第14話

 白い宇宙服はわたしにぴったりだった。いやもう、わたしようにしつらえたみたい。わたしとセキアの体格は似てるって思ってたけど、ここまで一緒とは。


 ハルミちゃんはわたしよりも先に着替えてしまっていて、ホワイトキャンディの最終準備に入っていた。


「着替え終わったら、こっちへ」


「うん」


 わたしはホワイトキャンディの中へ。


 球体の形をした壁沿いには、円形のベンチがあった。円の中央に機械があり、それをハルミちゃんは操作している……今終わった。


「席に座ってください」


「わかったけど、ベルトとかは?」


「必要ありません。重力を操ることができますので」


 ハルミちゃんは言いながら、機械のボタンを操作する。扉が閉まる。


 耳が詰まるような感覚とともに、かたんと揺れた気がした。


「気が付きましたか。もうすでに空へと飛び出しています」


 小さな手が、機械の上で踊る。次の瞬間、グレーの壁が一気に透明化する。


 わたしは、宙に浮かんでいた。


 遠くには星空が見える。地平線へ向かってどこまでもどこまで広がっていく、濃緑の大地。そこにはいくつかの光があった。足元を見ると、光が密集している。ほしのゆが、月見町がわたしの足元にあった。


「すごい……」


「エントツはこの宇宙艇を発射するためのものとなっています」


「まさか本当に発射台だったなんて」


 足元の眩い光は、煙突から生み出されている。それは徐々に弱くなって、消えていく。わたしたちを宇宙へと打ち出し、その役目を終え、眠りについたみたい。


 ぐんぐんと、ホワイトキャンディは上昇していっているのだろう。町の光はどんどん遠ざかっていく。すると、日本の形をした光が現れ始める。


「まもなく、衛星軌道上へ到達。攻撃が予想されます」


 空は暗く、どこからが宇宙なのかそうではないのか、よくわからない。だけど、地球の向こう側から、白い物体が姿を現そうとしているのはよく見えた。


 ぴかっと光った。


 次の瞬間、その光は、真横を通り抜けていく。


 揺れはしなかったけど、機械にノイズが走っている。ピーポーと悲鳴のような音が鳴り、赤い光で染まった。


「な、何かあったの?」


「大したことではありません」


「で、でも」


「ワタシを信用してください」


 ちょっとだけ大きくなったアロマニスが、またしても光を発した。一度二度三度。


 ハルミちゃんは、両手を動かす。そこに見えないハンドルか何かがあるような感じだ。それで、ホワイトキャンディが動いているんだと思う。思うっていうのは、揺れも音もしないから、何にもわからないんだ。ただ、光が、宇宙艇の間際を飛んで行っているのと、地球が回転しているのが見えるだけ。


 わからないから、不安になる。だけど、ハルミちゃんのことを信用しよう。


 アロマニスは今やその全容がはっきり見て取れるまで、近づいていた。イセエビ感は少ないけれど、平べったくて、どっちかっていうとフナムシみたい。その先端から、光線は飛んできていたけど、今は止んでいた。って思った、全身から雨みたいな光を発し始めた。


「対空砲火ですか……。これでは近づけません」


「近づけたら、何とかなる?」


「はい。基地に搭載されているものに似たワープ装置が、この宇宙艇にも搭載されています。接触していれば、リスクなしでワープ可能です」


 つまり、近づけさえできれば、あの宇宙船へ乗り込むことができる。


 だけど、目の前の宇宙船は、光の針を生み出すハリネズミと化している。近づけば、その針に刺されて、大けがを負うのは間違いなさそう。


 わたしはアロマニスを食い入るように見つめる。


「あの宇宙船って、月見山に墜落したんだよね」


「それがどうかいたしましたか?」


「たぶん、底を怪我したんじゃないかなって」


 わたしは、宇宙船の一部分を指さす。対称的なシルエットだから、どっちが上でどっちが下なのかはわからない。でも、たぶんわたしが見ている方が下だったんだろう。少なくとも、墜落したときは。


 その面だけ、光の量がわずかに少なかった。墜落した際、山の斜面で擦って、いくつかの装置が壊れちゃったんじゃないだろうか。


「で、でも違うよね」


「いえ、いい考えだと思います」


「へ?」


「わずかでもまばらならば可能性はあります」


 そこまで言ったところで、ハルミちゃんがわたしを見た。


 わたしは頷く。


 了解、とハルミちゃんは言って、再びホワイトキャンディを動かし始めた。



 きらめく光の雨の中を縫うように飛ぶ。すぐ間近を、光が過ぎていくたびに、ホワイトキャンディは苦情のようにアラート音を発する。その音は、ハルミちゃんの耳には入っていないに違いない。その視線は、光が発する先を睨みつけいるのだから。


 その小さな額には汗がにじんている。ハルミちゃんにとっても、難しいことなんだろう。


 わたしはただ、応援することしかできない。


 アロマニスの白い巨体がどんどんと近づいてきて、そして――。


「やりました。タッチダウンです」


 ふうと、ハルミちゃんが息をつく。その体がふらりと揺れて、わたしは慌てて、体を支える。すごく軽かった。最初は冷たいと感じた体は、駆動する機械のように高熱を発していた。攻撃を回避するために、無茶をしたに違いなかった。


「ごめん。わたしなんにもできなくて」


「これが仕事ですから」


 ハルミちゃんは、わたしの肩に手をのせて立ち上がる。


「早く行きましょう。このようなチャンスは二度とありません」


「う、うん!」


 行きますよ、という声ののちに、わたしたちは光に飲まれていった。

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