげて空を見上げる。

 そんな所作を繰り返し、食事は終わった。


 「帰ろう英雄?」

「もう帰るのマリコ?」驚いた英雄は口にくわえたショートホープを抜き捨て落ちている枯れた松葉を踏みつけ火をぐちゃぐちゃと右足でもみ消した。

 ベンチから立ち上がり様に「休憩は?」フルフェイスを被りながら聞くとマリコは両手を広げながら肩を竦め「止めとく、来ちゃった。」残念そうにレザースーツのジッパーを下胸辺りから喉元まで引き上げた。

「そっかあ、愛しているのにねえー」と、唄う様にマリコを見ながらヘルメットの顎ベルトを締めて銀縁のメガネを着けると、ハンドルを両手で掴みスッと右足を長々と後方へ伸ばし、シートに股がった。

身長180センチがなにげにセルを回す。膝が余っていた。

足底と踵を同時にペタッと着地させる姿は嫌味がなく自然そのものだった。

「脚が長いね英雄?」

「聞き飽きたぜ!」捨て台詞が怒ったようにマリコの頭を掠めて飛んで行った。

 ドゥルルルーン! ニンジャ250が目覚めた! ユルユルとマリコを待った。

無言のマリコが乗る。

体重でボディが下がり揺れるとクラッチを繋ぎアクセルを回した。

 英雄の腰に両手を回してペタッと肩甲骨にマリコの胸を密着させた。

マリコの体温と胸の膨らみが優しかった

東西に延びる2号線は逃げ水が頻繁に出現する。

英雄はお構い無しに紺色のニンジャを直線のオオカミ風に疾走させた!

 走っても、走っても走っても!

逃げ水には追い付けなかった。

だから走りながら逃げ水を夏目マリコに置き換えて走ってみた。


「追い付けないのは俺が生徒だからか?それとも年下の子供だからか?」

「身体だけの関係じゃない。」

「愛しているのに。」

「愛しているのに・・・。」

 身体はひとつに為れても、ハートはグルグルに絡み合っても、解れてひとつに成れないのか?」

「子供扱いするなよ!」

無意識にアクセルをフルスロットルにしていた!

 ガガー!追い抜こうか!

刹那、眼の前の大型ダンプが赤く染まった! 眼に焼きついたストップランプ!

ギギーッ!ギュルギュルギュル!ドン!ドン!フルフェイスが二つ連続で激突して二つの命が踊った! ダンプの荷台後方の三方ハネに激突したマリコは頸椎打撲、肋骨を4本骨折していた。

 最後までニンジャに食らいついていた英雄は、ニンジャとダンプのフロアに挟まれ両足首を粉砕骨折していた。

 西須磨病院へ救急搬送された二人は、マリコは即日退院出来そうな程に外傷は手首を擦りむいただけの擦り傷だったからCTスキャンと全身レントゲンの結果に依り二日間入院したが肋骨コルセットを巻いて退院出来た。

 

 カタカタと涼しい空気を四方から流出させているテンカセをベッドで、仰向けに眺めていた。

 級友の源儀一(ミナモトギイチ)が見舞いに来てくれたが、「マリコ先生はどうなの?」と連発するから帰ってもらった。

「あいつ、マリコに惚れてるよな。」ポツリと漏らしたと同時に、スルスルと個室の片引き戸が開いた。

「調子はどう英雄?」間仕切りのカーテンを半分くらい引き開けたマリコが、赤いローズマリーを両手に抱えたマリコが・・・、視線を英雄の顔面を刺すように見詰め立っていた。

 無表情なので感情が判然としなかった。

「グッバイを言いに来たよ英雄?」

「マウイに帰るからネ。」英雄のベッドに一歩近づく。

「あー?うん。」と頷き口を開けつつ「そうなのマリコ、帰りはいつ?」ワイキキのクレイジーシャツをと、言おうとした時「カムバックしないわ!」強い口調で言い放った。

それから目線を宙に投げ、英雄に戻した。

それほど強い決意が見えたマリコには、何も言えず閉口した英雄だった。

 真実はマリコの母親が食道ガンでがん細胞が、あちこちに転移した病状はステージ4だと言う事だった。

 英雄は何も言えなかった。

何故なら秀雄の母は当然健在で、ブティックを4店経営していて新商品を着飾る時の母は眼がキラキラ輝き、とても美しいと思っているし病気だとか、ましてや癌などと関わった事がないから癌のスキルゼロの英雄がとやかく言う事でも無いと脳裏に過ったからだった。

「学校の教師は?」暫くして思いついたかのように問い質す。

「もう、辞めたわ。」首を左右に振り目を閉じた。

「いいえ辞めさせられたわ!」 伏目がちに呟いた。

「折角応援していたのに。」英雄がマリコを抱こうとした時、キッパリ切り捨てる様に「じゃあサヨナラ!グッバイ英雄?」ツカツカツカ!と片引き戸が閉まり、後にはマリコが抱え持って来た赤いローズマリーが二束ポツンと取り残されていて、呆気に取られた英雄も取り残されていた。

 

 何年来も流れていない涙が流れていた。

「ご免なさい英雄、愛していたわ・・・。」もう英雄の事を考えるのはよそう・・・。

 歩きながらマリコはそう思っていた。

 悲しみを食い縛る女の決意は頑なだった。故に自然と声が出ていた。

「ドントクライ!」

 マリコを走って追い掛けて抱き締める事も出来ない自分の不甲斐なさに・・・、嗚咽をしていた。

 高校を卒業したらプロポーズする筈だった。

だから、就職は既に決まっていた。

 父親が大手都銀の頭取だったから外交員として入社する手筈も将来のポストもレールが敷かれてあったからマリコを幸せに出来る収入は確保出来ていた。

人生も決まっていた。

マリコが妻なら英雄の幸せな将来が決まっていた。

のに! 悔しくて悔しくて・・・。

 拳を握り締めググッと、ググッと奥歯を噛み締めた。

「若いのよね・・・まだ子供だし。」

 ノースウエスト航空はホノルル便が午後七時半の最終便だった。

帰ったらキラウエア火山へマイケルとパパに報告に行かなくちゃ。

 久しぶりにマイケルに会える。


 2章「海兵隊ロバート」


 夏目マリコは、マリコ・ナツメ・スティーブンスと言う。

生まれは日本の高知県室戸市だ。

父は、猟師でマリコと二つ違いのマイケルに猟師を継いで欲しかった。

 ダメだったら徳島県の海上自衛隊に入隊して欲しいと常日頃から事あるごとに言っていた。

 妻の夏目深雪(なつめみゆき)は、ロバートスティーブンスが好きで好きで仕方がなかったからこの人と死ぬまで添い遂げよう! と、女の意地で生きてきた。

 夫のロバートは、マーシャル諸島のビキニ環礁で座礁し難破しかけたマグロ漁船を救助に当たった米軍海兵隊の大尉だった。

 元々親日家だったロバートは、救助した難破船の夏目船長と親しくなり漁業の修行に来日した折り、室戸市にある夏目の自宅に宿泊していた。

 夏目の長女深雪は、アメリカ永住が夢で来日したロバートと一つ違いの年齢だったからお互い話が合い修行が休みの日は、高知のグルメを二人して食べ歩いていた。

藁焼きカツオのタタキに岩塩と冥加を振りかけて食べると、魚の生臭さが消え程よい食感が幸せを感じていた。

四万十のうなぎ蒲焼はロバートにとって人生初の絶品!高知の食を知るスピードも増し、深雪との仲も深まって行った。

 二人は、昭和の時代に珍しいアメリカ人の新郎という形の結婚をした。

 しかし、二人の祝言のときにロバートは、驚くべき事柄を口にする!

それを聴いた夏目と美雪は全身が、打ち震えた!

 それはロバート自身が夏目家に婿養子として入り込み漁師の技を全て修行したいのだと言う事だった。

 これに感銘を受けた夏目元船長は自身の漁船を進呈した。

軈てロバートは、夏目家の稼ぎ頭となり深雪とロバートの間にマリコとマイケルが産まれた。

 

 かくして夏目家は、安泰の道を辿るかと思われたが、1934年9月21日に室戸台風の襲来によりロバートスティーブンスが、室戸沖へ漁船の避難の際、台風の荒波に呑まれて高知の黒潮に漁船諸共叩き付けられ無残にも粉々に粉砕され二度と帰る事はなかった。

 

 ロバートに先立たれ泣き疲れた深雪は考えた。

マリコとマイケルの為に、愛するロバートと共に生きた証に・・・。

三日三晩考えた。

考えて答えを出した。

 そして決意を新たにアメリカ合衆国へ渡る!

その先はハワイ州、オアフ島ノースショアのロバート邸別荘だった! そこは、ロバートスティーブンスが生前、米軍の海兵隊時代に所有していたノースショア・ハレイワビレッジの一角で観光客が多かったが、赤の他人と接する事で深雪は、ロバートを亡くした悼みを和らげられるに違いないと考えノースショア・カントリークラブのオフィススタッフして勤務したいと積極的にアプローチした為、そこで働く事となった深雪は第二の人生をスタートさせていた。


 冬のノースショアの荒波はサーファー達の恰好の修行の場だ。

ビッグェーブに魅せられたマイケルは、いつかプロサーファーに!

アマチュアサーファーのカリスマ、マイケルは15歳になっていた。


3章「マリコの覚醒と守り神ティキ」


そのコテージは二階に二部屋が有り、一つはマリコとマイケルの母親、深雪の部屋だった。

 もう一部屋はシングルベッドが部屋の端にそれぞれ設えられていた。

ベッドの枕元の本棚には明り取りのフィックス窓がある。

その棚に水に浮かばない木製のティキが30センチ程の高さを誇示していた。

「起きて、マイケル朝よ、サーフィンのプロフェッショナルライセンスコンテストに行かなくちゃマイケル?」

「ウルサイなあマリ。」

「良い臭い。」薄目を開けたマイケルの両眼にマリコの白い脚が飛び込んで来た”! マイケルの枕元に両膝を突いて肩を揺さぶる。

 マリコの小さい尻にフィットした短パンはムチムチとした白い太ももを誇張していた。

 マリコは短パンを着用していた。

白い太股が露になって、股間は闇だったから・・・。

 マイケルは、短パンの奥がどうなっているか知りたかったから、興味津々でそっと手を伸ばした!

「あっ…、」

「マリ?」

マイケルに両手を奪われあっと言う間にベッドへ引きずり込まれた!

「やめてマイケル!」空しい抵抗のマリコは力強いマイケルのパワーに屈し、膨らみかけた乳房の乳首を強く吸われ抗う事ができなかった!

 強くマイケルに抱き締められ「アタシは、抗えないドール・・・。」

恍惚とした時間が愛しく感じられマイケルのなすがまま最後の窪みも弄ばれてしまった。

しかしマリコは、女の喜びを知り一人の男性を愛し続ける事、身の回りの世話をする事、ハラハラして焼きもちを妬く事、遠くから両手を握り熱い眼差しを贈る事。

 それらの所作は、女としての一番大事な部分だと感じていた。

 そして女性ホルモンを投与して数ヶ月が経ち、両胸がふっくら膨らんだと感じたその日の早朝、招かれざる客が来た!

 「スティーブンスさん」耳鳴りがピーッと鳴った!

 かなり大きめの耳鳴りだった! 鼓動の音が聴こえそうに胸が高鳴りドキドキソワソワし、最後の言葉が聴き取れず「母は、今オフィスでビジネスです。」かなり的外れなアンサーをしていた。

 サーフィン仲間に促されるままにノースショア海岸へ行きゴツゴツとした砂浜とは言えない、かなりハードな砂浜を歩いていると波打ち際に人集りが出来ていてその人集りの主人公が仰向けに寝ていた。

 

 いつもここで目覚めた。

 

 タートルベイの月夜は産卵のためウミガメが上陸し、たんぱく質の栄養補給のため人の死肉を啄ばんだ。

 両足は冷たく固まり、スパッツの筋肉の隆起は体温が低下し、痙攣寸前の様だったが、この両脚が動いてサーフボードをしなやかに操るマイケルの姿をダブらせていた。

 アタシにマイケルが乗り移る!いえ、もう移ってる。

「ちゃんと見てマリコ!?」

マイケルが寝ているだけなのに、起こしたら可哀想…。

 

 そんな想いだった。

マリコが意識を回復した時は、マリコのベッドの上だった。

「マイケルは?」見舞いに来た人々に聞くと、サーフ仲間が「死んでたよ事故死だ、マイケルは・・・残念だ!」そうか、このベッドはマイケルに抱かれて眠ったベッド・・・。

 こうやって待っていればあのドアから入って「お待たせマリコ愛してるよ?」そう言って優しく抱き締めて愛してくれるわ。

「起きて、マリコ?」マイケルの友人がマリコに囁いた。

「イヤ!マイケル来て!」

「どうしたのマイケル?」

「マイケルは死んでしまったんだマリコ?」マリコを覗き込み説得した

「ちゃんと向き合うんだ!」


6章「不埒な出会い」


 マリコ先生はもう来ないだろう。

解雇されたからだ。菊水山学園に…。

 理由は、教師と生徒が深い男女の付き合いをして、須磨浦公園の沿線、2号線で大事故を誘発するバイクの暴走行為をしたから。

 僕にはそんな優等生の理由とは違い本編は別にあると思っていた。

菊水山学園の古株教師達とマリコとの軋轢の穴埋めをさせられたに違いない!

 

 二人は誰も居ない菊水山頂上の木製ベンチに腰を下ろしていた。

「あのねタ、カオ?」言いにくい事をカミングアウトするマリコは一回言葉が詰まる。

 左隣のマリコを見た。項に汗が一滴流れていた。クマゼミが暑さに拍車を掛ける。

「瞳がブルーじゃないね・・・。」思わず呟く。

 絡み合った視線は、マリコの言葉が終わるまで外されなかった。

「アタシはLGBTQなの・・・。

 所謂、性同一性障害よタカオ?」

「アタシには菊水山学園に赴任する4ヶ月前までは、ペニスは健在だったわ。」

「タカオ、触ってみるペニスじゃないやつ?」音もなく垂直に立ち上がり自ら白の短パンをずらしピンクのショーツまで脱ぎ出した。

 ドギマギした僕は視線の居場所をさがして、真っ直ぐ正面を向いていた。

 朝から積乱雲が立ち込めていた。

「見て、タカオ?」左横を向くがマリコは目の前まで来ていた。まるでくノ一。

「触ってみる?」僕の右手を取った。

「指入れていいよ?」彼女?は、僕の指を握り人差し指をリクエストした。

「どうぞ。」言いながらスタンスを広げてグイッと腰を前へ突き出した。

 と、同時に頭を両手で掴んだ。

 ムニュッ!僕の頭を無理やり股間に密着させて腰を前後に振っていた。

 咄嗟の事で、マリコの恥骨と陰部が僕の鼻頭に当たり鼻頭がムニュッと食い込みゴワゴワした陰毛が頬を包んでいた。

 初体験だったが、不思議と冷静に、

一瞬だがマリコの中に鼻頭が入ってしっとりと濡れていたから僕は、自棄に興奮してマリコの腰を抱き締めた!

 深呼吸を二回して、匂いは無かった。

「また生えて来ないの?」とバカな質問を投げ掛けた。

「バカね、トカゲじゃないよ。

もう女になったのよタカオ?」

「生理は無いけど、戸籍の性別変更は、認可されたわ。」

「時期が来るまでタカオに抱かれないからね?」と、釘を刺しながら草刈英雄との付き合いを教えてくれた。

 裏を返せば時期が来たらマリコは、僕に抱かれる。

 と、いうことだろうと考えたら最高潮にコーフンして鼻血がタラリと流れ出た。

 悪戯な女性に翻弄されたみたいに・・・。

「それって愛なの?」

「まだまだよタカオ?」

「彼は、まだまだ子供よ?大丈夫鼻血?」

 何気無いそんなやり取りが他人に知られる筈はなく。

 只、菊水山学園の後追い調査は万能で、戸籍の根底まで調べ挙げると言う事だった。

 誰が言ったか言わないか骨肉の論争を防ぐ為にエビデンスを学園側で用意すると言う流石のリスクマネジメントだった。

 マリコの手紙は結びの文脈が、綴られていて終わりかと思えば、二行開けて新しい文脈から始まる。

 僕は、僕と夏目マリコとの愛を探しながら束になった便箋の綴りを読み続けた。

 愛が無ければマリコの大事な部分を見せるばかりか鼻を埋めさせてくれないかもな・・・。

 信じたかった。

愛があった事を マリコはB型だから自分で勝手に考えて僕にインフォメーションしない場合があった。

 それを心配していた。

 僕は、マリコが元々男性だったと思えなかったから愛のシンパシーを営営と読み探した。

 時期と言うのはマリコが女としての自我を確立したときの話しだそうで、例えば女装子もニューハーフも男目線で変身しているらしい。

 さもなければオッバイだの腰の括れだのに意識するから見た目に金を掛けたがる。


7章「静かなるオアフ」

 

 オッバイを大きく美しくしても母乳は出ないし括れていても排卵もないから悪趣味の自慰行為の達人たちは、女性を冒涜していると書いてあった。

 オアフ島のマリコは毛孔から出る老廃物が物凄く気になるらしい。

 それは、日本の女性タレントに性転換者がいてお肌を入念に手入れしている。

 その事は、完全に女性として魂を入れたから出来るのだと書いてあった。

 やがて彼女は、出産したがるでしょうと、マリコは、時期が来たら貴方の子供を産みたいと言っている。

 それは、僕に対する愛なのか?リップサービスなのか? 照間孝夫(テルマタカオ)に愛をくれるのか? 少々期待した。

しかし、マリコの手紙は僕とのエッチはおろか愛についても書かれて無かった。

 相変わらずジェットコースターみたいにアクティブで起伏が激しい手紙には違い無かったが、「只の近況報告じゃないか!と思った刹那、鬼瓦桐子(オニガワラキリコ)と言う文字が飛び込んできた!「

マリちゃんは、関わり合い過ぎだよ?」

 と、思ったがマリコはハワイのオアフ島だし、文句を言える筈がない。

 今は、英語女教師のマリコになる夢を諦め、ホテルヒルトンハワイアン・ビレッジのレインボータワーで、青い風と波のワイキキビーチから間近にクロークを日々粛々と勤めているとか・・・。

 鬼瓦桐子は根っからの阿婆擦れバリーでレディースの総長をしている筋金入りのバリバリのヤンキー姉ちゃんだった。

 

 鬼瓦桐子(おにがわらきりこ)は、熊野村(くまのそん)の遥か二千メートル西方、宝塚村(たからづかむら)の生まれで旧夢野村(ゆめのそん)より北方へ千メートルを少し歩くと円形のやや広目の土地に数基もの墓が濫立しており、そこが桐子の遊び場所と言えば、遊び場だったが、墓地に棲むマムシや青大将と牛蛙を生け捕ってきては、焼いて食べたりしていた。

 ハ虫類を素手で捕まえるのは桐子にしたら大人顔負けで、「大したモンや!」と、桐子の親父の権蔵が胸を張って放言したから桐子自身も近所のガキ大将を集めて子分にして、「一人で青大将を獲って来い!」

 と、少女ながらに命令を下し、鬼瓦家の夕食に利用していた。

 蛇や蛙を焼くときは、醤油に浸けて焼けば香ばしい薫りがして、そこへ酢でも和えれば、サッパリとした鶏肉の様な食感が、原形を忘れさせた。

「もう照間とこの坊主に行って来いゆうたらあかんぞ桐子?」権蔵が、いくら注意してもなかなか止めないで孝夫を遣い走りにしていたから業を煮やした権蔵は気が紛れるだろうと、子供用の自転車を買い与えた。

 桐子は、たいそう喜び気に入ったのか一日中十二インチの自転車に股がり自転車の練習を一人でしていた。

 桐子は生まれながら負けず嫌いで、兄の啓和三歳にライバル心を燃やし、寝返りやハイハイも生後半年で達成してしまった。

 一歳の時に初めて歩行が出来、兄の啓和に蹴りを入れ泣かしていたが、この頃から男を虐待する癖がついたのか、近所のガキ大将を引き連れて徒党を組み町中練り歩いた。

 その癖が抜けず自転車にも近所のガキ大将を子分にして自転車の後に付かせて走っていた。

 三輪車やスケートボードに乗り思い思いの乗り物に乗って、桐子に必死に食らい付く!そうしないと後で酷い目に合わされるからだ。

「隊長、早いですよ。」

恐々懇願する近所の正行(まさゆき)に「なにヘタレとんねん!」

「しばくぞ!マサ!」いつの間にか隊長になっていた。

 この調子で桐子は、中学高校と番を張り有象無象を引き連れ、自転車より早く走れるマシンに股がり、身体の成長と共に原付及び、二百五十ccや四百ccから七百五十ccをパートナーに…やがてレディースヤマンバを結成し、そこの総長に納まっていた。

 しかし、教育熱心な権蔵に半ば強制的に菊水山学園へ・・・。

 菊水山学園一年生の時、僕はあ初めて幼馴染のキリちゃんと一緒になった。

 その佇まいは、他の同級生を威圧する風貌で、圧倒的に男子生徒より体格が一回り大きくリーチもストレート一発で相手を倒しそうだった。

 他の悪辣中学校を出た女子生徒が「オレラは極悪中学校のもんやけど、アンタのとこは何処や?」

 ガタッ! 椅子から立ち上がった桐子は身長百八十八センチだ!

 言い掛かりを付けてきた池永奈緒美をギロッ!と一瞥し、殺し屋の様な眼光を放った!「スッ、スンマセン!間違っおりました。」

 間もなく桐子と奈緒美の位置関係が明確になり一年八組のスケバンキリコと呼ばれるようになった。



 有馬電鉄は有馬温泉へ観光客を誘導するための電鉄で、始点の新開地から終点の有山駅まで延びていた。

 僕たちが通う菊水山学園へは、菊水山駅が一番近く最近は、菊水山駅の改装工事が発展して菊水山駅前通り開発工事に大規模移転した。

 十二階建てのRCマンションが有馬電鉄の線路を跨ぐ形になり菊水山駅がマンションの中に組み込まれてしまう設計で、老人や身体障害者が雨天に濡れなくて済む構造だった。

 菊水山学園へは、菊水山駅の改札口を出て市バスのロータリーを遣り過ごし、本屋の角を左に曲がって徒歩で約千五百メートル直進したら緩い上り坂を何の抵抗もなく上がり切った丘の上に四階建ての校舎が構えている。

 校門には植栽が施され秋には金木犀が甘い香りを放ちやがて来る冬将軍を迎えていた。

 彼女は、長身で長いリーチのワンツーフックはマトモに喰らったら脳震盪を起こすほどの破壊力だったが鬼瓦桐子のそれは、ずば抜けていた。

キリちゃんのイメージは、肩幅が大きく黒のレザー上下を着こなし本校の荒くれ男子や他校のナンバーワンなど、お構い無しに駆逐していく筋肉質のゴツイ女のイメージがするが、そんなことはなく一見、細身で長身を際立たせている。

 しかも面持ちは、ニコやかで耳たぶまでのショートヘアーがよく似合う純朴な少女と、見た目フレンドリーな弱々しい生徒という外観だったがそのイデオロギーは戦闘マシーンだった。

 幼き頃からマムシや青大将等と闘いの連続だったからケンカの方法は、幼少期から叩き込まれていた。

ババババ!

ドドドドドドー!

バウォン!バウォン!バウォン!

 赤いナナハンが踊る!変化自在に、縦横無尽に! 

 僕達は高校二年生になっていた。

自転車の時はキリちゃんが荷台に、ナナハンの時は僕が後部座席に股がり、キリちゃんの腰に抱き付く。

 それがパターンになっていた。

ベンチに腰を降ろしてキリちゃんはコーヒー牛乳をヒト呑みし、左腕を僕の首に回し、ヘッドロックを掛ける。

キリちゃんの爆裂オッパイがムニュムニュムニュ!と頭に当たり、もっとしてほしくて、「痛いよーキリちゃん?」とわざとらしくキリちゃんに甘える。

 そんな構図が出来上がっていた。


「よくもまあキリコみたいなのに交際を申し込んだなタカオ?」彼女を良く知る級友に感心されっぱなしだった。

 

マサにイージス人間だった。

 最初のビッグデートは、音楽界にニューミュージックなるものを確立した三人組のフォークグループ「ハリス」が、ヒット曲の「チャンピォン」を引っ提げて元町にやって来る!

「正月にコンサートへ行こうぜキリちゃん?」

 チケットを買うのに苦労した事を滔々と、説明していたら半笑いの桐子にボディブローを喰らった!「イチイチ面倒臭い。」のが、シバかれた理由でそれから僕は、単刀直入に説明する事にした。


12月の逢瀬は学生らしく自転車を待ち合わせ場所に転がした。

「後ろの荷台に乗せてくれタカ?」ヒョイと荷台に股がりマイクロミニスカートから露になった白い生の太股が惜し気もなく北風に吹かれていた。

「普通のタカが好きだよ?」

 何故耳許で囁いたのかは、わからなかったが、「なになにー?」キリちゃんに聞き返したらバコン!「二回も言わせるなよタカッ!」と、グーで殴られたし、肘打ちも付いて来た。

 僕は、男子生徒の中でも不良になったらキリちゃんが好きになってくれるかもとアンチョコな想いでメンソールのタバコを吸ってみた。

 でもキリちゃんは、その僕に惚れ直すかと思いきや「なんで吸っているのタカ?」

「未成年は、喫煙したらいかんのだぞ?」僕を睨み付けて普通の道徳的な意見を投げ掛けられた。

「みんな吸っているよキリちゃん?」言い訳にも何にもならなかった。

 ここからボタンの掛け違いが始まり僕達は悲恋に向かって歩き出した。


 サリスのコンサートは、1月4日だった。

僕達は地下の新開地駅改札口を出た処のメトロ神戸の入り口で午前11時に待ち合わせしていた。

 コンサート会場は元町のアサヒホールで、新開地駅から徒歩でも20分足らずで到着出来るし昼飯には湊川神社の初詣の序でにたこ焼きやお好み焼きの屋台で食べられる。

 この計画は、冬休みに入る前にサリスのコンサートチケット予約応募をした時に念入りに立てたから抜かりは有るまい。

 キリちゃんより30分早く着いて待っていよう。

  30分も待つんだからキリちゃんへの愛は分かってくれる筈。

 しかし、待ち合わせの時間35分前に到着したキリちゃんは、朝から不機嫌そのもで・・・。

「1時間も待たせるなよタカ?」

「え?約束は11時だけど?」

「そんなに早く僕に会いたかったんか、キリちゃん?」

「アホかオマエ!?」ボコ!

本気で殴られた! 左の頬を擦りながらおもむろにサリスのコンサートチケットを差し出し、「昼の1時からだよ?」しかし、キリちゃんはノンリアクションで、チケットと僕とを交互に見て「フィルムコンサートって?」  つぶらな瞳が小さく見えた。

「フィルムコンサートって映画みたいなもので、去年の武道館コンサートの映画版だと思って観ればいいよ?」と、言ったキリちゃんの即答は、足許に吹き荒ぶメトロの突風に乗って僕に突き刺さった! 「映画なんか詰まらんよッ!」

「オレは帰るからなッ。」

「アバヨッ!」踵を返し、両手をコートの中に突っ込んで真っ直ぐを向いて歩き出した。

「えーっ?」キリちゃんが帰って行く、仕方がないから一人で観に行こう時間がない!  初詣も屋台で昼飯も中止だ。

 何とも一人で寂しい初詣とコンサートだった。

 右側の空席は僕の恋人、鬼瓦桐子が座る筈だった。

座面にそっと右の掌を置いてみた・・・。

 フカフカとしたファブリックのシートは、流石予約席だ。

 しかし、無機質の冷たさが返ってきて心なしかズーン!と、心に鉛の塊が落ちて行くのが解った・・・。

 革のジャンパーの内ポケットに忍ばせた手編の白いマフラーは、ひと編みごとにキリちゃんの気持ちが籠っていて、そのキリちゃんの想いを共有したくて・・・。


「ハイよタカ、メリークリスマスのプレゼントだ?」ガサゴソと白い紙袋を手渡してくれたキリちゃんは、冬の西陽に照らされて頬が、紅かったのが、鮮明に焼き付いている。

一人で巻くには長すぎてお互いの首に巻いたら丁度良いくらいカモと思い立って内ポケットに忍ばせた白いウールのマフラーはキリちゃんの匂いがして、そっと顔に当てた。

 追いかけて強引に連れて来たら、ちゃんと観てくれただろうか?

