第8話「ギラギラ・リリィ・ミスルト」

 唐紅に彩られた玄関で相対あいたいすは二者、エネシア早城奈朶音月野命運リリィ・ミスルト

 息を殺しつつミスルトは目の前にいる奈朶音なたねを睨みつけ、奈朶音は顔色一つ変えぬまま玄関前で立ち塞がってくる彼女を寡黙なまま見据えていた。


「……今から買い物に行くの、夕飯の」


 相手を刺激しないよう優しめの口調で話しかけるも、彼女は動じることなく奈朶音を見つめ続け、唇を開く。


「エネシア先輩、あなたに決闘を申し込みます」


 もう忘れようとしたその名を呼ばれ、心中で舌打ちをすると奈朶音はウンザリとした様子で言葉を返した。


「この前の話し、ちゃんと聞いてなかった? それと先輩って呼ぶのやめて、馴れ馴れしいよ」


 嫌味混じりで指摘するもミスルトは気にも留めない様子で不敵な笑みを浮かべ、顔を横に振った。


「いえいえ、“先輩”ですよ。エネシア先輩は魔法少女私たちみんなの憧れなんです。──昔から今も、未来永劫」


 ミスルトは持っていた杖から様々な紋章が刻み込まれた魔法陣を突如形成し、地面へと解き放った。

 その瞬間、奈朶音は自分の脚に違和感を感じたが『もう手遅れか』とその場に立ち尽くしてしまう。

 脚を動かそうが自身の体は石のように固まっており、その場を離れることすら出来ない。

 どうやら、一種の捕縛術に掛かってしまったようだ。


「人間の姿で傷つけるつもりなど毛頭ありません。ご近所の視界に触れるのもあるでしょうから、場所を変えて変身してもらいしましょう」


 ミスルトは奈朶音を肩に担ぐと、外から見えた一番高いビルへと瞬時に飛んで行った。

 強風を受け、エコバックがひらひらと落ちていくのを黙って見下ろすと奈朶音は奥歯を強く噛みしめた。

 ──もう、戦う気なんて無いのに。


 三十階以上あるビルの屋上へと飛び降り、ゆっくりと奈朶音を下ろした。

 奈朶音は離れる様に後退し、先程の捕縛術が解かれてある事に気付く。


「さぁ、変身してください」


 ポニーテールを蒼白のマフラーが如く靡かせ、ミスルトは瞬き一つせずその身が変わる瞬間を観察しようとしている。

 奈朶音の頬に汗がつたり、逆光を浴びて影に包まれていく正義の味方を睨みだす。


「法律で魔法少女同士の戦闘は禁止になってるはずだけど、優等生としてこれはどういう気分でやってるの? 誘拐もだけど」

「これは私の独断です、上にこの件が露見してしまった場合は無論包み隠さず今回の事を報告し罰を受ける所存です。その場合、貴方の立場も危うくなりますが」


 最後に脅迫めいた事を言われ、奈朶音はフラストレーションが溜まりながらも気になった事を口にした。


「勝敗時の条件とかあるの? 逃げられない様にこんな所まで連れて来たのならアレだけど、変身したら全速力で逃げ切れるよ」


 奈朶音は正体がバレぬよう追跡してくる者には、常に対策を取っている。

 人工衛星や戦闘機、他の魔法少女が所在を捕らえようとしようが、魔法で電波や此方の気配を遮断させ、連続多重転移で振り切り続けてきたのだ。

 そんな彼女がこの場から逃げ切るなど、赤子の手を捻るより容易いのだが……。


「えぇ、もちろんあります」


 その場を散歩するかのように回りながら奈朶音を尻目に、ミスルトは条件を語りだす。


「もし先輩が勝ったら、手続きをしてもらい正式な魔法少女になってもらいます」

「……は」


 あまりにも予想外過ぎた内容に理解できぬまま、ミスルトの話は続いていく。


「それでもし私が勝ったら先輩は元の生活に戻って、二度とエネシアにならないでください」


 幾ら脳内で再生しても、耳に入ってきた言葉に間違いはない。

 だからこそ、彼女の言い放った歪な内容に眉を細めている。


「……逆じゃない。

 憧れがこんなのだったからショック過ぎて、病んじゃったの?」


 されど、彼女はこれで正しいと壊れた主張をする。


「いえいえいえ、間違ってないですよ。

