ソレイユ嬢の花嫁修業編・1

 季節は春。

 去年いろんなことがあって、北の最果てにあるラドクリフ領に行ってきた。

 そこでたくさんの品物をもらってきた私は、自分の未熟さを思い知った。

 貧乏貴族の娘に生まれて、平民よりは良い生活ができていたけれど、ほかの貴族令嬢に比べたら最下層にいることを知っている。

 贅沢ぜいたくなドレスも宝石も手に入らない。

 満足に学園に入学することもできない貴族令嬢に、まともな結婚は無理だろうと、幼心に自覚していた。


 けれどそんなの別に構わないわ!

 そう思って愛馬のシュリーと一緒に、自由気ままに野山を駆け回っていた。

 いずれは平民として生きていくしかないであろう身の上で、多くを望んだって叶わないことを知っている。

 綺麗なドレスも靴も、宝石だっていらない。

 私には必要ないものだって、自分に言い聞かせていた。


 けれどその考えが少しだけ変わったのは、ラドクリフ領から戻ってきたあとのことだった。

 ポーションと薬草を、なけなしの宝石で譲ってもらおうと差し出したら、ラドクリフ男爵様は「不要だ」と言って、受け取ってはくださらなかった。

 きっとみすぼらしくて価値がなかったのだろうと絶望したとき、彼の方はおっしゃってくださったのだ。


「対価は不要だ。民の命がかかっているときに、遠慮は無用。むしろよくぞここまで単騎で駆ってこられた。その心意気に敬意を表そう。……明朝までにポーションと薬草を用意する。今日はゆっくり休まれるがよい」


 柔らかなほほ笑みを浮かべたラドクリフ男爵とそのご長男のレン様に、一瞬見惚れてしまったのは仕方がないわよね!

 お二方ともたいそうな美丈夫なんですもの!!


 私は何度も何度も、感謝の言葉を伝えた。



 そうして、ローテ領のお屋敷に戻ってから、ラドクリフ家の侍女のマーサさんから預かってきたマジックバッグを確認してみれば、中にはたくさんの品物が詰まっていた。

 ラドクリフ邸で貸していただいたドレスと靴と夜着と、さらに別のドレスと靴が二種類も!

 さらには王都学園の基本学科の教科書と、たくさんの化粧品とお菓子まで!!

 すべて取り出してみれば、お部屋中が品物であふれていた。

 その品数に驚いたばあやがお母様を呼びに行っているあいだに、涙があふれて止まらなくなった。


 綺麗なドレスも靴もアクセサリーも、ずっと無縁だと思っていたの。

 それがこうして目の前にあるなんて。

 ほかの貴族のお茶会に呼ばれる伝手つてもない私には、着る機会がないかもしれない。

 それでもうれしくて、うれしくて、子どもみたいに泣いていると、ばあやとともにやってきたお母様が私を抱きしめてくださった。

「心から感謝しましょうね」

 その言葉に泣きながらうなずいていた。



 ラドクリフ家従士の御三方にも、多くのものをいただいた。

 特にドワーフのアンジーさんには、森の中でのサバイバル術を教わったの。

 ヒューゴさんとケビンさんは、「それをどこで使うんです?」と苦笑していたけれど。


 アンジーさんはあっけらかんとして言い放った。

「あら! 知らないよりは知っていたほうがいいわよ。人生何が起きるかわからないわ! 怖い怖いと泣いていたって、誰も助けてくれやしないのよ。ほら! そこに大ネズミがいるから、グサッと一撃必殺よッ!!」

 

 飛びかかってくる大ネズミと、強制的に戦う羽目になってしまった!?

 私は無我夢中で戦ったの!


 あのときは死ぬかと思ったけれど、なんとか倒すことができた。

 そしてそのあとに、解体を教えられたのよね――――。

 このことはお父様にもお母様にも話していないわよ。

 お母様が卒倒しちゃうもの。



 いただいた王都学園の教本は、ラドクリフ家ご次男リオル様が使っていたものだと、メモが入っていた。

 レン様とリオル様の重複した教本で、より新しいほうをお譲りくださったのだ。

 この本だけでも金貨が何枚も必要になる。

 それなのにずいぶんと綺麗な教本に首をかしげていると、じいやが教えてくれた。


「貴族家の子弟となりますと、入学前に教養学科をある程度修めているものですよ。学園では早々に基本学科を終了し、専門学科を学ぶことが良いとされております。ラドクリフ家のご子息も基本学科は履修済みであったのでしょう」

「それならこの教本はリックのためにもなるのね」

「さようでございます。これだけでも購入費を削減できます。まことにありがたいことでございます」

 じいやはホクホクと笑っていた。

 そのとおりだと思うわ。

「私もお勉強させていただきます」

 じいやは「おや、お珍しい」と片眉を上げて笑った。


「アンジーさんに言われたのよ。何ごとも、知らないよりも知っていたほうがいいって」

「名言でございますなぁ」

 じいやは顎ひげをなでてホッホッホ―と笑っていた。

 まぁ、言われた状況が違うんだけどね!

 私はひとりで思い出し笑いをしてしまった。


 こうして、冬のあいだは弟とふたりで、お母様やじいやに教本の内容を詳しく教わって過ごした。



 春になると、いただいた農業の手引き書を参考に村人たちが農作業を始めた。

 土作りの素になる堆肥や草灰を去年から用意していて、この春から農地にすき込んでいくそうだ。

 そこにいただいたジャガイモの種イモを植えていた。

 穀物は諦めていたけれど、春まき大麦とソバの種が入っていて、村長はたいそう喜んでいた。

「去年は小麦もライ麦もろくに育たず、今年まく種の確保もままなりませんでしたから、これは助かりますぞ! なんとかこれを育てて、次の冬に備えましょう!!」

 村人も明るい笑顔で畑を耕していた。

 そのあとは葉物野菜や夏野菜を植えていく。

 ジャガイモのほかにカボチャや豆類の種が多く入っていたのは、「冬越しを考えてくださってのことだろう」と、村長の言葉を聞いて知ることができた。

 目先のことだけを考えているばかりではいけないと、教えられた。


 中にはヒール草とマナ草、キッカラ草などの種がたくさん入っていた。

 屋敷の側の草原や道の脇に、従士とともに種をまきにゆく。

 袋の中には、『道端でも空き地でも、どこでもいいから種をまくように』と、小さなメモが入っていた。

「草丈が伸びたら刈り取って、乾燥させで保管するようにですって。絶対根こそぎ採るなと書かれているわね?」

「去年は慌てふためいて全部引っこ抜いてしまいましたからね。あれは失敗でした」

 従士たちも頭をかいて苦笑していた。

「そうね。先のことなど、まったく考えていなかったわね」

 こんな身近にある薬草の扱いさえも知らなかったんだわ。

 

 大地に根を張れば何年でも生きつづけ、種を飛ばし増え続けてくれる植物。

 この小さな種を大切に育てて、未来につないでいかなければならないと、あらためて実感した。

 軽く土を解してから種をまき、覆土し、丁寧に水魔法(中)で水をかけてゆく。

 午前中いっぱいその作業を続けた。

 残った種は村人に渡し、村の空き地や道の脇、なんなら家の側で育てるように伝えておいた。

 村人もこの種のありがたみを知っている。

 大事そうに抱えて戻っていった。



 ちなみに、私のスキルは水魔法(中)と風魔法(小)で、騎乗スキルもある。

 女の子に多い裁縫スキルは増える気がしないのよね。

 最近気づいたんだけど、耐性スキル(中)というのが増えていて驚いた。

 何に対する耐性かしら?

 貧乏?

 それはイヤだわ!


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