 僕は、全く自信が無かった。

それもそのはず普通の人の照間孝夫だから…。


スクリーンではサリスの「今はもう誰でもいい」と「カエサルの日々」や「チャンピォン」

「さらば青春の金時」でクライマックスを飾った。フィルムはこんなに盛り上がっているのに僕は打ち沈んだ胸中を抱きしめ、抱きしめた両腕から零れ出さない様に歯を食いしばっているのが精一杯だあった。

 僕は、1月の寒風に吹かれ叩かれ徒歩で家まで帰ったが、翌日は生涯の勤務先が決まる大切な三学期の始業式だと言うのに、行きたくない。

 僕は、無意識に受話器を握っていた。

「マリコ先生?」


  そして翌朝、西田三丁目の鬼瓦桐子の自宅にも朝日がキラキラと舞い落ちきらびやかな朝を演出していた。

 桐子は、昨日の出来事が胸中に絡まってスッキリしない朝だったが、学園を休む訳にも行かず無理矢理動きたくない四肢を動かし、最後の体幹に気合を入れ通学の為に新開地駅へ着き改札口から始発の菊水山行き準急が止まる三番ホームへ歩き出した。

 雑踏が入り雑じり黄色い声が飛び交った時、「あらー、キリちゃん。明けましておめでとう。」

「おっ、ニューハーフの・・・。」

「近所なんかマリちゃん?」

「うん下沢に住んでるよ?」

「昨日大変だったらしいね?」

 パーン!発車の警笛が鳴り響き始発は、ユックリ動き出した。

 最後列の車輌は、駆け込み乗車の通学生らしく開閉ドア付近で立ち固まる制服姿の若い話題が菊水山学園の初日の登校だったから安心してマリコもキリコもかいわれ大根のパックの様だったが、倒れそうで倒れないで垂直に立っていた。

「さっきの話し、聞き取れなかったよマリちゃん?」

「そうなの?照間君が昨日電話でね・・・。」

ワイワイガヤガヤ・・・。

 新年初、通学電車の満員車両は、大晦日の31日に紅白を観たとか、お屠蘇を舐めたとか、ありふれた日常を反映した話題だった。

 車内はすし詰め、車窓は密閉され、いくら寒い一月の朝と言っても室温と湿度が上昇していた。

 夏目マリコは、蒸し暑さにかまけて聞かれていない事まで喋りまくった。おめでたいナチュラルだった。

 菊水山駅へ着いて一斉に学生達が吐き出されマリコは、開閉ドア付近だったから生徒の群集に紛れ押し出されたまま改札を出て行った。

 鬼瓦桐子は、群集の背後から口をキュッと閉めて少しうつ向き歩を進めていた。

「セッカク・・・たのに。」

「クソッ!」ポンポンと桐子の肩を叩くマリコが居た。

「なーにブツブツ言ってる訳、キリちゃん?」本屋の角を左へ曲がる二人は、左へ曲がるまで無言だった。

「お茶したーいマリちゃん?」

 

 放課後、菊水山駅前のカフェ「モンテ」は、テーブルセットが8セットもある広いフロアーで放課後を利用した下校の高校生は見当たらなかった。

「あのねマリちゃん…」鬼瓦桐子と夏目マリコは、取り立てて問題のない生徒達や教師達の噂話で、盛り上り最後は涙で暮れた。


 鮨詰め状態の翌朝、朝一からの体育の準備を仕掛けた刹那、どよめく教室に「照間くーんハイこれ、渡したからね?」疾風の様に現れて疾風の様に去って行くマリコの背中を暫く見ていた。

 片手にラブレターを持ちながら・・・。

「スッげーなタカ?」

上が半裸のクラスメイトがニヤケていた。

「ラブレター貰ったんかタカ?」

「い、いやそんなことはないよ?」少し期待しているけどねーと、言いつつ座席に戻りラブレターらしき封を開け、認められた手紙を読み始めた。

「初春の慶びを申し上げるぞ。

 オッスタカオ! オマエとオレには、深くて、とてつもないひび割れがあるのだ。別れてやるから有り難く思え。鬼瓦桐子

 あらあらかしこみ 桐子」


「えーッ」動けなかった・・・。

いつものように朝を目覚めて、いつものように電車に乗って、いつものように登校した。

 いつものように体育が2時限あって男女混合マラソンを走っていつものように休み時間にキリちゃんの教室へ行き駄弁る。

 そして今日も、いつものようにルーチンが始まろうとしていたのに。

 マリコが、不幸を配達したんだ! 

文句を言わなくては! 立ち上がって追いかけたが、始業のベルが鳴った。

「ダルいよな?足痛いわ。」思い思いの無駄口が渦巻きながらもグランドを走っていた。

 だが前方より背の高い女子が走ってくる。

一目でキリちゃんと分かる佇まいだった。

 しかし、眼を合わせずスレ違った・・・。

マジで別れるのか?脳裏に寂しい風が吹き抜けた。

 キリちゃん・・・。

この日の授業は全く頭に入らなかった。

 バウンバウン! ヒャッッホーイ、タカオーッ! ・・・。

 このように僕の頭上でバイクのキリちゃんが疾走しまくっていたから頭に入りかけた学問が、掻き乱された脳内は、脳出血でもしそうなぐらい、血圧が高まっていたからだ。


 何かをしたいのではなかった。

憧れというパッションが、恋心になって行っただけだ。

 キリちゃんも僕も男女の関係を求めなかったから何時でも何処でも純朴な気持ちのままだった。

 特にキリちゃんは無邪気でお金の掛からない遊びを良く知っていて、ほとほと感心させられ放しだった。

 オニごっこやかくれんぼと言った類の遊びもお金の掛からない遊びだが、もう僕達の人生が大人になりつつあるのでタイヤを転がしている方が楽しかった。

 ひと度キリちゃんがブチキレると赤いナナハンで轢かれそうになったりと、デンジャラスなデートを過ごさなければならないのだ。

 命懸けで・・・。

が、それはそれで楽しいもので、たった今キリちゃんが僕一人だけ視界に入れている。

 僕だけを観ていると言った感情を共有できた。

 それは喜ばしいことで、女性的な考えを持つ都度に今キリちゃんを殺したら僕がキリちゃんの最後の男だね?と考えてしまうドエムな僕だった。

 授業が終わり一人でトボトボと校門に差し掛かったら鉄製の門に凭れて腕組みをしながら僕を見つめるマリコが居た。

「お茶しようか、モンテで?」そのままマリコとカフェモンテへマリコに促されるまま僕はマリコと二人並んで駅前のカフェまで歩いた。

 本屋の角を右に曲がると一軒隣に「モンテ」はあった。

 買い物帰りのオバサン達の止まらない世間話を背中に受け、ドアを開けて直ぐモンテのカウンターにマリコが右に僕が左に二人並んで座っていた。

 店内にはタイムリーにもミユキの「わかれうた」が聴き取りやすい音量で漂っていた。    それは僕達の指先や頭髪の毛先に絡みその話しをせざるを得ない状況を作っていると感性がそう思わせただけで、マリコとしては、単にコーヒーを飲みたかっただけかも知れない。

 だが、無情にもその話は始まった。

マリコのアソコの形をマジマジと見て、しかも鼻の頭をマリコのアソコに突っ込んだ僕がマリコと席を隣にして僕の恋人のキリちゃんの事で並んで座っている。

 妙な感覚だった。

二人が無言でサイフォンのコーヒーが上がったり下がったりするのを眺めていたらホットコーヒーが二人分出来ていた。

「シュガー入れる?」隣のマリコは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるから「ブラックでいいです。」両手を膝に置いて座ったままで背中が起立していた。恐縮の表れだった

 こんな処で敬語が出てしまう変な癖の僕だったがマリコはあまり気にせず本題を切り出した。

「桐子ちゃん泣いていたよ?」コーヒーカップを眺めながらパーラメントに火を点けた。

 それに釣られてメンソールのサムタイムを出し掛けてハッ!と気付き動作を止めた。

 ブラックをジュルルと一口飲んだところで、急いで喉に流し込み「キリちゃんが泣いてた?」僕の動きが止まったまま。

「それはどういう事だろ。」喉元が熱い。

「キリちゃんはなんて?」色々聴きたいが話しには順番がある。

「なんで泣いたんかな。」ポツリと呟いた。マリコが僕を観た。

 「サリスのコンサートがフィルムだったから?」

「ノー。」


「新開地駅で小一時間も僕を待ったから?」

「ノー。」


「僕が一人でコンサートを観に行ったから?」

「ピンポーン!」見事正解!


 パチパチパチパチ!


「グッジョブ、タカ!」

大きな拍手をして親指を立てていた。


騒々しい日系アメリカ人の乱痴気騒ぎによって買い物帰りのオバサン達が驚いて一斉に振り向く程に余りに大声で、なんの前触れもなくイキナリだったから、驚いたのは隣に座っている僕だけでは無かった。

「キリちゃんはね、普通の照間孝夫くんが好きだったからよ?」

「もうね…暴走族を解散させようとしてるの・・・。」


「そうか…。」

チョッピリうれしかった。


 キリちゃんは、レディースの総長だったこと等、完全に忘れていて、ただのツッパリヤンキーガールのような容姿だと思い違いしていた。

「それにね、チームには色々掟みたいなのがあってね…、一番喧嘩が強いメンバーと一対一で闘うんだって…。」

「クワマンというやつなのかな? あれよアレ・・・。」うんうんと頷くマリコは、勝手に頷いて勝手に納得している様だったが・・・。


 それってタイマンじゃなかったかな?


「キリちゃんはね普通の照間くんが好きで、キリちゃんも照間くんを見習って普通の女の子に戻りたかったのよキャンディーズみたいにね?ハートのエースが出てこなかったんだって、言ってたよ?」ヤンキーレディーは例え話が上手だった。

 キリコとの会話を思い出しながら断片的だったが、100%僕に伝わった。

「でもキリちゃんがクワマンしてしまうと普通の女の子に戻れなくなってしまうんじゃないかなって悩んでたの。」


「1月4日は、あなたがキーマンだったわ!」


 隣の僕をキッ!と睨んで話は本筋に戻っていった。

「あなたがね、孝夫?」

駄目押しのマリコは僕を見詰め、早朝の菊水山で対峙した時のマリコとダブらせた僕はマリコの顔を至近距離で観ていた。

 青い瞳、ブロンズヘアー、小鼻のファンデーションやアイラインなど、今度、マリコを愛して抱いてこの唇と・・・。

 イヤ!マリコは未だ睨んでいた。

えーッ!なんか僕のせいになってる?


 マリコとの座談会は、この後2時間も続いた。

 キリちゃんとの結婚の事だとか、マリコにも結婚願望があって赤ちゃんを妊娠して摘出子として出産したい事だとか、自分の母乳で育てたいとかの夢があって、マリコは両手の指を組んで祈る様に話していたから普通の女性の様に凄く妊娠出産がしたいと本能で願っている事が垣間見えたから何だか僕の胸中は仄々とした気持ちに変わって行った。

 この後、キリちゃんの話しが地獄の釜の様にグツグツと煮えたぎり、やっとマリコから解放されてカフェ「モンテ」を後にした時は辺りの人通りも疎らでスッカリ夜の帷が降りていた。

 僕は、マリコの言葉とレビューをリフレインさせながらザブン!とバスタブに浸かっていた。

「あなたの事を段々と好きになっていたのよタカオ? だから久しぶりの1月4日にはあなたにワガママ言って甘えて唇を捧げようとしていたのよタカオ?なんか腹立つわ!」

「女として。イイエ!」

「女の気持ちを持つ者として!」

 慌てて言葉を置き換えたマリコはイライラと一本目のパーラメントをぐちゃぐちゃに揉み消して、二本目にカチャッ、シュパッ!バチン! と怒った様にジッポーで火を点けた。

 そしてブワーッ! と、エクトプラズムの様な白煙を吐いてマリコの肺胞に残らない程に息を長く続けた。


「それにね、貴方と自転車の二人乗りを出来たこと凄く喜んでいたわよ健気よね?」

「でも、桐子ちゃんの眼前で喫煙したのはNGだったわね・・・。」バレてたのか、タバコを吸っていた事を

「何で桐子ちゃんを引き止めなかったの?」マリコは話の牙城に上手く回り込んでキリちゃんの核心に触れて行った。

 僕の外堀が、どんどんと埋め込まれて、にっちもさっちも行かない四面楚歌状態に間も無くなるだろう。

 夏目マリコという女はイヤ、元男は相手の外堀を埋めて答えがひとつになるように仕向けるのが、時にファンキーで、時にシニカルでシュールな誘引のプロフェッショナルだ!

 故郷がハワイのノースショアだとは、思えない日本寄りに傾いたアメリカンレディーだった。


 マリコは母親の深雪に感謝している。

それは自暴自棄のマリコを正しく人間の人生を送れるようマリコに仕向けたからだった。

 最愛の弟マイケルを亡くして魂が何処かへ抜け出てしまったようなマリコにマイケルのサーファー仲間のバリー達はドラッグを勧めてくれた。


「俺達がサーフィン大会で失敗した時、何もかも忘れてサーフィンが出きるんだ。」

「さあマリコもこれを呑めよ?」

「呑んだ後でいい事しようぜマリコ?」


「単なる心が弱い人のクスリじゃないマリコ。」

「いかれポンチだわ?」

「何が悲しくて自分の身体を虐めるのマリコ?」マリコの両肩を掴み母親の美幸が窘める。

「マイケルが死んだから飲むのそんなのナンセンスよ!?」

「アタシはロバートが死んでもドラッグを使わなかったわ!」

「その代わりマリコとマイケルとを懸命に護ったわ!」

「育てたわ!」

「ドラッグなんてやってる暇がないから!」

「脇目も振らずあなた方の事を想い続けたわ!マリコ?」

「そうやって悲しみが薄れるならママも一緒にドラッグをやってあげる!」

「そんなに悲しいのならママも一緒に泣いてあげる!」

「マリコは決して独りじゃないわ!」

「ママが何時でも何処でも一緒よ?」

「貴方を抱き締めてマリコを悲しませる悪魔に立ち向かって闘うわ!」

「あなたは決して独りじゃないわ!」

マリコは覚醒した!女教師になって運命の人の子供が産みたい!

 その想いだけで、ハワイ大学マノア校へ進学した。

 マリコは意欲的に勉学に励み教師のライセンスを取得した。

 しかし、マリコの想いは産まれ故郷の日本で教育がしたい。

 そして日本の菊水山学園の教育実習生となり教師見習いとして教壇に立った。

 

 マリコは成功したかに見えた。

が、その出会いはボタンの掛け違いから始まった。

 夏目マリコは、来日して初めて西田町を訪れた。

 そこには大手電気量販店のジョーダン電機があるからだ。

 菊水山学園には西田町に教員寄宿舎があり、通勤は徒歩圏の寄宿舎に移転予定だったがマリコには故郷が高知県にあるのに良く知らないし、日本を隅から隅まで知りたいとの事で職場は自宅まで遠い方が勉強になると下沢4丁目のマンションを選んだ次第だ。

 部屋の調度品のオーブントースターや照明器具を買うために近所のジョーダン電機へ行くつもりで、横断歩道を小走りで急いでいたが赤信号に捕まりその場で足踏みをしながらチラッと腕時計を見る、

 あと10分あるワ閉店まで!

信号が青に変わりマリコが一歩を踏み出したその直後、ギーッ! ガッシャーン! あイテテ! 「大丈夫ですか?」横断歩道と歩道の縁石に沿うように倒れたマリコに、労りの言葉を掛けたのは長身の身体で腹部が引き締まったマリコの好みに合う男性だった。

「膝を擦りむいたわ勘弁してよキミ?」腰に手を宛がいよっこいしょと立ち上がったマリコは、180センチの草刈秀雄(くさかりひでお)にヒケを取らない背丈だった。

「背が高いんスね何センチ?」乗ってきた自転車を起こしまじまじとマリコを見ながら頭の天辺からアゴを見て眼だけ上下させていた。

「悪かったわね、175あるんだもの。」

「あっ、時間がないのよ閉店しちゃう!」

赤に変わり掛けた信号を無視して急いで行こうとした時、「送ります!」マリコの左手首を掴み強引に自転車の二人乗りを促した草刈秀雄に従う形で自転車のサドルに股がった。

 彼は自転車の荷台に尻を乗せ長い足をペダルまで伸ばして平然とチェーンを回し出した。


8章「飛び出した青春!」


「スッごーい!わねキミ?」

「名前は?」

 サドルに乗ったまま両足をピーンと長く伸ばし心なしか両足を広げていた。

「菊水山学園一年生の草刈秀雄です。」

「マリコ先生ですか?」ペダルを踏む刹那英雄の上体がマリコに近づき背中まで英雄の鼻先が当たった。

 ブラのホックが外れそうな気がして時々振り向いては背後に自転車のペダルを踏む英雄の顔を観たが、それは一生懸命の表情をしていたからこの人は運目の人なのかな?

 この人の赤ちゃんを産めるかも知れないと、密かに逡巡していた時にカミングアウトをされたので、益々運命の人に一歩近づいた。

「アタシの事知っているの?」

これは意外だという風に荷台の後方、草刈に振り向き眼を合わせ、また直ぐに前方を向き直しハンドルとブレーキレバーに指を掛けた。

もう少しで草刈の唇が密着しそうだったから慌てて前を向いたのだった。

 純情な乙女の様なマリコを自転車の荷台からペダルを踏む草刈の脳裏に青春!という二文字のテロップが右から左へ流れて行った。


「オーブントースターが買えたからね。」

「そのお礼と言っては変だけど、美味しいコーヒーをご馳走するわ?」

大開通の国体通り沿いにマリコが住むワンダフルマンションがあり、その5階の南側の西角の2LDKに部屋を借りていた。

 白を基調とした家具やソファーとテーブルが並ぶリビングの丁度中央の位置に設えたテーブルソファーセットに腰を落ち着け、ミルク入りのコーヒーを飲んでいた。

「凄く美味しいね。」

「これだったらブラックでもいけるよ?」ちょっと馴れ馴れし過ぎる英雄にタジタジとしながらカップをすすり、「コナ・コーヒーよ、ハワイのコナの・・・。」膝上に両手を置いた。

「美味しいでしょ?」上半身を英雄のほうへやり返事を促す。

「ハワイの気候がコーヒー栽培に最適だからね?」ニコニコと、親交を

図った。

 マカダミアンナッツチョコレートをひとつ摘まみ半分のところへカリッと音を立て歯型の付いた噛み口をマジマジと見詰め、ポイッと残り半分を口に入れたマリコは、英雄は生意気だけどこれからいい教師と生徒の関係を築く事を夢見ていた。

 アハハハッと、笑いながら英雄を追い駆けるマリコが主演の学園モノのドラマの様に・・・。

「マリコ先生の部屋は普通の女の子の部屋の様だね、教師なのに?」

グルリと部屋を見回して悪が無い質問や表情をマリコに向けた拍子にマリコの後方の本棚の中央を観ながら指を差そうか差すまいか逡巡しながら聞く。

「あれは、何?」マリコを観た。

「大きくて背が高い。」

上下に手を広げて高さを表現した。

「トーテムポールかな?」人差し指を差しながらマリコに別の話題を振る。

「夏休みにハワイへ行ってみたいな。」

「まだ5月じゃん?」

「まッ、行けたらという事でね。あれは水に浮かばない、黒檀製のティキなの・・・、全部ポリネシアの神様よ?」

「目的を達成する為に飾ってるのよ?」

「トテモ硬い木なんだから・・・。」マリコの言う事を聞き終わる前にいきなりスッ! と立ち上がった英雄が無言でマリコを見降ろしている。

 無意識に身構えたマリコに「帰るッ、。」

「ツーリングの約束の時間だ!」そそくさと出ていこうとして、玄関でコンバースの靴紐を結ぶ背中に「誰とツーリング?」

「暴走はNGよ?」英雄の背中に言った。

「分かってまっせ。」英雄が背中で返事をした。

「照間孝夫と行くからそんな無茶しないよ?」

「じゃあなマリコ?」バタン!

静寂が、玄関とリビングを纏っていた。


9章「ようこそジャパンへ」


 特別の日はこの日だけでは無かった。

以来マリコの胸中は弟マイケルに抱いたトキメキを忘れず胸の奥にそっと仕舞って置いたから・・・。

 いまそれを取り出す時が来た!

 背丈も同じくらいに眼光は綺麗な青色で、ピュアな心持は日本人その物、産まれ故郷高知県の漁師仲間のような清々しい佇まいを持ち合わせている。

「六甲山へツーリングに行こうよマリコ先生?」と言われた。 

 特に断る理由は見当たらず、ついつい頷いていると言った事態を引き起こす。

 だが、大人の女のプライドと女教師のコンプライアンスがマリコの部屋へ誘引させなかった。

ドッドドッドッドッ! 後部座席の振動が微妙にビクンビクン!とさせる。

 両手でギュッと英雄の腰に巻き付けた。こうしていると安心する。

 両掌で英雄をあちこち触って英雄の肉体を確めたい! そんな衝動に駆られるのは、マイケル以来、初めての人だった。

 ワインディングロードを爆走して、六甲山牧場へ来た。

生まれたての子羊が頼り無さげに歩いている。

 搾りたての牛乳と、ミルクバニラのソフトクリームを食べた。

 舌触りが濃厚な乳脂肪の味がした。

甘くてミルクが濃厚ね・・・。英雄もこんな味がするのかしら?そんな事を食べながら考えていた。

 帰りは来た方向の表六甲ドライブウェイではなく裏六甲ドライブウェイを通った。裏六甲沿いの北六甲フリーウェイへ出ると、南側の痩せた土地には色とりどりのファッションホテルが濫立していた。

 バイクは、そのホテルの西側の端から4番目の古そうな建物に入って行った。

 そこは、駐車場と部屋が一体となって車両を停めた他の休憩客やホテルのスタッフに顔を見られないようなプライベートスペースになっていた。

 セクシャルマイノリティ同志だったなら利用しやすいだろうな…。

 と、頭の片隅に過った。

部屋へ入るなりマリコが抱きついた!

「今まで無言で居たのは、貴方に服従したからでは無いわ 勘違いしないで!?」キスもしなかった。

 子供みたいね、女を甘く見るなんて…。

この時以来、ホテルの休憩は、マリコが主導権を持ち、英雄とマリコのパッションが、シンクロしたときのみ、休憩出来るシステムになり変わって行った。

アタシが性別適合手術をした事を知ってるのかな英雄は?

多分知らないだろう。

 あのクリニックで闘った悲壮な経験・・・。


「マリコ、リハビリしましょう?」

「先ずはオシッコからよ?」

「それから歩行ね…。」

「大丈夫?」

「 最終的にはインサートよマリコ?」

ナースのスーザンシャドーは、ナースリーダーで性別適合手術のクランケに食事、排尿、入浴、運動、セックスなど、多岐に渡ってマルチな知識を持ち守備範囲は、タイのヤンフィークリニック唯一のナースリーダーだった。

 マリコは、これでホンモノの女に成れたんだ!という沸き上がる慶びがあまりなく、オペ後も意識はあって自己のパッションを深く見詰めることで、生理は何時来るのか? と疑問に思う日々を悶々と過ごしてきた。

 しかし、今回の性別適合手術ではヤンフィークリニックの医師と

CAF大学の医師と共同でオペに挑んだ。

 マリコの様なクランケが抱える悩みを一掃するためだった。

 卵巣及び子宮移植手術は本物の女性の身体を取り戻したい人だけ、性同一性障害を持つ人だけ適合する手術だった・・・。

 愛した人の愛の証として私の身体を使って産みたい。所謂摘出子を!

 性別適合手術のクランケは多くが身体を弄りたいと、根底に男が巣食っている為の野蛮な心根が潜んでいるという。

 いや潜ませているだけかも知れない。

マリコは、疑問を抱きながらも菊水山学園に勤務する為、入校した。

 草刈英雄の友達である照間孝夫とは、どんな生徒だろう?

 菊水山学園の初日。

「夏目先生、これに受け持ちのクラスを載せてありますから良く見て下さいね?」

学年主任の岡田に手渡された担当一覧表を見ていた。

「一年一組が、照間くんね。」

「5組が英雄ネ」

「フゥーッ、参った!」学校でどう対処すべきか悩んでいた。

ノースショアに帰ってママに聞こう!

マリコは、菊水山学園の夏休みを利用して帰るつもりでいた。

 明日は、英雄とツーリングだったからその時に別れを告げよう。

コトン! 自宅のポストが鳴った。

 ノースショアからのエアメールだった。

 マリコは、イヤな予感がして、封筒を開けるのも憚られたが、恐る恐る開封した。

 そこにはママが、食道癌の転移で肺癌を併発して、ステージ4だと知らせていた。

 差出人は、ノースクリニックの医師だった。

深雪・夏目・スティーヴンスの健康状態を永年見守って来た医師のジョージ・ダッカは、食道癌の転移を認めた!

 しかも深雪の肺までもが癌に侵されたステージ4の末期だった。

 こうなれば抗がん剤を投与しなくて静かに命を召されるまで家族と一緒に過ごすのが、最善の治療法だと。

 静かにママの死を待つなんて私には出来ない!

 ハレイワビレッジの実家でマリコはまんじりとしないでソファに座って考え事をしていた。

 窓の外はハリケーンが吹き荒れママは、自分の身体を投げ出して…、ママは私の人生を開いてくれた!

 ママの人生が閉じるのをママの傍らに黙って座り時計を見ながら今か今かと、待てないわ!

 マイケルが居てくれたら!

マイケル、私の人生!アタシが終わらせてあげなきゃ、苦しまない様に・・・。

 ハリケーンの脅威をも恐れず立ち向かって行けたら…。

そうだ!

 マリコは、居ても立ってもいられらなかった。

 慌てて玄関ドアを開けてハリケーンが吹き荒れるノースショアの海岸まで走り、辿り着いた!

 辺りは、ノースショアゴルフクラブの照明が外へ漏れ出て仄かに明かりは有るものの波打ち際には届かなかった。

 ノースショアの岸辺には噴石がゴロゴロと落ちていて、沖の方では大きな岩石がチョコンと顔だけ出して荒波が押し寄せて波が引く時に岩の半分までも姿を現す強烈な引き波が発生していた。

 暴風に折れた枯れ枝がマリコの顔を掠めた!今のマリコは屋外で何が起ころうとも関係なかった。

 暫くマリコは、腰掛けに使えそうな荒い岩石の上に腰掛け、荒れ狂いながら飛沫を立て白波に姿を変えていくノースショアの海面を眺めていた。

 そう言えばマイケルが、夜にサーフィンの練習をして、それに付き合いながらマイケルの逞しい上半身を眼に焼き付けていたマリコだったが、何を思ったか、フラリと立ち上がり海岸まで歩き進むマリコの最後の姿を目撃したのは、マイケルのサーフィン仲間で一つ先輩のホワイトだった。

 彼がふと目を離した隙にマリコは、忽然と姿を消していた!

 

  当日の未明、深雪が静かに息を引き取り、最後の晩餐のスープが冷えていた。

 深雪が亡くなった事を受電した救急隊が駆け付けたと同時に海岸に撃ちつけられたマリコを発見!

 慌ただしく蠢く救急隊やレスキュー班が、冷たく冷えきったマリコの身体を抱き抱えストレッチャーに横たえた。

 頭蓋は、ノースショアの岩礁に激しく叩き付けられ見るも無惨な事故だと物語っていた。    救急隊が大きく膨らんだマリコの胸を外側から心臓に届け!と、ばかりに心臓マッサージを施していたが悲しいかな大きく美しく膨らんだ乳房は、マッサージには邪魔で、マリコを助けるためには電気ショックしかないと、救急隊員全員がそういう考えだったから手際よくマリコをノースクリニックへ収容出来た。

 「あと20分遅かったらマリコはどうなっていたかは私の考えに反して計り知れない。」と、奇しくもスティーブンス親子の主治医になったジョージダッカは明言を避けた。

 特にホワイトの目撃証言は、当時のマリコの心情は、マリコを慮って出てきた答えがイエスともノーとも言えなくは無い。

 断言出来なかった。

マイケルの遺体を彷彿とさせるマリコの重傷の身体は、心肺停止!

 絶望的かと思われた矢先の心臓マッサージ、マウストゥマウスでの人工呼吸等の決死の処置で、スタンドプレーは無く正確な判断を全員がより良い方法を決意し、どうにか救急搬送が出来た。

「彼女は男だったの?妊娠していないか検査してっ!?」

ガツッ!

大きなティキを水平にスイングした!

 何の抵抗もなく顔から倒れ彼女は動かなかった。

  夢に魘されていたが、相変わらず意識不明が続いていた。

 医師達の間で緊張が走っていた!

