全日本の大会 その②

 ものすごいいきおいでいぶきはこぎ出した。すぐに先頭におどり出る。

 それを横目で見ながら鈴香も離されないように差をつめていき、いぶきの真後ろにピタリとついた。

 水しぶきをあげながら、集団はたてに長くのびて進んでいく。


 間もなく先頭はいぶきと鈴香の2人だけになった。


 ペース配分はいぶんなんていらない。最初から全力! それがいぶきのスタイルだ。


 コースの前半は上りが多い。短い下りをチョコチョコとはさみながらも全体的には上っていって、木の根の多いテクニカルな下りになる。後半に入ると一番きつい長めの上りがある。そこからはスムーズな下り基調きちょうのアップダウンが続き、ジャンプスポットをむかえる。そこからゴールまでは自転車一台しか通れないスムーズなシングルトラックと呼ばれる道になっていてどころがない。


 前半の上りは鈴香の方が得意なはずだが、いぶきのペースが良い。


 ムリに前に出る必要はないな。そう考えた鈴香はいぶきの後ろで落ち着いて走っていた。

 しかしチョコチョコと下りが入るたびに少し間があく。

 ムリについていくのは危険だ。実際に一緒に走ると、いぶきの下りはスゴイ! ってあらためて思う。

 上りでしっかりと追いついて、テクニカルな下りは先に入られたら差をつけられるだろうから、その前に前に出なきゃ、と思う。


 鈴香は何回か上りでペースを上げ、いぶきの前に出ようとしたが、そのたびにいぶきがダッシュして前に出させてくれない。

 いぶきの気迫きはくに負けて、鈴香は前に出られないままテクニカルな下りに入った。


 鈴香の下りも決して遅くはなく、丁寧にスムーズにこなしていく。

 しかしいぶきのスピードは、根っこがぬれていてすべりやすいものだという事を感じさせない。後輪が大きくすべって自転車がかたむいても、何とも思ってないように体勢をくずさずに飛ぶようにけていく。


 ここは観客がやってくるのが大変な場所なのに、多くの観客が見にきている。そのほとんどがいぶきの走り見たさのためだろう。

「うおー、速い!」

「すげー!」

「いけ〜! いぶき〜!」

 歓声かんせいが上がる。


 鈴香はあせらず、自分のペースでしっかりと走る。

 次の上りで絶対に前に出る!


 いぶきは大きな歓声に調子に乗って、その後の上りもグイグイと上っていく。

 しかし鈴香の本気の上りはスピードが違う。いぶきの背中にどんどん近づいていった。


 間もなく先頭が入れ替わる。鈴香が少し差をつけて頂上をえる。

 その後のアップダウン。下りのスピードをいかして再びいぶきが前に出る。

 そのままいぶきが前でジャンプスポットを迎えた。


 いぶきはジャンプしながら少しハンドルを切り、自転車をひねってわざり出した。

 観客にせる。

「うおー! かっけー!」

 大きな拍手とどよめきがおこる。


 それに続いて鈴香は丁寧にあぶなげなくジャンプを飛んだ。


 2人が並んでスタートゴール地点にやってきて、最終周に入るかねがなる。

 ゆずらない勝負。どちらが勝つか分からない。


 得意な上りは全て全力を出そう。

 鈴香は覚悟かくごを決めて1周目とは違って前に出てグイグイと上っていった。


 少し疲れが出始めていたいぶきはついていけずに少しずつ離されていく。

 がまん、がまん。鈴香の背中をしっかり追うんだ。下りで絶対に追いつけるから。大丈夫。

 自分自身をはげましながら前に進む。


 小さな下りごとに少し差をつめ、差を大きくあけられる事なく根っこだらけの下りに入る。

 ここのスピードは2人に大きな差があり、いぶきがラインを変えて一気に前に出た。

 鈴香が少しミスをしてオドオドしている間にいぶきの姿が見えなくなった。


 鈴香は言い聞かせた。

 あせるな。大丈夫。自分のペースで。

 丁寧に丁寧にこなしていくと、突然いぶきの姿が目に入る。自転車にまたがろうとしている。きっと転倒てんとうしたのだろう。

 よし! この差なら大丈夫。


 次のきつい上りを鈴香は全力で突き進み、いぶきを抜きさり、かなり差をつけて頂上を越えた。

 1周目よりも大きく差をつけた。

 これならいける!


 その後のアップダウンも全力でこぐ。後ろに気配けはいは感じない。


 感じない。

 はずだった。


 ジャンプセクションが間近にせまってきたその時だった。


「どいて!」

 とつぜん後ろから声がひびいた。

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