ミツバチ農園

 2人の到着とうちゃくは夕方になってしまったが、まだ開園中かいえんちゅうだった。

 事務所じむしょに行って聞いてみると、イベントや体験会たいけんかいは終わってしまったけれど、閉園へいえんまであと1時間位あるからぜひ見ていって下さいと言われた。


「そうだ。ちょうど今、観察かんさつコーナーの点検てんけんに行こうと思っていたから一緒に行きませんか? 観察用のガラス張りの巣箱すばこもあるし」


 やさしそうな農園のおじさんが、いぶきの杖を見て続けた。

「おじょうちゃんは足をケガしているの? それなら特別にカートに乗せてあげるよ。ちょっと待っててくださいね」


 おじさんはすぐにもどってきた。

「こちらにどうぞ」

 見るとそこにはすっごくかわいいカートが止まっている。


「わー、すごい!」

 いぶきの目がかがやいた。


 小さなカートは上半分が黄色で下半分が黒。

 黒い部分には黄色くふちどられた六角形がたくさん並んで書かれている。

 黄色い部分にはかわいいミツバチが何匹か飛んでいる。


 いぶきはミーヤの話を思い出していた。

 ミツバチの巣は六角形がズラッと並んでいてすごくきれいで頑丈がんじょうなんだって言ってた。本当にこんなふうにできてるのかな? 早く見てみたい。

 こんなカートに乗れるなんてすごくラッキーだ!


 園内はいちごハウスやブルーベリー畑、お花畑がたくさんあって、今は夏らしくひまわりの花がたくさん咲いている。そして緑がたくさん。ミツバチもたくさん飛んでいる。

 明るくてすごくいい所。何だか甘いミツの香りがただよってくるような気がする。


 2人は巣箱が10個以上おいてある所でおろしてもらった。


「これが観察用の巣箱ですよ」


 いぶきがそこに向けた目は大きく見開かれた。

「うわ〜! すっごい!」


 大量のミツバチが重なりあってうごめいている。尻振しりふりダンスをしているものもいる。

 ミツバチはダンスをして蜜のある場所を仲間に教えるってミーヤが言ってた。

 そしてハチがいない所は本当にきれいな六角形がズラリと並んでいる。

 ホントだ。手術した私の足にはってあったハチの巣をずっと大きくしたような本当のハチの巣だ。

 ふたをされた六角形があったり、六角形の中に顔をつっこんでいるハチもいる。

 1つ1つが大切な部屋だ。


 真剣な顔で巣箱をじっと見ているいぶきを、おじさんはうれしそうに見ていた。


「そうだ。ここで作られたハチミツを味見させてあげよう。

 このミツバチたちが一生懸命に作ったハチミツをここで売っているんです。ハチミツって言っても色んな種類があるんですよ。花によって味がちがう。ちょっとこっちに来て食べ比べてみて」


 おじさんはそう言って、3種類のハチミツをそれぞれ小さなスプーンですくってくれた。


「おいし〜」を連発したいぶき。

 そしてその味の違いもはっきりと分かった。「すごくい」とか「さわやかな感じ」とか「ハチミツっぽい」とか。


「どれが一番好き?」

 と言われて、いぶきは迷った。


「みんなそれぞれおいしいから難しいな。でもこれかな〜。色も黄色くてすごくきれい」


 おじさんはウンウンとうなずいてほほえんだ。


「さすがだね。これは取れたばかりのひまわりのハチミツで、他のハチミツに比べてたくさん花粉かふんが入っていて、すごく栄養えいようもあるんだよ」


 となりでずっとおとなしく聞いていた父親が口を開いた。


「いぶきの退院祝たいいんいわいに1つ買ってあげよう。1つお願いします」


「あ、何だか買わせちゃったみたいで申し訳ないです。いいんですか。ありがとうございます」

 おじさんは頭をかきながらそう言った。


 そして、いぶきに話した。


「私たちが口にするスプーン1ぱいのハチミツを作るのに20グラムの花の蜜が必要なんです。ハタラキバチが1回に40ミリグラムの花の蜜を、1日に10回ほど巣に持ち帰ったとして、20グラムの花の蜜を集めるのに50日もかかるんですよ。

 そのためには、少なくとも、なんと10万個をこす花をおとずれなければなりません。

 1匹のミツバチが一生の間に集める事の出来るハチミツの量はスプーンに半分くらいだけなんです」


 いぶきはびっくりした。


「え⁉︎ 10万個の花を訪れて、たったスプーン1杯のハチミツ⁉︎

 それじゃあ、ミツバチさんに申し訳なくて、とても食べれない」


 おじさんはやさしく首を横にふった。

「そういう事を知って、大切に食べてくれたら、ミツバチもおじさんもすごくうれしいんだよ。

 1日にスプーン1杯。大切に食べたら足もきっとすぐによくなるよ」


 おじさんはびんにつめたハチミツをかわいい袋に入れて父親に渡した。


「退院祝いだ。これを大切に食べて、しっかり足をなおさなきゃな」

 そう言って父親はそれをいぶきに渡した。


「お父さんありがとう。おじさんありがとうございます。そしてミツバチさんありがとう」


 いぶきはそのハチミツを大切に胸にかかえた。

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