第10話「ストレンジャーの秘密」

 暗然とした寡黙な朝食、それは変わらない。

 ニュースの音だけが耳を打ち微かに光が入り込んでくるリビング、それも変わらない。

 ごはんに納豆をかける、それもたいして変わらない。


 変わった事と言えば、くらいから家には俺一人しかいないという事だ。

 姉さんはというと、今現在いろんなテレビで出演し続けている。


 チャンネルを変えても、ニュースでは絶対と言っていい程に出てくる売れっ子──もとい、嫌われ者。

 更に細かいことを言うと、アレがなのかなのか俺にはわからない。姉さんの肉を突き破って出てきた“何か”としか言えないのだ。


 その“何か”は国を次々と渡り、現在は残虐な破壊活動に勤しんでいる。

 空中で制止したまま建物を豆腐の様に破壊し、向かってくる魔法少女らを容赦なく蹴散らしていった。

 敵の目的もわからず仕舞いで新種の人型と分類された天使に人類は成す術も無いまま、今日という日を不安に過ごしている。

 同じ内容のニュースばかりで嫌気が差し、テレビを消して食事を続けるも口を動かす度に殴られた箇所が痛みだす。


 ──ガーゼや絆創膏で処置したくらいだとこの程度か、バカみたいに鍛えてる人のパンチはやっぱ応えるぜ……。


 食器を片付けて私服へ着替えると、荷物を背に玄関へと向かう。

 すると、ズボンのポケットの中に何かが潜り込んで来たような感触がして俺は下を向いた。

 硬く縦長の四角形が服の下から目立ち浮き、スマホほどのサイズがにズボンの中へ入って来たとなると……。


「……ボンコイ」


 姉さんのデバイスボンコイは、話しかけられても喋ろうとはしない。あるじを失ったショックなのか一人でに浮遊する姿は目撃するも、会話すらしていないというのが現在の状況だった。


 ──ま、良いか。


 ボンコイが来ることは対して問題では無いと判断し、そのまま俺は暗がりの玄関を後にする。


 ※


 病院に辿り着き、予想外にも面会の手続きに手間取ってしまった。

 相手が相手なので一般の入院患者とは違い、書類の記入も多く、持ち物検査をするとスマホすら没収され──教えられた番号の部屋へと向かって行く。

 緊張が残りながらもノックをし、ゆっくりと扉を引いた。


 白一面の純白とした一室のベッドに一人の女性が寝そべっている。


 彼女の姿はとても痛々したく映りだし、俺とは比較にならない程の包帯やガーゼを全身に巻かれ、繋がれた点滴がぽつりと雫のように垂れていた。

 目の前まで歩いていくと足音で気配を察したのか、彼女はゆっくりと瞼を開けて此方の様子を確認する。

 俺を認識したのか意外そうな顔を浮かべ、“命運めより先輩”は体を起こした。


真士しんじ君……? なぜ君が私の病室ここに?」


 声を出すのもやっとな弱々しい声色で、彼女は語り掛けてくる。


「お見舞いですよ」


 そう言って小さく溜息をつくと、近くの棚に少なからずではあるが菓子折りを置いた。

 姉さんの胸倉を掴んだり、俺の顔を何発か殴ったことに関してはまだ許していない。


 しかし、だ。


「俺を助けてくれたんですから……それくらいの礼儀を知らない程、バカじゃないつもりです」


 ──エネシアに似た何かが斬り掛かろうとしてきた瞬間、咄嗟にリリィ・ミスルトに変身して先輩は俺を庇ってくれた。

 その時、彼女は一度にされてしまったのだ。目の前で彼女の腕や足、腹や首がバラバラに吹き飛び、川の中へ次々と落ちていくのをこの眼で見た。

 強制的に変身が解除されると体は元に戻ったが命運先輩の全身からは大量の血が溢れ、残留した痛みに声を上げていた。

 すると攻撃をした犯人は背中から生やした鎌を仕舞い、そのまま何処かへと飛び去って行ってしまったのだ。

 無論、見間違いだとは思うが──たったの一瞬だけ、何処か悲し気な横顔をしているようにも映った。


 俺の言葉を聞き、命運先輩は何とも言えない様子で反対へと自身の首を転がす。


「それは違う……私は、にあの時変身したんだ……」


 悔しそうに言い放ったその言葉は、謙遜などではなかった。もしてや彼女が嘘をつくような人物でないのは承知のこと。


「アレはね、最初から私の方だけを狙っていた……たぶん、真士君に危害を加えようとはしてなかった」


 先輩の言う少々不可解に疑問を抱き、「どういうことですか?」と話の続きを問く。

 彼女は眉間を寄せて微少に唇を震わせながらも、言葉を紡ぎだしていった。


「一瞬……目が合った。とても怖い眸をしていた、今まで戦ってきた天使なんて比較にならない程の狂気が潜んでいた……」


 あの時に感じた視線ものが蘇り、彼女の声色に怖れが混ざり出していく。

 体が小刻みに震え、敵対した時の恐怖が己が身を再び焦がしだす。


 先輩がここまで恐れるんだとしたら、じゃあ俺だけに向けていたあの優しい眼はなんだったんだ? 何故抱きしめた……?


