第3話 お仕事開始
ヘンプⅢヒルトンはオンタリオステーションのリムからハブにかけて独自の宿泊モジュールを持っていた。セルマがそこに宿を取ってくれた。
部屋は大きな楕円形の展望窓から惑星を眺めることのできるラウンジを備えている。
ステーションの回転は人工重力を創り出すためではなく、構造安定性を保つためごくゆっくり回転しているだけだ。天体のダンスはじつにゆったりと、優雅だ。
ガラステーブルの上で端末のホロが瞬いていた。
霧香の荷物は輸送船から搬送され、ステーションの一時荷物預かり所に保管されたという連絡が入っていた。
時間は正午を過ぎたところだ。
だが小さなステーションには時間の経過を知らせるような仕掛けはなく、せいぜいストリートの照明が落とされる程度だろう。
ドッキングプールからここに来るあいだに体を時間に慣らしたつもりだったが、まだ空腹は感じなかった。
部屋の照明を落として裸になると、国連事務所で渡されたデータシートの束をもって安楽ベッドに飛び乗った。
一枚目に女性のホログラム画像が浮かんだ。ごく若い、童顔の白人女性で16歳くらいに見える。実際には24歳だ。
シンシア・コレット。ネットワークのタレント。
バーナード星に本拠を構えるサイエンス・リサーチ&ブロードキャスティング・アソシエイツ社所属。30日前にヘンプⅢの大気圏に降下したまま行方不明。なにか科学番組の製作だかのためにヘンプⅢの台地に下りる許可を得たのだ。彼女は二番目に大きなエルドラド台地に単身降下した。
彼女はそのまま5日間音信不通になり、遭難したと判断された。
ここまでは霧香も知らせされていた。
オンタリオステーションにただ一人駐在していたGPD保安官、ジェシカ・ランドール中尉が、結局霧香の支援を待つことなく救出任務に当たった。
降下は78時間前。音信不通のまま72時間が経過した。
単純な救命任務だ。捜索範囲はある程度絞られているし、ロボットに走査させれば人間ひとりくらいすぐ発見できるはずだ。霧香が着く前に解決できると踏んでも無理はない。しかし……。
霧香はデータシートをめくった。
小さなゴンドラ型の乗物の立体画像が浮かんだ。二人乗りの小型飛行船。シンシアはこれに乗ってエルドラド台地を遊弋する予定だった。飛行中なら信号が出ているはずだ。
ランドール中尉は十二機のドローンとともに降下したが、半分が間もなく連絡を絶ち、残りの半分はランドール中尉の指示がないため動作停止して降下地点に戻っていた。
ロボットの動作不良など滅多に起こらないはずだが、下ではなにか人類の知らない猛獣でもいるのだろうか。
進化程度はせいぜい三葉虫の時代に達した程度のはずなのだが、たとえティラノサウルス並の猛獣がいたとしてもドローンを破壊するのは難しいはずだ。もちろん地球とはまったく違う生態系だから、万が一という可能性はあるが……。
「ちょっとは張り合いが出るじゃない」
霧香は声に出して呟いた。
だが仲間の救出という任務まで背負うことになり、気楽さは吹き飛んでいた。
いますぐ下に降りたい。
だがどうやら降下の手配もすんなりいかない。お膳立ても霧香の仕事のようだ。
「夕方」までには国連事務所のセルマから連絡があり、ヘンプⅢの大気圏上空まで運ぶ宇宙船は48時間後の出発になると知らされた。
「二日後!」
ランガダム大佐の顔がちらついた。
「それで、きみはそのまるまる二日間無為に過ごしたというわけかね?」
上司の冷ややかな声が聞こえるようだ。霧香は身震いした。
さすがに無駄に過ごすわけにはいかない。夕食のついでに「港」のほうを当たることにした。上陸する際に、ステーションの周囲に様々な宇宙船が駐留しているのを見た。どこか民間業者に属する船をチャーターできるかもしれない。
地球スタイルの挑発的なスーパースキン製ジャンプスーツに着替え、リムブロックに降りた。
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