救急搬送されたマリコの容態は非常に良好で、脳障害や体幹と頭蓋、内臓や子宮にも異常は見当たらなかった。

「順調に回復してるわマリコ?」ニコやかな若いナイチンゲール風のナースは、テキパキと身仕度を整える。


「さあ!準備完了よマリコ!ママの死の予感が貴女を狂わせていた。それだけの事よ心配ないわマリコ?ハブアナイスユアライフ!」

「サンキュー、カトリーヌ?」

このクリニックは、生命を静かに終える場所と生命を熱烈歓迎ムードで迎える場所とがあり、ここは総合的にそれらの機能を有していた。

 マリコの居ない学園生活は、クリープを入れない粉コーヒーみたいなモノで巾がない、奥行きがない。起伏がないし、平坦だ!ダメな処だけが特に眼につく。

 学園生活も最後の学期を迎え全校マラソン大会が催される運びとなっていた。

「学園生活最後の彼女、市子の為に1着になる!」学園生活三人目の彼女に一着を捧げると、鼻息は荒かったが、走るコースもなにも分からなかった。

 

 僕はただ、若さゆえ闇雲に突っ走る事を考えていた。

 コースは建築中の中播磨霊園の内周の約5kmを走る。

 全校生は、総勢1134名内、男子生徒351名。

 男女別コースだが、スタートラインは混合だ! バーン!

 号砲が鳴り響き、一斉に走り出した!

 僕はピッチ走法で、先頭集団に食らい付いた。

 が、他人のペースで走るのは実に苦しくてストレスがかかりとても単独で1着にゴール出来ないと今日この時まで胸中に溢れていた思いが、陰り始めていた。

「ストライドだタカ!」キリちゃん?ヨッシャ分かった!息を吹き返した僕は先頭集団に食らい付きラストの上り坂に差し掛かった!   観客に豊臣市子はいないのか?

 北風が吹き付ける向かい風に押し戻されそうになるが走った。

粉雪が、グルグルと僕の周りだけまとわりついて銀縁メガネのレンズに積もっていた!  前が見えない!

 雪を落としている最中に三、四人に追い抜かれてしまった!


結局、1着には程遠く十九着に終わった。

マラソン大会終了後に彼女の市子(いちこ)に駅前から電話を掛けた。

 受話器に出た市子は、何時もの底抜けな明るさが完全に消えていて何処か不機嫌そうな雰囲気を醸し出していた。

「1着になれなくてゴメンよ、それからバレンタインの、」

グッドラック!突然電話を切られた。

 それは生理が始まったからか? 能天気な僕はその事態が何を意味するのか計り知れない運命に足を踏み入れていた。

「待ってたぞ照間? ちょっと話がある。これ・・・。」

草刈? 

 何で俺の家に?

差し出した紙袋の中身は何? 

 まさかバレンタインのチョコ? 

キモッ! 

 色んな想いが過った2月の寒い夕刻に熱いコーヒーを手前に差し向かう二人は・・・。

 相手の出方を待っていた。

「なにそれ?」コタツに足を長々と伸ばし畳に後ろ手を突いて、そっくり返りながらお手製の白い毛糸のマフラーを差し出した…。

「今日はバレンタインでホントならタカにあげるのが普通なのだろうけど、草刈さんに貰って欲しいから受け取って下さいとオマエがマラソン走ってる時に無理矢理渡された、市子に・・・。」

「殴っていいよタカ?一発だけな?」

どうして殴れる?

 喧嘩してないのに?

 僕はギターを抱えて、即興で草刈に捧げる曲を歌った。

「友達のオマエを何があっても殴れない。」

ギターの弾き語りをして気持ちを伝えた。

 四角い曇り空は粉雪がぼたん雪になって、音を立てて積もり始めていた。

 部屋のオーディオは、ミユキの「おまえの家」から「ホームにて」など曲が代わりカセットテープはオフコースのパートに入って行き、サヨナラサヨナラと映画解説の淀川長治の様にサヨナラを連発して僕の心を逆撫でしていた。「なんやこんなもん!」

グーでシバいたら案外指が痛くて、何でこんな痛い思いをせにゃあならんのかと改めて思ったら自然と涙が零れて畳にポタポタと落ちた。

 寒い寒い2月の夕暮れの時だった・・・。

四畳半フォークソングの様で、菊水山学園の集大成がこれか!

 と、思ったら急にマリコに会いたくなって今頃どうしているんだろう。

 コタツに頬杖を突いて顔を掌に乗せたら自然とマリコに思いを馳せていた。

 

 今頃マリコは?・・・。

 病床に横たわるマリコに祝福する為に医師達スタッフが取り囲んでいた。

「妊娠してたよヤッパリ!」 

「おめでとうマリコ!」祝福の嵐がスパイラルになってマリコの頭上に降り注いでいた。

「性同一性障害の人でも、妊娠出来るのね?」

「嫡出子として養育出来るのね?」母乳も与えられる。

「生きていてよかった・・・。」

「まだ5月じゃん!?」

マイケルが言った様な気がした。

「でも卒業式には間に合わせなきゃ。」

みんなが待っているような気がして、キラウエア火山に揃って待っているような・・・。

「パパ、ママ、マイケル、タカ!」

「赤ちゃんが、出来たわ。」

「バパはネ…スミス・ローザンなのよ?」

「分からない?」

 妊娠10ヶ月、臨月の身重の身体で単身キラウエア火山に登ってきていた。

 肌寒い外気は、ハワイなのに何か一枚羽織って居なければいられなかった…。

 お腹のこの子のために…。


「ママ、ワタシが妊娠出来るのなんてホントに夢みたい。」

「パパ、男の子ですって・・・。」

「喜んでネ?」

マリコは、カリフォルニア大学の冷凍した検体に依って体外受精で妊娠したのではなく、スミスの生きた精子で普段の女性がするように普通にセックスをして妊娠した。

「私も自然分娩できるのね。」

「普通にこの子を産むわ! 」そう思っていた。

 真っ赤なドロドロの溶岩が熱い血液のように、硫黄を発散させる生き物の様に、マイケルの細い血管の様で、傷口の血液がマグマの様で、冷えて固まり黒くなって動かなくなる。

 キラウエア火山の麓に立ち深雪とマイケルそして亡き父のロバートに報告していた。

「でもマイケルの精子を保存してたらよかったかもね、パパ?」

キラウエア火山の赤い溶岩が 音もなくユックリと、ウネリながら大地を形成して行き、冷え固まった溶岩がマイケルの隆起した筋肉の様だなという気がして、もしや溶岩のマイケルがここに降臨したらワタシは間違いなくマイケルを受け入れるだろう。

 例えキラウエア火山のイカヅチに触れて焼け焦げようとも「イイエ!それはしないわ! 「死んだ人間より生きてる人間の方が大事よ!」

大声で叫んだ!

「この子はワタシが護るから!」

観光客がマリコを好奇の目で見ようとも大きく膨らんだお腹を擦り語り掛ける様に「あなたの「名前は、なんて付けようかしらマリコジュニア?」

母は想いを馳せた。

日本の孝夫は、どうしている?

 英雄は?桐子ちゃんは元気かな?

一人一人俊巡して其々の顔が浮かんだ。

「パパのロバートは、何故マイケル、マリコと命名したのか知ってる?」

「マイケルはゴッドファーザー、ビトー・コルレオーネの末息子でマイケル・コルレオーネが敵対ファミリーのボス二人を暗殺し、コルレオーネ家を引き継いで偉大なゴッドファーザーになっていく様を長男に重ねて観ていた。

 ロバートの父親は、何故ロバートと命名したのか、兼ねてからリスペクトするケネディ家のロバートケネディを重ねて観ていたからだとマリコに教えてくれた。

 当のマリコは、日本に産まれたのだから瞳が際立つ鳶色になって欲しい、純日本人風の名前を命名すれば、願いが叶うのではないか?

 鳶色の瞳は両親の遺伝に依るもので命名など迷信に過ぎないが、親バカと、でも言ってくれとマリコに耳打ちしてくれた。

 「でもな、キミは男の子だったんだよマリノ?」と、一人で解釈する他はなかったから地中から沸き上がる灼熱の赤鬼は冷えて固まり黒焦げた醜いマイケルの心模様の様だと一瞬チラついたが、何故そうまでしてマイケルに憎悪を持つのか。

「何故ならマイケルは、性欲の塊! 愛し合って終わったら女をゴミみたいに見る歩く局所のモンスターなのよ!」マリコが声を振り絞って叫んだ!

 だから女の敵! と、位置付けたいとそう思っているマリコは、純粋な女性が覚醒した有様だからだった。

 

  ふぅーっ!腹を擦りながら溜め息をひとつ洩らした。

「帰ろう菊水山へ…。」マリコが決意した刹那、「あっ、陣痛!」周りを見渡すも観光客専用のバスはツアー終了で出払ってしまい。

 誰も残って居なかった!

陣痛が始まった頃は周期が長いから耐えられると感じたマリコは、徒歩でキラウエア火山を降りていた。

 収縮期になったばかり急ぎたいけれど急げない! そのジレンマとの闘いに苛立ちを持ち始めたマリコは、「お願いペレ。まだ出産させないで?」火の神に願を掛けた。

 マリコの出産は帝王切開を要する難産だった! キラウエアのバスストップ迄たどり着いた。

 マリコの子宮は陣痛の増縮期に入っていた。

 陣痛周期は、平均2分間でズン! と重い痛みがやって来る。

「もうちょっとガマンシテね?」

「お願い!」ハアハアハー! 呼吸は荒く乱れていた。

 オアフとキラウエアを制圧していた太陽は陰りやがて沈んで行った。


キラウエアの車道に横たわるマリコは、底冷えするアスファルトに胎児を庇った。

「もう少しよ・・・。」

「もう少しガマンして。」

「いい子だから。」万事休す! 体の感覚が薄れて眼を閉じた刹那! ブォーン!ブンブン! ガラガラガラ、キラウエアバスストップに停車したナイトツアーバスのヘッドライトが消え降りてきたのは、日本人観光客だった。

「あっ、誰か死んでる?」

「ちゃうがな寝てるんや。」

「エエーッ!大変、体調がわるいかもよ?」

「添乗員さーん!」

「ヘルプ、ヘルプ!」・・・。・・・。


「照間孝夫!」

「ハイッ!」

直立した。

 資格は珠算3級、商業簿記3級、社会に出て何の役に立つのか疑問だった。

「マダマダ蒼いな照間?」ニヤリと笑う担任の楢平は、こうとも言った。

「オマエは目の前の事柄で一喜一憂する。」

「その帰来があるが、それは命取りで照間最大の欠点だ!」

「その質は悪質でこのまま人生の中で引き摺っても何の役にも立たない。

 何故おまえの目の前にあるのか、一瞬たりともでいいから考えてみろ?」

「悩むんじゃなくて考えるんだ!」

「そうしたら全体像が見えて来る。」

「自分は如何に愚かな思考を持っている人間だと嘆きたくなる筈だから。」

「考えるんだ。」

「いいか照間?」

「悩む事は時間の無駄だ。」

「だから考えろ。」

「考え続けるんだ!」

「うん、分かった先生。」

「きっと奥ゆかしい大人になるから信じていてくれ!」

 

 菊水山学園は有馬電鉄の菊水山駅から、小高い丘の上にある。

校舎が支持地盤の上で踏ん張る様に深基礎が打設されていた。

 この3年間何もいい事がなかったような気がする。

草刈、オマエはどうだ?結局阪神大震災で叔父も叔母も死に、マリコには会えず仕舞いだった。

 マリコの近くまで行った筈だった・・・。

菊水山学園の修学旅行はラッキーにもハワイ旅行だった。

僕はマリコに会えるかも! 弾んだ心。

秘かに高鳴る胸を抑えてエコノミーシートに大人しく座っていた。

「チキンオア ミート?」

「アイハブミート。」金髪のCAは、美人だしスタイルも抜群だ。 機内のアチコチからマリコがどうだのこうだのと、飛び交うマリコは何だか学園のアイドルだった。この後ホノルル空港へ到着。

 ダイヤモンドヘッドとワイキキビーチが望めるホテル、通称レインボータワーの十一階に案内された。

 三泊五日のハワイの旅が始まった! 僕はハワイに滞在できる三日間を目一杯使ってマリコに会いに行きたいとオプショナルツアーをノースショアのゴルフ場でのラウンドを申請していた。

 が、僕のオプショナルツアーは、ハナウマ湾やクアロア牧場などに化けてシュノーケリングや射撃、乗馬等で、暇潰しにはなるがマリコには会えなかった。

 最終日にパンチボール、ダイヤモンドヘッド登頂やキラウエア火山見学へナイトツアーに行ったが、キラウエアバスストップに着いた途端に皆がざわつき人が死んでいると言い、一通りの騒ぎになって行った。

 その騒動は、アメリカ人の妊婦が陣痛を起こして倒れていたそうで間も無く救急車で搬送されて行った次第で・・・。

「皆さんファンタスティックな今宵をエンジョイしてねッ?」現地のツアーコンダクターが場を盛り上げ、修学旅行の塞ぎ込んだ夜をリードしてくれていた。

 

 ワンウェイを水族館方面にバスが走る。

ハナウマ弯を右下に見下ろし、あそこのアイスクリーム屋の黒人店員に1$札を四枚、ニヤけた顔のままで差し出すと怒った様な顔になりワケわからんが手に持っている1$札を三枚渡すと1$札を二枚取って60¢返してくれた。

 結局1$40¢するのか、それにしても凄く美味しいストロベリーアイスクリームだったのにあんなに怒る事はないだろう。

 こっちは、日本の高校生だぜ?

 今となっては美味しい思い出か・・・。

 

 今日はハワイのオプショナルツアーの最終日だ、菊水山学園三年生全員に召集が掛かりパールハーバー見学とダイヤモンドヘッド登頂だと知ったのは、ツアーバスに乗ってからだった。

 パールハーバーに入るには海兵隊の監視の中、改札をくぐり抜ける。

 パールハーバーには、米軍の潜水艦や明らかに戦争に使っていた駆逐艦が停泊している。

 添乗員のインフォメーションには、真珠湾先制攻撃の真偽も分からず、リメンバーパールハーバー! とやけに声高に放っていた。

「滑稽な日本人だぜ!」そこまでアメリカに媚びるんじゃねえ! こっちには止むを得ず。という理由があるし、どちらも正義を振り翳して闘ったんだ! 大宇宙の原理からして、どちらが悪いという処の議論をして裁いても勝国の自己満足に過ぎず日本の無辜の民としては、いつまでも戦争が燻っていやがる・・・。起こった事を帳消しにするには各国が縄張り意識を捨て去り、白も黒も黄色も手を取り合い世界の繁栄に向けて協力する事だと思う! 

 だから深い考えも無しに アメリカに媚びる日本人添乗員に憤りを禁じ得ず僕の胸中は、チッ! と、舌打ちをして罵っていた。

 ユニバーサルデザインが繁栄したら世界に平和が来るだろう。

 パールハーバーの改札の右寄りにダイヤモンドヘッドの入り口があり、そこから僕達は登った。

 登り初めはイージーだった。

途中、鉄のの大きな吊り輪の鎖に掴まり登る所から日本人とは思考が異なると肌で感じた。

 日本ならば階段と手摺だが山に乗って登ると、山にぶら下がって登るとでは、同じ登ってみても上るの根幹が違うのだと、思い知らされた。

 岬の中腹で息が上がり出し、ぶら下がって登った僕達は、岬に吹き付ける強風が、爽やかに思えるほど涼しかった。

 米国人の観光客夫婦が「コングラチュレーション。」と、ノンストップで登頂できた僕達を祝福してくれた。

 やっとの想いで登頂出来たら下方には戦艦ミズーリが博物館として停泊していた。

 やがて僕は、パールハーバーを一望した。

あの日、十二月七日午後一時三十分、石油を国連や大統領のルーズヴェルトによって止められて、どうしようもなく先制攻撃したのは、刹那的だと思えて仕方なかった。

 どちらに正義があったにせよ・・・。

帰りのバスの中、昨日倒れていたアメリカ人の妊婦が無事に出産した事を聴いて常識的に歓ばしかったが、次のインフォメーションでは、心も凍り付く内容だった! それは、アメリカ人妊婦が実はGIDだった事、性別適合手術を施し、子宮と卵巣を入れたオペだったとか、世界的にセンセーショナルなニュースだった。

 しかし、生きた胎児を産み落とせたなら・・・。

 世界の見方は変わっていただろう・・・。

ゲームじゃないんだ!

 ハワイへ来て僕は陳腐な評論家的な考えに変ってしまったのは、異国の地を踏んだから気分が高揚したに違いない。

 そんな僕が、一番陳腐だと思えて来て、慙愧の念に苛まれていた。


 今日この日に菊水山学園の丘ともオサラバだ。

1月16日は、菊水山学園の全校マラソン大会練習日で、日曜日だと言うのに丸一日走りっぱなしだった。

 このトレーニングは、学園を上げてのトレーニング日だった。

菊水山学園の理事長が視察に来るとかで、学園長以下教師は、自棄に張り切っていたからフルマラソン並みにただただ走り抜くだけで何の収穫もなく、ストレスだけ満タンで帰宅していた。

 日曜日の夕食といえば、ひと風呂浴びてトンカツに舌鼓を打ちあとは寝るだけで、幸せ過ぎた孝夫の人生に暗雲を呼び込みイヤというほど煮え湯を飲まされた。

 疲れ切った身体には睡眠が良薬だ。

僕は布団に潜るなりスヤスヤと眠ってしまった。

 もう何があっても目覚めない覚悟で。

月明かりが縦長に浮かぶ三つの白い雲を照らしていた。

 地上に生きとしいけるものに喚起する様に。

それは前触れもなくやって来た!

 ゴゴーッガタンガタン!!

  地球が壊れる程の地鳴りが舞い上がり、次に下から上へ突き上げる様にマリコの住むエレファントマンションがガタンガタン縦に揺れて築年数が古い木造の戸建ては、梁と柱の臍が外れ倒壊して行った。

 停電した家庭用電気は復旧が早く地震の揺れで使用中の倒れた電気ストーブが、通電しやがてストーブとの接地面が高温になり発火して、広範囲に渡り火災が発生。

 多くの寝床が火の海となった神戸市民が犠牲になった。


10章「グッバイ! マリコ」


 カツ! ピンヒールの真っ赤なパンプスは、とてもヒステリックで、今にも泣きそうなブルーのローヒールの方が、「落ち着くワネ・・・。」

 黄金に煌くアンクレットを巻いた足首はギュッと締まっていて到底一児を出産した女性とは見えず、遠巻きに未婚の母とおぼしきシルエットを空港の雑踏は、そうみていた。


 伊丹は久しぶりね、「神戸の菊水山へやってちょうだい?」

「場所が分かれば菊水山学園に寄って下さる?」

「はい。」料金メーターを下ろしてアクセルを踏む。

 寡黙だが手順通り実行している生真面目さが、乗客にとっては最も安心出来るタクシードライバーのプロ気質で、走行中に命を委ねても良い 人との色分けが判然と出来る。

「ココイラは大地震で道がガタガタですからネー。」

「乗りごごちが悪いですが少々ご辛抱願います。」バックミラーで乗客を確認しながらのインフォメーションしてくれた。その後は無言だった。

「どちらからです?」客に気を使ってる?

「ノースショアよ。」

「・・・ハワイの。」タクシードライバーは、これ切り黙ったままになってしまった。

 車内の静寂は何だか閉塞感が心地よく白いサラサラのシートカバーが清々しい。

 車内のラジオには、お馴染みのパーソナリティーが、ガンバロー神戸!と、熱く叫んでいた。

「ンブアー!ンブアー!ンブアー!」

 胸に抱いた新生児が何かを訴えている。

「ハハン、オムツかも知れませんな。」その時

ドライバーの顔が崩れた。

 初めて笑う人に会った様な安堵感が胸中に広がる・・・。

「車を停めますから替えてあげてください。」

「外は寒いからどうぞ車内で?」ニコヤかにタクシードライバーは、そう言った。今まで

寡黙だと思っていたが、広範囲に見渡せる心を持っている。

「スミマセン。」総合的に判断して、言葉が出た。

「どうもありがとう甘えます。」

ペコリと頭を下げオムツを替えたマリコは、左の乳房をポロリと出した。 

 手慣れた一連の動作に瑕疵はなかった。

「何人いらっしゃいますか?」緊張感を払拭しようとしているらしいが、バックミラーを除くと、ドライバーの下あごしか見えなかったが、多分視線を外してミラー位置を変えたのだろう気遣いが嬉しかった。

「この子だけです。」車内の静寂が隅々まで侵攻されている。


 何か喋らなければ。

気まずい雰囲気を持ったタクシードライバーは、マリコの答えにしきりに頷いて見せた。


「それにしても・・・。」

 それにしてもこの2号線沿線の状況は凄まじい光景だった・・・。

 僅か数十秒間でのこの破壊力は目を覆いたくなる。

 国道沿いの半壊した店舗では、ブルーシートで屋根の目隠しをし た喫茶店が長椅子を並べて無償でコーヒーを振る舞っていた。

 同じ歩道では倒れた電柱と電線を跨ぎながら所謂震災ルックと呼ばれるリュックサックを背負いデニムのパンツ姿が脚を急がせていたバックパッカー達・・・。

 所々自衛隊の給水車が停車して被災した住民に給水していた。

 とある新車の大手自動車販売ディーラーの新車展示場では粉々になったガラス張りのショールームを新しく設えて若い受付の女子スタッフを取り囲むようにディーラーのショールーム受付カウンターでは、男性スタッフが受付のカウンターに立ち呑みの酒店の様に受付カウンターの前方に凭れて尻を外に見せていた。破廉恥な光景だった。灘南通の日常茶飯事だというドライバーは苦虫を潰した様な歪んだ顔になり「呑気な人ですわ。」と、毒舌を吐いていた。

「あそこは昔から水に浮かんだ一つの麩を啄む金魚みたいで、美しくないですわ。」

「例え立派な新車を飾っていてもね・・・?」ウンザリした様子で語っていた。

 標高が高い土地に差し掛かるに連れて健在な建物が増えてきた。

「では、菊水山学園へ回りましょうか?」

「実は私はあそこの卒業生なんですよ?」

「50年も前の事なんですがね?」微笑みのタクシードライバーは懐かしいです。

 と、言ったきり前を向いてハンドルを握り締めていた。

ドライバーシートの背後には、タクシードライバーが誰だか分かるように名刺大の名札を付けている。

「野薄 修」(ノウス シュウ)?ノースショア?

「暴走族みたいね?」

意外性のある名札に眼を見張った!

「運転手さんノースショアって!?」

運転席を覗き込んで声を掛けた。

「私の本名ですよお客さん?」

「よく言われますよ。」

 しれっとした面持ちで、そんなことはどうでもいいさ!と言いたげだった。

「赤ちゃんのお名前は・・・。」アクティブな道路状況のタイミングを見計らって言葉を続けた。

「有るんですか?」相変わらず単体の質問だけだった。

「ええ、・・・。」名前を言いかけた時、タクシーは急停止した!シートベルトをしていて良かったと、過ぎった刹那、「私にも居ます!いえ、居ました!」

「サーフィンの好きな子でね・・・。」

「ハワイのノース何とかという処に行くのが夢で・・・。」良く見ると口元はほうれい線が

クッキリと目立ち、チークが紅潮していて、かなりの年配だと分かった。

「荒くれのジェットバイクに轢かれて頭を割られて死んだんです!」衝撃的!頭を割られて死んだなんて・・・。マイケルの死因がそうだった。


「 同じですよ?」マリコは返答せざるを得なかった。

「お客さんその、・・・。」

「名前何故付けたですか?」。

 アナタには関係ないわ。

なんて立ち入った質問なの?

 と思いながら後部座席で新生児を抱いていた。

「何ともまあ奇遇です事・・・。」

言い終わると車内はしんと静まり返り、アクセルを踏むエンジン回転数が上がる音のみ聴こえていた。

 マイケルと同じ?何で知ってる? 悼みの言葉を言えば良かった?逡巡していた時、「いや、実はね…。」野薄が口火を切った。

「私は神戸市の出身でハワイ贔なんですよ。」

「だから名刺上でノースショアなんて改名した訳です。」

「ホントの本名は、岬巡マイク(ミサキメグリ マイク)と言うですよ・・・。」

「私は神戸の玉津という処で育ちましてね?」

「林崎の海岸が近くにあったで幼い頃には良く歩いて海水浴なんて行きましたね、ハイ。」

「だから結婚して子供が出来てなお、子連れで、林崎の砂浜へ歩いて連れて行ってました。」

「自分がマイクだから息子にはマイケルなんて付けましてね。」

「サーフィンを教え込んだんです。」話しに夢中になっている運転手の岬巡に聴きたい事があるのに聞けないのは、何故? と、マリコは、あ、あのあ…、右手は虚しく空を切っていた。

「何故マイケルと?」やっとの思いで質問したマリコに返答した岬巡マイクは、「ノースショアのサーフィンチャンプのマイケル選手が夢だったです。」染々と語る岬巡マイクは、コンソールボックスに忍ばせておいた息子の岬巡マイケルの幼い姿の写真を取り出してマリコに見せた。

 エッ!マイケル! 

途端にマリコの子宮がキュン!と動いた! 反射神経の反射だった。

続いてマリコの局部がジュン!と濡れ窪みから身体全体が熱く熱伝導して行った。

私の最愛のマイケルの面影がある。

マイケルは、酷く焦った様子で急いでバドリングを行い早々とテイクオフしたが安定しないボディボードが傾きそこへビッグウェーブが来てマイケルを巻き込んだ! 

 水中に捲き込まれたマイケルは、成す術も無くただただ、波の上腕に抱き込まれ頭を岩礁に叩き付けられるままに頭蓋が粉々に砕けた。

  やがて抗う力が失せたマイケルを波が沖合いに葬り去った。

 沿岸では目的の無い赤い小浪がユラユラと漂っていた。


 今日は、中古車ショップオートセンター鬼口(おにぐち)の夏休みだ。

 全社員と取引先のマツイモータースのスタッフ4人の総勢七名で、林崎海岸ではバーベキューコンロを囲み「チッ、くそオモシロクもないわッ!」

「あいつらジェットマリンの取り扱い大丈夫かな…。」

「人にぶつかるなよなッ!」橋川幸太(はしかわこうた)と小岩井博巳(こいわいひろみ

は、別々の事でナーバスになっていた。

 林崎海岸は、家族連れが多く子供達 のはしゃぐ声に埋もれて行った。

 ジェットマリンが無作為に海上を走る!

酒に酔った蒼井が、アクセルを回す! 

 ブルルン!バババー!海上を蹴ってダッシュした! 

 ドケどけーい!

 俺様が通るぞーッ!

張り裂けるほどに雄叫びを飛ばした!

 アッ! サーフボードの子供! 

俊敏にハンドルを回しユーターンした! 

 筈だった!

ギューン!ガッガッガッガッ!

 ターンした拍子にジェットマリンのスクリューが子供の頭とボディボードの先端を切り裂き吹き飛ばしていた!

 「ウアア!しまった!」

キョロキョロと隠れ家を探したが辺りは赤裸々だった。

「蒼井やな?1

「午後三時時24分飲酒運転危険運転致死傷罪で現行犯逮捕する!」

 眼の前から居なくなったマイケルのシルエットを探し求めて来日まで果たした。

 結果はハイスクールオブジャパニーズ。

そう、照間孝夫…しかし彼は純粋無垢。

 彼に私の人生を委ねられない! 

そして神の悪戯で偶然出会った草刈英雄。

 彼はB型、自我が強く欲望のまま私を求めてくる。

 まるで子供…。

彼には同じパッションを抱けない!

 無言でハンドルを握っていた岬巡がソワソワとして意を決したかの様に口を開いた。

タクシーは有馬街道の長いトンネルを出て赤信号だが、左折で来たので、左に曲がった。

その時、「数年前のある日、明日から夏休みという7歳の時、いつも通りにサーフボードを担いで林崎の海に出掛けていきました。」岬巡が滔々と語り出した。

「外出時間は午後一時頃だったです。」

「いつもなら夕方の6時には、帰宅してボードのメンテナンスをしている頃ですが。」

「まだ帰って来ない。」

 「林崎の知人に電話して確認を取る中、やっと帰ってくるという西警察曙から訃報があったんです。」

 「それもマイケルはマリンジェットに激突されて・・・。」

「頭がパックリ割れて即死だと言うんです。」

「加害者は現行犯逮捕されて懲役十年の刑罰を与えられましたけど・・・。」

「そんなのマイケルが死んだ事に対して何のプラスになる訳じゃあない!」

「私は、鬱になって自営してた店を辞めました・・・。」

「それで沢山の人と会えるタクシードライバーを選んだんです。」 「毎日新しい人と出会える。」

「その時にマイケルが乗って来ないかな?」

「なんてね・・・。」

「有りもしない事を願いながら乗務してたんですよ。」

「お客さん?」

 「もしかして性同一性障害のマリコさんですか?」

「その子は貴女が産んだのですか。」

「不妊症の方々に希望を与えられますよ。」

「でも、ニュース観てないですわ、ハハハ、・・・。」

「初めてのお子さんですよね?」

「 私の息子は貴方の弟マイケルくんが、不慮の事故を発生した時間と同時刻だったんです。」

「奇しくも事故死です。」泣いているのか?頻りに鼻をすすっている「あの、お気の毒です。」

「へ、ふぁいうえええーっ。」 本気で泣いていた。

 マイケルが亡くなった時間が同じ、マイケルの死因も同じ、ただ、マイケルの誕生がズレただけの話し。

やっと忘れられると思っていたのに。

名前だけなら未だしも…。

 具現化されたマイケルを見せられたら・・・。

女の子宮は幻のプロミスに何の保障も無いことに改めて思い知らされた。

 この子がマイケルの子供だったなら…。


「だから私の言う事を聴いてれば良かったのよ!」

 

マリコはタブーの想いを考えまいとしても身体の何処かで考えてしまう。

 やっと…! 

