わんこそばも大変なのです!

「エイエーンちゃん! あなたに招待状が届いているわよ!!」


 ママは嬉しそうな顔で私に招待状を渡して来た。私はその招待状の内容はまだ知らない。

 嬉しそうな表情からきっと良いものなのだろうと思う。いや、そうだと思いたい。



 渡された招待状は既に開封済みのものだ。

 まず門番の亀の悪魔が配達物の内容を確認してから本人に渡す。これは安全を第一に考えたデヴィル城での決まりだ。

 そして私の場合は門番から直接私に渡すのではなく、配達物の内容によってパパやママを経由して私に届く。

 なので中身は安全だ。それでママのあの笑顔。きっと何かあるはずだ……



 恐る恐る招待状を開けてみる。


 招待状の内容はこうだった……


『招待状

 エイエーン姫 デヴィル城でいかがお過ごしでしょうか。

 ポインセチアが美しい紅色を見せる頃となりました。


 さて、このたび暗黒界妖怪国家にて わんこそば 祭りを開催することとなりました。

 日々、お世話になっている悪魔族の皆様の代表として

 ぜひエイエーン姫にわんこそば祭りに参加して欲しいと思い

 このような招待状を送らせていただきました。


 ご多忙のところ誠に恐縮ですが

 ぜひ参加くださいますようご案内申し上げます


 暗黒界妖怪国家 わんこそば祭り 代表 バケダヌキ』



 招待状は丁寧に書かれていた。別の紙に詳しい場所や時間などが記載されている。

 私は招待状に書かれているわんこそばというものを知らない。


「ママ! ここに書かれているわんこそばって何??」


 とりあえず知らないことは聞くのが一番だ。


「なんか幸せになるとか? 夢が叶うとか? 言われているそうよ。多分おじいちゃんなら詳しく知っているんじゃないかしら??」



 ママも詳しくは知らないようだ。

 幸せになるとか夢が叶うとか迷信に過ぎないだろう。でも招待状をもらったからには"わんこそば祭り"に参加してやろうじゃないか!


 私はデヴィル城内でわんこそばについて知っている悪魔を探し回った。しかし、わんこそばについに知っている悪魔はデヴィル城内には誰もいなかった。

 もちろん知っていそうなおじいちゃんも知らなかった。

 ただ悪魔国家と妖怪国家は交友関係にある。わんこそばというものは危険なものではないと信じたい。



 そしてわんこそば祭り当日になった。

 悪魔国家から妖怪国家まで移動用の黒龍、クロチャンを使い1日かけて移動した。

 私の他におじいちゃんとお兄ちゃん、そして護衛3人も同行している。

 護衛の3人はおじいちゃんと仲が良い兎頭の手下と牛頭の護衛だ。そしてお兄ちゃんをいつも護衛している虎頭の護衛もいる。

 パパとママは悪魔国家に残らなければいけない理由があった。なので今回は同行しなかった。

 別れ際、パパとママは抱き合いながら大泣きしていたのを思い出す。



 そんなこんなでわんこそば祭りの会場に到着した。久しぶりの妖怪国家で胸が躍る。

 そして名前の通り"お祭り"だ。かなり賑わっている。


 悪魔国家に住む悪魔達とは違い妖怪国家の妖怪達は面白い姿をしている。ペラペラな布の妖怪や大きな石の妖怪、河童という妖怪などもいる。

 なんだかハロウィンの日みたいで楽しい。


 そして私たちの目の前に招待状の送り主のバケダヌキが現れた。頭に葉っぱをのせている小太りな狸の妖怪だ。



「モウスーグ様まで!!! この度はご参加誠にありがとうございます。国王様も大変喜んでおられました」


 おじいちゃんに驚いていたがそのまま深々と頭を下げていた。招待状の内容もそうだがとても礼儀正しい。



「ささ、こちらへ!」


 わんこそば祭りのメインブースへと案内された。どうやら私はここに参加するようだ。


「ところでじゃがワシの孫が参加するわんこそばというものはなんじゃ?? 危険なものではないんじゃろうな?」


 私たち全員が気になっていたことをおじいちゃんが代表して質問した。


「えぇもちろん危険なものではありませんよ!! そばを食べるだけです! これが最高に美味しいのでエイエーン姫も気にいると思いますよ」


 よかった。危険なものじゃないんなら本当によかった。

 それに美味しいものを食べるだけならご褒美だ。本当に楽しみ!!


