メニュー表の大転換

朝倉春彦

食事処コペルニクス

「寂れた商店街には名店が隠れているものさ」


先輩が言ってた言葉。

何気なく聞き流していたその言葉。

その言葉は、俺が出張に出た先で唐突に頭の中に響き渡った。


「……」


立っている場所は、まさに先輩が言っていた"寂れた商店街"。

立ち並ぶ店の殆どにシャッターが降りているような、枯れ果てていくだけの通り。

そんな通りのド真ん中、特に目立つ訳でもない、小さくこぢんまりとした建物の前に俺は立っていた。


"食事処 コペルニクス"


ボロボロになった看板に書かれていた店名。

変な名前だ。

だけど、妙に頭に残る。


今は丁度お昼時。

この通りを抜けて、この街の駅周辺で何か探そうかと思っていた所だった。

"ただの抜け道"でしかなかったこの商店街で、足を止める事になろうとは…


「ありがとうございましたー」


丁度、俺の目の前で扉が開く。

出てきたのは、俺と年が離れて無さそうなサラリーマンだった。


店主の気持ちいい挨拶。

満足げな男の表情。

今日の昼はこの店にするかと決めるのには、十分過ぎる情報量だった。


「いらっしゃい!」


入れ替わりで入った俺を、店主の挨拶が出迎えてくれた。


「適当なとこでイイっすよ!」


カウンター席しかない、狭い店。

客の入りは上々で、テーブルの上に出された料理を見る限り、"ハズレ"では無さそうに見える。

俺は、入り口側の方の席に座り、年季が入ったメニュー表を開いた。


「……」


この店が用意できる料理が、2列になってズラリと書かれている。

普通、麺類だとかどうだとかのカテゴリ分けがあるだろうと思ったが、ここはそうじゃないらしい。

ラーメンの横に素麺が並んでいて…その下には焼きそばと焼うどんが並んでいる…と言う具合。

ラインナップは、それほど多くないようだ。

まぁ、それくらいあるだろうな…と言えるくらいの量。

この地方らしい品も無く、ただ昔から続いているだけの食事処といった感じだ。


メニューに写真が無いから、どんなものが出て来るか想像出来ないが…

そこは、周囲を見回して、周囲の客にどんなものが出て来ているかで何となく出て来るであろう品の姿を補完する。


「すいません、天ざるそば1つください。ライス大盛付きで」


少し経って、俺は店主に向かって注文を入れる。


「あいよ!天ざるそばにライスの大ね!」


店主はニコリと笑って手を動かし始めた。


「ふぅ…」


俺はメニューを戻して、出されていたお冷を一口。

それから、何気なく店内を見回すと、まさに俺が頼んだ「天ざるそば」を頼んでいた客がこちらに目を向けていた。


「…」

「…」


不意に目が合い、ちょっと距離もあったせいで気まずい気分になる。

直ぐに目を別の場所に反らしたが、目があった男は、少しだけ驚いたような顔を浮かべていた。


「?」


俺は驚かれた事を不思議に思いつつ、料理が出て来る間の暇つぶしにと、スマホで適当なニュースを眺めはじめる。


「はい、お待たせ!」


幾つかニュースを読み終えた頃。

店主の声と共に、俺の前に大きなお盆がやって来る。


「"天ざるうどん"と"ライスの大"ね」


紹介と共に、やってきた品を見た俺は、「え?」と声を上げ、首を傾げて店主の方に目を向けた。

店主は俺の反応を見て二ヤリと笑うと、メニュー表を指で指す。


「あー…」


指先に目を向けて、俺は苦笑いを浮かべ肩を竦めた。

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