正真正銘の女になれたと思ったのに・・・。

  「このオカマ野郎がッ!」

「しつこいんだよ!」

 脳裏にスパイラルで反響して行った。

不妊症治療をしている人々の希望の星、マリコ・ナツメ・スティーブンス。

 奇跡の妊娠! 2017年1月出産予定!

「ようやく寝た赤子を起こすような事態が・・・。

 遥か日本で真実が渦巻いていたなんて・・・。」

 オーマイゴッド!


 なんて日なの!? さっきまで青空だったのに・・・。

この日の空は、停滞した黒い雲が今にも箍が外れて堕ちて来そうな空模様にマリコの心持が変り行く様を表していた。


 「でも行かなきゃ! 菊水山学園へ急いで下さい。」

「運転手さん。」

「.岬巡さん?」

「鬼瓦桐子。」

「ハイ。」

「キリちゃん…。」

 落ち着いて透き通る様な声色だった。

眼光の鋭い擦れた少女達が一人の高身長の少女を囲んでいるのは、西田神社の広い境内だ。

「解散って?」

「警察が脅かして来たのか桐子?」

「オレらカチコミに行くぞッ!?」

「待って!」

「何時までやってんだ?」

「もう歳なんだし、もう大人なんだし・・・。」

「オマエら。」

「そこんとこよーく、考えてミロ!?」


 全員意外な言葉を投げ掛けられたからハトが豆鉄砲を喰らったような顔をしている。

「騙されんな!」

「コイツは普通以下の没作男が出来て何か恐くなっちまったんだ!」「 オマエら妬きを入れろッ!」

 ワーッ! と桐子を取り囲み一匹の仔犬を足蹴にしようとした刹那、パン!タンタン!ドス!ドスン!「クッ…クア・・・。」全員腹を押さえて倒れ込んだ! マサにイージス艦の様な攻撃力で、桐子と太刀打ち出来る者は誰一人として居なかった。

「歴然と、力の差が出たな…。」

「もう解散だッ!」

「全員バイクを押して帰れッ!」

「ハイ分かりました。」

「桐子さん?」ヤマンバチーム全員が、ヨタヨタとバイクを押して帰った。

 レディースヤマンバが解散した夜だった。


 「草刈秀雄。」

「ハイ。」立ち上がり様一列に並んで座る教師陣に眼をやった。

 秀雄は心残りな胸中をこの手で抉り出して校長に見せ、まだ終わってないからもう少し置いて欲しいと言いたかった。

 マリコは来てないだろうな…。

校長に卒業証書を手渡されもう一度教師陣にチラッと眼をやった。「チッ、もういいや!」諦めの入り交じった長い長い溜め息をハァーッと吐き捨てた。

 アノとき、病室のテンカセが滲んで見えなかった。

マリコの後ろ姿もビデオテープの早送りの様にあっという間に消え去っていた。

「オレの子供を生んで欲しい!」コレが言えたなら…。

 しかし、凍り付いた口許はうごかなかった! イヤ動けなかったのだ! 最後の最後でビビりヤガって!

 

 もう卒業式は、始まっているだろう。

「有馬街道って山ばかりだと思ってました。」運転手に気軽に話し掛けるマリコは岬巡も気易く成っていた。

 マリコの全てをカミングアウトしたからだった。

「オナニーでない所がいいですわ。」

「うん。」運転手の岬巡りは、神戸市西区の玉津に住んでいた。

 仕事はジーンズショップで店舗兼住宅に住んでいた。

一階にはプレミアムなデニムと、誰が見てもお洒落なシャツを数種類置いていた。

 

 1月16日は改装中の電動シャッターがほぼ出来上がる予定だった。

 が、完成前に気になる店の天井中央に耐力柱を増設をしたが、これが良かったのだという岬巡の自宅周辺は、殆ど家屋が全壊だった。

 しかし、岬巡の自宅は耐力柱を増設したのが効を奏して店舗兼住宅は倒壊せず一部損壊程度だった。


今、お互いのパーソナルな部分を告白しつつ、マリコのセクシュアルな事について話し始めた所だった。


 二日酔いの朝は…。

モヤモヤした頭に血流が滞り身体が重く熱い。

喉は渇き切りひび割れた気管支と食道は渇水の如く呼吸が痛い!


そんなとき。

紅く染まった頬の姉を見たら堪らなく欲しくなり姉にそっと手を伸ばし優しく包み唇を着けた鼻から肺まで姉の豊潤な香りを独り占め、潤っている姉のそこに口を近づけ歯を立てると黙ったままの姉のそこが堪らなく甘いジュースが溢れだし舌でペロペロ舐めた僕は身体中電気が走った様になり、僕の気が迸った! 」マリコは、この詩が好きだ。

 姉は柿の間違いで、十五歳のマイケルが書き残した詩が…。

「姉ってワタシの事よね?マイケル…。」

 あの日、マイケルを愛し始める切っ掛けを作ったのはマリコだった。

「ナニいうが!?」

「おまんとこのオヤジは漁師やきね!」

「そやきパパっちゆうたらいかんきね。」

「おんしはガイジンの獸やき!」

「そやき。」

「こじゃんと服着たらいかんき。」

「服ば脱げや。」

「裸でおれや!」

「ざんじや!」裸に剥かれたマリコに「わー、こいつチンポはえとうぞお!」

「 オマエは妖怪やき!」

「むこう行けや!」

「おまんらなにしちゅう?」

「ネエちゃんに触るなッ!」漁師町のガキ大将が逃げる程逞しい身体つきのマイケルは、機敏な運動能力でガキ大将達を圧倒していた。

「ネエちゃん大丈夫かえ?」

「大丈夫。」

「ワタシを呼ぶ時はマリコでいいよ?」

「ありがとうマイケル?」

 

あの日マリコは、生地の薄い寝巻きしか着ておらず、夜は余り寝られない不眠症に陥っていた。

 そんな中、朦朧とした頭で熟睡のマイケルの部屋に早朝から一人入り兄としての責務を果たそうとしていた。

「遅れるよマイケル?」

「今日は予選でしょ?」

「サーフィンプロテストの?」仰向けのシーツを被ったマイケルにその上から覆い被さり体重を掛けて起こそうとしたが、マリコは痩せていて色白の着せ替え人形のようだったから筋肉質のマイケルには力で敵わず常日頃から片腕であしらわれていた。

「マイケルったら!」

「うるせー!」ノースショアの海岸で拾って来た噴石を飾りにしてワイキキの屋台で販売されているティキを神の様に祭り崇めていたマイケルに鋭利な溶岩の尖った部分ををツンツン当てて起こしにかかると、両腕をマリコの幹に巻き付け軽く寝返りを打てばあっさり形勢は逆転された。

「お、重いマイケル!」

「起きたの?」

「寝惚けてるの?ちょっと!」

朦朧としていた。


 マイケルは、マリコの唇を奪った!

数年前からマリコを意識していた。

 色白のナヨナヨとしているマリコが、疎ましくて危なっかしくて俺が護らねば! そう感じざるを得ないマリコの佇まいは時としてセクシュアルであり兄貴の股間はどうなっているんだろう?一度観てみたいと、もしかしてペニスは生えていないのかも・・・。と、空想の中の空想は、計り知れない大きさに変貌を遂げていた。

 それはもうマイケルが実力行使をせざるを得ない状況まで来ていてキチガイ染みた朝のひと時がやって来ているのに何も知らないマリコは、律儀にマイケルへ起床を促したのだ。

「やめて!」

「あなたのお兄さんなのよマイケル?」

「関係ねえ!」

「いい匂いじゃん。」

「大人しくしろマリコ!」隆起したマイケルのイチモツは、マリコを黙らせるに足りる大きさだったから。

マリコは次にされる事を期待して待つようになった。

 目を閉じて・・・全身が性感帯になったように…。

  マイケルに従った・・・。


  生地の薄い寝巻きはもう脱がされ履いていたショーツも脱がされていた。

 二人は、赤裸々に絡み合いオリンピックのレスリング競技の様に常にマイケルが、ポイントを取っていた。

 マイケルの下でビクンビクンうち震えて瞳孔が開いていたマリコ。

「愛しているわマイケル。」

「だからワタシを一人にしないで?」


 マイケルと言えばマリコを肩から両腕を鷲掴み、ギュッと抱き締め無言でディープなキスをを続けた。

 マイケルの情熱をやる場所は身体の末尾の窪みにすると自ら仕向けたマリコが力を抜き身体を開いた。

 マリコのモノはマイケルよりも一回りも痩せていてマイケルに激しくグラインドされ身も心もマイケルの女になってしまった事をマリコ自身慶びを隠せなかった。

 可愛い弟の欲望を満たしてあげられるのは、私しか居ない! マイケルの側に居られるのは、私しか居ない! 私は母であり姉であり妻である! 弟だから強く抱き締められても安心する。

 あの子は、ワタシの夫は、唯々諾々と妻の言うことを聞く

「もう、私はあなたのドール。」

「一人にしないで。」まるで未来の予言の様にマリコは頻繁に一人になるのが怖いくらいにマイケルに懇願していた。


「懐かしいわネ。」マリコがノスタルジックにタクシーから降りると丁度そこは、卒業生の花道だったらしく、ゾロゾロと在校生が、校舎から整列しながら一団となって出て来ようとしたが、鉢合わせした元教師と卒業生は、「赤ちゃん?」マリコが抱いている乳児をまじまじと見詰めマリコに問い掛けた彼らは、思わず広げていた両手を引っ込めた。

「マリコが産んだの?」

「そう、理由はネ…。」

「誰の子?」よくある質問に事前回答するが如く

「性別適合手術をするクリニックとカリフォルニア大学の医学博士がタイアップしたのよ。」

「不妊治療をする人の為に私のお腹を貸したの。」

「つまり代理出産をしたのだけれどね・・・。」

「理由があって私が育てる事になったの。」

 「今は、私の母乳で育てているわ?」

「名前は、マイケル・テルマ・夏目・スティーブンスよタカオ?」

この騒ぎに紛れて草刈秀雄の左隣に豊臣市子が並んだ。

 それに続いて大寧周子(オオヤスカネコが近付いた事をタカオもマリコも背後の事で気付かなかった。「マリコ先生!?」

「長い間教壇を任せ切りで気にしていたのよ。」

「久しぶりで、元気そうね?」

「良かった…。」 

 大寧周子は、年配の婦人らしく落ち着いてスローな声のトーンをしてザワメキの中、「オータカオ?」

「ありゃりゃ。」

「マリコ!」

「?久しぶり。」

 僕は、両手を前へ広げハグのフォーメーションを作りマリコを包み込み抱き締めようとした。

 が、「マリコ・ナツメ・スティーブンスさん?」

 不意に黒服の二人組みに呼ばれ周囲が押し黙った時、「国際手配されているんだ!」

「 13時28分。」

「マイケル・ナツメ・スティーブンス、殺人、死体遺棄容疑並びにスミス・ローザン、カレン・ローザン両名殺人容疑並びに新生児誘拐現行犯で逮捕する!」

 何の事だか即座に理解出来ず呆気に取られて黙っていた。

 

なんて事を!

 スミス・ローザンと妻のカレン・ローザンは、ワイキキウエストのコンドミニアム十二階に住んでいる。

  この若夫婦は、アラモアナショッピングセンターでコスメブティックを営んでいて商売は割と順調だったから二店舗目を出そうかと算段する程の売り上げだが開店時の資金を銀行の融資でまかなって居た為テナント料と合わせるとこの夫婦は、借金のために働き結婚後長い間子供が出来ず不妊症で悩む若夫婦だった。

 十二月のある日、ショーケースに佇むレディを見つけカレンが接客に回り、スミスが商品のコスメを手に取りデデモンストレーションをしていた。

「こっちのラインの方が鳶色の瞳が際立ちますよ?」試しにラインを引いたマリコは、「凄いわ!」

「瞳が際立つ!」

「あなた素晴らしい!」スミスが照れ隠しに右手で頭の後ろを掻き上げながら「いやあ、僕ら子供はいない夫婦だからね。」

「コスメにはナーバスで居られるんだ。」

 ハワイアンスマイルでサーファーの命の白い歯を見せながらはにかんだ。

「そうなのね、不妊治療してるの?」

「私はマリコ・ナツメ・スティーブンスよ?」イキナリ核心を突かれたローザン夫婦はお互いに顔を見合せ返事に躊躇していた。

「そうなんだ。」

「多分僕に欠陥があるんだろうけど、子供が欲しくてね…。」

「僕達は…。」

「代理母を探してる。」

 カレンを抱き寄せ軽くキスをしながらマリコに返答していた。

「代理母って…?」マリコは全く分からないという風に両手をあげ広げ首を振りながらスミスを見ていた。

 鳶色の瞳が際立つし、キレイだ! 初めて他のレディにときめいた事を隠して、カレンを抱擁し、「例えば僕達の受精卵をキミの子宮に移植する訳さ?」白い歯を見せてマリコに一歩近付いた。スミスに「それで私が妊娠して出産するのね?」

「あなた達の代わりに?」カレンとスミスへ交互に見やりながら分かった! という風に両手を組み胸の高さに翳した。

「僕はスミス。」

「彼女は、ワイフのカレン。」カレンの肩を抱きそっと金髪に口付けをした。

「いい友達になれそうだ。」にこやかにマリコを直視し、「アフタヌーンはどうしてる?」早速切り込んだスミスに「カラニエで飲んでるわ?」

「フカヒコダンスを観ながらねスミス?」意味ありげなウインクをした。


 宵のカラニエでは、ステージが店内のセンターにある。

ステージアリーナ席には既にフカヒコダンスが終わりハワイアンの美女達がフラダンスを踊っているのをマイタイのグラスを傾けているスミス・ローザンとマリコが居た。

「代理出産の事は大体分かったわスミス?あとは、どうやって受精卵を移植するかだわ…。

 人工受精って手もあるけど…?」マイタイを一気に飲み干しふうーッと投げ槍なため息を吐き捨て、「僕達は、お金がないんだよマリコ?人工受精は、成功しなくても成功しても一回五千$だ…。

 大切なお金をドブに捨てる訳にいかない。」項垂れて気弱になっているスミスにポンポンと、肩を叩いてそっと耳打ちした。

 フラダンスは、スローな曲が静かに流れており、耳打ちしなくても充分聴こえそうだよと言おうとした刹那、スミスの耳が信じられない音を拾った!「私を妊娠させてくれたら産んであげるわスミス?」「考え方は、簡単よ?」

「私の卵子と貴方の精子とを受精させるのよ。」

「不倫じゃないわスミス?」

 

 カラニエを出た接道の向かい側のホテルは5階建ての一室にはキングサイズのベッドがあり、赤裸々に熱く抱擁されているマリコが恍惚と、歓喜のため息を漏らしスミス・ローザンに全身を預けていた。

 

「私と貴方で受精卵を作らない?」

「カレンには人工受精までしておいてサプライズするのよ?」

「マリコが代理母になったよって不倫をはぐらかすのよスミス?」

この日から二人の逢瀬は続いていた。

「ローザンさんおめでとうございます。」

「妊娠してますよ?」

「二ヶ月ですね。」

「カレンローザン?」

 ワイキキベビークリニックでは、ドクターとナースが代わる代わる祝福のコメントを伝えに来た。

 マリコの幸福はローザン夫妻と共にやって来た。


「マリコが妊娠したよカレン?」抱き締めカレンにキスをしながら代理母マリコの近況を報告したスミスは、カレンに不倫がバレるのではないかと戦々恐々とした想いで居るからこその行動だった。

 カレンはスミスに疑惑を抱いていたが、寡黙に夫と妊活を送っていた。「素晴らしかったわスミス?」

ベッド上でスミスの肩に凭れ「検査結果はお互いにポジティブだったからパッションが沸き上がったんだカレン?」彼女の金髪を撫でながら軽く左肩にキスをした。


 死産だった。火の神ペレは振り向いてはくれなかった。

 

 絶望の縁からようやく這い出せたのもスミスが居るから、優しいスミスやカレンが居るから、気持ちを癒せる・・・。

 会いに行こう。

コンドミニアムを見上げて立つマリコは、身も心も無防備だった。

「構わないわマリコ?」

「例え私の卵子を無駄死にさせても、もう大丈夫なのよマリコ。」

「分からない?」

「私を見て ?・・・。」

「出来たのよ!」

「臨月よ来月と半月で?」

「白人の子供が!」

「青い目の子供が!」

「産まれるのよ?」

「 もうマリコは、必要ないわ!」

「クビよ。」

「ユアーファイアーよ?」

「このドロボーネコ。」

「いいえそんな可愛いものじゃないわ!」

「このケツのアナ野郎!」

「だから元気な赤ちゃんを産んでみせるわ!」

「ゲットアウト!」

「ハリーアップ!」

マリコの子宮がサンドバッグの様に打たれ放題殴られ放題だった・・・。

 死産をしたのに何の労いの言葉も無く・・・。

目眩がした。

マリコは耐えに耐えた。

「・・・。そう、残念ね。」

「グッドラック。」ローザン夫妻との関係は、完全に終わった。

 マリコは、かつてない憎悪の念を沸沸と抱き、やがて火の神ペレと化していった。

 既にカレンは夫スミスを寝とられた復讐をやってのけた。

「ねえスミス。」

「いい気味だわ。」

「流産しようが死産しようが。」

「私には関係無いわ!」

「スミスは、どう思っている?」返答に困ったスミスは、額を抱えてうんうんと頷くだけ頷いたが、スミス自身の言葉はなかった。

「なんなの?」

「言葉は無いの?」

「まあ、いいわ行きましょスミス?」


 狂っていた。


 正気の沙汰ではないカレンが居て、そしてマリコがそこに居た。


「見てサンタクロースよ!」

「あのビッグウェーブに乗って今来るわ!?」波間を繁々とノースショアのウェーブを見つめるスミスは完璧にマリコのウェーブに呑まれていた。

 兼ねてから日本のスイカ割りをサムライの要領で腰に忍ばせて置いた高さ四十センチのティキを水平にに振り回しガツッ! 居合い抜きだった! スミスの後頭部を殴打炸裂!「オーマイゴッド!」

「酷いわマリコッ!」駆け寄りうつ伏せに倒れたスミスを助け起こそうとしているカレンは、臨月の腹が重く、動作を急がせないカレンの頭に・・・。

 ここでも日本は生きていた!両脇を締めボールを睨みながらダウンスイング! ドジャースマインズのベースボール教育は日本で受けた。

 かなり日本での生活が役に立っていた。

容赦なくティキを降り下ろす!

「サンキュージャパン!」ガツッ!片膝を立て、日本の剣道の様に大上段から垂直に降り下ろした! カレンの腹が風船の様にカレンとノースショアの海岸の間隙に緩衝していた。

 割れたスイカの赤い実は勢い良く飛び散り鮮血の中には、割れた頭蓋に潜む脳までも夥しい深紅の放物線を描いていた。

「まるでスイカみたい。」よっこらしょとカレンをひっくり返し胎児が息づくカレンの腹に懐を目掛けて忍ばせておいたサバイバルナイフを垂直に突き立て、ヘソの下あたりから割腹した!「生臭いわね、吐きそう…。」ヌルヌルと掌を滑らせ臓物を掻き分け書き分け、子宮を探り当てた!「只今より閉塞された胎児の救出オペに入ります!」独り言を言い…無花果を切る様に裂いた!

「マア!」

「可愛い赤ちゃん!」

「ようこそマイケルテルマ。」ノースショアのビッグウェーブは、身勝手な悪魔の溜め息を怒涛のノイズで掻き消す! それが性善説の最後の抗いだった。

 まだ暗い早朝からハリウッド映画のロケの様にホノルル警察の車両に、数十人もの捜査員が分乗してステージに脚を降ろした。


 「血のメリークリスマス・猟奇的殺人!妊婦の腹を切り裂き臨月の胎児を持ち去る!凶器は海に沈んだティキ!そしてサバイバルナイフ!」ニュースペーパー各社が挙って書き立て犯人像を創り上げていた。

 ローザン夫妻を呼び出すのには、簡単だった。

「順調のようねカレンのお腹?」訝しげにマリコを下から見た。

「あの事はもう忘れているわカレン。」ウンウンと、頷いたカレン。

「そうね、私も言い過ぎたわ?」真顔でマリコに対峙した。

「スミス?」マリコはカレンに視線を送りながらスミスに話しかけた。

「日本のフレンドからあなた達にアッと驚くサプライズがあるの!」「騙されて私に付いて来てノースショアに?」ファンタスティックね!と、笑顔が戻ったカレンはスミスに身体を預け、マリコを見詰め、もうそこはマリコを憎んだり、恨んだり、呪いの心根を持ったカレンではなく、一市民の若いスミスの妻、カレンが居た。

「ビッグウェーブに乗って日本のサンタクロースが来る筈よ?」

「ヘエ!面白そうじゃない。」両手をp組みスミスに笑顔を投げ掛けた。

「行ってみないスミス?」カレンの満面の笑顔を見て「マリコのサプライズは、ワンダフルだよ!」カレンの身体を抱き頬を摺り寄せ、そう言った。

「ありがとうマリコ。」

「勘違いしてたわ私達。」

 マリコの顔を見た最初、瞬く間に憎悪に満ちた顔面のカレンは、マリコの言葉一語一句に訝しいオーラを放ちマリコを遠く観ていたが、態度を改めたマリコに感銘を受け閉じた貝の口は、再びウェルカムと無防備に開いた。

 カレンとスミスの背後には樮笑むマリコの顔が悪びれていても唇を憎たらしく歪めるデビルが佇んでいた。


11章「グッバイ! マリコ」

 

 タカオの人生初の就職先は、大倉山のパン工場だった。

工場勤めを選んだタカオは、既に年功序列の時代は終焉しており各々のパーソナルが試される時代に突入していたがタカオの勤務先での雇用形態は、工員兼営業スタッフという新しいビジネススタイルでの従業員となる雇用契約を交わしていた。

 既に入社をしていた女子は、タカオの在籍する筈の部署で、タカオを優しく迎え入れていた。

「入社オメデトウ、鬼瓦桐子です。」


  マリコ夏目スティーヴンスとマイケル夏目スティーヴンスとは、産まれながらにGIDとバイセクシュアルだった。

 マイケルは、ケンカがめっぽう強く図体の大きいガキ大将も逃げてしまう暴れ振りだったから ガキ大将の方から白旗を揚げ子分になる輩もいてマイケルの勢力図も大きく広く様変わりしていった。

 男から観れば、避けて通りたい存在で、女から観れば筋骨隆々の、広く分厚い胸板は、ヘラクレスを彷彿とさせていて、なんとも頼もしい存在だった。

 だからマリコから観るマイケルの印象は、幼き頃からマリコを護ってくれてマイケルの胸の中では、とても落ち着くし安心する。

 いつかマイケルに抱かれたい。

そう思っていた。

 あの日も性別適合手術をする決心をもってマイケルにマリコ自身を捧げようと、今までのマリコに別れを告げる所作だった。

マイケルにしても早朝に起こされ朦朧とした脳内に艶めいたパヒュームを纏い女と見紛う装いの霞掛かった白い朝。

 欲望を夢のまま、マイケルの身体を突き動かしたマリコの企みは、成功した。

 気を迸らせたマイケルは、精気も気力も出し切り、小一時間余り最大に鼾を掻いて二度寝をしてしまい危うくサーフィンのプロ試験に遅れる所だった。

 マリコとマイケルは、一線を越えてからというものマリコの女性化は重篤になっていった。

 二十歳迄に性別適合手術を施し戸籍の性別変更登記をする。

 しかし、法的に女性化しても医学的に染色体は、男性のままだった。

 神の領域にまで立ち入れず人間社会の技術ギリギリの子宮卵巣同時の適合手術を施した。


ロバートスティーヴンスと結婚した夏目深雪は、長男を設けた。夫は、男児を希望しており行く行くは、漁師を継いで欲しいのも然り本人の意思が無いのならば日本の海上自衛隊に入隊させようとしていた。

 名前をマリノと名付けこの子の未来に性同一性障害があるなどと、努努その思考には掠りもしなかったばかりか、買い与えるオモチャは、GIジョーやらゴジラの人形やらばかりを買い与えた。

 ところが、マリノは、バービー人形やリカちゃん人形を欲しがって地団駄を踏んで泣き叫ぶばかりだった。

 ロバートは、家の中をただウロウロするばかりで困惑し、マリノの頭が変になったと嘆き悲しんだ。

 やがて月日は流れ、落ち着きを取り戻したマリノは、自身の名前をマリノからマリコへ改名したいと言い出した。

 心配した神経内科の医師に診断を仰ぎその診断結果は、性同一性障害だと診断された! ショックのロバートは、どうしたらいいかわからず医師に教えを請う。


 オブザーバーの医師は、マリコへの改名を強く勧め衣服や化粧も女性に近付くような事があってもそれを咎めず、ある程度肯定の気持ちを持ち接する事を教えた。

 マリコがジュニアハイスクールの時、口紅を引き赤いスカーフを巻いて通学したがったが、同級生の男子生徒がマリコを苛めとリンチの対象を絞っていたため十三歳になったばかりのマイケルがマリコのボディーガード役を引き受け、二度とマリコに指一本触れさせなかった。

 これが、付箋でマリコはマイケルが強く逞しいとも意識に刻み込んで行ったのかも知れないのだった。


「だから私の言うことを聴けば良かったのよ!」マイケルは、気を迸らせて夢うつつだった。

「ネエ、マイケル、私を一人にしないでね…。」

「聴いてる?」マリコの問い掛けには耳を貸さず「もう行かなきゃ!」慌てふためきそそくさと大会の準備をして出掛けようとするマイケルは、マリコが足許に絡み「いかないでッ!」小さく叫んだマリコに「ルセーッ!このオカマ野郎がッ!」

「しつこいんだよ!」マリコを足蹴にし、マリコに背を向けて階段を降りていった。 

 その背後でメラメラと火の神ペレに覚醒したマリコは、ガツッ!鈍いノイズが炸裂した! 階段を転げ落ちるマイケルは、下階のフロアでうつ伏せになり後頭部から夥しい流血があった!

「大変、ママ!」だが深雪の声はなく「居ないものネ、ママ?」…魂が抜けた状態になったたマリコはその場でヘナヘナと座り込み透明の朝日が暁に変わり夜の帷を降ろすまでうなだれたまま・・・。

 マリコとマイケルの狭間には、高さ三十cmの水に沈む木製のティキがマイケルの血液を吸いながら転がっていた。

 

  全てが動かなかった。

 うつ伏せのマイケルは自力で動ける筈もなく、その夜半にマリコもマイケルも忽然と姿を消していた。


 どうしてそうなったのマリコ?

嘘の楼閣は、嘘を積む毎に高くなりその頂上から誰を見下ろしていたのか?計り知れないマリコの闇は、暗黒のフォレストから使いの者を寄越し、 ただならぬ荒廃した心根を均して行き泥濘に蠢く躯たちを一掃した。

「どうやって運んだのか?」の問い掛けに半笑いのマリコは、「マイケルと二人三脚したのよ?ウフフ…ウフフ…。」

「私の言うことを聴きなさい!マーイケ?ルゥ」マリコは壊れていた。 僕が、普通に接していたのは普通のマリコだと信じていたからだ。

草刈秀雄とは男女の関係だったが、草刈は気付いていなかった。

 精神的にイカれポンチなのは草刈秀雄のようだったが、彼は全く正気で竹を割ったような性格の為、狂ったマリコの波動をマトモに受け続けたからパズルのワンピースが外れて綻び始めた。

 須磨浦公園の2号線では、ニンジャの後部座席で秀雄の腰に両手を巻き付けつつも秀雄の股間をまさぐり、強く弱く強弱をつけながら擦り高速運転中の愛撫は高ぶりを利用した悪女の戯れだった。

 しかしマリコは、全く気付いていなかった。

「マリコ、愛してる!」忘却の世界に脚を踏み入れた刹那! ギューン!ドンドン! 生から一歩遠ざかった。

 草刈は今、地銀社員の営業マンで納まっている。

草刈の背景は有志なら誰もが描くレールが企みと言う名の列車を走らせている。

 頓挫しないで終着駅に到着すれば,

それはそれで普通の世の中、普通の彼の人生だし、彼が望む普通の人生を手中に納めたと言える。 

信じていたマリコが寝返りピュアなハートをザクザクと踏み荒して、

彼に叛いたとしたら・・・それは許されない行為だ!