「ではエイエーン姫。参加者は先にあちらに行って説明を受けて来てください」


 テントのようなところを指差すバケダヌキ。


「エイエーン。俺もついて行こう」


 心配性のシスコンのお兄ちゃんが名乗り出た。参加するというよりは護衛につくという意味だろう。


 そのまま私とお兄ちゃんは怪しげな緑色のテントの中へと入っていった。テントの外では護衛の3人も待機している。


 待っている間おじいちゃんは首の長い女妖怪と寒いところが似合いそうな女妖怪に声かけてセクハラしていた。声をかけられた妖怪はまんざらでもない表情で楽しそうにおじいちゃんと会話をしている。

 妖怪国家でもおじいちゃんは有名人のようだ。



 テントの中には参加者と主催者がいる。主催者はバケダヌキの兄弟だろうか容姿が似ている。ちょっとバケダヌキよりも痩せている。


「それでは説明いたします!!! こちらにある熱々のそばつゆ。このそばつゆに一口大の蕎麦をくぐらせます。そしてこの茶碗にこちら側の妖怪達が蕎麦を入れていきます。蕎麦が無くなればまた次の蕎麦を追加していきます」



 なるほど。確かに美味しそうな蕎麦だ。

 美味しそうな匂いもしてきた。早く食べたい。これならいくらでも食べれそうだ。

 でも何個くらい食べればいいんだろう?それとも参加者がいっぱいいるから早食い対決か?



のわんこそばを食べて夢を叶えましょう!!!!

 以上です!!!」



 あっ。なるほど。自分の年齢分食べれば終わりなのね。

 自分の年齢分ね。自分の……年齢……年齢……



 えぇえええええええ!!!!!!!!


 いやだぁあ!!! いやだぁアアア!!!!

 いくらでも食べれるって言ったけど無理だ。訂正しよう。100杯くらいが普通限界だろう!!!!

 おじいちゃんに行って帰らせてもらおう!!! 無理だ無理!!!!! なんで私は招待されたんだ!!



「では30分後またここに集まって来てください。では一旦解散します」



「顔色が悪いぞ? エイエーン大丈夫か??」


 心配そうな瞳で見つめるお兄ちゃん。


「大丈夫じゃない……無理だよ……だって4万7714杯も食べなきゃいけないんだよ……はぁ……」


 そう。悪魔に寿命はない。だから可愛い可愛い悪魔ちゃんの私の年齢は4万7714歳なのです。4万7714杯も食べるのは無理だ。


「お爺様に相談してみよう。もしかしたら参加を取り消してくれるかもしれない。俺からも話すから一緒に行こう」


「お、お兄ちゃん……」


 今日のお兄ちゃんはなんだか頼もしい。やっぱり悪魔族の戦士でもあるお兄ちゃんはこういう違う国にいるときは気持ちも引き締まるのかな? 気絶もしていないし本当に頼もしいぞ。



