第27話 もういちど最初から
私たちはしばらく無言でうつむき、向き合っていた。どうしようもない、たくさんの気持ちがわき上がって何から話せばいいのかわからないよ。せりくんでさえご乱心だったし。
「えーと、ハコベ」
「は、はい!」
つい身がまえてしまったら、せりくんが困り顔になった。
「そんな警戒するなって。何もしないし」
「何もって、何」
「……なんでもない!」
すこしふくれっ面のせりくんは、一つ深呼吸した。
「これで、俺たちが手を合わせたらそれぞれの体に戻るよな」
「そうなの?」
「うん。結びつけるための手じゃなくて、反転させるための手になるんだ」
「いや、わからない」
もういいよ、説明は。理解する気をなくした私が投げやりに言うと、せりくんは渋い顔だ。
「俺も戻る体があるってわかったから、目を覚ますだろうし」
「そうね。そしたらお見舞いに行くわ」
「あ、でもここでの記憶はないと思うぞ」
「えええ。そうかー、そうだよねえ」
こうしてせりくんと話したのも、なかったことになっちゃうのか。だとすると、また卒園ぶりな気分になるの?
「もう
せりくんが空を見あげて、私もつられて辺りを見まわした。
それはちょっとさびしいな。豆だいふくのこと、撫子のこと、そしてレイくん。ぜんぶ忘れてしまうなんて。
どれも大切なできごとだったし、忘れるなんて嫌だ。
でも私たちは本当の世界に戻って、ちゃんと生きなくちゃいけない。ここでの事は、そのためのものだと思う。
忘れたくない。だけど私はせりくんに向かって笑った。
「――そしたらもう一度、久しぶりだねから始めよう」
そう言うと、私を見つめたせりくんは一つうなずいた。
だいじょうぶ。私たちはきっとまた、仲良しになる。
くだらない口ゲンカをたくさんして、笑い合って――もしかしたら、お互いに好きになるのかもしれない。それはまだわからないけど。
「私めちゃくちゃゴメンとありがとうを言うと思う。覚悟しといて」
「うっわ面倒くさそう」
巻き込んじゃってゴメン、おかげで助かったよありがとう。私なら、嵐のようにそう言うだろう。それでせりくんは、もういいようるせえなあ、てあきれたように返すんだ。目に見えるようだよね。
だけど、本当に。
「セリくんのおかげで生きてるの」
私はまじめに言った。
「ほんとに、ありがとう」
せりくんは大きく笑った。
「ハコベを助けてよかった。仮死状態になるぐらい、なんてことないな」
「それは言いすぎ」
私は髪からヒマワリのヘアピンを取ってせりくんに返した。
「また会った時に、本物を返してね」
「りょーかい」
ヘアピンをポケットにしまったせりくんは、私に両手を向ける。ハイタッチだ。
「んじゃ、帰ろうぜ」
「うん」
私も両手を出しながら、ニヤリとして言った。
「さよならレイくん。またね、セリくん」
同じくニヤリとして、せりくんは返してくれた。
「またな、ハコベ――こんど会ったら、一緒に生きよう!」
――――!
照れて、うれしくて、泣きそうで。
いろいろな気持ちがあふれだしてしまった私が何も言えずにいる内に、せりくんは私と手を合わせた。
ふわり。
空気が波となって、私とせりくんを包んだ。
――私は何をしていたんだっけ。
白い、星のようなエゴノキの花。
雨に打たれた花がポツリ、ポツリと地に落ちる。
私はなぜか落としてしまっていた傘を拾った。
学校に行く途中、この小さな釣りがねのような花が散るのを見たくて公園に入った。それだけのはずなんだけど。
雨はいつの間にか弱くなっていた。もうすぐやむのかもしれない。今までザアと降っていたような気がするのに。
「――あれ」
いきなり私の目から涙があふれた。
「何。なんで私、泣いて」
ぬぐってもぬぐっても、涙はあふれる。
悲しいの? そんな気もする。でもそれだけじゃない。うれしくて、満たされて、安心しているこの心はうそじゃない。
私はどうしてしまったんだろう。何を泣いているんだろう。
この涙も、世界をめぐる水のひとしずく。
そんなことを私に言ったのは誰だっけ。
大切な誰かが、私にはいたような気がする。
だけど私は今、ひとりだった。
ひとりで傘をさし、立ちつくす。どうして立ちつくしているのかも知らないけれど。そして雨がやさしくやさしく降っている。私はその空を見上げた。
りんとする大気は静かで、雨音もあまりない。明るくなりかける雲のすきまから、うっすらと光がもれた。
忘れたくなかった。
何の事をそう思っていたのか、それすらわからない。だけど私の心はジンと痛んだ。その痛みだけが、私が抱いていられるものだ。
私はつぶやいた。
「会いたい」
誰に。知らない。
知りたい。
もう、雨はやむ。
「尾花さーん、大遅刻だよ!」
泣きやむまで公園で立ちつくして、私は登校した。そしたら
「遅刻で行くってお母さんが電話してきてたのに、まったく来ないじゃないの。お宅に電話したよ、さすがに遅いから。なのに誰も出ないしさあ」
ほう、と安どのため息をつかれてしまい、私は謝った。お父さんもお母さんも出勤しちゃってたから、家には誰もいない。
でもおかしいな、私が家を出てから学校に着くまでに、なんだかすごく時間がたっていた。私、そんなに公園でぼうっとしていたっけ。雨も降っていたのにそんなことしないと思うんだけど。
「……昨日さあ、巻きぞえの人がいた話をしたじゃない。気にしてるかと思って」
先生はいつもの雑な口調なのにやさしい目で私を見ていた。
そうだ。そのことを考えて、朝までぐるぐるしていた。だけどなんだか――今はすこし違う。
その誰かのことを思うと、どうしてか胸が苦しくなる気がした。
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