第23話「最終決戦だよ! エネシア! 」

 投げ飛ばされるように射出された大鎌サイスは視覚したことも無い超高速度で跳躍し、ブラックエネシアの内側から肉体の一部を切り裂いた。

 二人は急いで窓のように狭い青空でぐちへと急行したが、タイテイは目前もくぜんに見えた光景に怪訝な表情を浮かべた。


「クソッ! さっきよりもが早い!」


 彼の乱れた声がエネシアの鼓膜を擦ってゆく。

 傷口は黒い血液を垂らしながらも、まるで時が巻き戻っていくかのように一瞬にして再生し、出口は完全に塞がれてしまう。


「大丈夫だよ、シンちゃん……一が駄目なら何度でもやるだけ」


 前方を飛びながらもエネシアは明るく微笑えみかけ、心配させまいと手を強く握りしめた。

 久しぶりに目視した笑みに戸惑いながらも、タイテイは力強く「おぉ」と声を張り上げて答える。


 瞬間、スカート周りに武器パーツが補充され、エネシアが名を叫ぶと瞬時に荷電粒子砲カノンへと変形合体した。

 それと同時に虚空から同じく荷電粒子砲を構えた分身体が六人も出現し、最大出力による一斉射撃を開始する。


 タイテイの手を握りしめたまま、エネシアは敵の体内から幾度となく攻撃を加えていき、脱出路へと疾走していく。

 しかし、人の速度よりも早く修復してしまうブラックエネシアの治癒力には、流石のエネシアも焦燥しょうそう感を覚えた。


「姉さん」


 静かな声色で話すタイテイへと、エネシアは瞬時に視線を落とす。


「二人で全速を掛けて突破……できるよな?」


 彼の真剣な提案に眼を見開き、首を横へと大きく振った。


「ダメだよ! シンちゃん、ボロボロだもん! 今、生命維持を優先させてるんだから戦いになったらまた──」

「ここをさっさと抜け出すなら体だって張る……一緒に支え合うって決めたろ?」


 彼の発言には嘘偽りもなく、痛みに対する恐れも無い。

 その発言だけで心情を察し、エネシアは押し黙った。

 戦闘を認めるという事は彼の躰をまた蝕んでしまうという事、それだけはいけない。


 だが──




「……わかった。二人で加速を掛けてソードで一点集中、無理禁止ね」


 姉はどんな状況であろうとも、弟を信じなければならない時がある。


「また一点集中……上等だぜ‼」


 様々な感情の入り混じった彼女の表情を観察しつつもタイテイは頷き、威勢よく叫びだした。

 刹那、先程と同じ負荷が全身を再び襲いだし、言葉にならない絶叫を──歯を喰いしばる事で抑える。


 エネシアとタイテイ。

 二人の加速はロケットの最高速度すら二百二十二分に凌駕し、コンマ数秒よりも早く天使の肉壁へと相対していく。

 一瞬ひとまたたき以下の時間。たったそれだけの短い時でありながら、二人にとっては数十秒にも感じられ──タイミングを同じくして剣先を構えた。


「──目標衝突ターゲットコリュージョンまで、残り0.04mm」


 必然たる神速の中、やいばは衝突する。




「「ツインストライクゥゥパニッシャアアァァァァァァァ‼

 うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ行けぇぇぇぇえぇぇぇえぇぇぇぇぇ‼」」




 二人の剣は激しく気高き轟音と火花を散らしながら敵の肉を突き、皮膜から来る弾力で押し返されそうになりながらも消魂けたたましい咆哮を上げ──二人は海上へと浮上した。


 ブラックエネシアから脱したエネシアの双眸に映りこんだ広大な蒼き世界──それを彼女は、まるで今初めて見たかのように感じてしまった。


 黒い世界から憧れだった青い世界へと二人で逃げ出してきたかのように、目の前に映るもの全てが新鮮に見えてしまい、空で立ち止まり眸がうるいだす。


「──あぶねぇ!」


 タイテイの慌てるような声が聞こえると同時に抱きかかえられ、風より早く上空そのばを飛び去って行った。


 後方で鞭のようにしなる音が鳴り、振り返ってみると──先端部にエネシアの大鎌を付けたかのような巨大な触手が二人を追跡し、本体を見下ろした彼女は言葉を失った。


 敵は“天使”とは最早もはや言い難い見た目をした人型の邪神生物。

 海上で浮遊しながらも黒い液体を流し、筋肉や内臓を露出させたグロテスクな見た目をしながら嫌悪感を植え付けるようにうごめいている。


「見ないうちに大きくなりやがって……」


 悪態をつくタイテイとは裏腹に、エネシアの眸は敵のおぞましさに震えていた。


 あの中から出て来たという事は……アレは私の──。


「……姉さん」


 小さく、そして優しい声色でタイテイの仮面越しでシンジは話しかけてくる。


「アレはアンタじゃない。アンタの方が9999がい可愛いからな」


 それは彼の慰めだった。もし、ブラックエネシアが自分を取り込んで出来上がったもう一人の天使じぶんだと考えていたら──あんな変わり果てた姿を見ても、ショックは致し方ない。

