自分と向き合う

「サラ! ご飯よ!」


 道場から帰ってきたサラは、すぐに二階へ上がった。

 自分の部屋に来ると、ベッドに座り込み、鼻を啜る。


「やめちゃった……」


 母には「新しい事を始めたい」と言って、道場に通う事を許してもらった。料金に関しては、「最初は無料で教える」と話されていたし、お金を払う必要はないだろう。


 稽古の内容を詳しく言えるわけがなく、サラはますます殻に閉じこもった。


 でも、「もう来なくていい」と言われたので、地獄は終わった。

 それは、サラが自分に負けて、逃げてしまった事を意味する。


「母さんには、後で言えばいいや」


 鼻を啜り、スマホを開く。

 薄暗い部屋は、プリントや飲み物の缶で埋め尽くされ、汚れている。

 汚い布団に包まり、サラがスマホで見るのは、『時代劇』だった。


 特に黒澤映画だけは、本当に気にいっている。

 七人の侍は、10回以上観た。

 何度も見返して、ワクワクと胸を躍らせた。


「私、……一生このままなのかな」


 気分直しに黒澤映画をスマホで観ていたが、どうにも集中できない。


 ここで逃げたら、いつか後悔する気がした。

 地獄から脱け出せて、心が解放感で満ち溢れている。

 なのに、解放感の底には何もなかった。


 ふと、ベッドの傍に投げたナップサックが目に留まった。

 さっきまで着ていた道着だ。

 洗って返さないといけない。


「洗濯したら、……返しに行こう」


 どうせ、また顔を合わせないといけない。

 なら、いずれ味わう苦痛は早めに終わらせるのがいいだろう。

 そう思ったサラは、ナップサックから道着を取り出し、一階に下りた。

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