第6話 カモメとエビ、それは俺のだ

 伊勢海老は……空だ!

 伊勢海老が勝手に空を飛ぶわけがなく、青みがかった灰色の翼を持つ鳥が伊勢海老を咥えている。

 ふてぶてしいのか伊勢海老が重たかったのか不明だが、鳥は俺からはっきり様子を確認できるほどの砂浜に着地し伊勢海老を黄色い嘴でコツコツ突き始めた。


「こ、こいつ……堂々と……」


 意図していなかったとはいえ、俺が獲った得物を横取りするとはなんて奴だ。

 捕えて丸焼きにしてくれようか。

 ……魚はともかく獣を解体するのは無理だ。いざとなればやるかもしれないけど、なるべくなら避けたい。

 魚だって獣だって同じ命であることは重々承知している。

 逃げてくれることを期待しつつ、どしどしと大きく足音を立てつつ鳥に近寄って行く。

 鳥はカラスくらいの大きさで黄色い嘴につんと尖った目、頭から首にかけては白い羽毛に覆われており、体や翼は青みがかった灰色をしていた。

 こいつは有名な海鳥で俺でも知っている。

 カモメだな。うん。


「ぐあ!」


 もうカモメの体に手が届くという距離になってようやく彼は伊勢海老を突くのをやめ、顔をあげ元気よく鳴く。

 威嚇されているのだろうか? 俺。

 それならば、こうだ。

 そっと網を出しカモメに被せようとしたら、伊勢海老を咥えトコトコ歩いた彼に躱される。


「やるじゃないか」


 飛び去ろうとせず歩いて躱すなんて舐められているのだろう。

 匠の網捌きを見せてやる。

 俺のただならぬ気配に気が付いたのか、カモメは伊勢海老を突く動きを止めた。


「諦めて飛び去るなら何もしない」

『見たことないご馳走だったから、兄ちゃんが獲ったのは分かってたんだけど』

「そうか、そうか、分かってくれればいい。まあ、弱肉強食の世の中だ。取ったり取られたりは恨みっこなし」

『食べていいの?』

「今度は俺が取り換え……え、あれ」

『どうしたの?』


 俺は「誰と」喋っていたんだ?

 声の主が声変わりする前の少年のようだったので、ついつい答えてしまったのだが、少年どころか人間の姿もない。

 ここにいるのは俺とカモメだけ。

 カモメは不思議そうに首を傾けじっと俺を見ている。

 

「カモメが喋った?」

『おいらカモメじゃないよ、パックってんだ』

「や、やはり、カモメが……!」

『だからパックだってば』

「お、おう……ま、待ってくれ。少し待ってくれ」


 カモメが喋った。カモメが喋った。カモメが……。

 深呼吸だ。そして素数を数えろ。素数は孤独な数字、俺を落ち着かせてくれる。

 

「落ち着くわけあるかああああ!」

『兄ちゃん、大丈夫?』

「叫んだら落ち着いたよ。まさか人間以外は喋るとは思ってなくてさ』

『兄ちゃん、ニンゲンなの? おいらと同じと思ってたよ。よくここまで来れたね』

「詳しく聞きたい。お礼と言ってはなんだが、その伊勢海老をパックにあげるよ」

『ほんと!』

「うん、申し遅れたが俺は小池竜一こいけ りゅういち。しがないサラリーマンさ」

『長いよ。リュウでいい?』


 「問題ない」と頷き、ここじゃあなんだからと砂浜から藪の方へ向かい手頃な岩の上に腰かけた。

 カモメのパックは伊勢海老を咥えてトコトコとついてくる。

 カモメが喋るなんて非現実的過ぎてなかなか受け入れることができなかった。

 しかし、考えてみれば「再構成」だって同じくらい非現実的だよな。

 見て見ぬふりをしてきたというよりは、認めたくなかったってのが本当のところだ。

 何をって?

 俺のいる場所が「地球ではないこと」をだよ。

 不思議の国なのか、夢を見ているだけなのか詳細は不明。

 いや、夢を見ている、はないな。こうして腹も減るし、擦り傷もいくつかできていて実際に痛む。

 一心不乱に伊勢海老を突っついて食べるパックを見やり、はあとため息をつく。


「パック、『おいらと同じ』とは何かしらの能力を持っているってこと?」

『もぐもぐ……兄ちゃんもおいらと同じ種族だと思っただけだよ』

「種族か。喋る鳥?」

『霊鳥族って知らない? デミバードとか』

「聞いたこともない。霊鳥族は喋ることができる……いや、それだけじゃないか。パックは俺を見て『同じ』って言ったんだ」

『見たいの? お腹が減るから余りやりたくないんだ』

「そうだなあ。魚籠には小魚やイカがある。この後焼こうと思ってたんだけど、一緒に食べる?」

『食べる!』


 と嘴をめいいっぱい開いたと同時にパックの体から白い煙がもくもくとあがり、彼の姿が見えなくなった。

 まもなく煙が晴れると青みがかった灰色の髪を短く切り揃えた少年が立っていたではないか。

 少年は10~12歳くらいで、布を腰で縛ったポンチョ……じゃなくて簡素な貫頭衣を着ている。

 靴や手袋もしておらず、貫頭衣オンリーという出で立ちであった。

 

「ビックリした。確かに人間にしか見えないな」

「兄ちゃんは本当にニンゲンなの?」

「空を飛べるのだったら、とっくに飛んでるよ。ほら、食べ物も沢山あるから鳥になって腹が減っても大丈夫だろ?」

「この姿の方が疲れるしお腹も減っちゃうもんね」


 てへへと笑い、自分のお腹をポンと叩く少年形態のパック。

 まあそらカモメと人間の少年だったらカモメの方がカロリー消費量は少ないだろうな。

 ……などと考えてしまったが、思い込みは禁物だ。

 何しろ別世界なわけで、鳥が人間に変身するくらいなのだもの。俺の常識は通用しない部分があって当然だろ。

 とはいえ、俺はこれまでの経験と知識からしか判断することはできない。

 慢心しない、これが常識だ、と思わず、荒唐無稽なことでも柔軟に考えるようにしなきゃだ、な……言うは易し行うは難し、だけどねえ。


「ん、そういやパック。さっきまでと喋り方が違うな」

「そうだねえ。この姿の方が喋るのは楽ちんだよー」

「発声しているよな。さっきまでの声はこう頭に響くような感じだった」

「あはは。細かいことは分からないや」

「言葉が通じるのは幸いだったよ」

「言葉? そういや兄ちゃん、おいらがこの姿でもおいらの言ってることが分かるんだね」

「あー、あー。また新たな情報が……ともあれ、先に聞きたいことが山ほどある。一旦家に戻ろうかと思ってる。そこでご馳走するよ」


 鳥の時の不可思議な音声? と異なり、パックは今普通に喋っている。

 鳥の時はこう、なんだ、魔法的なやつで頭の中に響くように勝手に翻訳されてたと思えなくはない。

 だけど、今は違う。俺にはパックの喋っている言葉が日本語に聞こえる。だがしかし、パックが本当に日本語を喋っているのかは分からないってところ。

 深く考えることはよそう。

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