57番目のラブソング

石衣くもん


「君は三日月に似ているね」


 笑う時に細める目が、と続けようとした私の言葉を追い抜いて、非難の声をあげた君。


「しゃくれてるってこと? それはあたしの顎が長いとか弧を描いてるとかそういう」

「褒めようとしたのに、ちょっとキレられるって一体なんなの」


 捲くし立てられる言葉に対抗してそう口走ってみるものの、あれ、これは褒め言葉なのかしらと一筋の疑念が過ぎって消えた。


 訂正。賛辞ではありませんでした、ごめんなさい。月を愛してやまない自分にとっては称賛の言葉だったのだけれど。


「悪口じゃなかったらいいよ。悪口じゃないなら」


 ごろんとどうでもよさそうに寝転がり空を仰ぐ彼女を横目に見て、学校の屋上は汚いよと一人呟く。


 側には返ってきたばかりの古典の百人一首の小テストが落ちていて、九十七点という高得点が目に痛い。自分のテストには赤字の一が二つ並ぶばかり。仕方ない、月が出てくる歌が十一首しかなかったんだもの。


 自分の頭の悪さに一人テンションが下がる私に構うことなく、彼女はどうでもよさ気な態度を崩さない。


「あ、昼なのにもう月が見えてるよ」

「そらそうだよ。月はね、地球に寄り添って私たちを見守ってくれてるんだから」


 その辺はでんと、鎮座しっぱなしの日輪様よりも、地球の周りをぴったりくっついて離れず、共に周り続ける衛星に親近感が湧くというもの。愛着が湧くというもの。


 この良さは、素敵さは、君にも感じられるでしょう?


「ふぅん、ああそう。あたしは月なんか嫌いよ」

「そうか、でも君が嫌いでも私は好きなんだもん」


 だから君の名前も大好き。揶揄うように投げかけたら、チョップが脳天に降ってきて星が散った。なんだ洒落の通じない奴め。


「だいたい月見里って書いて〝やまなし〟だなんて読めるわけないじゃない」


 あんたみたいな月オタクじゃない限り。

 吐き捨てるような口調で褒めてくれた。しかし照れ隠しにしたって失礼な奴だなあ。


「素敵な名前じゃない、羨ましいわ。名前にすら意味を込めて貰えない人もいるのに、君は苗字にすら物語を」

「嬉しくないわ、そんなの。いじめられる材料にしかなったことないんだから」


 遮るような否定の言葉に、胸がつきつきと痛む。そんな言い方ではまるで、


「君は、自分のことが好きじゃないのか」


 笑った時と同じように三日月形に歪めた目は肯定の意なのだろう。そうよと呟いたと同時に、堰を切ったような哀しい言葉の羅列が溢れ出した。


「そうよ、嫌いよ。こんな名前だって嫌いだし、たくさん転校しないといけない家庭も嫌い。その度に好奇の目を向けてくる同級生だって嫌いよ。でも、こんなことばっかり思って人の所為にばっかりしてる、卑屈で歪んでて根性曲がってる自分自身が、一番」

「それ以上言ってご覧、私も君を嫌いになるよ」


 君がいっぱい辛い目に遭って来たのも聞いたし、ひどく傷ついてきたのも知ってる。だけど。


「それ以上私の友達を悪く言うなら許さない」


 真っ直ぐ目を見て、少し気恥ずかしかったのを押し込めて、ちょっとでも君の陰りが照らされるように。


「意味、わかんない」

「わかんなくていいよ。ただ君には友達がいるってことだけわかってればいい、あとは」


 それが離れたって、変わらないって覚えててくれれば。

 そう言って微笑んだら、今度は真ん丸に見開かれた目。驚いてますと言わなくたって伝わって、わかりやすい人だと、苦笑を一つ。


「あんた、知ってたの」

「知ってるよ。でも、君の口からちゃんと聞きたい」


 別れるのは辛いけど、君はかぐや姫と違って月に帰るわけではないでしょう。きっとまた逢えるわ。


 もはや彼女を励ましているのか、自分に言い聞かせているのかわからなかった。


「私、八月九日に引っ越すの、確かに月よりは近いけど、気軽に会いに来れる距離じゃないわ」

「けど、私は逢いたい。必ず逢いに行くわ、手紙も書くわ」

「でも、あんたは忘れてしまうかもしれないじゃない」

「大丈夫よ」


 久しぶりに巡り逢ったとしても、私は必ず、一瞬でも君を見たら、君だって判る自信があるよ。


「こんな時でも、月ばっかりね、あんたは」

「ふふ、今の、よくわかったね」

「当たり前でしょ」


 私は、あんたの友達なんだから。


 にっこり笑ってそう言った彼女を見て、やっぱり笑う時に細める目が三日月に似ていることを再確認して笑った。


「巡りあいて、見しやそれとも分かぬまに、雲がくれにし、夜半の月かな、でしょ」

「うん」


 紫式部は大切な友達にちゃんと逢えなかった。その時に、詠んだ歌が百人一首に選ばれた。百人一首はラブソングだと古典の先生は言ってたから、この歌は57番目のラブソングだ。


 そんな悲しいラブソングの代わりに、私が勝手に作ったアンサーソングを君に贈ろう。


 愛逢月、隠れてしまう、夜半の月。

 それでも私は、それを忘れぬ。


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