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第八話 独り暮らし



 朝ゆっくり起きれるのはいい。受験勉強は人を夜型にする。意図的に午前様で勉学しているうちに、朝起きがたい人間になる。予備校生は怠惰と無縁だった。

目覚ましを止める。

午前6時30分。

三文の徳を得るには生活の改善が必要だった。


近所のコンビニにはイートインがある。朝飯を食べるのに丁度いい。

籠に入れたロールパンとコーヒー牛乳を店員に渡す。

セミオートのレジで会計を済まして席に着いた。

コンビニのショーウィンドゥに接したイートイン。

車が通るには狭い通りを行き交う人々は、通勤時間帯でも忙しない風ではない。

ロールパンを口にして頬張る。

午前七時過ぎ。

此方もそろそろ出かけなければならない。



朝ご飯を優雅にこなして帰ってくる。

直ぐにでも出れる状況。授業に携帯するものは既に揃えていた。

時計が7:15なのを見て、PAのスイッチを入れて大音量でスピーカーを鳴らす。

右隣で怒鳴り声がし、目覚ましが鳴り、何かが床に落ちる音がした。

左は既に出勤済みだった。



 ドアを出て鍵を閉め、郵便ポストをみる。特に何も入っていない。

暫く待ったが誰も出て来ない。

七時半になったので諦めて出かけることにした。

オジーから電車に乗って20分。ニアリーを出て、セルポアの駅で乗り換え、クローズの環状線に乗る。トータルで一時間ほどの所に学び舎はあった。

受験に来たのもこの校舎。教養課程の二年間、通学するのも此の校舎。ブリックで外壁を構成した半地下1階地上3階、1000人収容の大学校舎。

西に向かって歩道を歩く。右手のサークル楝を通り過ぎ、正門を通る。

警備主任が正門脇に座っている。

視線を感じたので、会釈して通り過ぎた。

南の正門から北の門まで伸びる大学の中央通り。未だ新歓のサークル立て看がづらりと並んでいる。前期学際迄は新入生獲得戦が繰り広げられる事に成っていると言う事だった。

通りの真ん中まで来て、右手の学食へ向かう。

一コマ目の授業までに未だ30分は有った。

定食を頼んで席に着いた。

 「おはよう」

 隣の席の女子に声を掛けられた。

 「ああ、おはよう。早いね」

 「自転車だからね」

 黒とローズのボーダーTシャツに黒のキュロット。自転車には都合の良い恰好だった。

「タウン?」

「来月払い」

「……義援金は出せないよ」

凝りもせず浪費。カンパ騒ぎは迷惑千万だった。

「大丈夫。家計簿は付けてるから」

「今日、サークル楝行く?」

「飲み会かぁ……」

ハンバーグを一口食べて黒音は溜息をついた。


  

”大学はレジャーランドではない――”

入学式で学長が最初に言った言葉。

”――とは、大学生活は単なる執行猶予期間ではない、と粗同義と言えます。この命題の真偽を皆さんの学生生活で確かめてほしい。自分の大学生活を命題に照らして確かめる、其れだけでも大学生活は有意義なものになると私は信じます。レジャーランドでモラトリアムでも悪いとは言えない。少なくともそういった大学観は有る。その中に真実を見つけることもある。只、漫然と生きていほしくない。十八世紀の地球に始まり、今なお残る基本的人権に照らせば、人は誰でも幸福を追求する権利を有する。この幸福追求の権利に基づけば人は多様に生きることを許されている。――漫然と生きる権利すらも。

よく知られた話に蟻とキリギリスと言う話があります。知っての通り蟻が勝ちます。日々努力した結果です。物事には原因と結果があります。何もしなければ何も結果は出ないのです。若干の語弊はありますが。

 皆さんが受験で努力して勝ち抜いてきたように、人生を努力して勝ち抜いていってほしい。それが学長である私から入学した皆さんへ送る大学生活の課題です――”


「で、酒の味はどうだ」

学生手帳の巻頭にあった学長の言葉を読み返していたら酔っ払いに襲撃された。

立体映像の学長の辞は結構格好良かった。

だからリオンも課題になぞらえて、「酒」の良し悪しを尋ねてくる。

「甘い。ソフトドリンクだ。」

「”甘い”、だけだな評価対象」

「リアン先生評価厳しい」

「では此方を飲め」

地酒の果実酒を勧めてくるリアン。

片手で制しつつ、視線を誘導する。

「いいのか?」

黒音が先輩に酌をして回っていた。

「後輩だから、仕方ない」

「所有権は主張しておいた方がいいぞ」

「取り越し苦労だよ、それ」

と言いつつリアンは鋭い目で黒音の方を見ていた。



「おはよう」

出掛けようとドアを開けると隣から声を掛けられた。

ドアを開けて黒音が出てきた。

昨日と同じボーダーとキュロットだった。

「起きた?」

「泥酔中」

黒音は少し疲れた顔だった。

「頼むから――」

「解ってる、一線は越えない」

一線とは一線のことで、大人がこれ以上口出すようなことでもない。

故にそれ以上は何も言わなかった。

「よろしく」

背を向けて階段を降りようとした。

「行ってらっしゃい」

背中から黒音に声を掛けられる。

「行ってきます。リアンに宜しく」

後が気になったが歩を進めた。



五月の空は雲一つない晴天だった。

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