 ──私に負けるんでしたらその程度だったということ。強い貴方だけが表舞台に立つのに相応しいのです。

 弱いままでしたら、そのまま普通の生活を送って、二度とエネシアを名乗らないください」


 淡々と話された理由わけに、言葉など出るはずもなかった。


 この子、話がまるで通じない。

 エネシアなんかに心酔して、本当にかわいそうな子。

 勝敗後の条件を聞いても、私がわざと負ければ問題は無いのだが──


「今、『手を抜こうか』とか考えてましたよね……真剣にやってくださいよ」


 顔色で察し、ミスルトは怒りを露わにしてくる。


 『逃げたら、それはそれでシンちゃんに迷惑を掛ける』。一人思考していると、ポケットから出てきたボンコイが奈朶音の手の中に納まりだした。


「──我が魔法少女マスター宜しいのですかレディ?」


 問いに小さく頷いた刹那──『装着リボーン』という合図と共に薄桃色の粒子が全身を舞い、奈朶音の細胞全てをエネシアのモノへと再生させていく。


 一瞬の出来事を前に、ミスルトの口角が上がりだす。

 憧れだった人が変身して、今私と力を交わろうとしてくれている。

 一ファンとしては光栄の極み現状況、粗相そそうは自分自身が許さない。


 舞い落ち消えていく粒子から推参した地球最強の魔法少女『エネシア』。

 愛らしさを兼ね備えた紅水晶色の眸は、目の前の蒼い後輩に威嚇を掛けていく。

 彼女の視線に肢体が硬直しだすも『武者震いだ』と自己解釈し、前へ前へと歩みだす。


 ──エネシアの前……凛々しく、気を零秒も抜かぬまま、首を落とす勢いで。


 ミスルトは持っていた杖を二つに分かれさせ、先端に鋭い刃を生やした双槍ツインランサーを構えると──彼女の腹部へ突き刺しに行った。

 先手必勝。自らを肉眼では捉えられない光に変え、光速のまま決着を付けにいく。

 卑怯卑劣と揶揄されようが、相手はあのエネシア。気を許すことなど許されぬのだ。


「手合わせ願います……ッ!」


 しかし、計算内の事が発生してしまった。──こうなることを見通して戦わないと勝てぬ憧れである事には間違いない。


 端的に言えば、エネシアにはのだ。


 鬱陶しそうにしている失望の双眸で見据えながらも、双槍の刃先を二本とも中指と人差し指に挟め、抑え込んでいる。

 そして力の差を理解したのかエネシアは溜め息をつき、指に力を入れていく。

 ギリギリと不快な音が鳴ったのち、刃が二本共に折られてしまった。

 双杖を引っ込め、後退したミスルトは彼女との間を取りだす。

 生憎ここは出来たばかりのビルであり、人も殆どいない。されど死傷者を出すわけにもいかない。


「遅い」


 あの一撃で見極めきったのか、いやそうに俯きながらエネシアは呟きだした。


「……なんか、時間の無駄に感じてきた。……帰っていい? あなたの不戦勝で良いから、私の負けで良いよ。負け……降参」


 どうでも良さそうな態度で喋った彼女の言葉に、ミスルトはふつふつと怒りが込みあがってくる。


 ──莫迦バカにされている……? 何故、真剣に戦おうとしない。私では……力不足だと?


 苛立ちと共に歯を噛み締めると、ミスルトは双槍を一本の杖に戻し──片方の先に三尺もの長刀を生やした長巻ナガマキへと形状を変えた。


「不戦勝……? 双槍ツインランサーを破壊されたのに、それは無理があるでしょう⁉」


 またも接近し微動だにしないエネシアの懐目掛け、横へと振り切っていく。

 鈍い音が鳴る、されど刃は彼女の皮膚どころか布切れ一つとて傷をつけられていない。

 ミスルトは目を大きく見開き、驚きを露わにしながらも声を荒げて連撃を掛けていく。

 斬撃の際に生じた真空刃や衝撃が周辺を傷つけていくも、そんな事には目もくれず彼女は咆哮し武器を振るう。


 すると突如、ミスルトの躰が空へと吹き飛ばされていった。

 一瞬のことで理解が追いつかなかったが──連撃の最中、エネシアはミスルトの武器を掴み屋上の外へと一緒に投げ捨てたのだ。

 ──攻撃をされても物ともしない御姿、流石と言いたいけど!