 しかし当の彼女は、鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を浮かべ──


「垓、って?」


 心底わからなそうに問いてきたので、少々安堵した。


 しかし、ブラックエネシアの触手による連撃は必要以上に二人を襲い続けていく。


エネシアコアが無くなったのに、なんでまだ動けんだよ‼」

「──推測ゲェスですが、ブラックエネシアは再び我が魔法少女マスターを取り込もうとしているのではないでしょうか?」

「……わ、私を……?」

「──アレは現在、天使としての意識だけで行動している。

 それと同時に、一時的にとはいえ魔法少女になったシンジをも取り込もうと模索している可能性があります」

「マジか……でもよ──」


 彼らの直面、ブラックエネシアが突如創造した物は上空どころか大気圏までも伸びて、二人だけでなくにまで影を落としていた。


「こんな何キロあるかわからない剣を二本も出すとか……取り込む気あるのかよ」

「──加減アドジャスメントができないのでしょう」


 あまりの巨大さに汗が頬を伝った瞬間、“世界を斬る剣”は二本とも勢いよく二人の方へと振り下ろされた。


 しかして、初めて見るはずの攻撃を二人は

 それどころか、エネシアはただ眉を顰めている。


「邪魔っ!」


 一振りの拳を同時に突き上げると──敵の剣は一瞬にして、跡形も無く


 空中で砕け散った欠片たちが細い槍となって、二人を串刺しにしようと四方八方に襲い掛かってくるも──エネシアは小剣ナイフを手に全て斬撃し、タイテイは二丁のガンを連結させた『シューティングモード』で目に見える全てを撃ち落としていった。


 世界を斬る程度の力では、今の姉弟ふたりを止めることは出来ない。


 攻撃を防ぎ続けていると微生物のように蠢くブラックエネシアの肩のような部分が両方とも大きく腫れ上がりだし、中から赤黒い肉とは異なる鋼の砲台──“荷電粒子砲”が付着した血と共に照らされながらも射撃体勢を取りだした。

 敵の荷電粒子砲は充填も無いまま突然きらめき、そのまま二人の方へと光を放出していった。


 膨大なエネルギー波──その威力は周囲の大気をプラズマで燃やし、一部の魔法少女たちを行動不能に陥らせるなどの被害を及ぼす。

 そして攻撃は瞬時に二人へと届き、爆音が鼓膜を抉りだそうとする。


 空間が敵の威力でひずみ、空気を乱れさせ──


「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」


 またもや轟轟ごうごうたる二者の咆哮。

 爆煙からよん色のヒーローと薄桃色のヒーローが無傷のまま吶喊し、手に持った剣で二問の荷電粒子砲を一刀両断してブラックエネシアに武器を突き刺した。

 荷電粒子砲とシューティングモードの最大出力をブラックエネシアの正面に浴びせ、巨大な孔を創り上げた。


Aaaaaa嗚呼呼呼呼呼‼ Aaaaaaaaaaaaaa嗚呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼──」