 と、いうより深く悲しい行為、裏切りの逢瀬、裏切りの逃げ水だ。

世間では神戸がひっくり返る様なヒステリックなニュースに驚愕の色を隠せない!最早マリコは、マイノリティの鬼と化し不妊症の代理出産の契約を交わしたものの死産して代理母契約を白紙解約された。

その腹癒せにローザン夫妻を撲殺した。

 カレン・ローザンはアジの開きの様に割かれ臍帯が巻かれたままの胎児をそのまま取り出し我が子として育児を始めてマイケルを彷彿とさせていた草刈に、マイケルと同じ心根を持ち合わせている照間孝夫に会いに来た。

 しかし、浅はかな女の浅知恵という気がしてならないのは、僕がマリコを一人の女性として認めた事になるのではないのか?

 何故マイケルが暴言を吐いた時、逆上したのか?心の何処かで男が鎌首をもたげていたのではないのか? 僕は検証に検証を重ねた。

 時は流れどうしてもマリコに面会をしたくなりマリコが収監されている刑務所の門をくぐった。彼女を眼にして自分なりに納得したかったからだ。

 監守に連れられ出てきたマリコは、全身を項垂れ引力に任せる様にスローな動きをして裏ぶれた路地裏からフラフラと美しい金髪を頭皮の脂くすんだ茶色に変え酔っ払いが歩いて来るように昔の溌剌とした生気がなく瞳は灰色に濁り焦点がぶれていた。

バサバサと汗臭い長髪の臭いが仄かに通気孔から漏れ出てきた。


「歯は磨いてるのマリコ?」

「大きなお世話だわ…。」

「それよりスタディはタカオ?」その一言でマリコの顔から視線が外せず、「もう卒業したよ。」涙が溢れ出た。

 悲しかったからではない。

あの頃のマリコは、忘却の世界に居たのだ。 

 今気付いた!

 オーマイゴッド!

ごめんマリコ! あの頃の僕はマリコの見た目だけを観ていた。

 マリコの心中に触ろうとしなかった! マリコは一人で闘っていたんだね? 寂しかったんだね? 僕は眼の前の項垂れて縮こまったマリコを優しく僕の愛で包み込んで、両手を抱きしめる様に心で、心で、マリコを抱擁していた。

 

 今は亡きマイケルに身も心も捧げやっと真実の愛を抱擁してくれる人だと信じ心開いた刹那、「このオカマ野郎がしつこいんだよ!」マリコの側にいるはずの肉親に裏切りの言葉を吐かれたら驚愕のパッションを消したくなるに違いない。

 子供まで産める身体になれたのに…。

マリコの家族が、肉親が、心底女に転換したただの男と見ている事に気付きそれを抹消したいからマイケルの魂を解放させたのだと気付いたからだった。

「グッバイマリコ・・・。」

 僕はマリコにではなくマリコ・ナツメ・スティーブンスのファーストネームに別れを告げた・・・。


12章「ダイヤモンドヘッドの海兵隊」」


 マリコは第一級殺人でアメリカに裁かれた。

禁固10年から二十年が、相当だと言う。

 マリコと僕は八歳違いで、姉と弟の様だった。

二十年後マリコが、罪を償って出所したら僕は、三十八歳、マリコは四十六歳になるだろう。


 果して出所しても、現代社会に溶け込み生活出来るのか?と、マリコについて忖度してみた。

 教員になれずじまいの殺人事件だったからアメリカ社会ではホームレスになり濡れ落ち葉を布団に替えて眠らなければならないだろう。

僕はお人好しなのか・・・? 菊水山学園を卒業しても何かとマリコに関わっていたかった。

 どういう縁か、僕は身許引き受け人になってしまった。

僕は、普通の人として今まで生きてきたが、第一級殺人で懲役二十年もの服役を経験した前科者の身許を引き受け一緒に暮らす羽目になろうとは夢にも思っていなかった事で何かと免疫は欠けていた。

 しかもマリコ四十六歳には、マイケルテルマ・ナツメ・スティーヴンスと言うバリーな息子二十一歳も付いてくる始末だった。

 そして父になるとまでは行かないし、行く気もない。僕は実の父親でもないし他人に施す愛情は持ち合わせていなかった。

 それはマリコに愛を貰ってないし、これから先も普通のマリコで有り続けられるとは言い難いから、もう僕たちの三人家族と呼ぶのも絶望的だし、あんな息子一人に翻弄されて、いい大人が情けないと思った。

 何せマイケルテルマという青年は、カレンローザンの臨月の腹を切り裂いて取り出したマリコが、産みの親と名乗るから話が、ややこしくなるのだ!

 猟奇的殺人を繰り広げた育てのマリコが男性だったと知れば、彼はどういった俊巡をするのだろう・・・。

 見方によって地塗られた生い立ちは、実の母親の仇が寝起きを共にしているマリコ・ナツメ・スティーヴンスだから彼の心境はどうなのだろう? しかもマリコは弟殺しもやってのけている! 育ての親が殺人鬼だ! しかも僕と同居している。

 近所の目はカレンが亡くなってから彼が取り上げられた訳だからゾンビベイビーと、陰で揶揄しているらしいし、照間家は惨殺事件が起こるという事を実しやかに噂されている・・・。

 が、彼の育ての親マリコがそうしてしまったから…「何よ※△◎×?!」また、二階で癇癪を起こしている。

 もうどうにでもなれ! と、先の人生を投げ捨てかけたら僕が癇癪を起こしている事になると、思い留まった。僕の自宅は75坪の宅盤に建つ4LDKの木造軸組みの二階建てだ。

 小生意気にも背の低い木製の門扉がありそれを両開いて足を踏み入れると、ハナミズキが迎えてくれる。

 テカテカと光る洗い出しの小石と乱形石のアプローチを踏みながら庭に出ると整然と敷き詰められた寒地型の芝生がウッドデッキの独立基礎を優しく包み込んでいる。

 南側のフェンスにピエールドゥロンサールが処狭しと、クネクネと朝顔の様に蔓を延ばし薔薇系の女王を気取って花を咲かせていた。

 それにしても癇癪は、マリコの専売特許だ。

 学園生活には見られなかったマリコの性格がそこはかとなく随所に散りばめられていた。

 例えば家屋の裏庭の立水栓の足洗い場に水撒き用のホースが乱れマリコの足に絡むと「ファックユー! こけるじゃないのッ!」と大声で怒鳴る。

 1街区の全戸建てにまで聴こえそうな大声でだ。

 癇癪とは止め処ない怒りの事で彼女は、一旦怒ると何をしでかすか分らないと、ホノルル警察の精神鑑定書が、警告していた。

 マリコは癇癪持ちで突然何か壊れたみたいに激怒発狂する。

人は、そんな彼女の事を癇癪持ちと言っていた。

脳の病気の一種らしいが、性同一性障害と、猟奇的殺人も何か因果関係があるかも知れない

 僕の4LDKの自宅は神戸市北区の有馬温泉地域にある。

日常の朝は有馬川に温泉の湯が合わさり白い靄が立ち上がるそれを東上空から透明の朝日がサッと差して水の神降臨さながらにそこだけ一枚の絵画になる。

 我が家のFIX窓は、それを借景にしようと僕が設計してもらった。

それはともかく、マリコの時計は止まったまま、僕の家には殺人鬼が棲む事になった。

 近隣住民や観光客も遠巻きに観察していたから、マイケルテルマは、四六時中他人に観られるという初めての事態に対応出来ず募るイライラを外に向けてではなく中に向けて発散しだした。

 

 マイケルテルマは、今は亡きマイケルを彷彿とさせる体格らしいのだが、僕はマイケルを画像でしか観たことがなかった。

 それも三歳のマイケルを後ろからハグをしているマリコのイヤ、マリノの写真だ。

 マイケルの身体が大きくなりだしたのは十五歳の頃だそうで、その頃のマリノは性同一性障害に覚醒して女装を始めた。

 名前をマリコと名乗っていた。

女装をした十七才のマリコは、何処から観ても日本人女性だったが頭髪は、赤毛がかった癖毛の栗色 で瞳は二重の鳶色だった。

 マイケルは、癖毛の丸顔だったが瞳は二重のブルーだったし、金髪の青い瞳はマイケルを異邦人扱いするのに丁度いい身体のエビデンスを公開しているに過ぎなかったが、大きいマイケルに圧倒されてハイスクールのクラスメイトもチョッカイは出さなかったし、有名カレッジのスーパーボールから誘いが来たほどだ。

 そのマイケルの遺伝子を持ち合わせ二重のブルーの瞳はマリコを抱き抱え床に放り投げた!

 二階に怒号と二人の乱闘する騒音が、静かな朝の閑静な住宅街に響き渡る! 我が家と近隣住民の軋轢は、日常的に侵食されて行った。


 「いつまで仕事に就かないのマイケルテルマ?」

「るせーな!」

「日本語ワカンねえだろがよッ?」頭を抱えたマリコが両手を斜めに上げ広げ「もっとちゃんと話せばマイケルテルマ?」

「もう大人なんだから。」

「敵が増えるだけよ?」

「そうか、それなら俺のママを返しやがれ!」

「この殺人鬼め!」

「パパも返しやがれ!」もうなにも言えなかった。

 真剣に親としてぶつかろうとしてもマイケルテルマのバリアは、簡単にオープンにならなかった。

 僕が第一級殺人者の身元引き受け人になり同居を決めた事からマリコは、多大なるリスペクトと信頼感をマリコの胸に抱き、それが表に出る事はなかったが、僕の指図に唯々諾々と、従いマイケルテルマにもマリコと一緒に従わせようとしたがどれもこれも失敗に終わった。


 マリコの努力には、手詰まり感が漂い始めていた。

どこか旅行に連れて行こうにも最初から日本に産まれて思春期まで育ったならば、日本の情緒も身体の内側から沸いてくるものだが、マイケルテルマは、子宮の中から無理やり取り出され、無理やり殺人鬼のアメリカ人ハーフ、マリコの息子として生まれ育った。

 だから日本贔のロバートのような訳には行かず、考え方はネイティブ、真性アメリカ人だ。

「パンチボールに行こうタカオ?」マイケルテルマが初めて自分の意見を主張したのを聴いた! 生まれて初めての感動は胸中がマグニチュード9以上で激しくグラグラと揺れていた。

 自分の子供が喋ったのを初めて聞いた親の心境だった。

「…うん行こう直ぐにでも!」僕は、修学旅行で宿泊した事のあるワイキキのレインボータワーに宿泊をエントリーした。

 出発出来るのは、二日後だったが、その日は直ぐにやって来た!

「ハンカチ、鼻紙、持ったかマイケルテルマ?」ソワソワと居ても立っても居られない感情の僕は、小さな子供に聞く様な言い方をした。

「子供の遠足じゃないんだぜタカオ?」マイケルテルマは、あきれ顔を隠さずに言った。機内食のステーキ弁当を食べ、サービスの缶ビールやハーフボトルワインなどを鱈腹飲み日本人としての恥は掻き捨てておいた。

 ドタバタとホノルル空港に降り立ちやっと家族三人と言えそうなメンバーが揃い踏みし、レインボータワーの迎えのバスに乗車した。

 観光バスとは、程遠い車高の低いボンネットバスは前方が見易く僕にも運転出来るかもと、内心小躍り状態で座席に座っていた。

 間もなくダイヤモンドヘッドの頂が見えるレインボータワーの十六階の部屋に案内された。この日はハワイに到着したばかりで、市内観光という名のツアーで、デューティーフリーやABCストアーに案内され主導権はハワイアンビレッジの旅行会社とツアーコンダクターが握っていた。

 翌日は早朝5時に起床し、オプショナルツアーに参加して伸び伸びと家族三人で、修学旅行にツアーで行った事のあるクアロア牧場へ行った。

 素晴らしく広大な四千エーカーの山並みや渓谷もクアロア牧場所有だった。

 ゴジラやジュラシックパークのロケ地に使われたと知ったら早朝に起こされて不機嫌なマイケルテルマが、一番興奮していた。

 午前中に射撃やヘリコプタークルージングのオプションが終わりランチに子牛のバーベキューを食べた。

 ビーフが柔らかくとてもジューシーな味わいだった事を日本に帰っても覚えているだろう。

 

 本日のディナーはワイキキサンセットクルーズのディナーだ。

僕の頭と同じ大きさのロブスターと貝類や魚介、ありとあらゆる海鮮魚介類やローストビーフ、フルーツ、ショコラ、ケーキ、アイスクリーム、カクテルなど、マリコは二十年もの抑圧された日々を送って来たから出された料理は、ほとんど残さずガツガツと食らいつくように食べていた。僕が知っているお洒落なレディマリコは、影を潜めていたが・・・。

 マリコはマイケルテルマとの会話も少なく食を追求していた。

出所後のセカンドライフは、監獄と一般社会とのギャップに圧し潰れるのが関の山。

 そうならないようにマリコとマイケルテルマとの会話が大切だと思ったから連れて来たのに・・・。

 相変わらずマイケルテルマは涼しげに、サンセットの水平線を眺めてブルーハワイのグラスを傾けていた。

 マリコの魅力に頬杖をついたクルーのキャップを尻目にローストビーフをパクつくマリコを殆んど無視してマイケルテルマは、二言三言は、僕と会話を交わしていた。

「あした、ノースショアだね・・・。」

「オトウサン。」

「えっ?」

「だからあしただよ。」

「・・・日本のオトウサン?」僕はマイケルテルマと差し向かいで座っていた。

 据わっている僕の目前にマイケルテルマがこちらを見ながら言葉を発していた事実を受け止めがたく、僕より後ろをグルッと振り向いて誰も居ない事を確認してマイケルテルマの眼を見た。

「ノースショアだよ、日本のオトウサン?」

「あ、ああそうだな、うん、そうだな・・・。」ドギマギしていた。 所謂パルピテーションだ!

「オレは、見た目よりナーバスでさあ・・・。」人より感情の起伏があると、教えてくれた。

 「日本のオトウサン・・・。」

「貴方を見ているとなんだか懐かしさと優しさが共鳴して嬉しさが込み上げて来たから、親としても悪くないと思えたんだ。」そのカミングアウトはどんなサプライズよりも悪くない!親として、何一つ努力はしてないのに、普通に心持がマイケルテルマの親に変っただけなのに。

 成り行きでハワイのレインボータワーで同部屋になっただけなのに。

「ノースショアを思い浮かべるだけでさあ。」

「ベトベトの汗が出るんだ。」彼のトラウマを打ち明けてくれた。

 カレンのお腹に居るときカレンの子宮にナイフを突き立てマイケルテルマを取り出したマリコには、特別な感情を持てなくて、ましてや鬼・悪魔、畜生とも思えるんだと、と言ったあとに、もしもあのままカレンが出産していたら母の暖かい愛で育った筈だと・・・。

 カレンの空洞になった腹の中を思うだけで吐き気と頭から爪先までの痙攣がマイケルテルマを襲う! 癲癇という恐ろしい神経の氾濫だった。

 カレンやスミスがマイケルテルマの名を呼びノースショアをさ迷う様を十数年も毎日夢を見て魘され続けていた。

 しかし、ハワイのレインボータワーで僕と同部屋になって一緒に寝たら悪夢など見なかったそうだ。

 それは最初の夜も、昨日もだ。

多分今夜もそうなるだろう・・・と、打ち明けてくれた。


13章「ダイヤモンドヘッドと血塗られたノースショア」

 

  マリコが憎いわけではない。

 ただ腹を裂かれた母の心の痛みがシンクロして行くのだ。

カレンの悲鳴が! 頭を割られた時の痛みが! ・・・、カレンの子宮の中に全部届いていた!

 だから、カレンの死に様をワイキキ警察から聴いた時、トラウマの辻褄が合ったのだ! それ故にノースショアへ行って恐怖を克服しようとしたのだ。

 そうしないと実の母が! ・・・、カレンが! 浮かばれない!

 ハワイの夜明けは午前4時から明るいワイキキビーチをビーチキーパーが転圧機の後部に大き目のT字のデッキブラシの様な放棄で転圧したあとに刷毛引きで白砂を均して行く、海岸線沿いに転圧機を走らせるからビーチの東端から西端まで行ってuターンをし、また再び転圧機を走らせる。未だ空が暗い内から始めて水平線からサンライズするまで続いていた。

 そんなことのルーチンを十回以上繰り返すとホテルのブレックファストレストランがオープンするからクロワッサンとコナ・コーヒーをセットにして頂こう。

「グッモーニング、アサメシ行こうマイケルテルマ?」


 二人は、ホテル一階のバイキングレストランへ入った。

「ミールクーポンを持ってきて良かったねオトウサン?」十人掛けの円形テーブルに案内された僕達はセルフサービスのコーヒーをいれて椅子に座りつつ何気に呟いたマイケルテルマは、僕に笑顔をくれるようになった。

 もっと色々話しをしたいが、朝から濃厚な話しも憚れるだろうから遠慮していた。

「ここは値段が高くないかいオトウサン?」

「しかも長いんだよ。」マイケルテルマは「二十八$もするなんてたかがアサメシに高い!」 と、白人スタッフに二十分間抗議した後、バイキングのクロワッサン、メロン、オレンジ、パイナップル、グレープフルーツ、ベーコンとあらゆる食材をワンプレートに山盛にし、ガツガツと頬張りつつも、左の通路に人が通る度に時折チラッと左目を流す以外は僕の瞳に絡んでいた。

「何が長いんだマイケルテルマ?」ムシャムシャとパンケーキを食べ、アイスコーヒーを喉に流してから聞いた。

「それだよオトウサン。ファーストネームだよ?」昨夜のサンセットクルーズディナーの時からマイケルテルマは僕とよく話しをするようになった。

 僕に対して饒舌になったが、相変わらずマリコとはギクシャク

しているのは、「ある日マリコから呼ばれた時、長いと感じたんだ。」カチャリ!フォークとナイフを置いて僕を見詰めるマイケルテルマが「だから改名してくれ、マリコに呼ばれると殺された叔父さんが哀れでね…。」

 「死んだ弟はもう忘れた。」

「もう誰にも存在していないんだ。」

「そう思えてきてね…。」

「だから返事できなかったんだ。」

「オトウサン?」

「そうだなマイケルテルマ?」

「いや…うん。」慌てて否定した。それからマイケルテルマの眼を見た。

「変えよう!」

「キミがそんなに違和感を感じているんならね。」

「精神的にも良くない。」

「マリコに相談してみよう?」イヤだろうけど、とは言わなかった。

「戸籍上は親だから。」日が経つに連れ少しずつではあるが薄皮が剥がれる様に彼の心根が露に成ってきた。

 これは喜ばしい事ではあるが、僕は彼にすまないと、いう感情と父性の感情を持ち合わせていた。


14章「血のメリークリスマス」

  

最初は三人とも寡黙だった。

 吹き荒ぶノースショアの北風はピッグウェーブを誘発する。

海岸にはどす黒い岩石がゴロゴロと転がっている。キラウエア火山の噴石だろうか? 一つの塊に冷え固まった溶岩の様相を想像した。想像していると恐怖心がユックリと僕の全身を包み込んだ!

 ハレイワビレッジで食べたガーリックシュリンプの食べ残しが口の中にまだ残っていて30分前の一家団欒が嘘の様だった。

「折角来たんだからマリコの実家に行ってみないか?」という僕の提案にマリコとマイケルテルマは、二人同時にノー! と、言った。

 これから血の惨劇の現場に行くのにここで和んでは真実がぼやけると、マイケルテルマの強い意志で押し切られた形になって、ノースショアゴルフクラブを左手に望み、三人は一列に並んで

 時折吹き抜ける強風に常夏の楽園ハワイに居ることを忘れさせたが、サッと射し込む日差しが、頑なにオアフ島の日光だと主張していた。

 ノースショア海岸半ばまで声もなく佇むマリコはマイケルテルマに構わず、凡そ二メートル前方を指差し「あそこで産まれたんだわマイケルテルマは。傷付けないように気をつけてたノヨオ?」マリコの焦点は合っていなかった。

「黙れ穢らわしい!」マリコの言葉を遮る様に喉を枯らし叫んだマイケルテルマの大声は、ノースショアのウェーブが発する怒号に掻き消されて、マリコの耳にも心にも、届いていなかった。

「生まれたんじゃなくて無理矢理…。」

「オエッ! ククッグゥ?・・。」吐き気と激情が奥歯にギリギリと、歯軋りをさせて再び戦闘状態に持って行くかと思われたが、彼は何かケジメを付けたかった様で、「僕のパバとママをどうやって殺したんだ?」またそれかという風に両手を肘まで上げ広げ両肩を上げ竦めて見せたマリコは曾て夏目深雪が働いていたノースショアカントリークラブの傍らで入り口とゴルフショップの方向を振り向き「ママの為にね…。」

「私を立ち直らせてくれたママの尊厳を護る為によマイケルテルマ?」「もうその名前を呼ぶのは止めてくれ!」

「マイケルはオマエに殺された叔父さんの名前!」

「テルマは、日本のトウサンの名前!」

「だからその名前を呼ぶとき一つもパッションが無いんだ!」

「無機質な名前なんて要らないぜェ! マリコ?」

「どんな手を使った?」

「そしてどんな気持ちだったんだ?」

「僕のバパとママを殺して!?」

睨み一発! 鋭い眼孔にマリコは関係ないわと言い、暫く黙っていたがフゥッとため息を突き、滔々と、打ち明け出した。

「死産だったのよ私とスミスとの子が…。」

 「ロバートジュニアにしようと思っていたわ?」

「それなのにローザン夫婦は、それを笑ったのよ?」

「泥棒扱いしたわ!」

「スミスもね?」

「だから何?」マイケルテルマが詰め寄る!

「だから?」マリコは言葉に詰まりながら「だ、から・・・。」カミングアウトの瞬間の癖が出た!

「だから殺した?」

「ああン!?」顎を突き出して最上級に興奮していたマイケルテルマに、マリコは平然と行動を単発独自で行っていた。

 まるでマイケルテルマは他人のたわ言だと言う様にそして僕の姿はマリコの消えているかの様に右手をユックリ海岸と水平に上げ、指を差し、「あそこを見てマイケルテルマ?」深雪の居たゴルフ場を指差していた。

「マリコのママはイエロージャップ。」

「アメリカの売女!」

「ママの近くで悪口をいったのよあの二人は!」

「だから何なんだ!?」実しやかに述べるマリコの言葉を遮るマイケルテルマに初めて応答した!

「ママの尊厳を傷付けたからよ!?」

「 許せなかったわ!」

「 だから、殺したのよ?」

「じゃあ海に沈んだティキは?」

「サバイバルナイフも用意してたんじゃないのか?」

「アンタは殺人鬼なんだぞ!? 」

「どんな理由があったって肯定しないんだぞ世間は!」

「だから正当化するんじゃないよ!」

「醜いんだよ!」曾ては性同一性障害のパイオニアとして日本全国のニュースを一世風靡したマリコであったが、殺人事件以降全世界の人々は、見向きもしなくなっていた。

「ジョニーの子守唄を聴きながら食べるチョコレートは好きか?」

「 ジョニーにしよう!」突然思い立った!

 これまでの成り行きで、左目が盲目なのに強く生きているジョニー・デップが脳裏に浮かんだから迷いなくマイケルテルマの改名は、ジョニー夏目スティーブンスがいいと思い大声を張り上げた!

  ノースショアの西風に吹かれ頭髪が千切れんばかりのマリコもマイケルテルマもキョトンとした円らな瞳をしていた。

「トラウマは解除できたかいジョニー!?」僕は、新しい名前の違和感も抵抗もなくジョニーに言い放った。

「大丈夫だオトウサン?」ジョニーは、トイレで全てを出し切った様に清清しい笑顔を返してくれた。

 うんうんと頷いてジョニーの右肩をポンポンポン!と三回叩いて肩を組み耳許で「あしたは、ダイヤモンドヘッドだぞジョニー?」と囁いた。 

少しニコヤかに・・・。


「あそこは募集しているのかなオトウサン?」

「でも殺人鬼の子供だから採用してくれないかもな?」

「名前を変えればいいよ?ジョニー?」名案だと思った。

 しかし、ジョニーの心根は、就職以外のとある理由があるとは僕でも知る由もなかった。


 ハワイの最終日、ダイヤモンドヘッド行きのバスに乗る。

バスガイドをしているのはツーリストの添乗員だ。

 やたら「アローハ!」を連発しているのは最終日だからか、ハワイの思い出が熱いものだったのか、ひときわ声を上げて「アローハ!」と、叫んでいる。

「滑稽な日本人だぜ!]高校生の僕が腹の中で叫んでいた。

 しかし、熱すぎるのも考え物で、ジョニーが日本のオトウサンと、呼んでくれたのもハワイへ旅行にきたから多少テンションが上がっての事だと喜びを少な目に評価した方が帰国後のギャップに落胆閉口してしまう事を差し引いて考えてしまう僕だった。

「パールハーバーだよオトウサン?」マリコと僕にインフォメーションしてくれたジョニーは、ノースショアでマリコに思い切りぶちまけたからその時以来、マリコに対する物腰は柔らかくなったようだった。

色々収穫は、有ったよな・・・、無駄じゃなかった。

 そう思いながらバスを降りた。

部屋割りを決めたハワイレインボータワーでの初日に、マイケルテルマと同室になってツインのシングルベッドに横たわった。

 各々が就寝時、「イビキがウルサイよオトウサン?」マイケルテルマに起こされてしまった。なるほど、結婚もしていない僕は、就寝中のもう一人の僕を知らなかった。

 マイケルテルマは、イビキの途中で呼吸が三分間位、止まり死んだかと思い焦ったという。

「鼾が煩いと血圧が上がるんだぞオトウサン?」

「すまんなマイケルテルマ?」

「隣室のマリコはどうしてるんだろうな?」彼は枕元に手をやり天井をみながら「どうせバルコニーに出てダイヤモンドヘッドでも観てるんじゃないかな?」

「でも岬は真っ暗だろうし・・・。」夜の帷は完全に降りていた。

「なあ、サザンクロスは見えないかな?」不意に思い付いただけの事で何の脈絡もない話中の序でにということでもマイケルテルマは、誠実だった。

「観たことないなあ・・・。」

「観たいとも思ったことないよオトウサン?」

 そうだろうな。

 天文学者みたいに星に興味を持つとか、生物学者みたいに昆虫や動植物に興味を持つとかしていたならば、僕の人生も変わってあらゆる方向を選べる人物になっていただろう…。

続いてマイケルテルマは、

「僕はね、マリコにママという感情を持っていたんだ。」

「ジュニアハイスクールへ行く前迄はね?」

「 だけど…、」


「だけど真実を知ってしまってからママと呼べなくなってしまった。」


「そういう事か、マイケルテルマ?」静かに頷いてベッドからバルコニーへ歩いた彼は外に出て前傾姿勢でバルコニーフェンスに肘をかけ凭れてまだ暗闇のワイキキビーチを見下ろした。


「ダイヤモンドヘッドは、光ってるんだね?」


「岬だからな・・・。」

「バドワイザーでも呑むかマイケルテルマ?」


夕飯前にABCストアーでバドワイザーやらビーフジャーキーをしこたま買い置きしていたからこう言う時に役に立っている。

 バルコニーのフェンスに背凭れてバドワイザーのビンをラッパ飲みし、ビーフジャーキーをかじった。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「ところでマリコはどうなんだ?」


左手に居るマイケルテルマを振り向き気になっている事柄を聞いてみた。

 彼はかぶりを振り


「どうでもないよ何も言えない。」


それきり黙ってしまった。

 軍事要塞とされ据え付けられた砲台は使われなかった。

 ダイヤモンドヘッドは、登山口と頂上付近に階段があるだけで、急な坂やトンネルが滑りやすくデンジャラスな山道が一つしかない。

 登頂時間は一時間か、二時間だ。


「最初はイージーだよジョニー?」


ニヤニヤとニヤケ笑いながら階段を上っていた。

 麓で待っていると言うマリコを残して僕達二人は果敢にも登り始めた。

 立場が逆転するのは時間の問題だったが、僕は、ハイテンションで上り、中腹に辿り着くまでに息が上がって両足の筋肉が疲労感で一杯になりコンクリートの土管の様なトンネルをくぐり抜け滑り落ちそうな勾配のため腰辺りに鋼鉄制の鎖と地下鉄の吊革をモチーフにした鋼鉄制のチェーンを必死で握り締めヤッとの事で太陽光が復活した。

 ジョニーは、なに食わぬ顔をして登っていたが、一粒の汗も流れていなかった。


「ヤッパリ若いなジョニー?」


「鍛え方が違うんだよオトウサン?」


僕にお返しだと言わんばかりにニヤニヤとニヤけて


「お先に」


と言って追い越して行った。 

 登り始めて約一時間は、経つだろう…。

 この勾配は、三十度は有るんじゃないのか?と疲弊しながら鋼鉄制のチェーンを持ち変えながら登って居るとようやく頂上へ誘う階段が見えてきた。

 ジョニーは、もう既に登頂していて珠のような汗を掻きながら頂上へ登る僕の眼をみながら


「やったねオトウサン?」


と、右手を差し出していた。


 ジョニーの手は大きくて柔らかく二十年前に見た新生児とは見違えるジョニーだったが、


「お疲れ様だねオトウサン?」

 爽やかな労いの言葉はジョニー以外の人間に言えないだろう…。


「さっきの軍人は、誰だい、日本人かな?」


 深呼吸をしてから改札の米軍軍人にフレンドリーに話し掛けていたジョニーの事を知りたかった。


「ジミー・サトーだよ、日系の軍人さ。」


 曇りなく教えてくれたジョニーの、少しだけ言葉を噛んだ刹那は、聴き逃さなかった。

「何かシークレットか?」


訝しげに僕は、聞いた。

 

「・・・、ジミーサトーだね日系の軍人さ」屈託のない笑顔をしていた。


「それは聴いたよフレンドか?」

「腹心の友さ、プラトーンを一緒に観て二人とも吐いてしまった。」「意味のない戦争なんて無駄死にだよ?」


「そうだなジョニー?」


彼は、反戦の意見を持ち合わせる素晴らしい人間だと思った。


「だから意味のある戦いをすればいい訳だオトウサン?」

 

 イヤ! 待て待ってくれ! 彼を引き留めようとしたが、


「もう入隊手続きを済ませた、イスラム国や、ノースコリア又はシリアの首領(ドン)、斬首作戦に参加する!」


出兵は720時間後だ。

 

度重なる内戦と独裁政治や科学兵器にアメリカ合衆国が痺れを切らし、作戦実行となった。


 彼は、アメリカと僕を護る為に軍人になった!

