不明な缶人と大好きな弟子達

「えへ。他は他は?」


 エストは無視を貫いた。


 ――調子に乗らせない程度に褒めてもよかったかもしれないが。それは彼女を喜ばせることになる。笑顔を向けられることが嫌なわけではない。


 何かがあったとき、いちいち表情を思い出したくなかった。


「……訓練を続けよう」


 拳銃の組み立て。――おぼつかないが一度で全て記憶する。二回目以降は手順も素早い。最初に注意したことは守っている。


 拳銃の発砲。ライフルよりもブレていたがいずれも初心者の技量ではない。愛玩用の缶人と自称していたが、機能としては飼い主の護衛もあったのかもしれない。


「拳銃、形と匂ぃを。覚えたから目を閉じたって組み立てれるよ? エストのも覚えてあげよーかぁ?」


「目で確認しろ。作業を怠るな」


「冗談通じない……!」


 ――冗談だと理解したうえで無視しただけだ。


 しかし護衛機能があるとすれば異様に筋力が弱い。発砲時のブレの原因も平均以下の筋力だ。刀をまともに持てなければ、短刀にさえ遠心力によって振り回される。


「……」


 理由は気になったが。詮索するのは最善ではない。ただ、約束通り訓練だけはしようと。鍛えるべき項目を伝えていく。


「ねぇ、なんでいちいち言葉を悩むの?」


 シルヴィの観察眼は偶然ではないらしい。ガスマスク越しにもかかわらず見透かすように、人の領域に土足で入り込む。


「……貴様のように余計なことを口走らないためだ」


「ひどくない!?」


 シルヴィは大袈裟に不服を物申す。暮れ時の淀んだ陽光に照らされた髪が桃、紫、藍色。色彩を波のように変えていた。


 綺麗だとは口にしなかった。


「もう夜になる。早めに戻るぞ。この街は表向きは人間の街だが、エスコエンドルフィア製薬は何もかもを隠している。外界の怪物ばかりだ」


「よくパパも愚痴を漏らしてたよ。市民は怪物に食殺されても、メガハートポリスは適当な不法移民を殺人犯にするだけだって。そうやって共存してるんだって」


 他人事のようにシルヴィは語るが、缶人に組み込まれる遺伝子の大半が外界から持ち込まれた別人種、怪物のものだ。


 異界嫌いらしいそのパパとやらが彼女(シルヴィ)には何もかも許していた理由はなんだ? 見た目か?


「……どうしたの? 悩みこんで。……あ、もしかしてぇ? 訓練してやったからご褒美が欲しくなっちゃった?」


 余計なことにくどくどと思考を割くのが馬鹿らしくなった。ある意味でいえば、助けられたかもしれない。心の底から頭が冷えた。


「戻るぞ」


「えっへ。じゃあご褒美にぃ、食事、エストの分も作るからね?」


「俺はこれでいい」


 エストがレーションを見せるとシルヴィは即座に掠め取り、そのまま小さな口で頬張った。そのまま一本押し込むように食べてしまう。


「ほぐ……ふぐ。んんン……ッ。だーめ♡ エストが食べようとしたらそれだけ私が食べちゃうよ?」


「余計なことはするなと言ったはずだ」


「それは絶対従いませーん。何言っても絶対食べさせるから。口移ししてでも♡」


 嘲りながらシルヴィは真摯な眼差しで、これが使命だと言わんばかりに見上げる。深紅の双眸は夕日を映すと翡翠の光に煌めいていた。


「…………勝手にしろ」


 エストが諦めたフリをしてトレーラーハウスへ戻っていくのを見て、シルヴィは小さく頷いた。


「心配してないと思うけどぉ、美味しいって言わせるからね?」


「…………言わないから安心しろ」


「じゃあ思わせるから安心して?」


 エストは口を閉じた。


 ――喋るだけ、シルヴィを喜ばせるだけだった。牙を見せる満面の笑み。昨日、自分の住んでいた場所を滅茶苦茶にされた奴の表情とは思えなかった。


 精神面が強く便利屋に向いていると言えばいいのか、自分とはあまりに違うと嫌悪すればいいのか。最善の答えは分かっている。何も言わず、可能な干渉と感傷を得ないことだ。


 ガスマスクを深く被った。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 白い部屋。窓ガラスに四方を覆われていた。向こう側は見えない。一方的に見られていることだけはわかる。手足は縛られてまともに動けない。


