第35話 港町だぜ

 さあ、食べようとしたところで元の位置に戻ってきた。

 め、目の前でお預けとはなかなかに辛い。

 そんなわけで再度海で魚をとり、ようやく食事にありつけた。その後はいつもの流れだよ。川で水浴びをして家に帰る。

 家に隣接する畑の跡が放置だったなあと思いつつ家の中に入った。


「マスター。来ていただきたいのですが」

「服は着た?」

「どうすればよいのか」

「と、扉を開けないでえ」


 ディスコセア情報によるとハイエルフの姿になった彼女が部屋の扉を開けた。扉口には俺がいるわけで……。

 全裸の彼女とエンカウントってわけである。

 お約束過ぎる展開だけど、鎧はともかくパンツくらいは分かるだろ。


「バックー」

『呼んだー?』


 お、いた。軒下まで聞こえたようで良かった。


「ディスコセアに服の着方を教えてもらえるかな」

『タヌキの姉ちゃん、服を着れないの?』

「そうなんだ」

『兄ちゃんが教えてあげればいいんじゃない?おいら兄ちゃんみたいに毎日着替えないし』


 まあ、そんなこと言わずにとディスコセアとパックを部屋に押し込んだ。


「マスター。この布は腰に巻くのでしょうか?」

「そ、それは胸に巻くんだよ」

「なるほど。では失礼して」

「ここで脱がない、中で頼む」


 なんてハプニングがありつつもディスコセアのお着替えは終わった。

 なんだかどっと疲れたよ。

 そんなこんなで彼女から昔話を聞くこともなくすぐに寝てしまった。


 ◇◇◇


 翌朝、スマートフォンの写真を頼りに転移を試みる。さすがに写真を見ながらだとあっさりと転移できるようだな。

 スマートフォンの充電はまだまだ大丈夫。

 電源が切れると保存した写真が消えてしまうので注意しなきゃな。


「兄ちゃん、おいらは大丈夫だよお」

「一応聞いて知ってるけど、万が一の時の策もあってさ。しばらく人間の姿でいてくれ」


 パックは少年の姿で、ディスコセアはハイエルフの姿になってもらった。パンダはそのままである。おっとフェンリルだった。

 しかし、フェンリルを飼い犬ですは無理があるよな。自己主張するのは良いが、周囲は犬だと認識してくれない。俺たちも含めてね。

 いやあ、城壁もあるし勝手に街へは入ることができないと思って、少し作戦を練ってみたのだ。

 さて、そろそろ準備をしなきゃな。

 フェンリル(仮)に革紐を……どこに装着しようか。

 首輪にしたかったけどなかなか難しいな。首が締まったら可哀そうだし。

 前脚の付け根に革紐を巻いて誤魔化すことにしよう。

 革紐の端を持ち、これでペットぽく見えるかな? ここからは徒歩だ。

 フェンリル(仮)には装備品の一部を入れたザックを背負わせている。これでまあ、荷物を運ぶ有能なペットに見えるだろ。

 いや、待てよ。


「パックはフェンリルに乗ってくれ」

「うんー」


 パックにフェンリル(仮)へ乗ってもらった。

 うん、ますます良くなったぞ。子供なら乗せることができる。だから子供も連れて来ているのだ。

 よおし、バッチリだ。

 ディスコセアはハイエルフという人間ぽい種族の見た目だから街でも浮かないだろうし、俺は言わずもがなである。

 人間は一番数が多いらしいからね。

 

 徒歩になったので案外時間がかかるな。

 城壁があるなら、きっと……お、あったあった街道だ。

 さりげなく街道に入って、素知らぬ顔で城壁へ向かう。


「兄ちゃん、門があるぞお」

「おお、予想通りだ」

「すげえや兄ちゃん、分かってたの?」

「いや、道沿いに行けば街への入口があると思ったんだよ」


 道が張り巡らされているなら話は別だが、見た所、一本道だしさ。

 わざわざ道を外して入口門を作る意味がないもの。

 はやる気持ちを抑え、いつも通りを意識しててくてくと歩く。

 ハッキリと門が見えてきたところで、門番が二人も立っていることも分かった。

 さあて、どこぞの者とも知れない風来坊に対してどういう対応をするのか。


「パック、言葉が分からないかもしれないから先にパックが門番に挨拶してくれないか?」

「うんー」


 フェンリルの首元をぽんと叩き、右手をぐっと上にあげるパック。

 パックはどのような言葉であっても通じる素敵能力を持っているからな。

 何となくだけど、俺も言葉が通じるんじゃないかとも思っている。根拠はディスコセアと言葉が通じたことからだね。

 

「こんにちはー」

「珍しい荷馬を連れているな。見ない顔だが旅商人一家か?」


 問い詰めるような感じであったが、中年の門番は穏やかな顔をしている。

 パックが子供の見た目をしているからかな? 彼にパックと同じくらいの子供がいるのかも。


「そうだよー。おいらが海を見たいって父ちゃんに頼んだんだ」

「ほう、それはそれは。ようこそ、スネークヘッドへ。決まりだからすまんが、荷物を見せてもらっていいか?」

「うんー」


 快活に応じるパックは足をブラブラさせて門番に笑顔を向ける。

 その姿に対応していた門番だけじゃなく、もう一人も門番も悪くない反応をしていた。

 とても子供っぽい仕草に喋り方だが、パックは演技をしているわけじゃない。

 素で彼が子供っぽいのが幸いした。

 そして、予想通りというか俺にも彼らの言葉が分かる。

 門番の言葉を受けて、ディスコセアに手伝ってもらって荷物を降ろしザックの中身を出していく。

 

「兄ちゃんら、海は初めてかい?」

「はい、海が見えてワクワクしています」

「ははは、スネークヘッドの港はなかなかのもんだぜ。港ちかくにある「ビックシェフ」って飯屋がうまいぜ。赤い煉瓦の屋根の店だ」

「おお! 海のものが食べられるんですか?」

「そうだぜ。口に合うかわからんが、あの店でダメなら海のものは食べない方がいい。肉料理なら中央広場近くがいいぜ」

「ありがとう」

「よっし、行っていいぜ。ほい、通行証。この街では出る時はどの門からでもいいからな」


 あっさりと通過することができた。随分と親切な人たちで良かったよ。

 危なそうな者がいたら止めるってことなのかな。危なそうにはモンスターも含まれるのだと思う。

 

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