 甲高い化け物の悲鳴が北半球全域に木霊するも、二人は平然と見下ろし絶命する時を待つ。


「死ぬのか? ……これで」

「たぶん。でも、これだけやれば大丈──」




 新しい光が




 突如二人を




 包みこむ。




 痛みねつなど比較にもならない輝きが全身を溶かそうとして、血液を蒸発し、はらわたが消し炭になっていく。


 白く眩い光の中──目の前で大盾シールドを展開していたエネシアは、震える手で彼の手を必死に握り続けていた。


 敵の攻撃を防いでいる姉の背を見て、彼は驚きを隠すことが出来なかった。

 最強無敵であるエネシアの特殊魔製女服ジェネレイティブスーツが徐々に消滅していき、大盾もその場しのぎ程度にしか機能していない。


 ──いったい、何が起こっている⁉ ボンコイ⁉


 心の中で絶叫すると、ボンコイの言葉が瞬時に返ってきた。


 ──ワームホールが使え、そしてこの威力パワーから察するに……ブラックエネシアは、今現在ビックバンの逆、総量の熱を私たちに向けて集中的に照射しています。


 その話を聞き、タイテイは他に何も映らないこの空間に驚愕した。


 ──俺たちを取り込む為だけに……ヤツはそんな威力の光線を⁉


 殺すどころではない。それに感じられるのはこの熱だけではない、この攻撃には魔道力燃料マナも含まれている。

 敵は此方こちらを学習をしたのか同じ手段を使い、中和しようとしているのだ。


「──ッッ‼‼」


 すると、遂に大盾を突き出していたエネシアの右腕が燃えだし、薄く白い皮膚はだが赤黒く焼き焦がされていった。


 ──姉さんッ‼


 傷つく姿にいてもたってもいられずタイテイは手を強く握ったまま横へと並び、周囲にエネルギーシールドを展開した。

 しかし、タイテイのシールドですらもすぐに敵の銀河相当の光線に圧されて罅割れていき、それは彼の躰にも多大なる負荷を与えてくる。


 隣で傷ついていく弟にエネシアは絶叫するが、鼓膜の再生が間に合わず届かない。


 十数年ぶりに追い込まれ、弟が死んでしまうかもしれない緊迫とした最悪な状況で──エネシアは霞みだしていく瞼を開け、ボンコイに話しかけた。


 ──ボンコイ……シンちゃんを守る力……良いよね。

 ──了承不可アナクセプタブル


 しかし、相棒はあくまでも冷静に主を否定をする。


 ──残念ながら、その様な事をする魔道力燃料は残されておりません。蓄えていた燃料もそろそろ0に達します。

 ──……何言ってるの、あるじゃん。いっぱい……。


 彼女の言う意味を察しながらも、ボンコイは否定する。


 ──ですが、一度も試しことがありません。最悪の場合、変身前の我が魔法少女マスターごと引き裂かれてしまう可能性がある、ぶっつけ本番な酷い賭けです。

 ──できるよ……皆が呼んでる地球最強の名は伊達じゃない、と思うし。


 エネシアの屈託の無い笑みをタイテイの方から凝視し、ボンコイは沈黙した。


 ──お願い……シンちゃんを、彼を守りたいの。


 まるで全てを振り切ったかのような、久方ぶりに聞いた彼女の決意。

 そう、そうだ、これが……本来の我が魔法少女マスター


 ──了解オーケィ……魔動力燃料マナを吸収すると共に、出力解放パワーレリースを開始します。


 瞬間、崩壊する光の中でが産まれだした。


 突然強く繋がれていた手が離され、視線を送ると──エネシアを中心にビッグクランチの光線が次々と吸い込まれていき、その小躰は徐々に形を変えていった。

 敵が放出する崩壊の光を全て我が物にせんとばかりに取り込み、光はエネシアを卵へと造り替えていく。


 ──姉さんッ‼


 取り込まれた光の卵に向かって叫び出すと──卵に罅が入り、この世界に孵化しだした。


 刹那、敵の光線は完全消滅し、崩壊の光から蒼穹へと解放される。

 だが彼女の姿が何処にもいない。タイテイは辺りを見渡していると、薄桃色の羽がふわりと右肩に落ちてきた。

 すると羽は風に優しく攫われ、光の粒となって消えていった。


 それを見届け、顔を上げてみると──




 一人の魔法少女が虚空に降り立っていた。




 全身から薄桃色の粒子羽を落とし、背中から生えた翼は機械と天使の融合体のように神々しい。

 彼女が身に纏う特殊魔製女服ジェネレイティブスーツは、エネシアの物よりも美々的で少女から女性に成長したようで一種の儀式服にも視覚すみえる。


 彼女に名前を付けるとしても、今まで通りの『魔法少女』ではいけない。

 否、『形容してはならない』と思ってしまう程に彼女は神秘的だった。


 姿形は人類を守る“聖女”がごとし、されど名前を飾り過ぎるのも違う、神秘性が薄れる。


 となるとすれば、名前は既に決まっている。






 『魔法聖少女エネシア』。






 今の彼女に相応しく、たった一文字だけ増えたのみで何より覚えやすい。


 魔法聖少女エネシアは視線に気づいて、ハート形の四葉のクローバーが浮かんだ双眸でタイテイを一瞥すると、そっと降りて来て彼の手を優しく握った。

 そして瞬時に意識を切り替えたかのように、ブラックエネシアを睨みつけ──魔法聖少女はタイテイの甲の親指を自身の親指で撫でた。

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