 慈悲か、歪んだ信念かは分からないが、それでも腰に帯びた刀だけは没収されていなかった。


 レーヴェは朦朧とした意識のなか、ゆっくりと目を開ける。――時間の経過は分からない。けど、自我が残っている。


 痛みもある。ワイヤーで縛られうっ血した手足。胸はきつく、わざとらしく羞恥を煽るように締め付けられている。ああ、けど屈辱も恥も怒りも残っている。幸福剤の投与は手遅れの段階ではないらしい。


 冷静に分析してから、ゆっくりと目の前の敵を見上げた。――ルドヴィコ・アーヴェ。エストに斬られた顔と腕の一部は義体となって軋む音を響かせている。


 ルドヴィコは機械化せずに済んだ灰の髪を掻いて、生身の目でジッとレーヴェを見下ろした。愛おしげに、見せつけるように白い刀を撫でる。


「お目覚めですか? お姫様ぁ……。もう三日は経つんだぁ。必要な情報を吐けばすぐに終わるんです」


 レーヴェは何も答えない。俯いたままただ時間の経過を待つように眼を瞑ったまま。ルドヴィコは大袈裟な溜息をついた。


「あなたは堪えてますが、それは幸福剤の過剰投与に僕が反対してるからさ。投与すればレーヴェの意思はかかわらない。ここでのやり取りは無駄なんだ。むしろ吐かずにいれば天才を廃人にするだけ。……気が進まないなぁ」


「…………」


 何も言うことはない。吐いたところで釈放される保障もない。仮に自由になれたとして、一生罪悪感に蝕まれるだけ。死の恐怖がないわけではなかったが、微量な薬品投与の所為か実感を持つことができない。


「嗚呼……頼みますよ。本当に打ちたくないんだ。同じ師匠、同じ剣術を持つ同士が、多幸感に酩酊してだらだらと涎を垂らす様は嫌だなぁ。師匠の居場所とガキを連れていたかどうかさえ言うだけでいいんだよ?」


 また同じ質問。窓の奥からずっと感じる下衆で、舐めるような視線の集まり。――イライラする。


 レーヴェは青い視線をルドヴィコに向けた。薬と長時間にわたる尋問のせいで首をあげるだけでもどうしようもなく倦怠感が全身を巡る。


「……知ってどうするわけ」


「仕事……は建前だなぁ」


 危険な一言だけはレーヴェにのみ聞こえるように耳元で囁く。それから誤魔化すように彼女の回りを歩き回って、歌姫の唄を口ずさんだ。


「師匠ともう一度全てを曝け出すんです。ずっと子供扱い、ずっと認められないと思ってた……。けどあの瞬間、本当に心が躍ったんです。師匠が本気になって、僕に強いなって言ったんです。泣きそうな顔で」


 ロドヴィコは機械の腕と相貌を撫でた。思い出に浸り、恍惚とした表情で身体をもじつかせる。それから満面の笑みを浮かべてレーヴェの顎を持ち上げた。


「……大好きなんです。師匠のことが。好きで、好きで、好きで。愛してるんですよ」


「本当に好きなら師匠のこと、もっと考えたら?」


「ええ、考えていますよ。だから余計な危険な虫をつけたくはないのさぁ……。どうせ師匠が見捨てられずに保護したんでしょうけど、あのガキは危険です」


「…………」


「やっぱり連れているんですね。なら教えてください。上は何も言いませんが、たかが殺人現場を愛玩奴隷ごときに視られたくらいで治安維持隊(メガハートポリス)や秘密警察(スマイルオフィサー)を動かしたりはしないはずだからさぁ…………」


「言うと思う?」


「幸福剤を打ったらレーヴェの意思でどうにかなるものじゃない。なのに、言わないんですか?」


 ルドヴィコが僅かに声を荒らげる。レーヴェはふんと、毅然とした態度のまま鼻で笑って見せた。


「言わない方があんたが苦しむわ?」


「――――なるほど。そういう考えなら仕方ないです。ならばせめて、手遅れになったあと娼館に売られないように配慮してあげましょう。解体屋(ブッチャー)に連絡をつけてください。それと八番と六番はこちらへ」


 ルドヴィコに呼ばれたメガハートポリス二名が部屋に入る。


 刹那、小さな金属音を鳴らして白い刃が瞬いた。二人の身体は崩れることなく両断され、倒れ伏せる。衝撃を受けて思い出したかのように床が血に濡れていった。


「クソ!! クソ! よくもレーヴェに下衆な目を向けてくれたなッ。薬物依存の飼い犬風情がッ!」


 飄々とした態度は一転して狂暴さを露わにして死体を容赦なく斬り刻む。――前はこんな奴じゃなかった。


 懐かしむような、悲しくなるような。熱くなった目頭を、睥睨することでレーヴェは誤魔化した。

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