 瞬時にミスルトは上空を駆け、屋上へと戻ろうとする。

 今の彼女であればこの隙に逃げている可能性は高い、直ぐに追いかけなくては。

 屋上内が視線に入った瞬間──ミスルトは今まで感じた事の無かった『死』を実感した。


 目の前には彼女がいた、それどころか待ってくれていたのだ。

 右肩に荷電粒子砲カノンを装備し、目標が来る瞬間まで構え続けていた。故に。


 電撃が虚空を燃やしていく。


 秒どころではない差ではあったが、ミスルトはあの大出力の光線を瞬時に避けることが出来た。

 特殊魔製女服ジェネレイティブスーツの一部が焼け焦げて飛行出力が低下してしまったが、この場合は近づいて来た時のカウンター攻撃が有効だと判断する。

 屋上では荷電粒子砲を構え続けているエネシアの姿がまだハッキリと見え、銃口はミスルトを捕らえたまま次の手を打とうとしていた。

 エネシアの様子を見て少し距離を置いていると、ミスルトは小さな違和感に気付いた。


 ──変だ、あの屋上は確か風が強かったはず……それなのに、エネシアの髪は何故


 背中に奔りだすいかづちの様な鈍痛。吹き飛ばされながらも空中で姿勢を取り、気合で痛覚を抑えこむ。

 目上にいたエネシアは哀れそうに相手を見下し、空を立っている。

 どうやら先程いた方はどうやら残像フェイクであり、此方が本物みたいだった。


「……“シャイン”、私たちに勝ち筋ってあると思う?」


 この危機的状況に、ミスルトは特殊魔製女服ジェネレイティブスーツとして身に纏っていた自身のデバイス『シャイン』へと問う。

 弱気になった訳では無く、ただ自分がどういう状況なのかを知る為に。


「──ほぼ無い。俺の魔法少女マスター、撤退を推奨する」


 彼女の言葉に、シャインは武骨ながら低い機械音声で回答を示しだす。

 妥当な提案。されど、ミスルトは絶望など微塵も感じぬまま口角を上げる。


「じゃあ、骨が砕けるまでいく!」

「──そう来ると思った」


 それは両者の合図でもあった。

 内に眠る魔動力燃料マナを急速に変換し、彼女が足下が青白く光りだす。

 発言させた動力は爆発的な衝撃となり、ロケットエンジンなど目ではない神速を誕生させる。

 空気中に浮かぶ元素全てを斬り裂き、長巻を構え、目掛けるは薄桃の魔法少女エネシア。

 変化した速度に少しは驚きながらも、ミスルトは全ての攻撃に反応して防御を続けていく。


 衝突し合うは薄桃と薄水。感情いろが交差し合い、互いの肉を傷つけあおうとする。

 透き通る空は、もはや彼女らの戦場と化してしまっていた。人の手ではもはや止めることさえも出来ぬ。

 憧憬は憎しみへと変わり、憧れを越えようと加速する。

 されど、それは全て無へと受け止められていく。


 ※


「ゲーセンもオワコンだ……自分専用のバチが禁止なんて」

「いや、それは禁止にしてるとこの方が多いだろ」


 侑弥ゆうやの発する下らない話が始まり、二人で半目になってしまう。


「いやいや、デパートとかならすげぇわかるよ。だが、ゲーセンだぜ? ゲームセンターあらし読んだことある?」

「……ねぇよ」


 ゲーセン帰りで歩きながら今日とて変わらぬ会話を交わすも、影は自分たちの知らぬうちに伸び続け途切れようとしている。

 なんて言って姉さんと話せば良いのだろう。いい加減この状況を打破するには自分から先日の発言を謝るしかないのだが。

 どうももどかしい、こんな気持ちなければ良いのに。


「──そんなんだから現代日本は魔法少女に可愛さを……ん? あぁ?」


 ふざけた様子で話をしていると、侑弥は目を細めつつ近くにあった街路樹を見上げ「なぁんだアレ」と不思議そうに指を差した。

 誠良あきらと共に同じ方角を見つめると、何やら白い布の袋が枝に引っ掛かっているのが見えた。

 侑弥が少し背伸びをし手に取ると、三人でその袋を凝視する。

 どうやら古めのエコバックのようで、使い古されたのであろう白一色ながら所々に汚れが見え受けられた。


「いつからエコバックは木から生えてくるようになったんだぁ?」

「どう見ても、風に飛ばされて引っ掛かかったって感じだろ。交番に届けないと」


 侑弥と誠良が話し合っている中、一人エコバックを見て、何かに気付き始めていた。

 しかしてそれはすぐに、家で持っているのと同じやつだと判明した。

 にしても同じ個所に汚れが幾つもあるとは……。

 侑弥からエコバックを取り、中にある取り扱い表記を確認する。

 すると俺は肩を落とし、少しの間だけ言葉を失いながらもぽつりと呟いた。


「うちのだ」


 「え?」と声を上げ、二人も共に取り扱い表記へ視線を移しだす。


「……『早城』、これお前の苗字じゃん」


 誠良の言葉に俺は静かに頷くと、侑弥が「字ぃ、汚ったねぇ……」と小さく声を溢した。


「この汚い字は姉さんのだ、一発でわかる」


 昔から字が本当に汚くて代わりに代筆していたことがあったから、この書き方は嫌でも覚えている。

 そうなると、何故うちのが木に引っ掛かっていたのかという事だが。

 洗濯をして飛ばされたのか、はたまた買い物中に強風が吹いたのか。されど今日の天気予報に強風注意報などはなかった。


 だとしたらどうして──


 木を見上げた瞬間、俺の視界にある二つの閃光が侵入してきた。

 正体は断定できない。しかし、あの桃色と青色は……。

 言葉では表現しきれぬ不安が脳裏に揺らめき、胸騒ぎが体の隅々を駆け巡っていく。


「あ、あの、俺! 用事思い出したから! このエコバック持って帰って、姉さんに言っとくわ! ちゃんとしろって! じゃあな!」


 慌てながらも俺は二人の前から急いで走り出し、衝突し合う二色の光を追いかけだした。


 ──なんで、何でまた……!

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