第19話 「不能条件」素。

車の前に立ちふさがるリアン。

「悪いな、持っていくよ」

寧ろ淡々と告げる男。

ゆっくりと前進する車。


******* *******


事の始まりは一週間前。


試験会場の階段教室。

試験の終わった生徒がざわつきながら教室を去って行く。

「捕まったらしい」

「誰が」

「黒音の――」

「友達か?」

「まぁ」

ふぅ、と安堵する。

「—―その反応は拙いと思うぞ」

「で、何処に捕まったんだ?」


******* *******


「だかっらって」

「大丈夫。バックアップもある」

社員から揶揄が飛ぶ。

「204号室の掃除済ませとけよ」

「ウェース」


「此れが居室?」

畳一畳程度の部屋に風呂。

「ユニットバス、だな」

「湯没って」

「風呂に沈むって事だろ」

「……」

液入れとけよ、と復揶揄が飛ぶ。

「この液。」

「鑑識に――」

「了解」

懐に液をしまい、代わりに入れた湯の中に片栗粉を入れた。


「おはようございます」

出勤してきた従業員に挨拶の声を掛ける。

何人か出勤してきた後で、男連れの従業員が俯きながら出勤してきた。

「おい」

人払いされてしまった。


「この環境」

「防音も完璧ってわけでは無いのな」

漏れてくる声に戸惑う。

「場所柄は解ってるけど」

「不同意性交くさいな」

「売春防止法だよ」

「脱法って感じじゃないな」

「確信犯、だろ」

「バイト――」


****** *******


赤色灯が湯没の壁面を照らしては消える。

救急車一台、巡視車両二台。

入り口に警官二人。

二階のロビーに警官が二人。

居室の風呂に警官が二人と鑑識が二人。



性風俗営業のバイトは一日で首になった。

第一発見者として事情聴取を受けた。

被害者は精神科の病院に収容された。

十六歳と言う事だった。

誰か捕まるかと思っていた。

職員が事情聴取されていたが、其れだけだった。

救急車と巡視車両は二台とも帰って行った。


******* *******


「終バス行っちゃったよ」

「朝迄この辺か」

「あの?――」


「暫く休み」

深夜のファミリーレストラン。

「営業停止?」

「営業不許可事項に当たる事故が起きたから」

「ああ、風営法ね」

「一つ潰れたわ」

「活動でもしてるんですか?」

「黒音に宜しく」


******* *******


十月の大学は試験後の秋休み、学生は十一月の学祭準備をしていた。

「結局解放されたの?彼女」

「未だ見たい。チェーン店で別の店に回されるって言ってた」

「巨大企業?」

「さぁ。業界大手って言ってたけど――何処行くの?」

「事情聴取」


******* *******

病院。

「意外に普通ね」

「映画の見すぎだよ」


「こんにちは」

「—―こんにちは。」


病室。

湯没から脱出した少女は結構快活に笑っていた。

時々沈黙して何処かを見ていた。

プレコックス感、がその時だけ発生した。

了解不能な瞬間が発生した時だけプレコックス感が生じるのだろうと思った。

十六歳にしては壮絶な経験だった、と言う事だろう。

暴力、薬物、輪姦、他性暴力。

呼ばれたのは、輪姦に加わるために。

湯没は犯罪の共犯共同体だった。


「御大事に」

そう言って部屋を後にする時、少女は何か怯えたようだった。


******* *******


「ねえ」

「ああ、此れが張ってあると言う事は」

「出入りしてんだろうな」

「薬物」

「従業員も、だろ」

「あれ?」


ロビーで待ってると男連れで少女と黒音の友達がやって来た。

友達は黒音に一礼しただけで男について行った。

受付で少女が逃げ出そうとする。

男が其の右手首をつかっむ。

「おい」

「ああ。」


「誘拐ですか」

「いいや。仕事だ」

「病人を駈り出す?」

「お蔭さまで人手不足だ」

「出勤したい?」

「嫌だって。労働基準法違反だよ」

「そうか」

「契約だから」

「契約って……したんだろうな」

「其れじゃ」

「見せろよ契約書」

「何にせよ嫌がっている以上労働基準法違反だよ」

「仕事だから。邪魔するなよ」

そう言っ手少女の手を掴んで引っ張っていく。

「誘拐平然か」

緊急電話に電話してしまう。

「破産してる」

「ああ、引致か。似非法律な」

「現在地判ってるだろ?」

「解ってるよ」

左手を振り上げる振りをする男。

少女が一瞬身を固め、もう一度手を引かれたら従順について行った。

「脅迫か」

「なんとでも」

少女は黙って男について行き駐車場に留めてあった軽ワゴンのドアを開けた。


******* *******


車の前に立ちふさがるリアン。

「悪いな、持っていくよ」

寧ろ淡々と告げる男。

ゆっくりと前進する車。


「どけよ。」

窓を下げた車から男が告げる。

「動くなよ」

通報した結果の巡視車両が病院の駐車場に入ってくる。


駐車場。

男と少女。リアンと黒音、黒音の友達、警官二人。

「仕事なんだ。契約してる。邪魔しないでくれ」

男は返って警察を味方に付けたいようだった。

「嫌がってただろ。」

「今は行くって言っている」

「脅迫のくせに」

「契約って言ったよな」

「どうやったらその契約解除できる?」

「借金があるの。」

「借金。幾ら」

「二億円」

「――破産、してるんじゃなかったっけ」

「借金はもういいはずだよね」

「現有資産の清算が終われば終わり」

「契約、破棄できるよね」

「本人が望めば。」

「だから労働基準法違反だって」

「本人は就労希望だ」

「左手、挙げたよね」

「その辺で。」

警官の一人が無線を終えて近付いてくる。

「後の話は署で」

「「液」の鑑識結果が出たそうだ。麻薬向精神薬取締法違反。社が組織犯罪防止法で営業停止になったよ」


******* *******


少女と男が巡視車両に乗って去って行った。

「リアン?」

「お迎えに。」

「――長い戦いになりそうだな」


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