第31話 ぞくっぽいなまえだね

『兄ちゃんー』

「お、おかえり」


 偵察に向かったパックが帰って来た。

 さっそく彼に赤い石のことを聞こうとしたのだけど、彼は地面に降り立つと何やら焦った様子で翼をバタバタさせる。


『危ない目にあってる人がいたんだ!』

「え、それは、俺たちでも何とかなるもんなのか……」

「がおー」


 フェンリル(仮)に服を引っ張られ、彼の背におさまった。

 い、行くのか。

 俺の不思議な仲間たちは勇敢で高い倫理観を持っている。

 パックもやる気でフェンリル(仮)の耳の間に着地して前を見据えているし、フェンリル(仮)は今にも駆けだしそうだ。

 タヌキはマスターと仰ぐ俺の指示をじっと待っている。

 彼女は彼女で何が起ころうが、動じず俺の判断を待つなんて、なかなかできることじゃないぞ。

 俺? 俺は状況を聞かなきゃ何とも言えん。

 困ってる人を助けたくないのか? と問われれば、イエスと答える。

 だけど、親友ならともかく赤の他人を何が何でも助けたいのかと言われれば疑問府が浮かぶ。

 川でおぼれている人を見て、助けたいと思う。

 だがしかし、急流で俺が川に飛び込んだら溺れそうとなれば飛び込まないだろ。

 できることはレスキューを呼ぶくらいだ。

 何が言いたいかというと、自分が脅かされない範囲でしか協力できないってことさ。


「ちょ、ちょっと待って。危ない目ってどんな感じ?」

『魔物と交戦していたけど、負けそう』

「ひ、ひええ。何人いた? 魔物はどんな見た目?」

『戦っているのは一人。魔物はなにかな、おいら魔物の名前余り知らないんだ』


 一人か、一人なら……。

 うお。急に体が後ろに引っ張られる。

 違う、違うんだ。まだ考えがまとまっていないんだよお。

 行けるかも、って俺の気持ちを「指令」と受け取ったフェンリル(仮)が走り出す。

 パックから方向を聞いていないのに場所が分かるのか?


「マスターと共に」


 などと殊勝なことを述べ、フェンリル(仮)と並走するタヌキ。

 

『あっちだよお』

「がおー」


 阿吽の呼吸とはまさにこのこと。

 俺の想いをよそにグングンとフェンリル(仮)が加速して行く。

 もうどうにでもしてくれ、と達観した気持ちになったが、いやいやと首を振る。

 検討する前に状況開始してしまった。

 だからといって思考放棄をするわけにはいかないのだ。

 ええと、ソロでモンスターと戦っている人がいて、我らがパンダチームが颯爽と登場し救い出す、というミッションである。

 おっと、フェンリル(仮)チームだった。

 一人なら救い出すことができるかも、って考えたところでフェンリル(仮)が走り出してという状況。

 作戦は一つしかない。だが、実行できるのか……もう走り出してしまったのだから決めたことを行うのみ。


「うううおお」


 急にスピードが落ち、前につんのめった。


『兄ちゃん、あれ』

「頭がくらくらして。う、ううむ」


 頭が前に振られ、ガクンと元の位置に戻ったばかりで目がちかちかしている。

 フィールドの視界は良好。木々も無く、草原地帯のようだな。右手200メートルほど先は林になっている。

 左手は下り斜面でここからはどのような状態なのか確認できない。

 まだ距離があるからハッキリと見えないけど、パックから聞いていた通り人型の戦士風がライオンのような魔物と対峙している。

 人型の方は人間ではなさそうだ。だって緑色の尻尾が生えているんだもの。

 体の色味も緑ぽいし、人間に対して友好的かもわからないな。

 一方で人型が戦っている相手の魔物はフェンリル(仮)より一回以上大きい。

 ライオン風だけど、蛇の尻尾を備え、四つ足で立っているのだが全てが鷹の足のようになっている。

 俺の知識ではキマイラかなと思ったが、キマイラってライオンとヤギの頭に蛇の尻尾だった記憶だ。

 なので、あの魔物とは少し形状が異なる。


「フェンリル、一気に加速してあの人を口か手ですくいあげて背に乗せることはできるか?」

「がおおおーー」

 

 気合が入ったらしいフェンリル(仮)の鳴き声だったが、相変わらず気が抜けそうになった。

 スピードをあげようとしたところで、ディスコセアから待ったが入る。


「マスター。わたしがあの方を跳ね上げ、ベアがキャッチする方が確度が高いかと」

「じゃ、じゃあ。連携プレイで頼む」

「がおおお」

『行け行けー』


 加速しろと言ったのは俺だが、こ、この速度はダンジョンの中でいきなり加速した時以上だ。

 距離が短いので加速しきるところまで行くのかと思いきや、たった50メートルほどで猛烈な速度になった。

 こ、この速度で方向転換できるのか?


「行きます」


 タヌキが宣言し、人型を頭で下から上にすくいあげる。

 ぽーんと冗談のように人型が宙を舞い、俺の前にすとんと落ちた。

 フェンリル(仮)の首元に落ちて来た感じだったけど、意にも介さず彼は直角に方向転換して林に向け舵を切る。

 よし、うまくいった!

 魔物が追いかけてきているのかは不明。ついて行くだけでいっぱいいっぱいだよ。

 しばらくして、フェンリル(仮)の速度が落ち、ようやく一息つく。

 何やら見たことのある景色だな。


「おや、さっきのキャンプ跡地じゃないか」

 

 このキャンプの跡とハナミズキは俺たちが転移してきた場所で間違いない。

 止まるいなやフェンリル(仮)が首を振り、人型を地面に転がした。

 俺は彼から降りずにそのまま人型の方に目を向ける。

 が、ここはパックだな、と彼に人型に声をかけるようにお願いした。

 

『やあ、おいらパックだよ。きみは?』

「拙者、アウグスト・ジークフリードでござる」


 片膝をつき、頭を下げる人型。

 あれ、俺にも言葉が分かる。つい、「ジークフリード、賊っぽい名前だね」とか言いそうになったよ。

 人型は思った以上に人間と見た目がかけ離れた種族だった。

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