『西遊(二)』

 ————翌日の昼頃、成虎セイコ将角ショウカクは馬上の人となっていた。

 

 二人が乗っている馬は共に毛並みの良く脚の長い立派なもので、背に並外れた巨漢を乗せていても泰然と走っている。成虎は馬のたてがみを撫でながら、くつわを並べて走る将角へ声を掛ける。

 

「いやあ、ホント良い馬だねえ。こんな良い馬を無料タダで貰えるなんて、おめえさん、いってえどんな功徳くどくを積んだんだい?」

「なに、大したことではない。以前、彩族さいぞくが馬のいちをしている所に通り掛かったことがあったんだが、金を払わず馬を持って行こうとする集団に出くわしてな」

「ほおー、そこで義憤に駆られた将角のダンナが不届きな盗人ぬすっとどもをブチのめしたと…………」

 

 成虎がおだてるように言うと、将角はゴホンと咳払いをする。

 

「……まあ、そんなところだ。その時は急いでいたので、名だけを告げて後にしたのだが」

「そん時のことを、あのおさのオッチャンは覚えててくれてたっつうワケだな」

「こんな立派な馬を二頭も用立ててくれるとは、本当にありがたいことだ……!」

 

 感激で目頭を熱くする将角に成虎が同意する。

 

「食いモンやあの馬乳酒っつう酒もくれたしな!」

 

 馬の背には鮮やかな模様の布が括りつけられており、その中には彩族に持たせてもらった干し肉や乾酪チーズなどが大量に包まれていた。

 

「————んで、無事にお馬さんも手に入れて、後は桃源郷とうげんきょうとやらに行くだけかい?」

「いや、ここからだとまだ少し距離がある。途中にあるまちで一泊するぞ」

「そいつぁ良いや。天幕で寝るのもなかなかおもむきがあったけどよ、やっぱり人一倍繊細な俺としちゃあ、フカフカの寝台で眠りてえモンだぜ」

「お前のどこが繊細なんだ。昨夜はお前のいびきがうるさくて敵わなかったぞ」

「そうかい? 悪い、悪い! ま、気にしねえでくんな!」

 

 珍しく将角が笑みを見せると、成虎が豪快に笑い飛ばした。

 

 

 

 ————その日の夕刻、二人は『泉安鎮せんあんちん』という小さな鎮に到着した。

 

「おお! アンタは確かあの時の! 晩飯にウチの饅頭まんとうはどうだい⁉︎」

「いや、ウチの麺の方が美味いぞ!」

「いやいや、ウチの焼餅シャオビンに敵うモノは無い!」

 

 将角の姿を見るなり、通りの屋台のオヤジたちがこぞって声を掛けてくる。将角は屋台の前を通るたびに食べ物を押し付けられ、瞬く間に両手が塞がってしまった。

 

「モテモテじゃねえか、将角。俺もおこぼれにあずかりてえモンだねえ」

「茶化すな。屋台飯も良いが座って一杯やらんか?」

「おっ、良いねえ! 付き合うぜ!」

 

 将角の提案に、成虎は喉をゴクリと鳴らして賛成する。

 

 

 二人がこの鎮唯一の食堂に入ると、またもや将角の姿を認めた店主が歓声を上げる。

 

「————あっ、アンタは白虎派びゃっこはの! さあさあ、そんな所に突っ立ってないで座った、座った! 今日は俺の奢りだ、好きなだけ呑んで行ってくれ!」

「いや、店主。今日は任務で寄った訳では————」

「良いの、良いの! アンタには世話になったからな! さあ、連れのニイさんも座りな!」

 

 店主に促されるままに上席に座った成虎がニヤニヤと歯を見せた。

 

「……どうやら、ここのヤツらもおめえさんに救われたクチのようだな?」

「ああ、一年ほど前に猿の妖怪が夜な夜な現れるようになってな、俺に指令がくだったという訳だ」

「へーえ、ホント仕事熱心だねえ、おめえさんは」

「……別に大したことではない」

 

 照れ臭そうに将角が顔を背けた時、店主が徳利と杯を持って来た。

 

「まずは一杯やっててくれ! 後で料理をジャンジャン持ってくるからよ!」

「ありがてえ! 俺ぁもう喉がカラッカラだったんだよ!」

 

 早速、手酌で呑み始める成虎に将角が待ったを掛ける。

 

「待て、成虎。ここはこの前の酒楼のような大きな店ではない。店の経営に響くほど呑み過ぎるなよ」

「分かったよ。でも、メシはいっぺえ食って良いだろ?」

「まあ、ほどほどにな」

 

 話している内に大盛りの料理が次々と運ばれて来て、二人は一斉に箸を伸ばす。

 

「うーん、羊の干し肉や乳を固めた塩辛えヤツも美味かったが、俺ぁこういう素朴な味がやっぱり落ち着くねえ」

「確かにな。何か安心すると言うか、ホッとするような味わいだ」

 

 その言葉に感慨深い様子で将角が同意すると、それまでだらしない顔つきだった成虎が真顔になった。

 

「おめえはホントに気の良いヤツだな。昨日と今日、わざわざ寄り道をしたのは以前まえに助けたヤツらの様子を見に来たんだろう?」

「…………何のことか分からんな」

 

 再び顔を背ける将角に成虎は自らの杯を掲げる。

 

「隠してもムダさあ。おめえさんに隠し事は似合わねえよ」

「……フン」

 

 将角は仏頂面のまま杯を掲げ、不思議な魅力を持った弟分のそれと静かに打ち付けた。


   ———— 第六章に続く ————

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