彼女たち 母
あんらん。
母
母は今弟の勤める老人施設に入所している。
寝たきりで認知症でもある彼女はわたしが誰だかまったく分からない。
国内とはいえ遠く離れた地に暮らすわたしは五、六年に一度しか会いに行かないのでそれも仕方のないことだ。でも不思議と電話の声は分かるらしい。
彼女がまだ若い母親だった頃、わたしが小学五年生くらいのある日。
季節外れの旅行に連れて行ってもらったことがある。弟と三人だった。
学校が休みの時期ではない。とても寒かったのを覚えている。
もうひとつ覚えているのは寂しい遊園地の景色。
周りにはわたしたち家族と数えるくらいの人影しかなかった。
外に設置された舞台ではイベントが行われていた。
席についたとたん始まったのは「カモン、スネーク!」のセリフで進む子供だましの手品?のようなもの。
会議用の長机の上に箱が三つ。机の下は布で覆われ人がそこにいるのは丸わかりだった。箱を叩いてぬいぐるみの蛇を出し入れし、観客に次にどこに蛇がいるのかを当てさせるというものだった。
物悲しさだけが漂い早く帰りたくて仕方なかった。
母はなぜこんなところにわたしたちを連れてきたのか。
どうやら父には内緒だったようだし。まったくちっとも楽しくない旅だった。
妙に記憶に残っていた。
後年、弟から「母さんはあの時、俺たちと心中しようとしていたんだ」と聞かされた。わたしはそのとき「ふーん」と返事をしただけ。
弟はきっとわたしの反応の方がショックだっただろう。
両親の仲の悪いことは分かっていた。父のどうしようもない病気のこと。
母にも問題があり、他人には到底話せないことが数々家の中で起こっていた。
そんな両親はわたしが中学卒業直前、まず父が倒れ半身不随になり、翌年母も倒れ入院手術となった。
今でいうヤングケアラーだったわたしは、高校受験で進学組の成績だったにも関わらず、家の中が落ち着いた頃学校へ行けなくなった。
ある朝突然起き上がれなくなったのだ。今思えば燃え尽き症候群だったのだろう。
登校拒否という言葉なんてなかった時代だったから怠け者のレッテルを貼られた。
青春なんて言葉はわたしの中にはない。
それはきっと戦争を経験した両親もそうだっただろう。
小学校の高学年では授業そっちのけで、校庭を耕し芋を植えてばかりいたと彼女は話してくれた。お腹いっぱい食べることが最重要課題だったのだ。
彼女のことが許せないときがある。彼女のことを許そうと思うときもある。
彼女なりに頑張ってきたのだと思うこともあるのだが。
彼女のことが好きか嫌いかと聞かれたらわたしは答えられない。
親とはそういうものなのだろうか。
自分が親になってみるとよく分かるという人がいるが親になっても分からない。
未だに分からないのだ。
ただ眠るとき「幸せな時間が母にも訪れますように」と祈っているわたしがいる。
彼女たち 母 あんらん。 @my06090327
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