「その瞬間だった。……背中から、色や大きさはまるで違うけど……エネシア先輩の使っていた大鎌サイスが生えてきて私を殺そうとした。

 あの時変身していなければ……きっとそのまま死んでいた」


 命運先輩は俯き、両腕で自分の体を守る様にして抑えた。

 刹那の時であるが、一度味わったあの斬撃感覚は今でも続いているのだ。

 少し時間を置いて、額に汗をかきながら今度は命運先輩が話しかけてくる。


「ねぇ、なんなの……あのエネシア先輩は? ていうかなの? 先輩の魔動力燃料マナなんて一つも感じ取れなかったし、でも姿や武器は先輩のまま……アレ一体何なの?」


 聲を荒げる震えた眸が答えを尋ねてきても、そんなの俺自身も知りたい事で答えられるわけが無かった。


「そんなの……俺だって知りたいっすよ」

「──では、わたくしがお答えアンサー致しましょう」


 久しぶりに聞いた鼻のつくようなネイティヴ英語が耳に入り、辺りを見渡すと──突如とつじょ空中から徐々にボンコイが姿を現して、俺は思わず後退ってしまった。


「お、お前! 受付で預かって貰ってたろ!」


 見た目がスマホなものだから仕方なく一緒に預けてきていたはずのコイツが、なんでこの病室に平然といる。どこから出てきた。


「──雑作も無いことです。

 没収された際に自分そっくりの分身体コピーを置き、移動の際自分自身に透明化スケルトンをかけてこの部屋までやって来た訳です」


 末恐ろしい奴、そんなことが出来るのか。じゃあ最初から教えろという話だが。


「──それでは本題に移ります」


 ボンコイの画面上に幾つもの言語の言葉が浮かんでは消えてを繰り替えし、二人で息を呑んでいると機械音声はすぐに発せられた。


「説明は後にして最初に結論を言うと──アレは『我が魔法少女マスターの中で十年程前から住み付いている天使』なのです」


 本当に機械的、それも包み隠すことなく明かされた正体に俺たちは唖然としてしまう。

 そんな事が有り得るのか? 体の中に住み付いていたって、そんな寄生虫みたいな事を。 


巨大ビッグな天使とお一人で戦い、勝利を勝ち取った我が魔法少女マスターの腹部を相打ちとばかりに刺してきた天使。

 ──その証は黒い痣となって彼女の体に残り続けていました。それを取り除く技術メソッドも知らぬまま、こうなるまで時が流れてしまった」


 ボンコイの話に命運先輩は驚いた表情を見せつつも、徐々に腑に落ちたような表情へと変わっていく。

 河川敷の時にその事を聞いていたのであろうか彼女は俯き、沈黙を保ったままで何も言おうとはしない。


「──待て、そんな事をしてくる天使がいるなんて聞いたことがねぇぞ?」


 突然割って入ってくるかのように今度は低く渋い声が聞こえてくると、命運先輩の隣の机に置いてあった愛らしいウサギのぬいぐるみに自然と目が留まった。


 ──もしかして……いや、この場合それでも最早もはや驚くまい。


 予想は的中。そのぬいぐるみはゆっくりと一人でに動き出し、虚空を浮遊するボンコイへと大きな視線を定めた。


「──やられた瞬間、相手に寄生する為の布石を残していく天使やつなんて、俺のデータにはどこにも載ってねぇ。どうなってやがる」


 少々口の悪い聞き方をするぬいぐるみに対し、一人でに飛び続ける礼儀正しいスマホ。

 妙な光景ばかりが目の前に拡がっているが、これも全て魔法少女たちの所有物──否、力を与えてくれる変身アイテムデバイスたちばかりである。


「──であれば考えられる事は一つ、簡単明瞭なことです」


 憶測を含みつつも、ボンコイは単純明快な敵のメカニズムを語りだす。


「あの天使は『地球の生物を学習していた』……と考えるのが自然でしょう。

 何処かで地球上の寄生生物を学習し、それを自らの卵──もとい、自分がやられた時の為に予め準備しておいていたのでしょう」


 平然と呟かれたボンコイの考察を聞き、命運先輩のデバイスは小さく舌打ちをした。

 今の時点ではそう考える他ない。が、にしてもそう結論付けるか。

 すると、ボンコイの考えに先程まで気分を悪そうにしていた先輩が乗っかてきた。


