『好敵手(三)』
瀕死の状態と思われた
「……勝てないという先の言葉が降参ではないと……?」
「ああ、おめえさん相手に反撃しようなんて色気を見せてたら到底勝てねえってのが、よおく分かった」
「…………」
「躱した後の攻撃を中途半端に考えてるから、おめえさんの剣を見切れねえ。……つうワケで、だ」
成虎は右手の人差し指と親指を繋げて円を作って見せた。
「————志龍よお、いっちょ俺と『賭け』をしねえかい?」
「……賭け、だと……?」
成虎の言っている意味が分からない志龍が訊き返す。
「おうよ。俺はこれから一切反撃を考えねえで、おめえさんの剣を見切ることだけに集中する」
「なに……⁉︎」
「俺がおめえさんの剣を見切る前に俺を斬れたら、賭けはおめえさんの勝ちだ。だが————」
ここまで話すと突然、成虎の眼光がかつてないほどの鋭さを帯びた。
「俺がくたばる前に見切られちまったら、おめえさんにゃあデケエ賭け金を支払ってもらうぜ……‼︎」
「…………‼︎」
成虎の発する威圧感によって志龍は全身がビリビリと震えた。敵と向かい合って身震いを起こすのは、志龍にとって初めての経験である。
(————これが、今にも命の灯火が尽きそうな男の放つ重圧だというのか……‼︎)
今まで無表情だった志龍の顔に形容しがたい不思議な感情が宿った。
「……いいだろう、貴様の賭けに乗ってやる。私の剣を見切れるものならば見せてみるがいい、
お返しとばかりに放たれた志龍の剣圧で今度は成虎の全身が震え出す。
(へへっ、随分と分の
冷や汗を拭った成虎は斬られた左腕をダランとさせると、残る右腕で手招きして見せた。
「————賭け成立だな。来いや、志龍……‼︎」
「…………」
志龍は無言でうなずくと、剣を逆手に持ち替え包拳礼を執った。成虎を好敵手として認めた証である。
西王母はこの光景を双眸に収めながら思案していた。
(まこと面白き奴よ、岳成虎。いつの間にか奴の考えに引き摺り込まれてしまうわ。じゃが————)
防御に専念した成虎は、確かに先ほどまで躱しきることが出来なかった志龍の剣を綺麗に外していた。しかし、すでに受けた全身の傷からは絶え間なく鮮血が流れ落ち、確実に成虎の命の灯火を消しに掛かっていた。
(あの様子では、もういくらも
珍しく憂いの色を見せる西王母をよそに、当の成虎は志龍の猛攻を躱しながら薄っすらと笑みを浮かべていた。
(————すげえ、おめえはホントすげえよ、志龍。これほどの技を修めるまでにおめえはどれだけ剣を振ってきたんだ……? どれだけの時間を鍛錬に当ててきたんだ……? もっとおめえの命を俺にぶつけてきてくれ……、退屈な俺をもっと燃え上がらせてくれ……!)
恍惚の表情を浮かべる成虎に対し、志龍はギッと歯を食いしばった。
(……ここまで私に剣を振らせたのは貴様が初めてだ、成虎。だが、失血死などはさせぬ。貴様は必ず我が剣で斬って見せる……!)
志龍は剣を止めると、長く息を吐いて全身に真氣を
(あーあ……、次の一手で最高の時間がもうお
霞む視界に冷え切った身体————、成虎も覚悟を決めたように、体内に残る僅かな真氣をかき集める。
両者の身体から
「…………受けよ、我が剣————」
言葉と共に雷光のような一閃が成虎の首を薙ぎに掛かった。この一剣は力の抜け具合、氣の走り、踏み込み、間合い、全てが完璧に混ざり合ったものであった。
誰もが虎の首が落ちるのを予感する中、成虎の脚がガクリと砕け前のめりに倒れ込んだ。志龍の剣は成虎の髪を
(————‼︎)
完璧な一閃を外された志龍の眼が驚愕で見開かれる。躱したのか、それともたまたま躱せたのか、それは成虎自身にも分からなかった。ただ自然と動く右拳を志龍の胸へと押し当てた。
(これは————ッ!)
無にされた間合いを外そうと、志龍が脚に力を込めた瞬間————押し当てられた成虎の拳から怒涛の真氣が押し寄せ、乾いた破裂音と共にその身体は数丈後ろへ吹っ飛ばされた。
成虎は動かなくなった好敵手の姿を確認すると、
「…………チェッ、賭けは引き分けかい……。締まらねえ結末だねえ————」
悔しそうに口を開き、右拳を伸ばした姿勢のまま前方に倒れ込んだ。
「————岳弟ッ‼︎」
勝負つかずとなった賭けの結末に誰もが動けないでいる中、永蓮ただ一人が声を上げ、気を失った成虎に駆け寄った。
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