第33話 そして晴れた空


撫子なでしこ大嶺おおねさんたちのことを、なんで私がかわりに許すのか。意味わかんないです」


 静かな中で私が言いはなつと、廊下からいろいろな反応が返ってきた。

 笑い。何かをひそひそ話す声。手を叩く音。


 まずいと思ったのか副校長がつかつかと行ってドアを開けると、二年生がたくさんと、ただ何があったのかおもしろがっていただけの一年と三年が逃げていく。

 ……教室に戻ってたった二日。私はまた保健相談室に逆戻りかもしれないと思った。




 だけど私はクラスに踏みとどまっていた。ちょうど体育祭直前で練習のために校内がバタバタしていたこともある。教室で授業じゃなく、校庭にいる時間が多かったんだ。それだとみんなの気がそれるから。

 体育祭はやっぱり見学することにした。だって二ヶ月も体育をやってなかったし、骨折までしてたのにいきなり動けないし、何も練習していなかったものは追いつけない。元々どんくさくて戦力外だしね。

 教室にいる時にはたまに廊下からのぞかれて何か言われていたりするけど、悪口ではなさそうだ。本当に、ただの野次馬。

 でも私自身がドカンと発言したおかげで、撫子のことを口にできないみたいな空気はなくなってくれた。すこしずつ去年の話題もできるようになってきてうれしい。


 ところがこんどは大嶺さんの方が教室に来なくなっていて、そうなると私が加害者みたいな気分で納得いかなかった。彼女も相談室に保健室登校していたりするのかな。

 そう考えていたのだけど、騎馬戦の練習を校庭のすみっこで見ていると待機中の萩野はぎの先生が口をへの字にして言った。


「来てないんだよ」

「……学校にですか」

「うん、まあね――誰でもへこたれる時はあるもんさ」


 それはそう。私もついこの間まで保健相談室に逃げてたし。耳が痛いな。


「尾花さんは思ったことを言っただけだから気にするんじゃないよ。謝って許してチャンチャン、なんてのは学校側が求める茶番だからね。言われてみれば確かに、尾花さんは無関係だしねえ」

「茶番て……先生も学校の人でしょ」

「そうだけどさ」


 萩野先生は肩をすくめる。


「養護教諭なんだから、職員室や校長室とはすこし違うところにいてもいいじゃない。物の見方はいろいろだ、ていう生きた見本をやってるつもりだよ、これでも」

「……たぶんそれ、地がそうなだけですよね」

「尾花さんはさあ、本質を見すぎなんだな」


 ケタケタと笑って、先生は私の背中をどついた。



 練習が終わって混みあっている昇降口で、私はあおくんに声をかけられた。去年は同じクラスだったけど、今は別々だ。


「おまえ、世理せりのことおぼえてる? 幼稚園の」

「……え。うん」


 いきなり世理くんの話題でびっくりした。でも碧くんも幼稚園から友だち。そういえば魂揺たまゆらの世界にもいたっけ。世理くんが顔がわかったと言っていたうちの一人だ。


「あいつ、こんど戻ってくるんだって。うちの中学に入るんだぜ」

「どこで聞いたの」

「うち、すぐ近くなんだよ」


 ああ、そうなんだ。もう家族は引っ越してきているし、ご近所にあいさつぐらいしてるよね。世理くんも明日金曜日には退院のはずだし来週には転校生として登校する予定なのを私は知っている。


「なんか事故って大怪我で入院してたんだってさ」

「……たいへんだったんだ」


 碧くんはその情報を、幼稚園時代からのつきあいの子たちに伝えて回っているらしい。すぐに別の子のところに走っていってしまった。

 ――『事故で大怪我』ということは、私が巻き込んだなんて情報は出さない方がいいのかな。世理くんちのおじさんおばさんは言っていないんだろう。そうすると私と世理くんは幼稚園ぶりの再会ということになるけど……え、私そんなフリできる自信ない。

 どうしよう?




 すると土曜日の昼前に、世理くんがうちにやってきた。お母さんに呼ばれてあわてて玄関に行くと、手を上げてニヤリとされる。無事に退院できたんだ。


「よ。学校どんな?」

「……体育祭前でバッタバタ」

「えーマジ? 俺出られないじゃん」


 私たちは家の前に出た――ここで会ったんだよね、くんと。なんだか不思議。


「今日は晴れてるな」


 世理くんも同じことを思ったんだろう、空を見て言われた。あの時は霧雨にけぶっていた道路が今は太陽にジリジリしている。

 顔を見合わせて、へへへ、と二人で笑ってしまった。すこし照れくさい。


「世理くんが転校してくるって、碧くんが宣伝して回ってるよ」

「そうなの?」

「私もう会ってるなんて言っちゃいけないかと思ってちょっと困った」

「ああ、それ」


 世理くんはまじめな顔になった。


「俺がはこべと撫子のことにかかわったってのは、言わないでくれって思って」

「うん……いいけど。なんで?」

「そんなの恥ずかしいじゃん」


 なぜかふくれっ面をされる。意味がわからなくて私も眉を寄せて口をとがらせてしまった。変顔大会か。


「だってさあ、ただ下じきになったならカッコ悪いし、助けたなんて言ったらカッコつけだし、どっちにしても嫌なんだよ」

「あー」


 なるほどね、理解した。理解はしたけど……。


「カッコ気にしすぎじゃない?」

「うるせえ」


 世理くんはプイと横を向いてしまった。そのままでボソッとつぶやく。


「ぜったいヒューヒュー言われるだろ……」


 私は完全に理解して黙った。萩野先生のやんわりしたからかい方を思い出す。なるほど、あれを男子からあからさまにやられるのは嫌だわ。


「めっちゃ了解……」


 私たちがちょっとホテホテした顔になってしまったのは、きっと初夏の強い日の光のせいなんだ。きっと。そういうことにしてしまおうと思った。



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