「孵化の為の準備期間が十年って随分長いわね……其処までは正確に学習できなかったのか、そのくらい天使は時間がかかるのか……」

「これも推測ですが、産まれる時期などは関係ないと思われます」


 ボンコイの言葉に皆が首を傾げるも、容赦のない解説は続いていく。


「感情論となりますが、ある出来事が我が魔法少女マスターの中に眠っていた天使を復活させる『トリガー』だったのだと推測しています」


 ──トリガー……?

 感情的な要素なんて曖昧で定かではない。しかし、だからこそトリガーは解除されやすいのだ。


「それも、まずは『シンジに正体がバレる事』。──そして、『シンジが傷つけられる事』」


「……え」


 全部、俺絡みじゃねぇか。

 それがどうして天使を復活させる事と関係がある。


「どうしてだよ、なんで俺が大きく関わって来るんだよ」


 当然の疑問、二つのトリガーとやらに全て自分が深く関わっていたのだ。

 しかして、帰ってきた答えはまたも機械的で、あまりにも簡略とした──




「シンジ、我が魔法少女マスターは貴方を守るために戦っていたのですよ」




 先輩と同じ言葉が、心臓を殴ってきた。


 動き出した鼓動がいつもと違う、新品の歯車と交換したかのように滑らかに回り早まっていく。


「あなたの生活、日常、あなたが悲しむことも苦しむことも無い平穏を守る為だけに戦ってきたのです。いつしか、あなたの平穏に危険を害する天使しか倒さなくなってしまいましたが」


 俺の為……に今まで。

 命運先輩の言っていた事は本当だった。

 ボンコイからも語られた真実を耳にして、俺は脱力するかのように近くにあった椅子の背凭れへと体を預けていく。

 だとしたら……それで姉さんはあんな奴に飲まれちまったっのか? 本当に死んだのか? まだどっかで生きてるとかそういう希望は無いの?

 聞きたい事は山ほどあれど、声が出すことを拒んでいる。


 なんだよ、結局全部俺の──


「……私のせいだ」


 ぽつり、と隣で命運先輩が呟く。

 ベッドの上で顔をおさながら蹲るその様は、誰が見ても戦士とは到底思えない子供の姿をしていた。


「……私から勝負を仕掛けて、そこで先輩から戦う理由を聞いて、その理由相手が目の前に現れたからって感情に身を任せて殴ったりなんてしたから……中に眠っていた天使を……あぁ……私は……私は……」


 掌の隙間から雫が毀れ落ちていく、罪悪感と己の未熟さに耐えられなくなり正義の味方の心はズタズタになっていく。


俺の魔法少女マスター……」

「ごめん、ごめんね、シャイン。私、最低だ……私が世界を破滅に導いちゃってるんだ……私は弱くて地上最低な魔法少女だ……。

 私……もう戦うのが怖い……また余計な事をしちゃうんじゃないかって……また体をバラバラにされるんじゃないかって……本当に怖い……駄目だ……本当に駄目……」


 彼女のデバイス『シャイン』は先輩に抱きしめられて慰めようとするも、彼女の後悔による涙は止まることを知らない。

 この圧迫とした空間の中で、誰一人として最後まで言葉を発する事は出来なかった。


 ※


 面会時間も終わり、重くなった足取りで病院から去って行く。


 ──俺、本当に助けれられてばっかだったんだ……なのに説教して、酷いこと言って、何様のつもりだよ。

 無力な自分、天使を解放させてしまった罪人である自分。その報いがこれ。姉さんも失って地球が黙って滅亡するのを黙って見ているだけ。

 何なんだよ、クソッ。


 するとスマホから通知音が鳴り、取り出してみると姉さんからメールが届いていた。

 慌てて中身を確認したが期待はすぐに折られ、表情は平静へと戻っていく。


 ──内容からしてボンコイだった、そりゃそうか。


 『人目がございますので、今はこの様な形でご提案をさせて頂きます』


 腑に落ちさせながら、『どうしたの?』と送信するとすぐに返事は返ってきた。


『“我が魔法少女マスターの部屋”で一緒に見て頂きたい物があるのですが、宜しいでしょうか?』

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