3 マナの過去

「ギャアァア?!」


 悲鳴を上げたアウルムジャガーの、その左の翼に大きな嘴がかかる。


「ギャア!!」


 黄金の翼は食い千切られ、


「アアァァアアアァァアア!!」


 アウルムジャガーは落ちていった。枝葉の折れる音。何かが潰れる音。そしてアウルムジャガーの声は、聞こえなくなった。


「マナ!」


 青緑の、両翼を広げると六メートルはありそうな鷹に似た大きな鳥は、ヒューゴの声でマナの名を呼んだ。


「……えっと……ヒューゴ……?」


 飛行魔法を保持し、そして下を警戒したまま、マナは自分の目の前でホバリングする大きな鳥へ問いかける。


「それ以外に誰だと言うんだ」

「いや、おっきくなってるし……」

「ああそれは……大きくなれた」


 そう言うヒューゴ、らしき鳥は、徐々にいつものヒューゴの大きさになっていく。


「アイツがお前に飛びかかり、私は、死を連想した。そしたら私の中で何か、力が湧き上がった。私はその力のままに、お前を殺そうとしたジャガーへ……と、いう訳なんだが」


 完全に元の大きさに戻ったヒューゴが、どこか不安そうに言う。


「マナ。怪我は」

「え? あ、ああ、うん。ヒューゴのおかげでしてない。無傷」

「そうか。良かった」


 心の底から安心した、というようなその声音に、


「うん。君はヒューゴだ」

「だからそう言っているだろう」

「で、落ちたジャガーだけど」


 マナは下に目を向け、


「確認しないと」

「近付くのか?」

「そりゃね。羽根が生えたアウルムジャガーなんて聞いたこともないし。ちゃんと死んだことを確認して、証拠として写真を撮って、羽根と牙と毛皮を取らないと。これは結構重大な案件だよ」


 ◆


「……ミナト? ミナト!」


 マナ達がダンジョンから出ると、ずっと待っていたらしいユミが、マナ達──ミナトへ駆け寄ってきた。


「甘雨等さん! ミナトは……?!」

「生きてますよ。今は眠ってます。すみませんが救急車を呼んでくれませんか? アタシは別の場所へ連絡を取らないといけなくなってしまって」

「は、はい! ありがとうございます……!」


 マナはリュックを降ろし、背中に固定していたミナトを近くのベンチに寝かせると、


「ミナト……!」


 それに縋り付くユミを横目に、北区のダンジョン管轄課に連絡を取る。

 ミナトは救急車で病院に連れて行かれ、マナとヒューゴは北区のダンジョン管轄課で当時の状況の詳細な報告をした。

 マナは、変異したアウルムジャガーの画像と抜き取った羽根と切り取った牙と毛皮を提出し、出来るだけ細かく説明をして。

 そして、突如巨大化したヒューゴの話もした。ヒューゴは後日、身体検査を受けることになった。

 そして、それら全てが終わった日の夜。


「……あー……」


 マナは二階プライベート空間の居間でソファに座り、天井を眺めていた。


「随分お疲れのようだな、マナ」


 大きくなった際にか壊れて外れてしまったテイムの足輪を嵌め直されたヒューゴが、冷静な声で言う。


「三分の一くらいヒューゴのせいだと思う」

「それはすまない」


 全くすまなそうな声で言うヒューゴへ、マナはちらりと視線を向けると、


「でも生きててよかったねぇ弟さん。奇跡だね」

「そうだな」


 今日の午後、ユミはまたここへ訪ねてきた。

 ミナトは衰弱しているけれど命に別状はないこと、家族全員今回のことに本当に感謝していることを伝え、何度も何度も頭を下げ、結構な値段のするブランドものの菓子を置いて帰っていった。


「……これからが、少し心配だけど」

「ミナトのこれからか?」


 羽繕いしながらのヒューゴの言葉に、マナは静かに答える。


「まあね。あの状況に一週間置かれたこと、それと」


 ことの発端となった、友人達とモンスターに襲われ、ミナトだけが逃げ遅れたという話。


「友達が本当の友達であることを願うよ」

「……マナ」

「ん?」

「ミナトを、自分と重ねているのか」

「ん……ま、ね」


 ◆


 六年前。

 各地に出現したばかりのダンジョンへ、警戒する人々と乗り込んでゆく人々。世界が二分していた頃。

 マナは友人達と、最近発見されたばかりだという『ストーンバード』と名付けられたモンスターの卵を捕りに、皇居のすぐ側に出現したダンジョンに入った。

 ストーンバードについてその時得られていた情報は、体が鉱物で出来ている、というもの。その体を構成する鉱物もざまざまで、鉄、水晶、ダイヤなど、それはもう様々だという。そしてストーンバードの産む卵も、鉱物で出来ていた。

 マナ達はストーンバードの卵を、そしてこの非日常への高揚感を求め、ダンジョンに入る。

 この時はまだ、そのダンジョンでは、ストーンバード以外に危険性の高そうなモンスターは確認されていなかった。ストーンバードの危険性も低く見られていた。だから、十四という少年少女五人はとても簡単に、ダンジョンに入ることが出来てしまった。