 

  この作戦は、秘密裏に実行されるから他言無用だった。

 爽やかな湿度のホノルルから帰国のジェット機内は陰鬱な雰囲気の湿気にマトワリ着かれて身動きするのも手足が重く指一本動かそうものなら相当なるパワーを必要とした。

 血が繋がっていないのにナーバスになるなんて。

どうかしてるぜ!

  もしやこのハワイ旅行で父子になれたのかも知れなかった。

    競争率は、一万倍だった・・・。

 ノースコリア又はイスラム国のドンの斬首作戦は米軍グリーンベレー級の特殊部隊を形成するという。

 米軍に入隊しても特殊部隊試験で不合格になるだろう。

 落ちたら母国へ送還される。

 が、衛生兵になる場合もあるらしい。

 衛生兵ならば直接戦争に加担する分けではないから生還の可能性もある。

神経がイカレたマリコは、また癇癪を起こした。

 理由は、マイケルテルマからジョニーへと勝手に氏名変更をしたからだ。

 おまけにマリコに黙って米軍に入隊したからマリコは茅の外人扱いを嫌うマリコだけキラキラと中心で光っていたい人だから取り扱いに気を使う。

 こういう人間はやがて生ゴミ処理場に回されしかも処分にはマリコを避けて避けて避けて…、後回しにされて朽果てるのが関の山だ! マリコについて最近こんなことを考えるようになった。

曾ては、夢と希望を持った若い聡明なマリコに憧れを抱いていた僕だったが彼女の深い深い闇を知ってしまった僕は、百年の恋が覚めた訳で、興醒めとはこういう事だろう。

 ホノルル空港は、疎らに日本人が目立ち、恥の掻き捨てのオバサン連中が、「負けてえなお兄ちゃん! あと7$やがな!」ハワイにとってはかなりタイトな値引き強要だが、土産物屋の若い白人は、「ワタシ、ダイエットがヘタクソデース。」と火に油を注ぐ応酬話法を試みたが、直ぐに火だるまになっていた。

 オアフに残るというジョニーが、ビーフジャーキーとマカダミアナッツを大量に渡してくれた。

 マリコは旅の以前から決めていたというノースショアゴルフクラブへ勤務が決まり、ノースショアの夏目深雪邸に移り住みスミス夫妻の供養をしていきたいと、僕に申し出た。

 ひと先ずは改心した様に見えるマリコだが、リバウンドの危うさがアリコの未だ治っていない癇癪に隠されていた。


「またなジョニー。」

「マリコも元気で!」

後ろ髪を惹かれながら日本の伊丹便に搭乗した。

 

 ジョニーとマリコを残してエコノミーシートに腰を沈める。

旅の終焉が近づいている。

 このハワイで色々有ったが・・・。

  センセーショナルなレビューが僕を横切る。

 

 ノースショアのビッグウェーブが畳み掛ける様に何本も来ていた時、地元のサーファー達はこれ見よがしにパドリングをし、波に乗っていた。

「イカレボンチだぜッ!」

「この外道がッ!」顔面がひっくり返るんじゃなかろうか?と、思うぐらい目がつり上がり口許は、ギリギリと音を立てて白歯を剥き出しにしていた。

 ジョニーの前歯二本にニコチンの黄色い染みが付いていたのを今でも鮮明に覚えている。

ジョニーは絶望的だった。

 マリコの身元引き受け人になったからジョニーはマリコと僕の仲を疑ったそうだだけど未だにマリコからの愛は届いていない…。

 刑務所でマリコに会うまでは僕は、マリコの愛を待っていた。

 一生待つぐらいの気持ちでいた。

 いや、十年くらいかな? 三ヶ月かな? それぐらいにしておこう・・・。

 刑務所でマリコを観たとき何かが音を立てて崩れて行くのが分かった。

 それは、僕の中のマリコ像が、理想の女神像が崩壊する音だった。

人の心は年月が経てば変わるもので、マリコは、魔女に変わりジョニーは、エンジェルに変わった。

「諸行無常なんだよマリコ?」かつてマリコの生徒だった僕がマリコに教えていた。ホノルルを出立する時間になったから詳しくは言えなかったが、それを聴いたマリコが小首を傾げて僕を見詰め続けていたシルエットが印象的だった。

  ジェット機は、偏西風の影響で約二時間遅れで着陸した。

 独りで日本の地を踏むのは寂しいもので、寂しさのつむじ風が各所に吹いていた。

「チキンORビーフ?」

「ハブアビーフ。」マリコならチキンと言った筈…。

 マリコならマリコなら…。

伊丹空港を出てタクシーに乗る。

「神戸北の熊野村(くまのそん)までよろしく。」

行き先を手短に伝えた。

 タクシードライバーはプロだから分かるだろう…。

「えーと、お客さん新開地から夢野村(ゆめのそん)までで、フリーウェイを有馬方面で宜しかったですかね?」白髪混じりの痩せた背中は何処かしら苦労人と見えた。

 天気予報が外れた話やプロ野球の贔屓チームがまた負けた話を何度も何度も繰り返す。

 国道二号線を走り芦屋を過ぎた辺りから「・・・、でもハワイは旅行ですか?」「うんノースショアの方面でね、ご存知ですか?」

「えーと…」名札を探して十五秒くらい沈黙が続いて「まさか、ノースショアに住んでるんじゃあないですよね?」

「あ、岬巡(ミサキメグリ)と申します。」

「いやいや日本の熊野村ですよ?」あった!

「ノースショア?」すっとんきょうな声を上げてバックミラーからタクシードライバー岬巡の顔を見た。

「はい、この経緯をお話し

するのは二度目でして…」目尻のシワが優しさを醸し出している。


「いえね、最初のお客さんは、ノースショア在住の方で、多分、ザッと二十年くらい前ですかね女の人で、いや男から女に変わった人で、産まれたばかりの赤ん坊を連れておられましてね?」

「あの・・・。」ゾワゾワっと背筋が寒くなった!


「なんという巡り合わせだ!」


一人呟いた。


「えっ?」


 大きい声で呟いたからタクシードライバーが驚いてバックミラーを見た。

 芦屋川を過ぎた辺りで、


「岬巡ですからね、アハハハ…。」


おやじメ!


  ひょんな事から打ち解けて驚くべき事を聴いた!


「赤ちゃんにオッパイをあげてて母乳が出てましたね…。」

「男なのにね。」

「しかし、出産した事は、凄いニュースでしたよね?」

ジョニーを育てるのに自分の身体の母乳を飲ませたというのか?

男なのに。母子家庭の事実を認知していたのか?母子尾課程の生活を通して家族の愛を持っていたのか?いや、カレンの子宮を切り裂いてジョニーを取り出した事への償いは?ジョニーへの償いは? 刑務所に服役したからもういいのか?母子家庭です!と、胸を張って言えるのか? 僕は岬巡のタクシーの後部座席で一人、そんな事を考えていたが、堂々巡りの中で現実を見詰めていたが・・・。マリコへのフィジカルとリアルな思いに移り変わっていった。

 ジョニーを取り出した刹那、突然乳腺が出来たのか? それとも全世界を駆け巡ったニュースと同じく自分の子宮に宿したスミスとのジョニーを出産したのか? 死産だったじゃないか? 嘘から出た真。か・・・、ぶるルッと、頭を振りノースショアのマリコと、菊水山学園のマリコと、どちらが本物のマリコなのか? 混乱した頭で新開地から夢野村(ゆめのそん)方面を走り、右手に東山商店街を観ていた。


 タクシーはそのまま道なりに熊野村の方向へ左へターンして直進して行った。料金を支払ってタクシーを降り掛けているのに岬巡の話しは、一行に終わらなかった。


「逮捕されてしまったんですよね、そのお客さん・・・。」

「でも、そのお客さんを挟む様にして白人の男女がケラケラ笑っていたんですよ。」

「白人なのにより一層、白くてすッゲー眩しかったんですよ?」「乗車されてたかな?って思いましたね。」そんな岬巡の話が自棄に脳裏に残っていた。

 スミス夫妻の怨念が現れたのか・・・。

その話しは、ゾッとするもので心霊など信じてない僕でも夜中にトイレへ行けなくなった。

 自宅に着いたらジョニーにメールと自宅の掃除だ。

 一階の僕の部屋は清楚に片づけられていて割りと楽だったが、二階の三部屋は、ごみ溜めの様に荒れ放題だった。

 脱ぎっぱなしのマリコのブラやショーツがアチコチに投げ捨てられていて、オマケに使用済みの生理用品がベッドの上に転がっていた。

 マリコとジョニーが一緒に使用していた二階東南の部屋は、直射日光が窓から差し込み室温を上げて脱いだ下着類から異臭を放っていたから急いでワイドビューな腰窓を全開にした。

 この部屋に散らかっている下着類やスナック菓子の袋は、燃えるゴミとして一気にゴミステーションへ運んだ。

 日本へ帰ってから十三日経ちテレビの報道番組では、ノースコリアが小遣いをねだる聞き分けのない子供の様に駄々をこねて、ミサイルを打ち上げ、それがアメリカの逆鱗に触れ斬首作戦を極秘裏に踏み切ったが、斬首作戦は、実行されなかった。

 が、「日本人に関係のある戦死者及びシリア攻撃に関連する戦死者、ジミー・サトー」ジョニーとにこやかに談笑していた青年将校ではないのか?僕は、食い入る様にテレビのテレビ画面を観ていた。

 続いて戦死者を羅列する。

「カトリーヌ・ロング、ジョニー・ナツメ・スティーブンス。」ここでCMになった!「嘘だーッ!ジョニーッ!」


15章「鬼瓦桐子の逆襲」


 急いでチャンネルを変えたがこの時間は歌番組のみで、ぼくはBSチャンネルに変えてみたが、ドジャース対ヤンキースの野球中継ばかりだった。

 見間違いか? いや確かにあの四人の名前をフルネームで観た! それを確かめる為にマリコにエアメールを書いた。

 多分マリコの返信は、週を跨ぐだろう。

僕はエアメールの送信をするために熊野村郵便局へ出向いた。

 その帰り自宅前に着くと後ろ髪を長々と伸ばして黒々とした髪にピンクのカチューシャを被せた女が玄関前に佇んでいた。

「どちら様?」尋ねた僕に会釈をして、「あのうジョニーの・・・。」カタコトだったが、聞き取れる日本語だった。

 良く良く観ると女ではない。

 女装者か?「フローム?」

「トキオ。」空かさず答えたのは、反射だった。トキオって明らかに日本人じゃない。

 フィリピーナのバイか? 胸は膨らんでいて腰の括れはあるものの、全然女ではなかった!「コーヒーでもどうぞ。?」彼女を一応案内した僕は、それを聴いて愕然とした。

「ありがとうオトウサン。」彼女は、下を向いて靴を脱ぎながら何気にそう言ったのだが、それはジョニーとの深い繋がりを意味していた。

「君の名前と年齢は?」

「 ジョニーとどんな関係か?」彼女は大体の日本語が分かる様でカタコトだが、全部僕の質問に答えていた。

「ハワイのコナ・コーヒーだ、どうぞ。」

「ハイハイワカリマシタオトウサン。」

ワケ分って言っているのか? なんとなくユーモラスだった。

「ワタシのナマエハ、ユリアネ・スピチュアーヌですネエ、オトウサン?」なかなかスリムで薄手のワンピースを着ているのだが着こなしは満点だった。

 下腹が少し膨らんでいるのが気になるがコーヒーを飲んでいるユリアネは、遜色無かった。

 しかし、突然ウッ!とサニタリーへ走り、嘔吐した背中にピン!と来た。

「妊娠してるのかユリアネ?」ニューハーフの妊娠はマリコで充分だ!彼女を助けよう! 僕は、思い立ってすぐさまユリアネの左横へ回り脇の下から頭を入れ力一杯立ち上がった!「誰の子だ?」彼女は、ハアハアと肩で息をし、喘いでいた。

「ワタシ、ニンシンシテマス。」

「ニンチシテクダサイオトウサン?」頭を脇から外し、「アホかオマエ、誰の子だ?」腹が立ったからついキツイ調子で怒鳴った。

「コワイコワイですオトウサンジョニーが怒った時みたいネ?」

「だからジョニーの愛したワタシの子デス」日本語がなってない!「ジョニーはどうしてた?」ユリアネは振り返り、しっかりとした顔面でシッカリと答えていた。

 ユリアネとジョニーは、東京で知り合ったそうだ。

 それは横須賀の米軍基地の休暇で東京へ出たジョニー一行が五反田のフィリピンクラブ「バビル」へ訪れた時の事だった。

「美人を四、五人付けてくれ」ジョニーのグループは、海兵隊の特殊部隊らしく出で立ちは、至ってシンプルで、アメリカ企業のサラリーマンと見紛うほど、清楚だった。

「名前は?」

「ナタリーよ?」

「いや、違う右から三番目の彼女?」ジョニーは、ユリアネを見初めた!

 

  ユリアネは緑色のリーフ柄のワンピースを着ていた。

「俺たちの迷彩服に似てるよなユリアネ歳は?」「二十七歳です、えーと・・・あの、」口をバクパクしていたから「ジョニーだ!」空かさずフォローした。

「いい女だ。」 東京のホテルでは、フィリピン女はフリーだ。

 そんなの関係ないわ!と誰もが忙しく働いているからだ。

 ユリアネは、ジョニーに指定された時間ギリギリに部屋を訪れた。

 それがジョニーを信用させた。

ブロの女は、時間が余る様に訪れもっと割りのいい商売をして帰る。

 ユリアネの口腔内に舌をねじ込みディープキスをした。

 ユリアネの舌を吸い口腔内にジョニーの舌を這わせた。

唇からうなじへ移動し、耳朶をコリコリと噛んだ。

 ワンピースのジッパーを降ろし背中のホックを外す、掌を背中にきめ細かい肌は滑り易いブラの肩紐を肩から外し、残りの肩紐も肩から外した。

 そのままジョニーは、ディープキスを続けて白い背中に指を這わす。

 ユリアネの上半身がビクン! と反応する。

最後までジッパーを下げるとストン!とワンピースが落ちた。

 腰の括れは中々のもんだな・・・。

チラリとマリコの醜態が過った。「チッ下らネエ!」

 ベッドへ誘うジョニーは、ユリアネの肩を抱き共に腰を降ろしながらベッドに背中を接し、ジョニーは、ユリアネの身体に覆い被さりキスから始めた。

 上から順番に唇を這わせる。

さ迷う唇は、迷子の様であって目的地はあった。

 臍を吸い下腹部に唇の跡を残しごわごわした丘陵を愛し、窪みに溺れた。

 ユリアネは、女として遜色無かった。


声も。


身体も。


肌も。


性器も反応も。

 軈てジョニーはユリアネを ユリアネは、ジョニーをこよなく愛した。

「子供が出来たんじゃないのかユリアネ?」

「妊娠してたら日本のオトウサンで、タカオ・テルマに世話になるといい。」

「明日エアメールを出しておく。」ユリアネは五反田のクラブバビルで出逢い、その後の逢瀬を事細かく僕に報告した。

「そうか、エアメールは着いてないけど。」

「ジョニーがな…。」

「うん、認知してやろう。」

「養子になるか?」

「ユリアネもだ!」

泣いていた。

「ワタシの子供も?」

うん。と言った。

「ワタシのパパとママも?」

「それは知らん!」膝まづき上目遣いのユリアネに慌てて打ち消した。


  「俺には素晴らしいママが居たんだ。」

「レディボーイなのに俺を母乳で育ててくれた。」

「途中で人間じゃなくなったケドね…。」

人間じゃなくなった原因は俺なんだ。」

「俺が息づいてしまったばかりに・・・。」

「ワイキキのパパとママは殺された・・・。」

「獣のマリコに。」

「それ、知ってるわ。」

「世界中のレディボーイも知ってるわ!」

「私達のカリスマよ?」

「リスペクトしているわ。」

「マリコ・ナツメ・スティーブンスヨネ!?」

ユリアネは、躍り上がって歓喜し、「ジョニーは、私達の同胞!」と、高らかに宣言した。

「同胞じゃない!」激高したジョニーを見て「殺される。」と想ったユリアネは、羽目を外すのも時々にしなければ!と想ったという」。


「俺もそう呼ばれたいよ。」ジョニーの志は、闇雲に化学兵器を飛行させてしまい無辜の子供達が犠牲になった事を憤り、日本のオトウサン、タカオが居る50年以上続く宗教戦争にけじめをつけるべくドンを斬首する事だ!


 俺が出来なければワイキキのバパもママも死なずに済んだ。

だから俺はユニバーサルデザインが世界平和に導くまで懺悔を続ける。

 イスラム国の戦闘部隊やシリアの政府軍に見つかり身体中に銃弾を撃ち込まれたが、息が止まるまで闘い、懺悔を続けた。

 ジョニー死してカリスマになる。

ユリアネは、涙ながらにジョニーの戦死背景を語り尽くした。

 それを聴き終わるまで次の行動が取れなかった。金縛りに会っていた!


 マリコに連絡しなければ! 僕は、使命感に駈られた! 刹那的なジョニーの懺悔にマリコが深く関わってジョニーの足首を両手で掴み泥濘の奥底深く引き摺り込んで行くレビューが映っては消え。

 映っては消え。と、鮮明に マリコが暗躍していたからだ!僕は直ぐ様ペンを取りエアメールを認めた。

三週間後、驚いた事にマリコ自身が自ら返信に日本へやって来た。

 マリコを迎えにユリアネと行った伊丹エアポート国際線のロビーは、幾つものディューティーフリーが営業していた。

 そこには背の高い白人の観光客が一人、日本製のタバコやコスメをジロジロと見定め、丸い缶のタバコをカートに十数個山積みにし、レジまで運んでいた。

 ユリアネは、こうした情景が牧歌的で気持ちが落ち着くのか優しげな表情を湛えていてなんとなく、ああ綺麗だなユリアネ。

 と、頭の片隅で思っていた。

そして手荷物検査が終わり抱えきれないほどの土産物と私物の手荷物を持ちデューティーフリーで両切りの缶ピースをしこたま買っていた白人に「ヘイ、ホワイト! ヘルプミー!」と声を掛けた小麦色の美魔女と見紛う水も弾けそうな艶やかな肌をしてブラウンのサングラスをカチューシャ代わりにしたマリコが腰を左右に振りながらピンヒールを鳴らして黄金のアンクレットを揺らしやって来た。

 

「あー、タカオ久しぶり歳取ったね、オールドマンになった?」右手を差し出して握手を求めた僕に構わず深目のハグをした!何となくユリアネを睨み付け僕にキスをした。

「バカに濃厚だな今回は?」

「今回は、が余計なのよ誰?」再びユリアネに眼をやった。

「フィリピン人のユリアネスピチュアーヌだ、妊娠している。」自分が紹介されたと知ってキラキラとした瞳で「初めまして宜しくお願いしますマリコマム?」両手を組み胸の前に翳し祈るように膝を折りお辞儀をしたユリアネに「誰の子?」うんうんうんと、二、三回頷いて「ジョニーの子です、ママ?」得意げにマリコを見詰めてから僕へ眼をやった。

「スゴいわ!」

「カリスマのマリコママに会えた!」と、浮かれるユリアネを尻目に「なんでジョニーの子が?」マリコは、僕に訴えたが、「ジョニーの愛が有るからだよ?」と、往なしマリコの背中に掌を添えロビーを出るように促した。

 このあと、ホワイトは一緒に自宅へ付いて来るのかと、思いきや彼は、故マイケルのサーファー仲間で、日本のビッグウェーブを体験したいと、高知県の中村と室戸岬までマリコが案内する予定で遥々日本へやって来たという。

「宿泊しないんだな、じゃあマリコは?」

「しないわタカオのハウスは、狭いしネ?」

「アメリカンハウスと比べてもらっちゃあ困るよマリコ?」苦笑いを振り撒いた。

  エアポートを見学してから返るというユリアネを空港に置いてタクシー乗り場まで案内するとライトグリーンのタクシー一台が、暇を持て余していて、何も言わないのにリヤドアーを開けてくれたのでそれに乗った。マリコが後部座席に、最後に僕が乗った。

「三ノ宮まで。」マリコの歓迎会をする予定で行き先を告げて何気にバックミラー越しにタクシードライバーの顔を見ると目尻のシワが苦労人と見える岬巡だった。

「あの、マリコナツメさんですね?」

「二十年くらい前にお乗せした?」

「ああ、そうね良く覚えていらしたわね摩可多さん?」

「いえ、岬巡です。」どうでもいいわ!と、言わんばかりにカチューシャ代わりのサングラスを外し車窓の外を眺めているマリコに恐縮して、「本名に改名しました。」岬巡は言い終わった表情がニマニマしていて両手でハンドルをギュッと握り締めマリコの返事を待って運転していたが、マリコに興味がないと分かると注意を惹くために「マイケルテルマさん残念でしたね?」バックミラーでマリコを確認しながら・・・「御愁傷様です。」と言ったが今回は、饒舌だった。

 右横のマリコは、少しうつ向いて「作戦は成功したのに何の補償もないのよね…。

「」世界が平和になったのに…。」マリコは四九歳になっていた。

 僕とジョニーとマリコとでノースショアへ行って三年の月日が流れていた。

「それにしてもマリコナツメさん。」

「いつまでもお若いですね。」

「いくつですか?」ふぅーっと、息を吐き運転席のヘッドレストを見ながら「いつまでもアホだと言うこと?」マリコが棒読みだったから別にツンケンしてなかった。

「い、いや!」

「・・・そんなつもりじゃないです!」左手を降りながらあわててフォローした。

 岬巡は、「母乳で育てられて居たのにご苦労されましたね。

・・・と、凄くそんな気持ちになって言いたかっただけですええっ。」と自ら返事をして居心地が悪いのか仕切りに左右のドアミラーを大袈裟に首を降りながら左右を見ていた。 

 相変わらずマリコは、自由方便でわが道を行くだな…。

 そう思いながら岬巡さんは、可哀想にと、労る気持ちは忘れなかった。

  しーんと静まり返ったタクシーの車内は、ラジオのパーソナリティーが独りでに「イスラム国は、壊滅しましたが、イスラム国難民がトルコやイランに流れてきて困ってる様ですね…。」

「犯罪とか伝染病とか心配ですね?対応地域は、EUを脱退したイギリスは、対岸の火事という意識を捨てて取り締まりに当たるという事です。」

「これは…。」

「大変デスね岬巡さん国境が近いと?」

「ところで、ユリアネと寝たのタカオ?」相変わらず単刀直入だなアメリカンは。

「寝るわけがないじゃないか?」

「いつ何処で出会いがあるんだ!?」

「ジョニーみたく海兵隊でもあるまいし。」

「昨日から生理なのよねえ…」マリコはポツリと呟いた…。

のか? 僕に言いたかったのか? 兎に角マリコのペースに付いて行けない!いつもオイテケ堀だ! いつの間にかマリコの術中に嵌まり慌てふためいてマリコについつい釈明をしていた。

「愛をあげようかタカオ?」女日照りで、可哀想だと想っている?

 寝耳に水だった! 何を今更? クソッ、自由方便女め! マリコの愛は乾き切っていると切実に感じたのは、この瞬間からだった。  あの時は、マリコも二十代だったから物凄く若かったし、溌剌としたお肌は水も弾く元気な肌を持っていた。

 今のマリコは四十九歳で、今更拗ねた身体に殺人鬼の擦れた愛情を? 貰えない…見事に僕は、使命感に拒否し続ける事になった。

「秒殺ね…拒否っちゃって。」

「ユリアネとするんじゃないのタカオ?」

考え方が、中年の自己中!


「ちょっとあなた、事務所に来てください。」入管の事務所に連行されたユリアネは、パスポート、ドライバーズライセンスなど、あらゆる本人のエビデンスの提示を求められていた。

「通院中の産婦人科は?」

「いま、品川のデスね。」

「昨日は何処に泊まったの?」

「日本のオトウサン。」

 事務所は、三十二平米程の長細い部屋で、中央に四人掛けのダイニングテーブル用のテーブルが置いてあった。

 ユリアネと対峙する様に入管の職員が座り後の二人はユリアネを挟む様に立って取り調べを行っていた。

「日本のオトウサンの名前と居場所は?」

「タカオテルマ神戸市の熊野村なのネ。」

「あっ!」 何を思い出したのか、着ている衣服を脱ぎだしたユリアネは、ブラウス、キャミソール、ブラジャーガーター、ショーツの順番で両胸に挟んであったパスポートを取り出して入管の職員に渡した。

「ユリアネさんね?」

「ご苦労様でした。」

「あなたの妊娠を確認しました。」

「スゴいねニューハーフさんなのに?」

「どうやったの?」

ユリアネは、それを言われるのを嫌っていた。


 「女の身体が欲しい、ワタシは列記とした女だから…。

今まで男の身体で我慢してきたわ! でももう限界…。

 自分の身体に男を見付けたら自虐してしまう・・・。

だから、自殺する前に女の身体を取り返さなくちゃ!ユリアネ・スピチュアーヌは、性同一性障害との診断を受けていた。

 亜熱帯での小學校は、赤色ののリボンを巻いて通学していた。

割と日本人が多い中、好奇の眼で観られる事もあったが、自分の主張を曲げる事が嫌いなユリアネは、その眼を気にしなかった。

 ジュニアハイスクールでは、トイレをするのにも自分の身体に違和感を覚えた。

 醜い性器がいつまで付いているの?気持ち悪い。

ハイスクールでは、好きな男子生徒が出来た。

告白しようかよそうか一人で悩んだ。

クラスメイトに生理が来た娘が居た。

 ワタシも来るのかな? しかし、こなかった。

クラスメイトの女子に聞くと「一生来ないわよ?」

「気持ちワルイ!近寄らないで!」そして遠ざかってしまった。

 ワタシは女の子なのに! この醜い身体のせいで! いつか取り返してやる! やがて自分で収入を得る様になったユリアネ・スピチュアーヌは、タイへ渡航し、

 有名なクリニックでカウンセリングを受け、性別適合手術をする事が妥当と、診断された。

「貴女は将来、子供を産みたいですか?」ノーとは、言えないカウンセリングのアンケートだった。

 陰茎腟形成九十万円、声の女性化四百三万円、のど仏縮小十三万円、眉骨グラインド三十五万円、豊胸四十三万円、ステップ四までの手術で、約一ヶ月の入院が必要だった。

 つまりジョニーが女性と見紛う迄の、男の身体から女の身体を取り返すまで相当なる時間と費用を掛けてユリアネ・スピチュアーヌは、身体の奥底に宿した、最大なる問題を解決して行った

「ハイ! ユリアネ、調子はどう?オシッコ出たの?」ナースのナターシャがポジティブに巡回してユリアネのハート&ボディケアを担っていた。

「ええ出たわ。」

「出たケド…。」助けてと言いたかった。

「出たケド?」

「ちょっと痛いユリアネ?」無言で頷いた。

「でも我慢して?」ナターシャの笑顔が爽やかだった。

「あと二回でポジティブになるわ?」ユリアネは、安心したのか額から掌で髪を掻き上げ後頭部の首まで降ろした。

「次は歩行訓練よユリアネ?」

「最後はインサートよ?」人指し指となかゆびとで、二本をクネクネとイヤらしく動かしていた。

「楽しみだわナターシャ?」

「何だか濡れて来ちゃった!」ケラケラと珠を転がす様な明るい声が五階のオペケアルームから聴こえていた。

 ブルルブルル!ブルルブルル!サイレントモードにしている携帯電話が小刻みに打ち震えていた。

 徐に取り上げ、テキストメールが着信していた。

「ジョニーからだわ…。」ユリアネは、操作をして画面を見た。

「今夜、出撃だ!Bに乗る!」神に祈るユリアネは、ジョニーが生還する事を信じて疑わなかった。

 いつかの日本人と違うジョニーは、フィジカルに約束を履行していた。

 それが、ユリアネを信ずる神の道を進ませている。

 母のジュリアンは、いつかの日本人にしてやられた!

