第13話

 ハルミちゃんが、基地の中をまっすぐに歩いていく。


 案内されたのは、来たこともない場所。人気が少なく、また、廊下のいたるところで監視カメラが首を振っていた。


「ここは?」


「武器保管庫です。平和になった今、使用する機会はありませんでしたが、今回はこいつの出番でしょう」


 目の前には、古めかしい扉がある。壁に手を押し当てて開けるタイプでも、指紋認証でもなければ、カードを通す場所さえもない。扉には物理的な鍵穴がある。わたしにとっては見慣れたものだけど、この空間においては、すごく珍しいものだ。


 ハルミちゃんは、懐から鍵束を取り出して、鍵を開けた。


「どうぞ。埃っぽいですが」


 ハルミちゃんが部屋の中へと入り、わたしが続く。


 その部屋は、武器保管庫って言ってたけども、確かにその通りだった。


 壁の三方に、銃がかけられていた。ざっと見だけど、百は有りそう。そんな数の銃なんて見たことないから、わたしは立ち尽くしてしまった。


 映画の中で見たことがあるような銃もあれば、おもちゃみたいな銃もある。四角い銃だったり、風船を膨らませるポンプのような銃とは思えないようなものまで置かれている。


 その一つの小さな銃を、ハルミちゃんはわたしへと手渡してくる。


 それはパステルカラーで塗装された、おもちゃみたいな銃だった。先端には穴が開いていなくて、銃の先端から中ほどまでラグビーボールみたいに膨らんでいる。銃って見ているだけで怖くなっちゃうんだけど、それはどう頑張ってみても、怖くはない。っていうか、笑いがこみあげてくるようなもの。


「これじゃなくて、あっちの大きなやつとかがいいんじゃないの?」


「いえ、そのような武器は、破壊力が強すぎますので、撃つのが難しいですし狙うのも難しいです。そちらのフローズンスマイルには反動がありませんから狙いをつけやすいはずです」


「弱かったら意味ないんじゃない?」


「破壊力こそありませんが、フローズンスマイルは冷気を照射し、相手を凍らせることができます」


「そんな力がこれに……」


 銃を握って、ためつすがめつしてみるけど、そんな力があるようには見えない。でも、ハルミちゃんが言うってことは、そうなのだろう。


 ハルミちゃんは、正面に飾られていた、大きくてパイプが接続されたいかにも危険そうな銃を手に取る。その大きさは、小柄なハルミちゃんの身長と同じくらい。重そうだったけど、容易く抱えていた。ロボットってやっぱりすごい。


「さて、行きましょうか」


 わたしは頷いて、ハルミちゃんの後に続く。


 武器保管庫を出て、さらに奥へ。暗く古めかしい通路は、先へ行けば行くほど、そのおんぼろ具合を強めていく。壁も真っ白というよりは、すすけた灰色って感じで、コンクリートにも見える。しかも、劣化してはがれてしまった壁の一部が、そこここに転がっている。蹴っ飛ばしてしまったかけらが壁にぶつかる音が、嫌に響いて怖い。


「すごくぼろぼろだ」


「ここは、基地が創設された頃造られた場所ですから、しょうがないです。崩落することはありませんが、足元にはご注意を」


 そんな薄暗い通路は、くねくねとよく曲がる。まるで迷路みたいで、今自分がどこにいるのかわからない。でも、高性能AIことハルミちゃんは、そんなことないらしい。ずんずん歩いていく。


「どこへ向かってるの?」


「宇宙船は、すでに月見山から飛び立ち、地球の軌道上に到達しています。おそらくは、デモンストレーションのために地球を攻撃するつもりでしょう」


「地球を!?」


「スバルがどのような性格をしているのか、ワタシにはわかりませんが、ミボシ文明産の宇宙船を欲するということは、宇宙船の攻撃力に魅力を覚えているということでしょう。また、金銭目的であったとしても、本当にミボシ文明産かどうか、確かめる必要がありますから」


「でもだからって、地球を破壊しなくても」


「その通りです。地球には高度な知性を持つ生命がいます。それを脅かすのは、立派な犯罪行為です。そして、ワタシは――いえ、ワタシたちはそのような存在を取り締まるのが仕事です」


 ハルミちゃんは、わたしのことを含めて言ってくれた。それが嬉しかった。


 そのうち、突き当りに、赤い光にぼんやり照らされた扉が見えてきた。


 扉には黒いペンキで『発射室』と書かれていた。


「ここです」


 ハルミちゃんが扉を開ける。真っ暗な室内がぱっと明るくなる。暗いところに慣れようとしていた目には、刺激的過ぎて、わたしはぎゅっと目を閉じる。


 目の痛みがなくなったところで目を開ける。


 先ほどの武器保管庫よりも広い部屋には、筒のような形をした装置だけが置かれていた。その装置は、天井を貫き、奥へと伸びているよう。どこまで伸びているのかはわからない。円柱型の装置の正面には、暗闇をのぞかせる入口があった。


「これは」


「小型宇宙艇発射装置です」


「こがた……えっとなに?」


「小さな宇宙船を電気の力で飛ばす装置だと思っていただければ」


「そんなものがあったんだ」


「はい。もしかすると、基地が占領されるかもしれない。例えば――ミボシ文明の生き残りを狙って。その時のためにつくられた緊急脱出装置なのです」


 もっとも、それを追いかけるために使うとは思ってもいませんでしたが。


 そう言いながら、ハルミちゃんは、そこここの機械を操作し始める。手持無沙汰なわたしは、それを眺めていた。


「あ、あのワープ装置って使えないの?」


「無理です。移動する物体を対象に行うと、ずれてしまう恐れがあるのです。最悪の場合、めりこんでしまいます」


「そ、それは怖いね」


「はい。だからこそ、この宇宙艇ホワイトキャンディで、追いかけようというわけです。衛星軌道上の、宇宙船を狙って――」


 装置には、画質の荒い映像が映っている。真っ暗闇の中に浮かぶ青い星。その上を進む、イセエビのような形をした白い宇宙船。あれが、ミボシ文明が造り出したアロマニスという宇宙船なのか。


「なんていうか可愛らしいね」


「そういうものでしょうか、ワタシにはわかりません。……ターゲット完了。あとは宇宙艇に乗り込むだけですが」


 ハルミちゃんは、そのホワイトキャンディとやらに乗り込んでいく。何やら操作をすると、暗かった宇宙艇の中が明るくなる。


 それはちょうど球体状の小部屋といった感じで、複雑そうな機械と、座るところしかない。壁面には棚のようなものがあり、ハルミちゃんは棚から白い服を取り出して、わたしへと放り投げてきた。


「これは?」


「宇宙服です。そちらはセキアさんのものですから、サイズが合うはずです」


 受け取った服は、教科書で見た、雪だるまみたいな頑丈そうなものじゃない。薄くて肌に密着しそうな感じ。おとうさんとサーフィンをしたことがあるんだけど、その時に着たウェットスーツみたいだ。ハルミちゃんに聞くと、こっちの方が動きやすいんだとか。動きやすいけど、ちょっぴり頼りない。


 でもどうやって着るんだろうと思って、ハルミちゃんを見ていたら、服を脱ぎ始めた。


「脱がなきゃダメ?」


「ダメです。服があると着用が困難となります」


 そう言われちゃあ、しょうがない。


 わたしはできるだけ早く、宇宙服を身にまとうため、服に手をかけた。

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