 そして、彼らはストーンバードの巣を見つける。辺りに親鳥はいないようだった。彼らは卵に手を伸ばし──


『ギィアアァァアア!!』

『うわああ?!』


 空から大きな鳥の強襲を受けた。それは天高く飛んでいた、この巣の親鳥らしかった。

 ストーンバードは煌めく赤い翼で強風を起こし、空気が震えるほどの威嚇の声を発する。

 彼らは警戒と怒りの視線を向けられ、今まで味わったことのない恐怖を、体の芯から感じ取った。


『に、に、逃げよう!!』


 マナが声を振り絞って言った。その声に、四人はハッとして動き出す。這々の体で逃げ出した彼らの、


『痛っ!』


 一人が転んだ。このメンバーのリーダー格の少年だった。慌てて周りが駆け寄り、それを見たストーンバードが、彼らに飛びかかるため姿勢を整える。


『っバカ! 逃げないと!』


 それを見たマナが言うと、


『ハヤテを置いてく気?!』

『違う! このままじゃみんな死んじゃう!』


 ストーンバードがこちらの様子を窺っているうちに、マナはストーンバードと友人との間に立ち、


『ハヤテ! 動ける?!』


 ストーンバードへ目を向けながら言う。


『あ、ああ……』

『じゃあ早く逃げて! みんなで逃げて! 私はなんとか、少しでもこいつの足止めをしてみるから!』


 ストーンバードは──その時はまだ知られていなかったが──目も鼻も利く。けれどそれが、逆に弱点にもなる。

 マナはその弱点を知らなかったが、ズボンのポケットから、もしもがあった時のために用意していた、ネットで見た唐辛子入りの刺激炸裂弾を取り出し、


『……お前、卵を独り占めする気か……?』

『は?』


 そう言ったハヤテへと、振り返ってしまう。


『そんなに準備万端で、……お前、俺らを餌にして、卵を自分のものにする気だろ?!』


 ハヤテの言葉に、マナは絶句する。


『みんな! こいつは仲間じゃねぇ! 裏切り者だ!』


 パニックになりかけている友人達は、ハヤテの言葉に感化された。


『マナ?! ひどい!』

『お前、そんな奴だったのかよ?!』


 違う。私は裏切り者じゃない。それに、今は言い争いなんてしてる場合じゃない。

 そう言いたくても、マナは声を出せない。突然非難され裏切り者扱いされたマナの頭の中はぐちゃぐちゃで、口が上手く動かなかった。


『ギィ、ギィアアァァアア!』


 そうこうしている間に、赤く煌めくストーンバードは飛び立ち、途轍もないスピードでマナ達に飛びかかる。


『うわああぁああ!』

『っ!』


 一目散に逃げ出す彼らを横目に、マナは炸裂弾をストーンバードに投げた。

 パァン! とそれは弾け、刺激臭が広がる。


『ギィア?!』


 ストーンバードが怯む。それに少しだけ安堵し、マナが後ろへ目を向けると、


『……』


 彼らはもう、すっかり遠くへ逃げていた。

 ……自分も、逃げなければ。

 思考を切り替え走り出したマナの前に、


『えっ?!』


 ストーンバードが降り立つ。もう、あの攻撃から回復して、ひとり残ったマナを敵と見定めたらしかった。


『っ……!』


 死ぬ。


『このっ!』


 マナは炸裂弾をストーンバードに投げ、横へと走り出す。


『ギィアアオォオ!』


 ストーンバードはそれを避け、マナを追い、その鉤爪がマナの背中を掠め、


『いぎっ!』


 衝撃でマナは転び、


『! ギャオゥ!』

『っ!』


 その声に振り向けば、動きを止めたストーンバードは身を翻し、自分の巣へと飛んでいった。


『?』


 見れば、ストーンバードの巣に大きな蛇が近寄っている。

 ストーンバードは、卵を狙っていたらしい蛇に襲いかかった。

 その大蛇は牙を見せ、卵を守るストーンバードに噛みつこうとする。

 マナは背中の痛みに耐えながら近くの岩陰に入り、彼らの攻防の音や声を聞きながら、見つからないようにと祈り、時が過ぎ。

 音は、いつの間にか止んでいた。

 マナは静かに、岩陰から様子を窺う。

 そこには、横たわる赤い鳥と、同じように横たわる大蛇がいた。彼らは、相打ちになったようだった。

 それを見たマナは、


『……、……』


 フラフラと、そこへ近付く。

 ストーンバードも大蛇も、息絶えていた。そして、巣の中にあった卵は全てが割れ、


『──あ』


 ていない。

 一つだけ、無傷の卵があった。マナは、その青緑の、鶏のより二回りほど大きい卵を手に取る。

 と、

 パキリ


『え』


 パキパキ、パキ。

 マナが呆気にとられているうちに、その殻は内側から割られていき、


『キャオゥ』


 まだ羽の乾いていない青緑の雛が顔を出し、自分に向けて鳴いた。



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