 神戸シティーから来たと言う日本のサラリーマンは、大企業の社員らしくオールナイト5万円という彼女を7日連続で、気前の良いジュリアンの抱き方をした。

 マニラ一のレストランで食事をする。高級ホテルのバーでカクテルを舐めその階上のスイートルームでジュリアンを愛した。

「セーフでしてね、アキラサイトー?」ベッド上で下着のままで囁いた。

「大丈夫だ、ジュリアン、結婚しよう!キミのママを楽させてあげよう!」「オーマイゴッド!」

「全ては貴方のモノよアキラサイトー?」大企業の彼を信用したジュリアンは、マニラの飲食店で皿洗いとして働くママを家に呼び、病気の父を医者の止めるのも聴かず勝手に退院させた! 今日はアキラが会議で神戸シティーへ出張する日…。

 ジュリアンは、全身全霊で旅立つ旅客機を千切れんばかりに手を振り見送った。

 ところが二日後に帰ると言った日、いくら迎えに行き乗降客を待っても帰って来なかった。

来る日も来る日も来る日も来る日も! 待ち続けた。

 父は死に、ジュリアンはアキラサイトーの子を妊娠していた。

 膨らむ下腹を抱えマニラのエアポートまで迎えに行った。

 臨月のジュリアンは、エアポートで産気付いた! 貧困の影響で不足した栄養がジュリアンの身体を蝕み出産までの体力のレッドラインを越えてまで出産したジュリアンは、ユリアネと命名しそのまま息を引き取った。

「ユリアネ・スピチュアーヌ。こんにちわ赤ちゃん!」ユリアネの身内は誰も居ない。

 だから・・・、ジョニーが身内だった。

 アメリカ人は、日本人よりも信用出来る。

ジョニーが教えてくれた日本のオトウサンを頼って日本へ渡航した。ところが、ジョニーの言っている通り日本のオトウサンは、優しく暖かく、とても信用出来る人物だった。


 ジョニーの戦死の知らせが届いたのは、その二日後の事だった。

今にして思えばあれはジョニーの遺言だったようで・・・。

「今回の大統領は、口だけじゃなくフィジカルだ!」

「だからオレは祖国と日本のオトウサンを護る為、作戦に参加する。」「俺が帰って来なかったら日本へ行くんだ。」

「日本のオトウサンの傍を離れるな!?」

 後先考えずにユリアネは日本のオトウサンに会いに行った。

ジョニーから聴かされていた住所の通りに来たのだが、いくらチャイムを押しても家の中は静かだった。


 「三ヶ月に入ったところですね、どうしますかユリアネさん?」

「降ろすのか産むのか?」ユリアネは、キリッとした眼を向けた。

「そんな…。」

「降ろさないに決まってます。」

「うん…イヤイヤ。」

「せっかく妊娠してもこの国の娘達は降ろしてばかりだからね。」

「これは失礼しましたユリアネ・スピチュアーヌさん?」

マニラの産婦人科医の言葉を思い出していた。

「どうしよう…困った、」そこへ疲れ切ったタカオ・オトウサンが、帰って来た。

 ユリアネは、ありのままを赤裸々にタカオ・オトウサンに見せた。

「感謝してます、タカオ・オトウサン?」

「あ、の、それから感謝の身体を捧げるか?」

「そんなのいい!」コーヒーカップをカタン!と鳴るホドに置いた。

「誰から聴いたんだユリアネ?」

「日本人は、そんなのばかりじゃあないぞ?」

「ワカリマセンベエ。」

「オトウサンゴメナサイ。」

「日本語になっとらんの!」

「まったく、ジョニーが教えたんか?」

「ユリアネは日本語教師になるんだろ、そんなじゃ教えられんぞ?」四十一歳になった照間孝夫は勤務先のミサキブレッドの販売部長になっていた。

 いつも通りのタカオのテンションが、四十一歳を皮切りに少しずつ重厚な物腰に変わりつつあった・・・。

 

  ミサキブレッドの西日本支社は、大倉山にある。

 ベストセラーは、カレーソースの入ってないカレーパンだった。

「メッチャうまいなーどうやって作っとん?」

「俺も家に帰ってへーこいて作ってみよー。」飛び交う神戸弁の中から顔を出した倉本は、ミサキブレッド売上の要で、ポイントゲッター的存在だった。

 ブロフィットマネージャーになった倉本は、日本で言う販売課長が彼の職責だが、あまり出世欲はなく、目立たない活躍を続けていた。

「倉本課長、開発部の鬼瓦さんが新商品の試食会を開く段取りが出来ましたから是非食べに来てくださいとの事です。」

 第一食堂でのミートボールサンドイッチセットの食事は、彼のルーンだった。

「そうか、時間は何時から?」

「一時からだそうです。」

「ランチ終わった所だし遠慮しとくよ。」

「満腹でいい評価は、出来ないからね?」

「その満腹感でも美味しく食べられるパンだと言ったらどうなさいます倉本課長?」腕組みしながらカツカツと、ヒールの音を立てて発言したのは鬼瓦桐子だ。

「もう腹一杯ですわ照間部長?」

「キリちゃん…、か・・・。」

「僕も行くよ倉やん?」

「そうですか部長?」

「たすかったあー。」

「ありがとうございます照間部長!」ペコリと、頭を下げ部長室を出た倉本は、菊水山学園の同級生の倉本一夫だった。

 六階の開発部の部屋には販売部長、照間孝夫ゲストオブザーバー、草刈秀雄販売課長、倉本一夫が、揃って試食テーブルに座っていた。

 満腹感でも美味しく食べられるパンが、目の前のトレーに並べられているのが満腹感でも美味しく食べられるパンだ。

 赤や黄や緑色のカラフルな洋菓子類マカロンを彷彿とさせる満腹感でも美味しく食べられるパンは、銘々が、イマイチだった。

「これって、美味しいよ?うんイケるなうん。」モグモグと口を動かしながら好評価を下した照間は、片手で、もう一個を掴み開発室を出て行った。

「オイ、タカ!チョイ待ちッ!」ツカツかと足早で孝夫に追い付いた鬼瓦桐子は、開発室の隣室、開発準備室へ強制的に押し入れ!「どうだった、満腹感でも美味しく食べられるパンは?」

「う、うんうまかったよキリちゃん?」両肩を壁にを押さえ付けられて身動き取れず直立不動になっていた。

「あっ、キリちゃん!」孝夫の股間をまさぐり局所を鷲掴みの左手を上下していた。

「好きだ。タカ!」鬼瓦桐子は、照間孝夫の唇に桐子の唇をきつく押し付け舌を差し入れた。


「あっ!キリちゃん…。出た…。」気を迸らせて「オマエ、早いし、そこが変わっとらんな?」そういう行為に到ってないのに、とんだ評価だった。

 イキナリ押さえ付けられた開発準備室内の閉塞感がタカオを上気させるシチュエーションとしては、しっくりしていたから鬼瓦桐子に集中出来たからだ。

「結婚してるのかオマエ?」

「結婚してないよ。」

「キリちゃんに振られたから。」

パコン!

「イテッ!」グーで殴られた! 軽やかな桐子の身動きは変わってなかった。

「独身なら飯を作りに行ってやるよ。」

「今日暇か?、タカオ?」

「ありがとう暇だよ?」

「よっしゃ!作りに行ってやるよ!」序でにオレを捧げてやるデザートでな?」

「へえ愛をくれるの?キリちゃん?」

「カッタルイ事言うんじゃネエ!」ボカボカドス!ボコボコボコッ!「ウギャアーッ!」タカオは、蜂に刺された様に顔面が腫れに腫れていた。 痛々しかった。

ここ、ミサキブレッド西日本支社の社屋ビルは5階建てで、1階は、製パン工場兼、喫茶&パン販売店で、喫茶店に入りコーヒーの序に並んだ旨そうなパンを指定して席に着けばウェイトレスが運んでくれるシステムがあった。

 二階は社員食堂があり昼食には定食が出されるが、これはミサキブレッドが支給していたから全社員昼食の心配は不必要だった。

 3階は会議室と開発室で、孝夫が今キリコに殴られた部屋は開発準備室だ。


「痛々しい序でにオレの赤いナナハンで送ってやるよ熊野村だったなタカ?」鬼瓦桐子の乱暴な運転で、命カラガラなんとか無傷

で自宅に辿り着いたタカオと鬼瓦桐子が、玄関へ入っていくと

「婦人物のヒールがあるじゃねえかッ!」

「 騙したなコノヤローッ」バコッ!ボコボコ! 顔面が蜂の巣だった。

 桐子を止めに入ったのが、腹ボテのユリアネだったから余計に逆上した桐子が、タカオのありとあらゆる身体の部分を殴り付け全身に青い痣を付けていた。

「オマエ!」

「一発やって妊娠した外人の女を家に入れてるだろーがよッ!」

「ボコってやる死ぬまで!」

「違う!誤解だキリちゃん!」孝夫の断末摩だった…。


「勘違いしたら悪いかよッ!?」自宅のリビングダイニングの円卓で異色の三人照間孝夫、ユリアネ・スピチュアーヌ、鬼瓦桐子が、面を合わせているのが、何とも不思議な感覚で、日常の場面と違う場面だったから孝夫は、下手くそなCG処理だと思うようにした。

 ならば、桐子がハリウッドのゴジラか…

「ふーんなるほどねー。」呟いた一瞬で桐子の裏拳に弾かれた! 今度は、鼻血で済んだ。

 こう何度も桐子に殴られていると、殴られた刹那は凄く痛いが、桐子にヘンテコな女王様に服従するというパッションが、孝夫の胸中に湧き出て来るのが心地よく、孝夫は、殴られて快感を感じるドエムな性質かも知れないと、秘かに思って憂慮していた。

「で、ジョニーっつうのか?」

「そいつと結婚寸前で、死に別れたんだな?」

「んでマリちゃんは、どうしてる?」

「もう釈放されてんだろ?」

 キッチンのIHコンロにドリップしたままのコナ・コーヒーを置いているからダイニングの円卓に座った」キリコ桐子がワザワザキッチンに回りコーヒーのお代わりを注ぎに行く始末で、

「キッチンカウンターに置いてろよマッタク!」ブツブツと孝夫に言っていると思ったら妙な感情が湧き出てきて孝夫の心根は、快感で打ち震えていた。

マリコの話しが出るとは、久しぶりだった。

 そういえばもう過去の人になりつつあるのか? マリコのレビューもちらつかない・・・。

 忘れられたアイドルそのものだった。

「人の道に外れて疎外されたらよ・・・。」

「忘れられちまうのさ・・・。」

「例えそれが、一世風靡していてもな・・・。」

「生きていく為の仕事にも就けないだろうよ・・・。」

「常軌を逸したらダメなんだよ?」孝夫やユリアネ、それぞれの顔を見ながら道徳を教えるように語る桐子は、常に道徳感を持っていた。

 その事が例えレディースの総長であっても人の道に外れないで生きてこれたのか・・・孝夫は、懸命に検証していた。

「マリちゃんを呼ぼう!」

「どうなんだタカ?」


「今は、ハワイのノースショアだよキリちゃん?」


「いいじゃねえかホノルルまでバスに揺られて行けば。旅費はオマエが出してやれよ!?」

「ええ?!僕が?」バコン!

「うッ!ワカリマシタ。」鼻血が出た! 孝夫は、鼻と口を押さえながら防御していた。


マリコは仕事があるのにと渋々日本にやって来た。

 ホノルルから到着したマリコは午後三時に伊丹へ降り立ち、前科があるから渡航手続きに手間取ったと、伊丹エアポート入国監理局を出たマリコは物凄く不機嫌で、もう自分が撒いた種だという事を理解してもらう他なかった。

 伊丹エアポートは大型連休で日本中の民が海外に行くように混雑していた。


「マリちゃーん?」混雑の中を掻き分け掻き分け、鬼瓦桐子が頭を出してマリコに向かって手を振っていた。

「キリちゃん 鬼瓦桐子さんね、今日迎えに来れないって言ってなかったキリちゃん?」スーツケースが家族連れの子供に当たったり老夫

婦の通行の邪魔になったり鬼瓦桐子は、ペコペコと頭を下げ続けやっとマリコの足許に辿り着いた。

「これ持ちなさい孝夫、マカダミアナッツのチョコレートと椰子の実よ?」「へえーっ。」と、口癖の様にイチイチ感嘆してから「なんで椰子の実?」マリコは横を向いたまま、「秀雄にあげるの、早く持って行きなさい。タカオ?」孝夫の左手に立つユリアネに目配せをしながら孝夫に言い放った。

「あー、ああ。」と、短くイチイチ感嘆してから桐子とマリコの手荷物を抱えクルリとタクシー乗り場へ歩き始めた。

「ユリアネは孝夫と関係ないよマリちゃん?」桐子は、レザーパンツの尻ポケットへ両手を突っ込み歩いていた。


マリコの歓迎会をする為、十九時の神戸三ノ宮の北野坂ミックスバー「バケラッタ」の八人掛けボックスソファーでは、孝夫、マリコ、桐子、ユリアネの順で横一列に座り、それと対峙するかのようにリナ、サリ、コナ、シュンが向かい合って腰掛けていた。フロアー億のステージはスタッフのショーを開催しているらしく緞帳が降りたままになっていた。

「スッゲーな、この状況。」バケラッタの店内をグルーリと、見回して、呟いていたキリコに愛想笑いを振りまきながら自己紹介をするスタッフが全てLGBTだ、「リナでーすやっとオッパイが膨らんで来ました・・・。」 この店では、席に着いた客用に自己紹介と近況を紹介するシステムがあった。

「サリでーす、パパが産んだイチローが、小学生になりましたー認知出来てヨカッタでーす。」全員が、エエッ!?と驚いた口を揃えて「なんで!?」と、同じような疑問を持ち少々ハモっていたが、一斉にサリへ視線が集まっていた。

「この人、東門のクラブのオネーサンを腹ませちゃったノヨねーッ!?ちゃんとおティンティン抜いときなさいよね?」一目で女装と分かるコナは、首を振り振り、「おタバコいいかしらん?」と前置きしてラッキーストライクにシュパッとカッコ良く火を着けた。

「普通に男じゃないかそんなの?」桐子は、サリを食い入るように睨み付け不思議そうに感想を漏らした。

「芋焼酎の水割りでいいですか?」シナを作り八杯のグラスに芋焼酎とミネラルウォーターを入れわけマドラーを二、三回カラカラといわせて全員の目の前にグラスを置いた。

「カンパーイ!」水割りを呑みながら「どうなのサリちゃん?」マリコが興味津々で、もうたまらない!という風に上半身を前のめりにして、質問をしていた。


16章「桐子の美しい企み」


  同性同士で、イレギュラーな結婚、若しくは同棲をし、神と女性を冒涜し続けて子供を設ける。

 それが、家族の幸せと言えるのか? いや言えないだろう…。

 親の身勝手で、成りたくもない二親の子供になり「私の子供。」と、言われたくもない同性の両親のカタチ・・・。

 将来半グレにでもなりそうなベクトルだ。

オレは産める! ホモサピエンス人類ヒト科の女だから!

 だから産もう! 妊娠や出産をファンタジーみたいに考えているミックスバーのサリ、リナ、コナ、シュン、あいつら全員に人間社会の絶対を教えてやろう! 人間社会には二つの絶対がある!①人間は、絶対死ぬ!

②人間は、絶対女が妊娠し、絶対女が子を産む!


 どうだ!?参ったか男ども!? 風呂上がりに全裸で腰に手をやり、オッサンみたいにコーヒー牛乳を一気に飲んだ!

 ゴホッ!ゲホッ!噎せた。

慣れない事をするんじゃなかった。

それにしてもマリコとユリアネは、本気で妊娠し、産もうとした。

 いや、未だに産めると信じている。

おメデタイ奴らだ!多分子宮が収まる腰骨が男の場合は、狭く広がってないらしいし、子宮の移植には無理があるからユリアネの妊娠は、正しいのか? まんまと照間家に入り込みスピチュアーヌ家を食い繋げようと考えたからあたかもジョニーのオトウサンへ頼れと言った事にしているのでは? だとしたら孝夫が危ない! ユリアネとマリコがタッグを組み孝夫の財産を狙っている? ヤッパリ妊娠しよう! 孝夫を護るためだ! 鬼瓦桐子は、居ても立っても居られなくなり急いで孝夫に、3階の販売部長室へ来るように内線をした。

コンコンコン!

「まあ、入れ!」


「失礼します。」 ペコリと頭を下げ入室した照間孝夫に


「さあ、掛けろ?」部長デスクの天板にニーハイブーツの両足を上げ置き、ふんぞり返る鬼瓦桐子を観て

「い、いやいや!僕の部屋だし・・・。」

「僕のデスクだよキリちゃん!?」


「みみっちいなあ孝夫は?」

「そんなんじゃ出世せんぞ!?」

えっ・・・と言葉に詰まった孝夫が直立不動で微動だにせず。

「で、何の用だ?」下顎を突きだし照間を見た。

「キリちゃんが内線を鳴らしたから来たんじゃん?」

「おう!子供を作ってくれ?」

「孝夫の子供を産みたいんだ?」

「出来るだけ早く!」

「立つのかオマエ!?」

訝しげな顔面は、孝夫を観ていた。

「オレの女を見せてやる!」ゴクリ!次の展開を期待していた。


「オマエのデスクの上でしようぜ?」

「バックから突いてくれ?」レザーのライダースーツを脱ぎブラを外した桐子は下半身はグリーンのショーツ姿で、ユルユルとそれを脱ぎ孝夫のデスクの上で四つん這いになり尻を突きだし持ち上げていた。


「早く入れろ!パンパンしろや!」


「ゲゲッ!尻の穴に菊のタトゥーかよ・・・。」

「全身にタトゥー入れてるのと違うか?」

「極妻みたいにキリちゃん?」

「何をブツブツ言ッとる?」孝夫の脳裏にマリコが浮かんで消えた。マリ子は日本のタトゥーが興味津々だった。

 高知カレッジでも許されるものなら刺青をを入れてみたい。

 欧米諸国の若者のタトゥーは、ただのお遊び、日本人のマイノリティーな人は人生掛けてマッセ!と、主張する背中の唐獅子牡丹ぐらいであって、日本人でも背中に刺青は入れない。

 だから鬼瓦桐子は、任侠の世界に生きているのか? ビューティフルなタトゥーを入れてもタトゥーの是非を問われる外国人にとって日本は、誠に棲みにくい。

 そう思っているマリコも高知カレッジで、商業英語を教えている。

 何故かと言えば、この国はマリコと同じマイノリティを持っている若者が居るからだ。

 マリコは、性同一性障害のカリスマとして、又はセクシャルマイノリティ達の神として崇められていた。

部長室を入ると正面に大きめの事務デスクがありその向かって左手にはドレッサーがあり、その右奥には、トイレとシャワー室を設えていた。

「アゥンンンハアン!」 悩ましい艶々した溜め息は、そこから漏れていた。

 ジャー・・・と、断続的にシャワーが続けて出て、それが止まると悩ましい溜め息が聴こえる…。

 フラフラの照間孝夫が、シャワー室に梗塞されていた。

 最後の一滴まで搾り取られて太陽が黄色く見えそうな照間孝夫が立つのもやっとで、擦りむけて血の滲む局所が痛々しかった。

「ううッキリちゃん!」心臓がバクバクになっていた。

 憧れのヤンキー鬼瓦桐子は、スタイルが良く鼻血が出そうなくらいに血圧が上昇していた。

「アアンタカ!」


「突いてん!」


ヤンキー桐子が喘いでいる。

 その姿を目の当たりにし、孝夫の毛穴という毛穴から体液が、迸りそうだった。

孝夫は、桐子の色仕掛けに唯々諾々と桐子の命令をに従うエム奴隷化して行った。


鬼瓦桐子には、美しい計画があった。

「仕込み完了だな…。」グリーンのショーツを履きガーターとニーハイストッキングにベルトで固定して、タイトミニを纏う。

 下半身を丸出しにして萎えたナスビの様に局所をブラブラさせて、お間抜けな顔面は、どこからどう観てもピュアで、無垢な照間孝夫に違いなかった。


「孝夫の子か・・・。」

「楽しみだな。」

「オイッ名前考えとけよタカ!?」

 このままキリコと結婚してしまったら僕達の生活はどうなってしまうのだろう? 戦々恐々として、考え込んだが・・・。

「キリちゃん。」

「ヤッパリ好きだ!」

「ヤッパリとは何だ!」

「聞き捨てならん!」桐子に詰め寄られ、ドエムの血がワサワサと騒ぎ立て始めた照間孝夫の心は憧れを超越した愛よりも大きな桐子に支配されたいというパッションで一杯になった。

 もやもやとした霧が晴れる毎に


「へっ、子供、の名前?」

「まさか…。」

 照間孝夫の日常は、いつもと変わらず波風立たない人生をこれからも送る筈だった。

 波風は、孝夫の周りが立てているのみ、先ずは自分に限って変わらないだろう…。


「マリコ先生、お久しぶりです!」


「何でオマエが居るんだ?」

「・・・ッてキリちゃんだったら言うね?」

「殴られてるかもよユリアネ?」

「怖いデース。」

「マリコ先生助けてくださいました。」

 日本語専門学校の廊下で立ち話を止めどなく続けているマリコとユリアネ・スピチュアーヌ。

「ミステイクよユリアネ・スピチュアーヌ?」

「もっと予習復習してきなさい。」高知カレッジ商業英語の生徒は大企業のサラリーマンばかりだった。それゆえ転勤族が多い。

 生徒の中には性同一性障害を持ち悩みながら入学してくる成人が少なくない。

 マリ子はそういう人達の悩みの解決の掛け橋と成っていた。


「もう一度、やってみよう…。」四階の教室の窓際で、菊水山学園時代に回帰していたマリコは草刈の広い背中を思いだしていた。


「休憩は?」

「休憩ダケの男だったわ・・・。」

「何を今更思ってるのワタシったら!」右手で右ポケットをまさぐりパーラメントがないのに気付き、買いに出ようとした刹那「マリコ先生助けて!」仲間に全力疾走を強いられたユリアネが「助けてと、言いながら仲間に肩から担がれて前のめりの上体が今にも崩れ堕ちそうなユリアネだった。

「流産かもなの! 何故なら・・・。」自己の感情や状態を説明しようとするユリアネを制し、「なに、どうしたの走っちゃダメよユリアネ?」

「腹痛を訴えて出血があるんです!」マリコの顔を両掌で覆い、「なんて事を?」

「だったらワタシじゃなくて病院の先生に見せるべきよッ?」本末転倒じゃないのとマリコの表情は物語っていた。

「相手してられないわ!」

「それより種よ!」マリコの目論みは普通分娩を目論んでいた。

 過去に死産という仕打ちを受け、それがトラウマでワイキキ在住のスミスローザン夫妻が荒波のノースショア海岸で猟奇的殺人の犠牲者となり荒波のノースショアの海の底に沈められた。

夫妻に侮辱された事により逆上した本人の感情を情状酌量して懲役二十年との判決が降りた。

 マリコはこの件を丸きり忘れたのではなく胸の奥深く、留める事によりスミス夫妻への贖罪だと考えるに至っていた。

 体外受精しかなかった。

男性との性行為で妊娠する事は不可能に近かった。

 妊娠をしたいがために誰でも良いと、身体を許す安物の女に成り下がりたくなかった。

もう起死回生を狙うしかない! マリコは切羽詰まっていた。

子宮が使い物にならないかも知れない。

 この一大事で、マリコ自信も命が危ぶまれた。

 検体の採取を依頼する人は、草刈秀雄か?照間孝夫か?初めて愛を捧げる気持ちに成っていた。

 取り急ぎ電話をしてみると、「遅いよマリちゃん キリちゃんと僕は正式な夫婦になって妊娠したから、僕たちの幸せを壊さないでくれ!」

「冷たいわねもうイイワ!奥の手が、ある!」

「住所を教えてタカオ?」

「お祝いを贈るわ?」

性懲りもなく神戸三ノ宮のミックスバー、「バケラッタ」ホステスのリナ、サリ、コナ、シュンに次々と声を掛けた。

掛けた数の分だけ、憤りが、増えた。

 「お腹が膨らんで来たな桐子?」照間孝夫と鬼瓦桐子は、めでたく結婚した。

 夫妻になった刹那、孝夫の置かれた立ち位置が反転し、桐子と百八十度大きく入れ替わっていた。

「そうだねパパ・・・。」

「昨夜マリちゃんから電話なんだったの?」月刊誌「こんにちわ赤ちゃん」を読み耽る桐子はシビアに孝夫の行動を監察していた。

「うん体外受精したいから僕の精子をくれないかって言われた。」

「でもね、桐子が妊娠してるのに提供は出来ないと断わったよ。」

「神には抗えないからね。」

「今回の妊娠で考え方が変わったもんねキリちゃん?」

「そうだね、マリちゃんは全く。」

「自己満足だけで子供を産もうとしているから倫理上問題有りだな。」

「大体男には腰椎が狭くて子宮は収まり切らないんだよ?」

「それが神への冒涜だとワタシは思うのヨ、パパン?」

「ちょっと気持ち悪いやキリちゃん?」バコン!