 緑色のテントから出たがおじいちゃんの姿はなかった。

 護衛も兎顔をした手下だけ見当たらない。おじいちゃんと仲が良い手下だから一緒にどこかに行ったのだろう。

 そんな心配と自分のわんこそばへの心配をしていたが、すぐにおじいちゃんの声がこちらまで届いた。


「エイエーンよ!こっちじゃこっち!」


 声のする方を見てみるとたくさんの女の妖怪に囲まれているおじいちゃんの姿があった。


「ワシの孫じゃ! どうじゃ? 可愛いじゃろ?」


 女妖怪達に可愛い可愛い私を自慢している。


「私エイエーン姫を初めて見ました!!」


「かわいすぎます!!」


「妖怪国家でエイエーン姫より可愛い女妖怪は一人もいませんね!!」


 おじいちゃんも私が褒められて満更でもない様子だ。私も嬉しい。


「今からわんこそばに挑戦するんじゃよ!! ほれお前らも孫を応援してやってくれ!! ガッハッッハッハ!!!!」


「がんばってくださーい!!!」


 女妖怪達がキャーキャーと応援し始めた。


 上機嫌のおじいちゃん。

 これじゃ参加を取り消したいって言ったら、かなりがっかりして落ち込んでしまうかもしれない。

 言えない。言えるわけがない。はぁ、やるしかないのか。


「こ、これじゃ言えないよな……エイエーン、大丈夫だ、お兄ちゃんも応援してやるからな……」


 落ち込む私の肩をポンと叩いてくれた。本当に今日は頼もしい。いつもこんな感じならいいのに。


「じゃワシはこの子達と特別席で応援するからのぉ! ガッハハッハハッハ!!!」


 そのまま女妖怪と一緒にどこかに行ってしまった。後ろから静かに兎頭の手下もついて行った。



 それから時間が経ち、わんこそば祭りのメインイベントが始まった。



「さぁ祭りのメインイベントォオオが始まりましたぁあ!!!」


 ウォオオオオ!!!!


 メインイベントきたー!!!!


 会場は大盛り上がりだ。


 私以外の参加者の妖怪には寝太りや野槌や二口女などがいる。大食いを得意とする妖怪達だ。なぜこの中に私がいるのかがわからない。

 中央にあるモニターには参加者の年齢が公開されている。その中では私は若い方だ。

 若いと言っても4万7714杯。大食いが得意なわけでもない。



「それでは参加者総勢100名最後まで頑張ってください! スタァトォォでーーーす!!!!!!」


 全員が一気にわんこそばを食べ始めた。妖怪達の勢いがすごい。

 私はゆっくりやってちょうど良いところでリタイアしよう。とりあえず一口っと。



 うぅまぁああああああああい!!!!!


 なんだこれ! めっちゃ美味い!!!


 おっ言われた通りすぐに蕎麦を入れてくれる。すげー! 蕎麦が永遠となくならない!



「さぁこの大会では自分の年齢分のわんこそばを食べてもらって夢を叶えてもらいましょう! そして最後まで食べ終えるまでリタイアはできません!!! いくらでも時間をかけてもいいですので頑張ってくださいーーーい!」



 うぉおおおいいい!


 まじかよ! リタイアできないのかよ!! ふざけるなー!! ルール説明の時そんなこと言ってなかったぞ!

 いや聞かなかった私が悪いんだけど!!!! こうなったら最後まで食べ切るしかない!!

 節分の時のために鍛えていた大食いをここで披露してやろう!


 しゃーーーー!!!

 食って食って食いまくるぞ!!!



 バクバクと食べ進める。



 これ意外と食べられるぞ! 本当に4万7714杯も食べれるかもしれない!

 これも大食いの練習をしたおかげかな。



「いいぞぉエイエーン!!! 頑張るんじゃぁ!!! ほれみろ! ワシの孫じゃぞ! 可愛いだろ!!!」


「きゃーエイエーン姫頑張ってくださーい!」


 おじいちゃんと女妖怪達が応援している。騒がしい!


「あれがエイエーン姫か!」


「かわいすぎる!!」


「うぉおおおまた食べた!!」


「一口が可愛い!!」


「食べ方が可愛い!!!!」


「また食べたぞ!!!!」


 なんだろう妖怪全員が私のことを見て応援してくれてる。私の可愛さに全妖怪が虜だ。

 今1番の気掛かりは応援してくれるはずのお兄ちゃんの声が聞こえないことだ。どこにいる?


