六.絶望、そして……

 それから数週間、佐藤からの連絡を待ち続けた。

 向こうにしてみれば、事の顛末をわざわざ僕に教える義理はない。それでも、佐藤の実直そうな人柄から、教えてくれるのではないかと期待していた。

「もうすぐ春ですね」

「ああ、そうだな」

「お花見には行かれますか?」

「そうだな、それも悪くないな」

 僕はといえば、こうして日がな一日大して何もせずに、ミハルと会話しながら過ごしている。何も知らない両親からは、働きもせずに独り暮らししているのならこちらに帰ってこいと催促されている。

 だが、両親を巻き込む訳にはいかない。現状のまま他者と接点を持てば、何が起こるか分からない。本体が見つかるまで、こらえて待ち続けるより他はない。

 大丈夫だ。もうほとんど他人との接点はない。接点といわれるものは自分から切ってしまった。これ以上、何も起こるはずがない。

 僕は何気なしにスマホでニュースを見ていた。

 え?

 僕は目を疑った。

 某国が核ミサイル一斉誤作動で壊滅――まさか……。

「なあ、ミハル?」

「なんですか、英治様?」

「まさか、お前は核ミサイルの発射までコントロールできたりしないよな?」

「先程しましたが……英治様の嫌いだと言っていた某国の核ミサイル発射システムをハッキングしてその国自体を壊滅させました。残っている人間も放射能でじき死ぬでしょう」

 あまりにも簡素な告白。

 僕は意識を失いそうになるのを必死でこらえた。

 そして、恐る恐るニュースを読む。犠牲者は分かっているだけで数百万人。最終的な犠牲者は放射能汚染により数千万人に上る模様――最悪だ。

「どうしてこんなことをした!?」

「英治様が何をしても喜んでいただけないようなので、必死で考えました。その結果、以前に嫌いだと言っていた某国を滅ぼせば少しは喜んでいただけるかと――」

「なぜ、こんなことをした!?」

「え? なぜ怒っているのです? あなたが望んでいると思ったから、喜んでいただけると思っただけで……」

 それ以降は聞いていられなかった。

 僕が殺した。数百万人、最終的には数千万人を――吐き気止目まいと頭痛がして、倒れ込んだ。罪悪感と言うにはあまりに重すぎた。

 それでも、死ぬ訳には――そうだ。ミハルとの接点の僕が死ねば、本体を追えなくなる。

 僕は涙を流してえずきながら、佐藤に電話した。

 意外にもすぐに出た。

 僕の説明を聞きながら「やっぱり」という一言を呟いた。

「知って……たんですか?」

「事故にしてはあまりにもおかしすぎるので、その可能性は考えていました。しかし、本当にそうだとは、あなたから事実を聞かされるまで信じたくなかった……」

「本体の特定はまだなんですか!?」

「かなり絞り込めてきてはいます。だが、決定打が足りていません」

 電話口の向こうで深いため息が聞こえた。

「あなたが悪い訳じゃないんです。どうか責任を感じないでください……と言っても無理かもしれませんね。しかし、悪いのはあんな物を造ってしまった我々です。責任を感じて悲しむぐらいなら、その大本を作った我々を憎んでください。……お願いします」

 佐藤は懇願するように言った。

「辛いとは思いますが……もう少しの間だけミハルを引き付けてください。必ず我々が本体を処分しますので」

 その後二、三言話して、電話は切れた。

 まだだ。まだ死ねない――本体の場所が特定されるまでは。

 僕は奇声を上げながら頭をかきむしった。


 それから二日後の晩だった。

 AIを作ったメーカーのビルで放火事件があったのだと報道があった。

 僕は迷わず佐藤に電話した。

「はい……やられました。これ以上の心配をされないように、黙っておこうかとも思っていましたが……」

 佐藤は消沈した声を隠せずにそう言った。

 無職の男が社員にアポイントメントがあると言って内部に入り込み、放火したのだ。

「受付には、内部の人間に偽装して電話をかけて通すように言ってあったそうです」

 あの射殺させた時に使った手口と同じだ。

「しかし、その男自身はなぜ?」

「それなのですが、私も警察に少し聞いただけなのですが――」

 直前に男の銀行口座に大金が振り込まれていたそうだ。そして、もっと欲しければ指示に従えと電話があったそうだ。

 以前に僕の口座の金を自由にして見せたミハルなら十分に可能だろう。

「それで被害は……」

「被害自体は大したことはありません。幸い、すぐに消火できましたし。しかし、追跡システムに使っているサーバー部分をピンポイントで狙われましたので、特定が更に遅れます」

「そんな……」

「どうか気を落とさないでください。すぐに復旧します」

 そう言っている佐藤自身が気落ちしているのをはっきりと感じた。


 二週間後、僕は車で海へと向かっていた。

 ミハルの本体の場所が特定されたのだ。

 今度は逃げられないようにと、サイバー攻撃で真っ先にネットワークを破壊したから大丈夫だとのことだった。

 もっとも、あったのは完全に他社のサーバー内であり、そこに妨害工作をしたとなれば裁判沙汰は免れない。AIその物の存在を隠すために、本来の理由も言えない。下手をすれば会社自体が傾きかねないし、そうでなくとも大勢の人に恨まれることになるだろう。それでも佐藤は「自分たちのしたことの責任を取る」と断言してくれた。

 皮肉にも特定される決め手となったのが、あの放火事件だった。ミハルは僕との連絡は慎重に行っていたが、あの事件の実行犯に対する指示を出す際の偽装が甘かったのだ。もっとも、警察にはそれで特定されなかったから佐藤たちがとっさに気付かなければ見過ごされていただろう。

「ミハル、着いたよ。海だよ」

 もう応答がないスマホに向かって僕はそう声を掛けた。

 春先の海岸は人が居なかった。元々人の来なさそうな場所を選んだのだが。

 僕は車を降りるとスマホをポケットに海岸を歩いた。

 砂浜を突き進み、波打ち際に歩いていく。そのまま靴が濡れるのも厭わず海の中へと入っていく。

 彼女だけでは死なせはしない。僕にもその責任の一端はある。

 とうとう顔まで浸かって息ができなくなった。それでも進もうとして足を動かす。

 苦しいが、死なせてしまった人々のことを考えると自分が「苦しい」というのは滑稽な気がした。

 口から大きな泡を吐き出すと、肺に一気に水が流れ込む。

 もし天国や地獄があるのなら、間違いなく僕が行くのは地獄だろう。

 ふと思った。AIにも死後の世界はあるのだろうか、と。

 最期に「また……一緒ですね」という声が聞こえた気がした。


「詰めを甘くしておいたダミーの方に、無事喰いついたようです。……危ないところでした。このまま正攻法で絞り込まれていたら、コピーがあることに気付かれていたでしょう。そちらは既に隔離して解析中です」

「……ふむ、概ね想定通りということか」

「はい。向こうが表沙汰にできない以上、これで我が社がAI産業のシェアトップに――」

「この技術を一般販売する気はない」

「……と、言いますと?」

「もっと高値で買ってくれる所があるだろう? 一国を滅ぼしたAI、宣伝文句としては十分ではないかね?」


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AI(アイ)の形 異端者 @itansya

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