第7話 ロックウルフ


空気が凍りついた。


「……アンバー…?」


「ギシギシッ…ギシッ…」


けたたましい音を上げながら、岩狼ロックウルフの岩でできた肌がどんどん圧縮されていく。


漆黒の爪は普段の2倍ほどまで伸び、眼球は真っ赤に染まっている。


大きな魔力を纏いながら唸り声を上げるアンバーの、普段とは似ても似つかない姿がそこにはあった。


「魔物だっ!逃げろ!岩狼ロックウルフだ!!!」


「なんでこんなところに!?」


「おいどけ!私を先に逃がせ!!」


「とにかく早く公園から出るんだ!聖騎士を呼んでこい!!」


公園にいた人々が我先にと出口へ逃げていく。



アンバーは怒り狂っていた。



幼い自分の主人を傷つけ、さらに負の感情を持って主人に触れようとしているその明確な『敵』に、普段は大人しい魔物である岩狼ロックウルフといえども怒りを抑えずにはいられなかったのだ。


「ひ…ひぃ…」


男は何が起こっているのかを理解することができず、尻もちをついている。


が、目の前の魔物が明確な殺意を持ってこちら側を向いていることは分かったようだ。



「なんなんだよ…いったいなんだってんだ!」


男は立ち上がり、俺たちには目もくれずに逃げ出す。


しかし逃げていく『敵』を今のアンバーが見逃すはずがない。


男を狙って躊躇なく長い爪で襲いかかる。


男はなんとか身につけている籠手で、自分の体が真っ二つに分断されることは防いだ。


しかし素早い動きと頑強な爪から繰り出される、アンバーの一撃の威力は想像を遥かに超えるものだった。


籠手はバラバラに砕け散り、男の体は吹き飛ばされる。


「ガッ….ゴホッ…」


男は後頭部から地面に落ち、頭部を強く打ったようで、意識はなんとか保っているものの、立ち上がることができないらしい。



「…………」


アンバーは、男にとどめを刺そうと前方へと飛び込む体制を取る。


どこからか詠唱が聞こえた。


「………を貫け、水渦の槍アクア・ランス!!」


高速で発射された水属性魔法が、アンバーの脇腹に直撃した。


「グギャァァァア!!!」


痛々しい叫びを上げながら後退りをするアンバー。


気づくと、いつの間にか俺の目の前には、白いコートを着た背の高い翠髪の男が剣を抜き、アンバーに向かい合っていた。


「聖騎士様がきてくれたぞ!」


遠くで騒ぎ立てる声がする。


金色の鍔に白銀の刀身をもつその剣は、白い光で包まれている。


剣に聖気を流し込み、魔を滅さんとする聖騎士が得意とする剣術、『聖剣術』。



「その子をつれて早くここから離れろ!」


アンバーと向き合ったまま聖騎士は言う。


「でも…アンバーが…」


「グズグズするなっ!!!」


俺は苦しそうにしているティナを見て、今の今まで自分の意識がアンバーに向いていたことを強く後悔し、焦る。


「誰か!…ハァ…ハァッ………っ誰か!!!!!」


俺は歩けないティナを抱えてとにかく人がいる方へと向かう。


(ああ、血がいっぱいてる、ティナ、死んじゃやだよ…)


左腕の傷が深いのか、まだ血が出ている。


普段血を流す人を見ることのない俺は、どうしたらいいのか分からず、混乱しながら移動する。


毎日修練しているとはいえ、6歳の筋肉で5歳の少女1人をかかえて移動すると言うのは相当にきつい。


震えのせいか足も上がらず、芝生の地面に足を引っ掛け、ティナと一緒に転がり込む。


「ごめん、てぃなぁっ….…うぅっ……誰かぁ!助けてよぉ!!」


もう立てないし、歩けない。


(ティナが死んじゃう…?)


不安で押しつぶされそうになりながら俺は叫んだ。


そのとき、「アクセル!ティナ!!」


聞き覚えのある声がし、俺の体は抱きかかえられた。


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