第29話 散歩装置

 音が聞こえたのまでは良かったけど、特に変化がない。出っ張りのあった壁じゃなく他の壁かなあ。ひょっとしたら床に階段出現パターンかも?

 うーん、階段ならもっと大きな音がしそうだし、見ればすぐに分かる。


「んー。うお!」

『兄ちゃん!』

「マスター」


 前につんのめった!

 後ろからタヌキとカメメに引っ張られ逆側によろよろとし、ぼふんとふわふわの毛皮に背中が当たる。フェンリル(仮)も俺を心配して後ろにまで移動してくれていたので彼が支えになって転ばずにすんだ。

 びっくりした!

 壁に手をついたら壁が動くんだもの。体重をかけていたところ、急に前にもっていかれたものだから転びそうになったというわけさ。

 どうもこの壁、押すと回転するようだ。今度は慎重に半分だけ壁を回して、中を改める。

 壁の向こうは細い路地になっていたが、暗くてよく見えない。


「マスター、わたしが先に入ります」

『おいらもー』


 先を争うようにしてディスコセアをパックが中に入る。


「フェンリルが壁の隙間に入るかだなあ」

「がお」


 フェンリル(仮)に開いた隙間に入ってもらう。顔は余裕で通ったが胴体がギリギリだった。後ろ足の辺りで詰まってしまったので、頑張って彼のお尻を押す。


「いける……か」


 急に圧力が無くなり、彼のお尻に顔が埋まる。

 ふ、ふう。隙間を抜けたようだな。

 続いて俺も中に入る。

 路地は先ほどの隙間の二倍くらいの幅があるのでフェンリル(仮)でも悠々と進むことができそうだな。


「フェンリル、耳ライトをって既に点灯してるか。助かる」

「がおー」


 口で服を引っ張ってきたので、彼の背中に乗る。

 タヌキが先行し、パックはカモメの姿に戻ってタヌキの背に乗った。

 絵にすると酷いことになってそうだが、俺も含め全員真剣である。


 さて、路地に入り再び暗闇空間となった。

 ディスコセアがいたバツマークのダンジョンでさんざ暗闇は経験しているので問題なしだ。

 結論、フェンリル(仮)に任せておけば良い。今更気がついたけど、ディスコセアも暗いところが見えているよな。

 フェンリル(仮)と並走していたもの。彼の耳ライトは指向性がないので前方を遠くまで照らすことはできない。馬より速い速度で走るから、暗闇が見えていないと走り続けることなんてできないのだ。

 それにしても、思ったより道が長い。フェンリル(仮)がゆっくり進んでおよそ3分ほどで小部屋に出た。

 小部屋は袋小路になっており、他に抜け道は無かった。今度こそ本当の行き止まりかな?

 さらに隠し扉がある……ってことは……ありそうだよなあ。

 まずは部屋の確認から行くことにしよう。フェンリル(仮)から降り、耳ライトを頼りに部屋の観察を開始する。

 床に模様があるぽいぞ。もし、部屋全体を照らすことができれば分かりやすいのだけど……って!

 部屋がいきなり明るくなり、思わず目を閉じた。

 

「わ、罠か?」

『この部屋にもスイッチがあったから押したよお』

「危険な罠だったら……は無さそうだ。魔道具の光だっけ?ありがとう、よく見えるようになったよ」

『へへー。おいらも役に立つことあるだろー。しっかし、この部屋は狭いし、何もないんだねえ』


 全体が明るくなったところで改めて部屋の状態を確認することにしよう。

 床の模様がハッキリと分かる。濃い灰色と灰色の市松模様になっていて、中央だけ色が黄色になっていた。

 壁はよく磨かれた白っぽい石で触れるとツルツルしている。歪みや痛みもなく、部屋は破損せず綺麗な状態を保っていた。

 さすがに埃が多少積もってはいるが、長い年月放置されてきた割には非常に状態が良い。

 石だからこれほどまでに劣化せずに済んでいるのか、魔法的な効果で保存されているがのかは不明。俺の推測では両方かなと安直に考えている。

 一つ言えることは光が付いたことから、この部屋にある魔法的なものは機能していると見ていい。

 

「うーん、ディスコセア、フェンリル、それにパック。何か気がついたことはある?」

「がお」


 フェンリルが中央の黄色い床に乗る。

 続いて右前脚を器用にあげ、どしんと床を踏み締めた。

 黄色の床は気になっているけど、踏んでも変化は無かったんだよな。


「あの場は力場になっています」

「力場?」

「フォースフィールドと言い換えた方がよろしいでしょうか」

「それも聞いたことのない単語だよ。どのようなものなのかな?」


 俺の質問を受けたディスコセアは丁寧に説明をしてくれた。

 フォースフィールドというのは魔法的な場のことで、空間を形成する。

 今回の場合は黄色い床から天井までがフォースフィールドの空間になっているんだって。


「というわけです」

「だいたい理解した。それでフォースフィールドはどんな効果があるのかな?」

「いろいろなパターンがあります。分析してみますか?」

「え? できるの?」

「恐らく」

「ぜひぜひ!」


 魔力の場、なんてときめくものに一体どんな効果があるのか、胸がどきどきするじゃないか。

 ディスコセアが黄色い床を鼻ですんすんして、嗅ぎまわっている。

 あれ、調べてるの……?

 ちょっと可愛いんだけど、調べているようには見えない。

 

「分かりました」

「お、おお?」

「このフォースフィールドは転移の術式が編まれています」

「転移! まさか別世界へ飛べるとか?」

「そのような術式があるのですか!」

「い、いや。違うのかな?」

「異なります。この転移術式は二つの使い方と制約があります」

「ほ、ほほお」

「使い方ですが、知っている場所に転移するか、ランダム転移のどちらかを選択できます」

「ランダムは石の中とかに転移したらいやだな……」

「それはありません。安全な場所に出ます。続いて、制約の方ですが丸一日経過するとこの場に転移します」

「そいつはまた……」


 なんかとっても面白そうなんだけど!

 食糧や水が確保できない場所に転移しても一日我慢すれば大丈夫。

 こいつは……異世界散歩装置だな、うん。

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