いぶきの話

 私は小学1年生の時にマウンテンバイクを始めて、初めてのレースで男の子たちよりも速く走って優勝したの。

 その時、負けた男の子達は親に怒られたり、くやしくて泣いていたりして、何だか悪いことをしちゃったみたいで、私はうれしくなかった。

 まわりの子が喜んでくれた方が嬉しいから、次のレースからはわざと負けていたの。


 でも小学2年生になって、すごくイジワルな強い男の子がいて、その子にはぜったい勝ちたいって思った。

 その子は体も大きくて強くて、接戦せっせんになった。走りながらわざと私のジャマをしたりしてきて、何回かころばされた。

 ゴールまであと500メートルの所にその子のお父さんがいて「女の子になんか負けたらゆるさないぞ」ってさけんだの。

 もしも私が勝っちゃったらこの子はお父さんにすごく怒られるんだろうなって思ったら、なぜか力がけちゃって。

 勝ちたかったのに、勝てなかった。

 その子は優勝して、負けた子たちをバカにした。


 その時、私は思った。レースに勝つには優しい気持ちはてなきゃいけないって。肝心かんじんな所で力が抜けてしまった自分をゆるせなかった。

 本当の自分の力を出せば、私は誰よりも強いはずだから、優しい人になるんじゃなくて、世界チャンピオンになりたいって思ったの。


 普段の生活から変えていった。世界チャンピオンになるために、強くなる事、自分の事だけを考えるようにした。


 私は強くなって、どんどん勝った。すると、まわりの大人たちからも特別あつかいされるようになって、だんだんそれが心地ここちよくなっていったの。

 勝手かってにやってチヤホヤされて、そして誰にも負けなかった。


 鈴香とのあのレースも私が勝つって決めていた。最後は私の思い通りになるって思って暴走ぼうそうした。


 ぶつかって、走れなくなって、私が救急車に乗せられる時、泥だらけのまま鈴香が立っていた。

「ごめんね。こんな事になるなんて」って言ったの。


 鈴香は何も悪いことなんてしていないのに、何であやまるんだろうって思った。

 鈴香があやまっているんだから、きっと鈴香が悪いんだって私は

 そして、ひどい事を言ってしまったの。

「私が勝っていたはずなのに。きたないよ」

 なんて。

 鈴香の顔に血がにじんでた。私のせいで顔をケガさせちゃったんだなって思いながら、私は意識が無くなっちゃったんだった。


 手術した夜にミツバチが現れたって言いましたよね?

「いぶきは何でケガをしちゃったんだと思う?」って聞かれて、私は思い切り強がりを言った。

 そしたら「それは悲しいな」って言われて、私も悲しくなった。


 その後、東先生が来て、全く同じ場面がくりかえされて。


 あれから、私はずっとその事を考えてました。

 強い選手になるためには、世界チャンピオンになるためには、こんなふうにいつも強がっていなければならないの? って。


 全部自分が悪いのに、鈴香は少しも悪くないのに、鈴香のせいにしている自分にすごく腹が立ったしなさけなかった。

 こんな自分がイヤで仕方なかった。

 もう、強くなんてならなくていい、世界チャンピオンになんてならなくていいから、強がりたくないって思った。


 🐝


「世界チャンピオンになるためには強がらなくちゃいけないの?」


 そこまでずっと自分の声しか聞こえていなかったのに、東先生の声がした。

 これは私がマウンテンバイクを始めたころに学んだ事。

 いぶきは自信を持って言った。


「勝つためには優しさは捨てなきゃいけないの」と。

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