寒空の下で天使な彼女が笑う

木場篤彦

第1話天使な恋人

灰色の厚い雲が空を覆い尽くして沈んでいる。

雪が降る確率が六〇%と天気予報でやっていたのに、隣に腰掛ける葉月硯はづきすずりは手袋をはめておらず、両手を擦り合わせている。

「マフラー巻いてきて、手袋してこないって……」

「タカくんに冷えきった手をあっためて貰いたくてだよ。わざとだよぅ、タカくんっ!」

呆れた俺に手袋を忘れたのではなく、手を握ってもらうためにわざと忘れたと頑なに言い張る葉月。

雪が既に降り出していた。

「そう……」

「なに怒ってるの、タカくん?」

「怒ってない……すずちゃん。いつまでこうしてんのかなって……すずちゃんの思惑を知りたいってだけだよ」

「思惑……」

「そう。すずちゃんが寒空の下で、バス停のベンチに俺を留めるわけを聞かせてほしいってこと」

「タカくんって……私のこと、今でも好き?」

彼女が首に巻いている黄色と黒のチェック柄のマフラーを右手のひとさし指で触れながら訊いてきた。

「はぁ?俺が聞きたいのは、そんなんじゃ……好きだよ、すずちゃんのこと。あの日から。当たり前だろ、そんなの……」

「……」

「俺、ぇ……すずちゃんに、疑われるようなことしたか?傷つけるようなこと、したか……俺ぇ」

彼女は無言で俺の顔を見つめていた。

彼女の唇は震えていた。

冬の寒さのせいで震えているのではないことは、俺でも理解できた。

あの日から、今日までを遡って思い出すが彼女を不安にさせたような言動が思い当たらない。

俺は、動揺を隠し通そうとするが上手く平静を保てずに声が震えた。

バス停留所の前の道路は、トラックや乗用車が通行しておらず、恐ろしいほどに静かだ。

「……タカくん、私を抱いてくれる?」

「へ?抱いて?抱きしめる、抱きしめられるよ、すずちゃんを」

俺が応え終えたと同時に、彼女がバッと立ち上がり、俺の正面に立ったかと思えばベンチに座ったままの俺の太腿に跨り、両膝を俺の両腋に挟み込ませるように際どい体勢になる彼女。

いつにも増して、大胆な葉月硯だった。

ズボン越しに彼女の肌の体温が僅かに伝わる。

「あっ、えっ、あ、あ、すずち——」

「シよ、キス」

「え、すずちゃ——あぷっ」

有無も言わさぬスピードで、葉月の顔が迫ってきて、彼女の柔らかい唇の感触が俺の唇に伝わった。

五秒も経たずに、彼女の舌が、舌先が唇をこじ開けて歯に当て、恋人の舌と絡みたいという勢いで、葉月硯の舌が生温かい唾液を絡ませて口内に侵入してきた。

俺は、顔の筋肉が攣るほどに眼を瞑り、彼女の艶めかしいキスが終わるのを堪えた。



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寒空の下で天使な彼女が笑う 木場篤彦 @suu_204kiba

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