ある夜のこと

第1話  ★

 あたしの喉から、信じられないほど高い声が漏れ続けている。熱い。熱い。熱くて、身体が燃えてしまいそうだ。


 全然好きじゃないのに。たくさんのなかの一人にすぎないのに。顔と名前しか知らないのに。


 なんであたしはこんな声を出してるの。


「――もっと」


 気が付くと、あたしの唇が動いていた。乾いた声が飛び出した。からからになった喉が開く。


「もっと、めちゃくちゃにしていいよ」




 だって――。


 だって、そうじゃなきゃ、ばらばらになってしまいそうだった。大好きな大好きな慧君がいなくなって、あたしは一人になって、いっそのこと死んじゃおうかなんて考えた。でも死ねない。死んだって、慧君はいない。


「大好き」


 喘ぎ声の隙間から、ぽつりとつぶやく。腰が痛くなるくらい激しく動きながら、あたしは慧君への言葉を叫び続けた。


 大好き。

 愛してる。

 どこにもいかないで。

 離れないで。

 あたしに触って。

 ぎゅってして。

 愛してる。

 あいしてる。

 この世の誰より好き。

 触りたい。

 抱きしめたい。


 ねえ、どこにもいかないで。


 

 なんであたしはこんなことをしてるんだろう。なんでやめられないんだろう。答えは見つからない。ぐちゃぐちゃにしてほしい。めちゃくちゃにしてほしい。慧君になら、慧君だったら何をされてもいいよ。


 だけど、いまあたしの身体に触って、衝動のままに動いているのは慧君じゃない。


 ふいに、頬を思いっきりたたかれた。激しい痛みに呆然としていると、かすれた低い声が降ってきた。


「いいね、その顔。好きだよ陽菜ちゃん。俺言ってなかったけど、好きな子にはこういうことしたくなるんだよね」


 もう一度、彼の大きな手で顔を張られた。痛い。痛いけど、これも約束だから嫌がっちゃダメ。


 ああ、あたしって、なんでこんなになっちゃったんだろうなあ。

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