第24話 覚えていたい


「――私、そんなにじゃましてましたか」


 申し訳なさそうに言ってみたら、その人はあわてて手と首を振った。


「ううん、ジャマとかじゃないよ。でもほらあの子、ひとりじゃできないようなこと提案して、あなたが面倒みてたじゃない。委員でもないのにかわいそう、自分でできないならがんばってる感出さなくていいのにって。裏で言われてたんだよ」


 苦笑いしながら言われて、私の中にまたフツフツと怒りがわいた。


「がんばってる感ってなんですか。ナデシコはちゃんとがんばってましたけど」

「え、ああそう? でも部外者にメイワクかけるのはダメでしょ?」

「私めいわくなんかじゃなかったです。楽しくてやってたんです。部外者が手を出してすみませんでした。でも何もやらないで文句言ってるだけより、手伝ってって頼める方がえらいと思うんですけど!」


 強く言いきって、私はクルリと回れ右した。図書室で大きな声を出すとか、これはちょっといけないことだ。でもさ、言わずにいられなかった。


 早足で廊下に出て、ずんずん歩く。でも数歩で勢いがなくなった。ついてきたせりくんが橫に並ぶ。


「――言ったじゃん」

「う。言ったね」


 せりくんはニヤニヤと楽しそうだけど、私はそうもいかない。しまった言っちゃった、という感じだよ。

 歩き方がトボトボに変わった私を、せりくんはひじで小突いた。


「ナデシコのためになら言えるんだ。いいやつだなハコベって」

「おほめにあずかりまして……」

「本気だって」


 ケラケラとせりくんが笑う。そう言ってくれてもなあ、あんまりキッパリものを言うと角が立つでしょ。社会性に問題ある人になっちゃう。とくに女子の間では致命的なんだってば。


「ハコベは自分のことならがまんするし、周りに合わせてるだろ。友だちのことだから黙ってられなくなったんだよな?」


 やっぱりいいやつだと思うよ、と言ってくれる顔は意外とまじめだった。

 うーん、まあここは現実ではないんだし、いいってことにするかな。言いたいこと言えてスッキリしたし。


「ナデシコが気にしてたことだったからね。ここまで言えなくても、すこしだけなら本当の世界でも伝えられるといいな」

「戻ったら忘れるんだろうけど、たぶんここで思ったことは心の奥底に残るはずだ。きっとできる」

「残るの?」


 驚いた私にせりくんはうなずいた。


「だって想い残りをなくしたら、みんな満足するだろ? ここであったことは、魂にきざまれる。それはずっと消えないと俺は思ってる」

「そうかあ。じゃあ、がんばってみるよ」



 私たちは昇降口の外に出て、校庭をながめた。体育の授業もないのか誰も出てこない。晴れているのにガランとした校庭はなんだか不思議だった。

 現実の学校には今、雨が降っているのだろう。雨粒にうたれたグラウンドにじんわりと水たまりができ、ピチョンポチョンと波が立つ。人はいないのになんだかにぎやかな校庭。


「セリくんにも本当の学校を見せたかった」


 つぶやいてしまった。死にたくなかったのはせりくん本人なのに、それを私が言ってはいけないよね。だけどせりくんは笑ってくれる。


「ここだっておもしろかったよ。ハコベもいろいろため込んでたんだ、てわかったしさ」

「おもしろくないし……」


 私はぶすっと口をとがらせた。それをせりくんは楽しそうにながめている。ほんとにシュミ悪い。人の変顔ブス顔ばっかり見てるよね、せりくんて。


「ここはハコベの心だからな、ハコベの想い残り――いや残してないから、ただの想いだけど、それをなんとかする場所としても使えると思ってた」

「え、そのためにここに来たの?」

「もちろん俺のためだけど。でもハコベだって、なんかあるんだろうし。同時に解決できたらオトクだろ」


 主婦みたいなことを言ってせりくんは笑う。


 どうしていつも笑っていてくれるの。私を助けてくれるのはどうして。

 私より、せりくんが救われてほしいのに。せりくんの魂を、私は救いたいのに。


「――私、セリくんとずっと一緒にいたかった」

「え」


 私はむっつりとうつむきながらつぶやいた。

 そうだ、これがいちばんの私の想い残り。残していないけど、もうかなえられない私の願い。

 こうして魂揺たまゆらの世界をめぐって知ったせりくんの軽やかで強い心が、もう消えるしかないものだということが悲しくて悲しくて悲しい。

 せりくんとは、ほんのすこしの間しか一緒にいられなかった。もっといろいろなことをしてみたかった。なのにここから帰ったら、私はせりくんのことを忘れてしまうだなんてひどすぎる。


「セリくんのこと、ずっと覚えていたいよ」


 私の目にひとつぶだけ涙が浮かんだ。でも泣かない。もういいかげん泣き虫で心配かけたくない。小さな子みたいにヨシヨシされていちゃいけない。

 だけど振り向いてマジマジと私を見たせりくんには涙が見えただろう。じっと私のことを見つめて――せりくんは自分も泣き笑いのように顔をくしゃっとした。


「ちょっと、もう――俺の名前呼ぶな」

「……なに?」

「呼ばないで。俺、消えるかもしれない」


 照れながら、でもうれしそうにせりくんは私に笑いかけた。


「……想い残り、どうしたの?」

「今、なくなったかもしれない」


 そう言ったせりくんの笑顔はたしかに透きとおっていて、私の息はつまった。

 やだ。もういっちゃうの。


「なんで。いかないでほしいって言ってるのに」

「だからだろ」


 すん、とせりくんは鼻をすすった。


「ハコベが、そう言ってくれたからだよ」



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