莉子の事

 次の日からリハビリ室でのリハビリが始まった。

 いぶきは車いすに乗せられて内藤先生に連れてこられた。

 その頃には、ろっ骨の痛みもだいぶマシになり、少しずつ体を動かせるようになってきていた。


 リハビリ室にはたくさんの人がいた。歩く練習をしているおじいさんや、足の指でビー玉をつかむ練習をしているお姉さん、マシーンで筋力トレーニングをしているお兄さん、ベッドに横になって足や手を動かしたり、マッサージを受けたりしている人が何人もいる。

 いぶきよりもずっとひどいケガをしている人も頑張って体を動かそうとしている。


 自分だけがなんでこんなひどい目にあわなくちゃいけないんだろうと思っていたいぶきは驚いた。自分だけじゃない。私なんて全然マシな方だと思った。


 ここでおなどし莉子りこという子と出会った。

 彼女は器械体操きかいたいそうをやっていて、いぶきと同じように将来をすごく期待されている選手だった。4ヶ月前の競技会きょうぎかい段違だんちが平行棒へいこうぼうはなわざに失敗して頭から落ちた。

 頸髄損傷けいずいそんしょう下半身麻痺かはんしんまひという大ケガをしてしまった。


 胸から下は全く動かす事ができず、感覚も無いらしい。排泄はいせつも普通にできなくて、いくら頑張ってリハビリをしても、下半身かはんしん一生いっしょう動くようにはならないと聞いた。

 一瞬いっしゅんの出来事で大好きだった器械体操だけでなく、多くのものをうばわれた。


 莉子は、ようやく現実を受け入れて頑張ろうと思えるようになってきたと言っていた。生きているっていう事に感謝かんしゃの気持ちを持って、少しでも自分の事は自分で出来るように、リハビリを頑張っていると言っていた。


「私はもう、いくら頑張っても好きな器械体操をできるようにならないけど、いぶきはまた自転車に乗れるようになるんでしょ?」

 そう言われた。


 いぶきは自分だけがもどれるチャンスがあるという事を、何だか申しわけなく感じた。


 だけど莉子は言った。


「応援してるから頑張って! 私はもう出来ないって分かった時に、初めて心から器械体操をやりたいって思ったの。もちろん好きだったけど、やっている事が当たり前になってて、つらくてやめたいって思った事も何度もあった。

 あの日が最後って分かっていたら、その前にもっと色々とわざとかにも挑戦しておけばよかったなって思う。

 出来るなら、出来なくなるまで、いぶきには挑戦し続けてほしいな」


 莉子は笑っていた。いぶきの体の深い所にひびく言葉だった。

 

 もしも逆の立場だったらどうだろう?

 いぶきは嫉妬しっとしてしまって、とてもそんな事は言えそうにないと思った。

 どういう言葉を返したらいいか分からなかったけれど、何か言わなくちゃと思った。


「莉子は強いね。私は‥‥‥。そうだね。莉子よりずっと軽いケガなのに、絶望ぜつぼうしてたら笑われちゃうね。ありがとう。

 莉子に負けないように頑張るよ。

 絶対に復活ふっかつするから。私、オリンピックに出るから。そしたら莉子、必ず応援にきてね」


 莉子は「もちろん」と言ってくれた。


「約束だよ」と言って2人でユビキリゲンマンをしようとした。

 莉子の腕はあまり上がらず、指もあまり動かない事を知って、いぶきは悲しくなった。涙が出そうになったけれどじっとこらえて、莉子の腕と指を支えて動かした。


 2人で明るい声を出して歌った。

「ユビキリゲンマン ウソツイタラ ハリセンボン ノーマス ユビキッタ」


 自分の事で精一杯せいいっぱいだから、莉子の分まで頑張るとは言えない。

 莉子の夢は閉ざされてしまったけれど、お友達がオリンピックに出てそれを応援に行けたら、きっと嬉しいだろうと思う。莉子は私の応援に行けるように頑張ってくれるはず。


 もしかしたら、私がオリンピックに出るのと莉子がその応援に行くのは同じくらい大変で、同じくらい頑張らなくちゃならないのかもしれない。だから一緒いっしょに頑張らなきゃね。私は莉子に負けられない。

 そう思えばきっと私は頑張れるはずだ。


 







 

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