「痛ったあ!」後頭部を殴られた孝夫は、本気で痛がっていた。


・・・ありふれた日常が流れて行く。

何事もない日常が…。

 それが幸せというものだろう…。

桐子は、孝夫の肩に頭をもたげてまったりとした時間を身体全体の神経を張り巡らせて感じていた。


「あなたの子供が欲しいのよ?」

「さあ早くサクッとしてちょうだい秀雄?」最後の砦、草刈秀雄に詰め寄り身体を開こうとしていたマリコにみるみる顰めっ面になっていく秀雄が、「都合の良い時だけ俺かよマリコ!?」

「オマエの性は信用出来ないよ!」

「最後は短絡的になるんだろ?」

「アメリカ人の夫婦みたいに殺すんだろ?」

「女郎蜘蛛みたいに?」背を向けた。

 それがマリコの癇癪へのスイッチがОNになると知らなかった。


  雲一つ無い快晴のブルースカイはマリコの故郷、高知県やノースショア辺りに似ていると天を仰ぎ汗を拭き拭き何となくそう思っていた。山肌にへたり込んで背中を山肌に凭れさせ、ポケットからパーラメントを二本取り出し、1本目にジッポーで火を点けた。

 仰向けに煙を吐いた。エクトプラズムに似ていた。

「私の魂?」

「両手を広げて踊ってるみたいね・・・。」呑気に二本目に火を点ける。

「風が弱いわね。」返事を期待して秀雄を見下ろしたが相変わらず天を仰いで瞳孔が開いていた。秀雄の躯は死後硬直していた。

「レクイエムを歌ってあげる・・・フフフーン、フンフン、フフフーン。」決して歌が上手いとは言い切れず雲は無言で西へ流れて行った。

 スコップを突き立てると、山肌の丁度良い湿り気が掘っても掘ってもゴロゴロと、岩石が出てくるノースショアの海岸とは違い波やゴルフ客の邪魔が入らないから所作がスムーズに運べる。

 マリコの作業も昼過ぎには終わりを迎えるだろう・・・。

縦二メートル、横巾一メートル。その穴は、草刈秀雄の身体がスッポリと収まる丁度良い大きさだった。

「ママ、それにマイケル・・・。」呟きながら。

「アタシのいう事は聞くものよマイケル?」寝かせた秀雄を覗いていた。

 頭上に輝く太陽が見ていた。

 マリコの頭からチラチラと洩れる日光は、秀雄の見開いた瞳孔へと容赦なく差し込んでいた。

「眩しいのマイケル?」

「じゃあ目隠ししてあげるね?」壊れたマリコの表情は逆光の対象物になり暗黒の使者の様相をしていたのは、秀雄も、孝夫も、桐子も、ましてやマリコには知る由もなかった。


「深雪夏目スティーブンスのDNAが合致した。」

「深雪夏目スティーブンスの遺体に間違いない。」

「死因は?」

「頚椎にクラックが入ってます。」

「恐らく重厚な鈍器で水平に頚椎を殴打した時に脛動脈が破損したんでしょう…。」

「彼女が、昏倒している間にも内出血は、進行し、失血死したんだと鑑定します。」

 騒然としていた。

 ノースショア海岸で白骨死体を発見したのは、ノースショアカントリークラブの事務員ナタリー・フォルテマだった。

 彼女は、深雪夏目スティーブンスの後任だったが、事務員の引き継ぎも何もなく、深雪夏目スティーブンスにも一目と会っていない彼女は、娘のマリコ・ナツメ・スティーブンスから深雪は、癌のステージ四で看病の甲斐もなく亡くなったと聴かされていた。

 しかし、ノースクリニックの医師ジョージ・ダッカは、深雪の癌の診断書はマリコに提出したが、深雪の死亡診断書を書いた事も無ければ、死亡診断書をマリコに提出した事もなかったからマリコ・ナツメ・スティーブンスがこの死体遺棄に何らかの関わりがあると感じて、ホノルル警察にその事を相談していた。

 間もなくホノルル警察は容疑者を特定していく。

容疑者を特定したホノルル警察は重要参考人と狙いを付けた人物を呼び出したが、マリコは既に日本へ渡航しており、現地警察は悔しい思いを噛み締めていた。

 

 土地面積七十坪、建坪三十坪、照間孝夫邸の二階寝室は、キングサイズのベッドを設えている。

 嘗てマリコやマイケルテルマの身元保証人となり同居していた孝夫の自宅が、孝夫とキリコの城となっていた。

 約十畳の寝室で桐子の足底マッサージを施していた。

「短絡的だ! で完結出来るほど単純で短絡的では無いんだ…。」

「激情型だな。」

「癇癪じゃないかな。」

「マリちゃんは癇癪持ちだからね。」右横を向き左足を孝夫のマッサージに委ねていた。

「昔から猟奇的だろ?」

「鬼畜じゃないのか?」

「僕の家を使わせるんじゃなかったよ失敗だった。」

「そんな事言ってマリちゃんが居たら首を跳ねられるぞ。」

「あー効くぅー。」

「何せ8ヶ月の妊婦だからな。」

「足に水が溜まって浮腫んでるんだパパン?」

「マリちゃんを早く捕まえてよ御願い!」

「家に来たらどうしようキリちゃん?」

「情けないなあタカ?」

「だけど、今の俺は一番弱い時だ。」孝夫でも勝てそうなくらいにキリコは、臨月間近の腹が幸せ一杯に膨らんでいた。

「マリちゃんが来たら大歓迎だよ?」

「すぐ通報するけどな…。」孝夫に笑い掛けていた。この時のキリコの笑顔が、印象深く孝夫の心の片隅に引っ掛かりいつまでも揺れていた。

「ウォークインクローゼットに隠れてだけどな。」半笑いにしかならなかった。「もっと殴り合いとか、やっておくんだった・・・。」流星の如く、頭を過ぎっていた。

 何故マリコは、執拗に妊娠にチャレンジするのか? その理由は、幼い頃の室戸市にあった。

 マリノが幼い頃の遊び場は、室戸岬だった。

室戸岬は、空海の修行道場があり、人が立って歩ける高さの洞窟があり真言宗の修験者が修行のため寝起きしていた。

 洞窟遊びの好きなマリノは、一人薄暗い洞窟に入り込み、曲がりくねった狭い洞窟を歩いていた。

 暫く歩くと同じ様な景色に麻痺して、道に迷い、しくしく泣いていた。

 そこへ真言宗の修験道者が現れ、「どうしたのお嬢ちゃん?可愛いねえ…。」それきり修験道者は、黙りこみマリノを見詰めていたかと思うと、マリノの着ている衣服を脱がし抱きついてきた。

「肌がスベスベで気持ちいいなあ…。」背中を擦り、尻を擦り、前へ手が回り止まった!「なんだ男の子か!なんで女の子みたいにリボンしちゅう!?女の子やと思たきね!そんなもんつけて女の子に化けて、赤ちゃんもよう産まん癖に!こじゃんと化けとったら変態やき!」大人に罵倒されて、怖い想いをした。

 トラウマが宿って、なんで私は女の子やのに…赤ちゃんが産めん

のは女の子やないきね…、絶対に産んでやるきね!ジュニアハイスクールになると身体の変化に顕著に反応するクラスメイトに意識する様に呼び名をマリコと、いい回っていた。

 ペニスはいつまで付いて来るんだろう?気持ち悪いし、カッコ悪い。マリコは、成長する度に身体の悩みを抱えていた。

 外国に手術で、女の人になれると聞き、手術について研鑽した。

やがて自分でお金を稼ぐ様になるとその収入を全て手術の為に蓄えた。

 マリコの執念が、勝りシーメールを脱出出来た!「それ故に妊娠に拘るんだなマリちゃんは、一度、死産してるもんな…。オレは死産なんてゴメンだ!」


 翌日、桐子は庭の草刈りをしていた。

庭表の門は、重厚な鋼鉄の門で、桁壁側の犬走りが約十坪もある。 南面の庭は約五十坪の芝生絨毯ではメンテナンスが重労働だった。

 況してや妊娠八ヶ月の身重の腹を抱えながら草刈のカマを長く伸びた芝生に振り降ろしていた草刈の桐子は、此のところの暑さで疲労が蓄積していた。

 刹那、「キーリ、ちゃん!?」招かれざるマリコが後ろ手を組み犬走りから庭の出入り口に…桐子を封鎖するかの様に佇んでいた。

 いきなりの事で、慌てて携帯電話と、鋭く磨いだカマを放り投げてしまった。「ウワオ!マリちゃん?」腹を抱えて立ち上がる桐子に

「ビックリさせてごめんね?チャイム鳴らしたけど誰も居ないのかな?と思ってフェンスを覗いたら身重のキリちゃんが草刈りをシテルンだもの…。フフフフ」含み笑いをしながらジリジリと桐子との距離を詰めて行くマリコの足許には鋭利な草刈用のカマが転がっていた。

「もうお腹もプックリ膨らんできたわねキリちゃん?その中に赤ちゃんが息づいて居るの?キリちゃん…。羨ましいわ…キリちゃん?今欲しいでしょう?カレンのように産ませてあげるネ?」

「い、イヤイヤ、マリちゃん今まで何処に居たの?今日は、何処から?」後退りしなからマリコの機嫌を取りながら打ち震えていた。

 こんな事なら風邪気味の孝夫を早く出社しろと追い出すんじゃなかった!今、こんな時だからこそ隣に居て欲しかった「タカオの野郎!」言葉とは裏腹に心細い心情に他ならなかった!

 桐子の勝手な願いと裏腹にジリジリと詰め寄るマリコが狂気染みた表情で、「そんなに恐がらなくて良いじゃないキリちゃん?ワタシが何かするとでも思って?」庭の境界には、桐子のたっての希望で、花壇があり、ゴーヤが植えられて蔓が延びる用に竹を縦割りに両端には鋭利な三角形を形成して片端を土の中へ力強く深くまで垂直に差し込んでいた。

 「孝夫が悪いのよ?ワタシの愛を受け取らないで、キリちゃんを妊娠させたから…、まあ上手に磨いでるわねえ?」桐子がマリコ出現に驚いて落としたカマを拾いながらしたり顔を照間桐子に向けていたその時、目尻がつり上がり!眉間に縦シワが何本も何本も映え奥歯を強く噛み締めギリギリ!と音を立てる程に変化した顔面が、強く強く力を掛けていた!

「何をするつもりマリちゃん!?」腹を両手で護り斜め後を向いてマリコから遠ざけた!こんなとき程、元来頼り無さげな孝夫が恋しい一時であった。

「タカ…。」

「呼んでも来ないよ!?」

「永遠に眠ってるから。」

「只今より胎児救出オペを開始します!」高らかに宣言した!

急転直下! 昨晩の左足の痛みなら耐えられる。

 今の悼みに比べたら!・・・。

[大丈夫よ!ママが護ってあげるからね?」背中から立ち上がる桃色のオーラは、桐子が母になった証しだった! そして、絶望的なシンパシーが渦巻いていた。

 桐子の背中にはボーダーウッドフェンスが、侵入者や逃亡者を阻む様に静かにその役目を果たしていた。

 ピンポン!「照間さーん!クール便ですゥ!」ピンポン!返事がないせいで呼び出し音が連続した刹那、クルリと踵を返した桐子は桁壁側の犬走りを走っていた!「ハーイ庭です!」立水栓のパッキンが緩いのかチョロチョロと水道水が、垂れ流れていたが、構わず走

り抜けた!ドサッ!上気した桐子は、足洗い場に足を捕られて腹を上に転倒した!「この裏切者!」桐子の膨らんだ腹を目掛けてカマを垂直に振り降ろすマリコ!上体を捻り両手で庇う桐子!パシッ鋭利な刃先が桐子の腹に!初めての生まれ来ようとしている胎児に!刺さる直前! カマが止まった! 後頭部から首を揉みカマを握り締めたマリコの左手首を右手で掴み現逮!「ゲンタイ!」

「 マリコ・ナツメ・スティーブンス、照間桐子殺人未遂の現行犯!十一時時三十分逮捕だ!間違いないな!?」有馬警察の交通機動隊岡林巡査部長が乱入し、マリコを取り押さえていた。

マリコの容疑は早くから固まっていた。

裏六甲ドライブウェイの防犯カメラによってマリコの犯行である事のエビデンスが証されていた。

 マリコは秀雄のバイク後部座席に股がる際、自然とバイクのカフルに手を突いてていた。

 それはサウスポーの証拠で、マイケルの頭蓋や深雪の脛椎やスミスの頭蓋、カレンの腹から下腹迄の切開傷、秀雄の頭蓋、しかもマリコのカマを持つ左手が、岡林巡査部長がが現認していた。

 左から右に傷が走っていたからそして左手指の指紋が押収されたことに動かぬ証拠になっていたからだ。

草刈秀雄の場合、「ツーリングに行こう秀雄?」これしかないと言う風に秀雄から侮辱されたマリコは気分を変えて無かったことにしてくれとツーリングを申し出ていた。

「休憩しても精子の提供はしないよマリコ?」「わかったわ秀雄、あなたの後ろに座りたいだけよ。」ツーリング中、秀雄とマリコは、寡黙だった。

 何を考えて居るのか?訝しい想いだけが、過ぎて行った。

頂上の展望台から裏六甲ドライブウェイに差し掛かり「ワインディングが好きだわ。」ポツリと呟いたのを秀雄は、聞き逃さなかった。やがて西側の竹林に差し掛かり「停めて!」叫んだマリコに驚きバイクを停車させた。

 先にカフルに左手を突きバイクから降りたマリコは、何事かとヘルメットをそのままにし、竹林へ足を運ぶ秀雄の背後に位置し、フルフェイスを脱いだ拍子に左から右へバッティングされた!

気絶し昏倒する秀雄の首をデニムのベルトで絞め息を奪った!


「チッ!、抜かった!」マリコは吼えに吼えた!


「う、う、うアアアン!」

涙が迸り声を上げて泣いていた!青春時代から妊娠するまで泣いたことがない桐子が貯めた涙を放流していた。

妊娠すると跳ね返りの性格にエアポケットの中に嵌まり込む事があって、今までイケイケの性格をしていたが、女性ホルモンの影響で、優しく丸く、心根が変わるらしい…孝夫は、それを利用して桐子を完全に制服してやろうと目論み先ずは、日常生活から変えてやろう!「キリコ!」こう呼べば二発殴られた。

 この恐怖を耐えてキリコ!と、呼んだ!「なあにパパ?」耳を疑った! 成功した! これはいいや! 何人でも子作りしよう! しかし、この事は、神の領域の侵略だった。


 マリコが現行犯逮捕された当日の夕刻。

高さ三十センチのティキをブラブラさせながら後頭部から首までを揉みながら歩いて帰って来た孝夫は、庭に桐子と岡林がマリコに手錠を掛けて拘束しているのを観ながら庭に立ち入り、「死にそうだよキリちゃん?頭が痛いよ。」自宅からバスストップまで通り抜ける公園の林に潜んでいたマリコに、水に沈むティキで後頭部を殴打されたため、一時的に昏倒した、孝夫を助け起こした岡林が二日酔いだった事を内密にしていた。

 その晩、風呂上がりにリビングにてシュパッ!と、ロングの缶ビールを抜き二人掛けのカウチソファーに寛いでいた孝夫は、「なんか疲れが取れないねえ…キリちゃん…。」独り呟くも孝夫は切れが無かった。

 

 マリコは、シーメールにならなかった。

それは、マリコ自身の性同一性障害が、そうさせたのだろう…。孝夫は、そうに違いないと、朦朧とする脳裏で考え、湯船に浸かっていた。

 女装者は、みんなシーメールなのか?顔面を美しくメイクアップして女性用の下着を着用するだけで女性になれた気分で完女と呼称する。

 身体は弄らず何のデメリットもないし、明日から男になると言えば成れるセクシャル的な装いに妙に興奮するのは、視点が男だからだろう。

 孝夫の顎が痺れていた。

マリコとの会話は、何のプラスにもならなかった。

 今日の面会を思い起こしていた、高等部を押さえながら・・・。孝夫は、逮捕された寸前のマリコに会話をした。

 フラフラと岡林に連行されて照間鄭を出て行ったマリコはいつもと変わらない様な風貌だったが、どこも変わってはいないと確信せざるを得なかった。

 懲役二十年もの間マリコは、何を償ったのか疑問に思えた。「何も変って無いじゃないかッ!」マリコに怒鳴った。

 間違えば孝夫の妻桐子を殺めていたかも知れないマリコの愚行は、それを犯す為に監獄に入っていたためでは無かろう…。

 そもそもホノルル警察で精神鑑定は行われたのか、深い疑問だと犇々と感じていた。


17章「償いの代償」


「なんで戻った、マリちゃん?」ガラス越しに一拍置いて「話せば長くなるけど…聴く?」薄ら笑いのマリコに静かに向かってゆっくりと頷いた孝夫は、マリコへの視線を外さなかった。

 ふん、と小さく感嘆して「サリちゃんにね、前に話してた体験談をもう一度聴きたくて三宮東門の化けラッタへいったんだよね…孝夫、感心したよアタシは・・・。」前置きを言いマリコは、滔々と語り出した。

 林崎咲里(ハヤシザキサリ)は、神戸市西区の二ツ屋に生まれた。

元来母子家庭の咲里は、兄弟はと言えば、二つ違いの弟、又郎(マタオ)がいるだけで家族間の軋轢もなく育っていた。

 咲里は、義務教育は西区内の学校で済ませ。

高校は、通学費の掛からない県立高校へ進学し、兼ねてから心の奥底に芽生えた女の意識を抑制する傍らクラスメイトの男子学生に恋をし、来る日も来る日も彼の事を恋い焦がれ林崎海岸へ歩いて萌える恋心を静めに通っていた。

 ある日咲里は、林崎海岸に座り初恋の男子学生の面影を波間に捨てていたが、思うように捨てられず家に帰ろうと、砂浜に立ち上がった時、ドン!誰かが突き飛ばした!「あっ!」二、三歩前のめりになりよろけたが、素早く振り返り誰が突き飛ばしたか、確認したところ、拗ねた男女が七人余り咲里の周りを取り囲んでいた。

「コイツ、三組のオカマだぜ?」

「へえ!ポコチンが付いてるの?」物珍しげに咲里の顔を嘗める様に顔を近付けてジロジロと観察していた。

「スカート脱がしちまえ!」の声に一斉に咲里に羽交い締めをし、両足首を掴み身動きを梗塞した! スカートをずらされショーツだけになったそれをずらし飛び出たペニスを掴み「勃起してるぜコイツ!」言うと咲里のベニスを掴んだ掌を上下に動かした!「ハアッ」羽交い締めの茶髪の女子が咲里の耳を舐め、コリッと噛んだ。

咲里のベニスは臍の下につきそうな位に完全に直立し、上下に動く掌を全身で感じ取っていた。

「デカッ、スゲー!」

「アタシにも触らせてよ!?」茶髪の女に羽交い締めをされニキビ面の男にシコられている!咲里の脳裏はそう考えただけで燃え上がった!「あん!出るっ!」

「イケイケ!」リズミカルな暖かい掌は、咲里のペニスを犯し続けるオトコ…。

 咲里は、迸った!「クッセー!イカの匂いがするよ汚ネエんだよ。」もう一度茶髪の女に突き飛ばされ砂浜に転がった!眼を瞑ったまま咲里は、アンニュイを感じていた。

 衝撃の初体験は咲里の女心に火が点き、短い季節に目標までまっしぐらに女を研いた。

 女性ホルモンのせいで、胸は、ふっくらと膨らみ身体のラインも円みを帯びて見た目、非の無い女性像を醸し出していた。

 高校を卒業後の進路は、手に職を付ける為に三宮のミックスバーへアルバイトをしながら湊川の建築専士門学校へ通った。

そこを卒業したのは、咲里の努力と自力で一級建築士の国家資格を取得したからだった。

 しかし、咲里は、直ぐに建築士事務所へ勤めず、三宮のミックスバーへ勤め出した。

 ミックスバーは、性的マイノリティの巷で、ゲイと呼ばれるレズビアンやホモなどの所属する職場で咲里には自己のアイデンティティーがお似合いだと、思うからこそ勤務先に選んだ。

 そこを選んだもうひとつの理由は、給料が手取り三十万円と高額だからに他ならない。

 母子家庭で、苦労を掛けた母に楽をさせてやりたいと思う母親想いの淑女な考えを持ち合わせていたからだ。

しかし、最初は思うようにうまく行かず。

 三球三振ばかりだった。

遂には店から解雇された咲里は、東門の近くにあるラウンジ(バラバラ)へ転がり込んだ。

 咲里の容姿をみて採用と決めた和服の似合うママとモデル並みのチーママ七生には、捨てる神あれば拾う神ありで、の仕事振りを認められ、同伴客を付けて貰えた。

 待ち合わせのハンズ前に立つ同伴客の早坂作尚は、上沢法務局のきょくちょうで、閉塞された亜空間で働く公務員の佇まいではなく何気に異色人種のオーラを纏う不思議なに人を惹き付ける魅力を持ち合わせていた。

「先ずは食事だね咲里ちゃん?」紺色のスーツは、上下ともに早坂に似合うなと、この時早坂の頭から爪先を垣間見る余裕が出来た。頭髪は白いものが入り交じって居るけれど油まみれではないオールバックが精悍な人物像を浮き出させていた。

「好きな上司ナンバーワンかな?」何気ない会話を交わしマイクロミニに剥き出しの白い生足の太股に眼もくれず早坂は咲里の肩を抱いて回らない寿司屋ののれんを潜った。 

 構遊び慣れてる様だわ咲里の直感に間違いは無かった。

 ラウンジバー、バラバラは、グリーン北野ビル三階にある。

 玄関前のバラのオブジェはドライフラワーのバラの森をイメージしていた。

 店内の照明は明るくも暗くもなく数年前に偉業を成し遂げたブルーの照明を使い流れるジャズのトランペットが、手に取るようにブルーに映えるレビューを浮かべられる落ち着く空間に演出されていた。一番奥のボックス席は、店先の待機のカウンターからは見えない構造で、そこへホロ酔いの咲里と早坂は雪崩れ込んだ。

「お寿司ご馳走さまでした、早坂さん?」「いいえ、ニューボトル出そうか咲里ちゃん?」肩に回した右掌をを裸の背中に付け体温を感じていた。

 汗掻いてるでしょ?とそれを往なしてグラスにブランデーの水割りを作る。

 早坂の右手は、腰に回り込み身体を捩った咲里の白い生足の太股に着地した。

「イヤ、早坂さん?」ヤンワリと拒否した刹那、グイッと、左手が太股を割り込み股間に食い込んだ!「あっ!「あっ!」「あっ!」咲里、早坂、チーママ七生、全てが叫んだ!「なにするんですか!」慌てて席を立つ刹那! 膝がテーブルに当たり水割りのグラスが倒れ早坂の膝を濡らした!「お触りバーじゃないわ!」

「チンポコあるじゃないかっ!」同時に叫んだ!店を飛び出すのを黒服に待機のカウンターへ座るよう促され、今日のレビューを思いながら冷えたミネラルウォーターを口にしていた。

「飲みに行こう咲里?店が更けたら?。」優しく背中に告げ、両肩に手を置いた。

「このオリーブをかじって呑むと旨いのよ!?」と、マティーニを一気に流し込む。

 それを七回繰り返して七生は、墜ちた。

「マンションどこですか?」肩で担ぐ咲里に「あーッチよ咲里?」不安定な道案内を請け負った七生の指示に辟易として、コンビニの周りを七回ぐらい廻ったと心の何処かで思いながらコンビニで水を購入のために入店した。

「ちょっと咲里、おにぎりも買いなさい。店を出て左よ咲里?」正解だった!「7階デスねチーママ?」エレベーターを降りて右の突き当たりに七生の部屋はあった。

 バリアフリーの上がり框を跨ぎベッドルームに入った。

 力尽きて二人同時にクイーンベッドに倒れ込んだ咲里は、疲れはてて一時間ばかり寝込んでしまい、何やら衣服を脱がされ人がのし掛かる重さに覚醒した咲里は、七生が店でレズビアンだと噂されているのを目の当たりにした!「覚悟しなさい気持ちよくしてあげるから咲里…。」囁く七生は首筋に唇を這わせた。


「部屋数を誤魔化していたなら違法建築ですね。」「チグハグな答をするんじゃないよ咲里、認知してよ!?」「しません。私、行くところがあるから…。「全く身勝手よね!?採用したのを間違いだったわ!」妊娠五ヶ月だった。

 七生はラウンジバー、バラバラを辞めざるを得なかった。「ちょっと帰って来ます。ごめんなさい七生さん?」部屋を飛び出した咲里は、三ノ宮駅の長椅子に腰掛け、実家の引き籠りの二つ違いの思春期になって男の盛りが弟を付き出した思を想い出していた。

「ヤッパリそうしよう…」呟いて三宮駅を出てタクシーに乗った。


「調子はどうサリ?」チーフナースのカトリーナが巡回に来た。

「リハビリしましょうサリ?」「オシッコは、出たの?痛くは無かったサリ?」「痛くは無かったら今度は、インサートよ?」くねくねと人差し指を厭らしく動かしながら予告したカトリーナは、サリの額にに軽くキスをした。

「林崎さん建築確認の副本を保管しといてね?」所長が穏やかに指示するこの事務所は、一級建築士事務所で、林崎咲里は、昼の仕事に転向していた。

 転向してからの六年間は、オーエルとしての生業に生活の方も安定してきた証しに実家の家計も余裕が出てきて、母親に楽をさせてあげたと思う咲里だったが、帰宅すると弟に抱かれる事は六年前と何等変わりは無かった。

 が、遣り甲斐のある現在の生活を張りを持って送る咲里は、六年前に置いて来た七生とまだ見ぬ子に想いを馳せていた。

「懐かしいなあ…」メゾン北野を目の前に見上げていた。「イチロー、走ったらダメ!」 タッタッタッタッ!ドン!「ウッウッウッウッウワーン」

「何してるのっ!警察呼ぶよ!?」怒鳴った七生は、イチローを助け起こしてサリを見た。

「あら、サリ?何年経ってると思ってるの!この女はっ!」あからさまに敵意を剥き出し咲里に食って掛かった!「認知もしないでよくもマア!」そう言った切り咲里を睨んだまま押し黙ってしまった。

 時折車道が数台、大型や小型の車両が通りすぎる度に下腹部がキリキリとキリでも差し回しているように断続的に痛み出していた。

「大体アンタはネエ…。」七生の声が遠ざかっていた。

 星が飛び!白い霧が視界ゼロの様に咲里の眼前を立ちはだかっていた。

「盲腸炎だって、サリ?退院したらアタシん家に来な咲里パパ?」咲里の唇に七生の唇が、触れた。

「一組だって咲里パパ?」尚和の入学式が無事終わり掛けていた。

「アリダネ、こんな新しい家族のカタチ。」黙って青空を見上げた咲里に雲雀が、低空でホバリングをしながら春を唄っていた。


「これで終わりさ。神への冒涜なんだよ孝夫?」

 

僕に語るのがイヤになったのか?そんな感じで老婆の様に嗄れた声のマリコは吐き捨てた! それにしてもお互いに性的マイノリティならば、短絡的に養子縁組をするなどの行為をしなかったサリと七生は、マトモだと感じた。

 でも、サリのペニスは健在ならば、昔のマリコが言った様にマイノリティの根底に如何わしい男の心持が巣くっているに違いないと感じた。

 例え新しい家族の形と言っても神と女性を冒涜しているに違わない。

最もらしいことを言って退けるのは、如何なものかとマリコは言いたかったのだろう。

 この日は、朝から風邪気味で熱っぽくおまけに自家用車のバッテリーが上がり駅まで徒歩で通勤しなければならなかった。

 孝夫は、仕方なく見送る桐子の額にキスをして出掛けた。

照間邸には神戸市北の北区一里山にあるから最寄り駅は一里山駅になる。

 70坪の敷地に立坪30坪の木造戸建てが建っている。

南側の三十坪程の庭にキリコが趣味で芝生を養生していた。

 もう5月なので気候も良く雑草が傍若無人に生えて居るから草刈を頼むと草刈ガマを用意した孝夫が願い渡して出勤していった。

 徒歩の孝夫は、有馬口駅で、電車に乗る。

駅へ行くには、近道として、よく自治会が、集まりの場所として利用しているヤスラギ公園を横切るのが有馬口駅に一分早く到着できるから今日も孝夫は、そうしていた。

 もうじき公園を抜け出せるという所まで花水木とシマネトリネコが生い茂った林を通過しようとしたところイキナリ、ガツッ!劇烈な鈍痛を孝夫の後頭部に覚えた! 気絶とは、こういうことを差すのだろう…事態が見えなかった! 昏倒した孝夫に適切な処置を成されないまま半日以上時間が経過していた。

 首の後が倦怠感を覚え孝夫の後頭部に与えられた打撃は脳血管にダメージを与えた! 急激な温度変化と感情の起伏や孝夫の体内に影響を及ぼす刺激は避けたいところだが日常生活に於いては傍若無人に刺激が与えられていた。

 熱い風呂にでも入れば、スッキリするだろう・・・。

素人考えの孝夫は、気楽に構えていた。

 当の桐子に於いても今朝孝夫に何があったか知る由もない。

桐子は、朝の戦慄の体験があり、お腹の子に手一杯だった。

 刻々とマリコが仕掛けたタイムトラップが炸裂する時間に誘われ照間家に暗い陰が差し掛かっていた。


 脳に白い靄がスッポリ被さっているような違和感が有ることは、否めない。

 身体が暖まるに連れ頭が重い感じが拭えずいつもなら風呂上がりにスカッとしたものだが、風呂上がりに冷たい水やコーラでも飲んだら元に戻るだろう…。

 そんな安易な考えではこの症状は改善されなかった。

何せ冷えたコーラは、いつもと違う苦い味だったし、汗をかいた事で身体が軽く感じて、文字通りスカッとする涼しくない風呂上がりだった。

 この日は、倦怠感が付いて廻り何時もと違う気がしていた。

 症状を打開するためにソファーに凭れロング缶のビールを飲んだ。そして左手が痺れ、立ち上がろうとしても足腰に力が入らず頭が重く倦怠感を纏い不動の人となっていった。

「そうだねパパン?」

「なんだか疲れちゃったよ…。」

「この子の名前、考えなきゃね。」

「早くね?…。」

「あっ!痛い!」

「パパ陣痛かな?」

「ねえ寝たのパパ?。」

 ソファーに凭れて微動だにしなかった…。

  桐子の美しい企み通り新しい命が産まれてくるのは時間の問題。 桐子の美しい企み通り孝夫を護る家族が、可愛い女の子だったなら女性医師として愛する孝夫を護ってくれるだろう…。

 幼い頃は、歌を歌いながら手を繋いで散歩をしよう!

絵本を読んであげよう!

子守唄を歌ってお昼寝させてあげよう。

 出産の立ち会いをしてくれると宣言していた孝夫が一番に楽しみにしていたからオレは、じゃなくってワタシは、元気な赤ちゃんを産んでスクスクと育て上げよう!

 桐子の美しい企みは、終わりなき想像によって膨らんでいた。

  年頃になったらアタシのナナハンでツーリングするぜいッ!

レディースも作れと言うぞッ!

桐子の美しい企みは、果しなく続いていた。

「ねえパパ今日は疲れたね?」

「もう寝ちゃった?」桐子が孝夫の顔面を覗いた。


「あたた、痛い!パパ!」


桐子が陣痛を訴えても耳元で叫ぶ桐子の魂を抱擁しながら孝夫の魂は永久に、生まれ来る我が子も・・・。

 愛する妻桐子の身を護る神として、ロングの缶ビールを持つ手はそこだけ冷え固まっていた・・・。


(了)





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GID・マリコの美しい企み しおとれもん @siotoremmon

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