 わんこそばを食べながらお兄ちゃんの居場所を探す。どこにもいない。

 けれど牛頭と虎頭の護衛は発見した。指を下にして何か合図をしている。

 まさかだとは思うがその指の先にはお兄ちゃんが倒れてるとかじゃないだろうな。


 私が想像した通りお兄ちゃんは私が一口食べた時に気絶してしまったらしい。

 気絶する時に「キャ、キャワウィイイ!!!」と一言叫んでから倒れたそうだ。

 あんなに頼もしかったお兄ちゃんはどこに行った。



 そして私が1000杯食べ終えた頃だった。妖怪達がバタバタと倒れていく。

 倒れている妖怪達の目は全員ハートになっていた。

 そして倒れ側にお兄ちゃんと同じように「キャワイイ」「エイエーン姫」と叫びながら倒れていたそうだ。


 私も1000杯よく食べれたと思う。大食いの特訓の成果だろうけどやっぱりもう無理だ。食べれない。

 もう食べれないのにこの妖怪はそばを永遠と入れてくる。そういうルールなんだけどなんかムカつくぞ! もう無理なのに入れるなって感じだ。


 ウゲッ


 きつい


 無理。


 これじゃ節分の時と変わらないじゃないか。豆を食べきれなかった。もう逃げるのは嫌だ。


 でもさ。


 普通に考えて無理だよね。だって1000杯で限界だよ。4万7714杯も食べれるわけないよ。


 1001杯目


 ヴォゲぇ。

 もうきつい。

 可愛い私のお腹も大きくなってる。

 ウグッ


 1002杯目


 動きが止まった。

 もう食べれない。

 どうしよう。

 ううう苦しいよぉ


 ちゅるちゅる麺を1本ずつ啜っていった。

 ちゅるちゅるつるんっ!!


「ウォオオオ!!! 見たかあの食べ方可愛すぎるだろ……」


 バタンッ。

 叫んでいた妖怪が倒れた。


 もう1本面を啜ってみよう。

 ちゅるちゅる


「おっと~! エイエーン姫が1本ずつ食べているぞぉおお 可愛すぎる!!」


 バタンッ。


 実況者も倒れていった。


 気が付けば参加者の何人かも倒れている。満腹で倒れていたのかと思ったけど多分私の可愛い食べっぷりを見て倒れたんだろう。


 そうだ。


 途中でリタイアするのがダメならこの祭り自体を潰してしまえばいい。

 おじいちゃんに頼めば一殴りで会場が吹っ飛ぶだろうけど物理的に潰すんじゃない。会場にいる全妖怪を私の魅了で気絶させればいいんだ。

 普通にしてるだけでも倒れる妖怪がいるんだ。ちょっと演じれば全員気絶させるのなんてちょろい。



 お椀に入った麺を1本口の中へと運んでいく。


 あ~~~んっ


 あむあむあむ。


 ぺろんっ。


「おいちぃい」


 子供のようなロリボイスで。



「きゃわうぅいいいい!!!!!!」


 バタンバタン



 ぱくぱくちゅるちゅる。


「おいちぃいよぉお」


 笑顔いっぱい満面の笑み。



「きゃわいいい!!!」


 バタンバタン



 あーもう無理。


 ウゲッ


 もう食えない。笑顔を保つのも辛すぎる。

 でもあと少しだ。あと少しで1002杯目が終わる。

 それに立っている妖怪もあとわずか。このお椀に入った蕎麦全てを一口で食し妖怪を気絶させてみせる。



 パクッと大きく一口で食べた。


「もっと食べたいよぉお。止まらないぃい」


 妖艶な大人の魅力で。



 もう妖怪達の声がしない。

 1002杯目を食べ終えたのと同時に全員倒れてしまったのだ。もちろん1003杯目のそばは入ってこなかった。

 だってそばを入れる妖怪も私の可愛さで気を失ってしまったのだから。



 これで中止になるはずだ。

 このまま帰ろう。


 ウゲ。


 食べ過ぎて動けない。立ち上がるのもやっとだ。

 立つとお腹はちょっと楽になるけどその分、逆流してきそう。

 食べたものが……で……で、出るッ!!!


 ウゲェええエエエエエエエ!!!!!!


 食べたものが全て出てしまった。全員が気絶していて良かったと心から思った。


 吐いたおかげで少しでも楽になった。このまま帰ろう。もう二度と大食いはやらない。

 密かに特訓してた大食いももうやりたくない。私には大食いは無理だ。

 せめて年齢分じゃなければ良かった。4万7714杯も食べれるわけがないだろ。



 よし。帰ろう。

 でも待って……どうやって帰ろう。お兄ちゃんはもちろんのことだけどおじいちゃんも護衛達も気を失っちゃってる。

 どんだけ私可愛いんだよぉおおお!!!!



 妖怪達は徐々に目を覚ましていき、祭りが再開されるかと思われたが私の思惑通り祭りは中止になった。

 本当によかった。


 美味しかったけど食べるのは程々にしないといけない。来年は絶対に大食いをやらせない。どこの国家でも大食いを禁止させてみせる。

 私は可愛い可愛い悪魔ちゃんだけど暗黒界悪魔国家の姫だ。絶対に大食い禁止の法律を作ってみせる。

 自分のためにも、他に大食いで苦しんでいる人のためにも!!


 そんなことを思いながら黒龍に乗ってデヴィル城に帰るのであった。

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