第8話 撤退と不穏な影


こちらも合図を出して、戻ることにした。



「藤原さん、大丈夫」


「大丈夫で――痛っ?!」



藤原さんはこけただけではなく酷く痛めているかも知れない。



「内向きに挫いた?外向きに挫いた?」


「内向きです」


「だったら捻挫の可能性が高いね。背負うから乗って」



応急処置はしないし、できるものもない。もしもここで骨折してやけになられでもしたら困る。



「そんな!危ないですし悪いですって!」


「たしかに危ないけど、杖で歩くとこの辺はもっと危ないと思うし。肩を貸したほうが良いけど身長差もある……何より安本さんと小野田くんは攻撃ができるし君も水が操れるんだろう?手が空いていた方がいい」



安本さんは拳銃とナタを持っているし、小野田くんは小野田ソードの使い手である。したがって非戦闘員の自分が背負うのが妥当だろう。



「……確かに、じゃ、じゃあ失礼しますね?」


「あ、セクハラとか後で言わないでほしい。高校生たちに殺されかねない」



殴り殺されかねない。モラルの崩壊しつつある世界だし本当にやられかねない。



「流石にそんな事言いませんよ。わー、おんぶなんて幼稚園以来です」


「……じゃあ行こうか、向こうが心配だ」



……………………意外と胸があってびっくりした。


前方を安本さん、後方を小野田くんで隊列を組む。結構険しいしほとんど管理されていない山は恐ろしい。


それでも何度か来たことがあるしまだなんとかなりそうだ。急ぎたい気持ちはあるが慎重に進む。


……このままじーさまの家に行くという選択肢もあったが安全性が不明だ。ゾンビが、それも親族のゾンビがいる可能性を考えるとより危険かもしれない。



「安本さん、そこの足元気をつけてください」


「わかりました」



山の何処かにゾンビがいるかも知れないという緊張感は体力を消耗してしまうと自覚する。



「重くありませんか?」


「羽のように軽いよって言いたいところだけど重いよ、責任がね」



避難所の給水を担ってるわけだし、命の優先度はもしかしたらこの場で一番高いかもしれない。


山菜や野草に詳しいのは心強いが残っておいてもらったほうが良かったかも知れないな。



「すいません、私がうっかりしてしまったばっかりに」


「誰だってミスをする。たまたまさっきだったってだけでここにいる誰でも同じように怪我していたかも知れない。気にしないでいいよ」


「でも」


「じゃあもし、治って余裕がある時に、同じように困ってる人がいたら少し手助けしてあげてほしい」



爺さんがよく言っていた言葉だ。困ってる時、余裕があれば助け合う。それが人として正しい生き方だと……。



「――――はいっ!」



なんとかたどり着くと全員集まっていた。



「安本さん!」


「状況は?」


「それが……加賀くんが言っていた場所に人影が見えたと思ったんです」


「いなかったじゃないか!」

「見間違いだろ!!」



やはりゾンビはいたのか?一瞬だけ見えたとか俺は見えてないとか口論になっているが流石に疲れたので藤原さんを降ろした。



「あ、ありがとうございました」


「人もいるし、一度応急手当しよう靴脱がすね」


「はい」



くるぶしの下、外側がぽっこり腫れていて痛々しい。


足の裏までしっかり確認する。



「あ、あの?」


「良かった」


「な、何がです!?」



なにか焦っているが、あれか?匂いか?自分は女子の足の臭いが臭いわけがない!みたいな偏見は持っていない。同じ人間だし臭くなるものだ。


それともパンツか?ジャージはいてるしな。


何に焦っているのかは分からないが……



「足の裏だよ、体の中の組織が傷ついたわけだから足の裏まで青くなってたら骨折までいってる可能性はあるんだ」


「へ、へぇ~」


「もちろん今出てないだけで後から出るかも知れないけど、多分大丈夫だと思う。軽く固定するから後で先生に見てもらってね」


「はい」



持ってきた道具の中には包帯もあったし固定する。知り合いの悪ガキがよく走り回って捻挫して、病院で2回ぐらい同じ説明されて覚えた。癖になるんだよな足首の捻挫って。


安本さんと小野田くんは金属製のトタン板を外してゾンビのいたという場所を見に行った。確認大事だよね。できればゾンビがいるなら狩ってほしい。



「ゾンビは?」


「いなかったよ。でも収穫はあったし今日のところは戻ろう」


「「「はい!」」」



高校生組は元気である。


藤原さんも背丈の合う友だちがいるっぽいので任せることにした。目が合うと頭を下げられたし……あの人痴漢ですとは言わないよね?きっと、たぶん………。



遠足は帰るまでが遠足なんていうけどこんな遠足もう嫌である。









「小野田くん、そっちはどうだね?」


「気配はありません」



近くにはゾンビはいないようだが、同じ地点で二人の人間がゾンビらしき存在を見かけるなんて偶然があるだろうか?


見間違いの可能性も十分にあるがそれでも調べておいた方がいい。


中間地点のトタンの一部を開けて中に入ってみる。山の奥まで加賀くんは詳しくはないと言っていたが今後山の幸を狙うとすればここから入るべきだろう。



……山に来てよかった。入り口は少し険しいがそれでも避難路として使えるかどうかのチェックが出来たし、これなら食料も狙えそうだ。


加賀くんの案内は的確でもしも彼がいなければ何人か失っていたかも知れないと思うとゾッとするが………ん?



「これは……」


「どうかしましたか?」


「人の足跡のように思う。だが、おかしい。」


「何がです?」



子供の足跡、体重も軽い。ここ数日雨も降っていないし、くっきり残っている。


―――――しかしおかしい。



「この足のサイズは高校生よりも小さい、だというのに歩幅が続いていないし……少しひらけたここから姿を隠すことなんて不可能だ」


「たしかに、言われてみると妙ですね」


「足跡も同じ人間のもので残っているが、それでもこんな地形で他の足跡が1メートル以内にない」



こんな地形の悪い場所で数メートルジャンプして進む?いやいきなりここに現れたかのような足跡……木を登ったか?



「特殊なゾンビでしょうか?」


「いや、人かもしれない、避難所の様子をうかがっているのか?」



―――それとも避難所内に内通者がいる?



「皆に知らせますか?」


「いや、気づかなかったふりをして一度皆と帰ろう。怖がらせてしまうと後に差し支えるかも知れない。」


「……わかりました」



何も知らずに、奇襲を受けていた可能性もあると考えれば、山に来たのは正解だろう。


誰もいないと思うが山の奥を静かに覗き、静かな山に少しゾッとする。


市街の暴徒に食糧問題、医療品の不足……ただでさえ状況は悪いというのにこんなそこの知れない相手まで………。



「安本さん?」


「帰ろうか」


「はい」

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ゾンビ世界で死霊術師……え?僕に味方いない?(ァー) mono-zo @mono-zo

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